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第25章「星空の下で」
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カイルが帰ってから三日。エリナは私室で一人、考え込んでいた。
窓の外には、夕暮れの空が広がっている。
机の上には、カイルが置いていった援助の書類。
だが、エリナの頭にあるのは、別のことだった。
彼が手を取ってくれた時の、温もり。
彼が「エリナ」
と呼んでくれる時の、優しい声。
思い出すだけで、胸が温かくなる。
エリナは頬に手を当てた。
熱い。
扉がノックされ、マリアが入ってきた。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、マリア」
マリアはお茶を置き、エリナの表情を見て微笑んだ。
「また、カイル様のことを?」
「マリア!」
エリナの声が上がる。
マリアは楽しそうに笑った。
「もう隠す必要はありませんよ。お嬢様、完全に恋をしています」
「……そう、かもしれないわね」
エリナは素直に認めた。
マリアは優しく微笑む。
「カイル様も、同じですよ」
「そうかしら」
「ええ。あの目を見れば、分かります」
マリアは真剣な顔になった。
「お嬢様を見る時の、あの優しい目」
エリナの胸が、また温かくなった。
一週間後。またカイルがフェルゼン領を訪れた。
今回は、夕方の到着だった。
エリナは玄関で彼を迎えた。
「カイル、お疲れ様です」
「ああ、エリナ」
カイルは微笑んだ。
その表情が、以前よりさらに柔らかくなっている。
「今日は、視察はなしだ」
「では?」
「君と、話がしたい」
カイルの言葉に、エリナは頷いた。
「夕食の後で、よろしいですか」
「もちろんだ」
夕食は、いつも通り豪華だった。
オスカーが腕を振るった料理が、次々と運ばれてくる。
カイルとエリナは、向かい合って座った。
会話が弾む。
農業の話から、王都の様子、そして他愛もない日常の話まで。
オスカーとマリアが給仕をし、やがて退室する。
二人きりになった食堂で、カイルが口を開いた。
「エリナ、食後に散歩をしないか」
「散歩、ですか」
「ああ。星が綺麗だ」
カイルは窓の外を見た。
既に日が落ち、星が瞬き始めている。
「喜んで」
エリナは微笑んだ。
食事が終わり、二人は館の庭へ出た。
夜風が、心地よい。
空には、無数の星が輝いていた。
エリナとカイルは、庭の奥にあるベンチに座った。
しばらく、沈黙が続く。
だが、不快な沈黙ではない。
むしろ、心地よい。
カイルが口を開いた。
「エリナ、私の過去を話してもいいか」
エリナは驚いて、カイルを見た。
「過去……ですか」
「ああ」
カイルは星を見上げたまま答えた。
「君には、知っておいてほしい」
カイルは静かに語り始めた。
「私は、子爵家の三男だった」
「三男……」
「ああ。継承権はない。財産も、ほとんどない」
カイルの声は、淡々としていた。
だが、エリナにはその声に宿る微かな震えが感じられた。過去の痛みが、今も彼の心を縛っている。
「父は、貴族たちの汚職に巻き込まれて破産した」
エリナは息を呑んだ。
「それは……」
「私が十歳の時だ」
カイルは続けた。
「一夜にして、すべてを失った」
その声に、微かな痛みが混じっている。
「母は病気で亡くなり、兄たちは没落貴族として蔑まれた」
エリナは何も言えなかった。
ただ、カイルの話を聞いていた。
物理的に彼に寄り添いたくなる衝動に駆られる。
「私は、決めた」
カイルは拳を握った。
「血筋ではなく、能力で這い上がる、と」
「カイル……」
「十五歳で王立会計院に首席入学した」
カイルの声に、誇りが混じった。
「二十歳で史上最年少の財務官補佐。二十五歳で財務大臣」
