【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

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第24章「カイルの協力提案」

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 一週間後の午前。前回の約束通り、カイルがフェルゼン領を訪れた。

 エリナは玄関で彼を迎え、すぐに執務室へ案内する。

 今日は、報告したいことがあった。

「カイル、新しい農業改革を導入しました」

「新しい?」

 カイルは椅子に座りながら、興味深そうに身を乗り出した。

 エリナは机の上に、農地の図面を広げる。

「四圃制です」

「四圃制……?」

「農地を四つに分割し、小麦、大麦、クローバー、カブを順番に植えます」

 エリナは図面を指差しながら説明した。

 輪作のシステム。緑肥作物による土壌改善。家畜飼料の安定供給。

 カイルは黙って聞いていたが、その目が次第に見開かれていく。

「一ヶ月前に試験導入し、すでに土壌改善の効果が確認されています」

「……信じられない」

 カイルは図面を手に取った。

「またしても、革新的だ」

 その声には、誇らしげな響きがある。

 カイルは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 窓の外には、フェルゼンの農地が広がっている。

 四つに分割された試験区画が、遠くに見えた。

「エリナ、君は、どこまで……」

 カイルは呟いた。

「どこまで、この領地を成長させるつもりですか」

 エリナは微笑んだ。

「限界はありません」

「限界はない……」

 カイルはエリナを振り返った。

「君は、本当に……」

 言葉が続かない。

 カイルの表情が、複雑に揺れている。

 尊敬、驚き、そして何か別の感情。

 エリナは、その視線の熱さに少し戸惑った。

 銀灰色の瞳が、まるでエリナのエメラルドグリーンの瞳を射抜くように、濃密な視線を送っている。

 カイルは再び椅子に座り、咳払いをした。

「実は、王都で話があります」

「王都で?」

「ええ」

 カイルは真剣な表情になった。

「国王陛下も、君の改革に注目しています」

 エリナの目が見開かれた。

「国王陛下が……?」

「はい。三圃制の導入による収穫量増加。人口の回復。税収の増加。すべて報告しました」

 カイルの声に、誇らしげな響きがある。

「陛下は、こう仰いました。『この改革を、他の領地でも導入できないか』と」

 エリナの心臓が、早く打ち始めた。

 王国全体での導入。

 それは、前世でも夢見た規模だった。

「それは……光栄です」

「ただし」

 カイルは指を組んだ。

「資金が必要です」

 エリナは頷いた。

「四圃制の全面導入には、種子の確保、灌漑設備の拡充、技術指導者の育成……多くの投資が必要ですね」

「その通り」

 カイルは書類を取り出した。

「概算で、金貨百枚は必要でしょう」

 エリナの息が止まった。

 金貨百枚。一億円。

 フェルゼンの現在の財政では、到底用意できない額だ。

「ですが、私には……」

「分かっています」

 カイルは書類をエリナの前に置いた。

「だから、財務省から援助を出したい」

 エリナは書類を見た。

 そこには、援助条件が記されていた。

「金貨五十枚……?」

「はい。無利子で」

 カイルの声が、穏やかだった。

「返済