「それは、すごいことです」
「だが」
カイルは苦笑した。
「貴族社会では、物議を醸した」
「貴族への不信感……」
エリナは呟いた。
カイルは頷いた。
「ああ。特に、無能な令嬢たちへの偏見」
その言葉に、エリナは胸が痛んだ。
「だから、最初は君を信用できなかった」
「……はい」
「公爵令嬢が、辺境の荒れ地を買う。失敗すると思った」
カイルはエリナを見た。
「だが、君は違った」
「エリナ、君は……」
カイルの声が、優しくなった。
「私の偏見を、すべて壊してくれた」
エリナの目が、熱くなる。
「君の知識、君の誠実さ、君の人柄」
カイルは続けた。
「君は、私に教えてくれた」
「何を……」
「血筋ではない。肩書きでもない」
カイルは微笑んだ。
「人柄だ、と」
エリナの胸が、いっぱいになった。
「カイル……」
「ありがとう、エリナ」
カイルは優しく言った。
「君に出会えて、良かった」
エリナは、もう涙を堪えられなかった。
一筋、頬を伝う。
カイルは驚いて、エリナに顔を向けた。
「エリナ?」
「すみません」
エリナは涙を拭った。
「ただ……嬉しくて」
「嬉しい?」
「ええ」
エリナは微笑んだ。
「カイルが、そんな過去を乗り越えて」
エリナは続けた。
「今、ここにいてくれることが」
カイルは何も言わなかった。
ただ、じっとエリナを見つめている。
やがて、カイルは手を伸ばした。
エリナの頬に触れ、涙を拭う。その動作は、時間が止まったように長く、繊細だった。
彼の指先が涙の跡を追って、エリナの頬に留まる。その温もりが、冷たい夜風の中で唯一の熱源だった。
温かい手。
エリナの心臓が、早く打ち始めた。
「エリナ」
「はい」
「私も、嬉しい」
カイルは優しく言った。
「君に出会えて」
二人の視線が、絡み合う。
星空の下、二人の距離が近づく。
カイルの視線が、一瞬エリナの唇に落ちる。
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
「あと一歩でキス」
という極限の緊張感が、二人を包む。
エリナの呼吸が止まる。
カイルの瞳が、さらに近づく。
だが、その時。
「お嬢様、カイル様、お茶をお持ちしました」
オスカーの声が、館の方から響いた。
二人は慌てて離れた。
オスカーが庭に出てくる。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「ああ」
カイルは咳払いをした。
彼の拳が、強く握りしめられている。荒い呼吸が、彼の深い後悔を物語っていた。
オスカーは二人の様子を見て、微かに笑みを浮かべる。
「お茶は、書斎にお持ちしましょうか」
「頼む」
カイルは立ち上がった。
エリナも立ち上がる。
書斎で、二人はお茶を飲んだ。
先ほどの雰囲気は消え、穏やかな空気が流れる。
だが、二人とも、先ほどのことを忘れていなかった。
あの距離。
あの温もり。
カイルが立ち上がった。
「もう、遅い。休もう」
「はい」
エリナも立ち上がる。
扉の前で、カイルが振り返った。
「エリナ」
「はい」
「今日は、ありがとう」
「私こそ」
エリナは微笑んだ。
「話してくれて、ありがとうございます」
カイルも微笑む。
「おやすみ、エリナ」
「おやすみなさい、カイル」
自然に、名前で呼び合う。
もう、二人の間に壁はなかった。
自室に戻ると、マリアが待っていた。
「お嬢様、お顔が赤いですよ」
「マリア……」
エリナは頬に手を当てた。
まだ、熱い。
マリアは優しく微笑んだ。
「幸せそうですね」
「……ええ」
エリナは素直に認めた。
「幸せよ」
マリアは頷いた。
「カイル様も、同じです」
「そうかしら」
「ええ。あの優しい目を見れば、分かります」
エリナは窓の外を見た。
星が、静かに輝いている。
カイルも、同じ星を見ているだろうか。
そう思うだけで、胸が温かくなった。
エリナは小さく微笑んだ。
窓の外には、夕暮れの空が広がっている。
机の上には、カイルが置いていった援助の書類。
だが、エリナの頭にあるのは、別のことだった。
彼が手を取ってくれた時の、温もり。
彼が「エリナ」
と呼んでくれる時の、優しい声。
思い出すだけで、胸が温かくなる。
エリナは頬に手を当てた。
熱い。
扉がノックされ、マリアが入ってきた。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、マリア」
マリアはお茶を置き、エリナの表情を見て微笑んだ。
「また、カイル様のことを?」
「マリア!」
エリナの声が上がる。
マリアは楽しそうに笑った。
「もう隠す必要はありませんよ。お嬢様、完全に恋をしています」
「……そう、かもしれないわね」
エリナは素直に認めた。
マリアは優しく微笑む。
「カイル様も、同じですよ」
「そうかしら」
「ええ。あの目を見れば、分かります」
マリアは真剣な顔になった。
「お嬢様を見る時の、あの優しい目」
エリナの胸が、また温かくなった。
一週間後。またカイルがフェルゼン領を訪れた。
今回は、夕方の到着だった。
エリナは玄関で彼を迎えた。
「カイル、お疲れ様です」
「ああ、エリナ」
カイルは微笑んだ。
その表情が、以前よりさらに柔らかくなっている。
「今日は、視察はなしだ」
「では?」
「君と、話がしたい」
カイルの言葉に、エリナは頷いた。
「夕食の後で、よろしいですか」
「もちろんだ」
夕食は、いつも通り豪華だった。
オスカーが腕を振るった料理が、次々と運ばれてくる。
カイルとエリナは、向かい合って座った。
会話が弾む。
農業の話から、王都の様子、そして他愛もない日常の話まで。
オスカーとマリアが給仕をし、やがて退室する。
二人きりになった食堂で、カイルが口を開いた。
「エリナ、食後に散歩をしないか」
「散歩、ですか」
「ああ。星が綺麗だ」
カイルは窓の外を見た。
既に日が落ち、星が瞬き始めている。
「喜んで」
エリナは微笑んだ。
食事が終わり、二人は館の庭へ出た。
夜風が、心地よい。
空には、無数の星が輝いていた。
エリナとカイルは、庭の奥にあるベンチに座った。
しばらく、沈黙が続く。
だが、不快な沈黙ではない。
むしろ、心地よい。
カイルが口を開いた。
「エリナ、私の過去を話してもいいか」
エリナは驚いて、カイルを見た。
「過去……ですか」
「ああ」
カイルは星を見上げたまま答えた。
「君には、知っておいてほしい」
カイルは静かに語り始めた。
「私は、子爵家の三男だった」
「三男……」
「ああ。継承権はない。財産も、ほとんどない」
カイルの声は、淡々としていた。
だが、エリナにはその声に宿る微かな震えが感じられた。過去の痛みが、今も彼の心を縛っている。
「父は、貴族たちの汚職に巻き込まれて破産した」
エリナは息を呑んだ。
「それは……」
「私が十歳の時だ」
カイルは続けた。
「一夜にして、すべてを失った」
その声に、微かな痛みが混じっている。
「母は病気で亡くなり、兄たちは没落貴族として蔑まれた」
エリナは何も言えなかった。
ただ、カイルの話を聞いていた。
物理的に彼に寄り添いたくなる衝動に駆られる。
「私は、決めた」
カイルは拳を握った。
「血筋ではなく、能力で這い上がる、と」
「カイル……」
「十五歳で王立会計院に首席入学した」
カイルの声に、誇りが混じった。
「二十歳で史上最年少の財務官補佐。二十五歳で財務大臣」
「それは、すごいことです」
「だが」
カイルは苦笑した。
「貴族社会では、物議を醸した」
「貴族への不信感……」
エリナは呟いた。
カイルは頷いた。
「ああ。特に、無能な令嬢たちへの偏見」
その言葉に、エリナは胸が痛んだ。
「だから、最初は君を信用できなかった」
「……はい」
「公爵令嬢が、辺境の荒れ地を買う。失敗すると思った」
カイルはエリナを見た。
「だが、君は違った」
「エリナ、君は……」
カイルの声が、優しくなった。
「私の偏見を、すべて壊してくれた」
エリナの目が、熱くなる。
「君の知識、君の誠実さ、君の人柄」
カイルは続けた。
「君は、私に教えてくれた」
「何を……」
「血筋ではない。肩書きでもない」
カイルは微笑んだ。
「人柄だ、と」
エリナの胸が、いっぱいになった。
「カイル……」
「ありがとう、エリナ」
カイルは優しく言った。
「君に出会えて、良かった」
エリナは、もう涙を堪えられなかった。
一筋、頬を伝う。
カイルは驚いて、エリナに顔を向けた。
「エリナ?」
「すみません」
エリナは涙を拭った。
「ただ……嬉しくて」
「嬉しい?」
「ええ」
エリナは微笑んだ。
「カイルが、そんな過去を乗り越えて」
エリナは続けた。
「今、ここにいてくれることが」
カイルは何も言わなかった。
ただ、じっとエリナを見つめている。
やがて、カイルは手を伸ばした。
エリナの頬に触れ、涙を拭う。その動作は、時間が止まったように長く、繊細だった。
彼の指先が涙の跡を追って、エリナの頬に留まる。その温もりが、冷たい夜風の中で唯一の熱源だった。
温かい手。
エリナの心臓が、早く打ち始めた。
「エリナ」
「はい」
「私も、嬉しい」
カイルは優しく言った。
「君に出会えて」
二人の視線が、絡み合う。
星空の下、二人の距離が近づく。
カイルの視線が、一瞬エリナの唇に落ちる。
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
「あと一歩でキス」
という極限の緊張感が、二人を包む。
エリナの呼吸が止まる。
カイルの瞳が、さらに近づく。
だが、その時。
「お嬢様、カイル様、お茶をお持ちしました」
オスカーの声が、館の方から響いた。
二人は慌てて離れた。
オスカーが庭に出てくる。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「ああ」
カイルは咳払いをした。
彼の拳が、強く握りしめられている。荒い呼吸が、彼の深い後悔を物語っていた。
オスカーは二人の様子を見て、微かに笑みを浮かべる。
「お茶は、書斎にお持ちしましょうか」
「頼む」
カイルは立ち上がった。
エリナも立ち上がる。
書斎で、二人はお茶を飲んだ。
先ほどの雰囲気は消え、穏やかな空気が流れる。
だが、二人とも、先ほどのことを忘れていなかった。
あの距離。
あの温もり。
カイルが立ち上がった。
「もう、遅い。休もう」
「はい」
エリナも立ち上がる。
扉の前で、カイルが振り返った。
「エリナ」
「はい」
「今日は、ありがとう」
「私こそ」
エリナは微笑んだ。
「話してくれて、ありがとうございます」
カイルも微笑む。
「おやすみ、エリナ」
「おやすみなさい、カイル」
自然に、名前で呼び合う。
もう、二人の間に壁はなかった。
自室に戻ると、マリアが待っていた。
「お嬢様、お顔が赤いですよ」
「マリア……」
エリナは頬に手を当てた。
まだ、熱い。
マリアは優しく微笑んだ。
「幸せそうですね」
「……ええ」
エリナは素直に認めた。
「幸せよ」
マリアは頷いた。
「カイル様も、同じです」
「そうかしら」
「ええ。あの優しい目を見れば、分かります」
エリナは窓の外を見た。
星が、静かに輝いている。
カイルも、同じ星を見ているだろうか。
そう思うだけで、胸が温かくなった。
エリナは小さく微笑んだ。
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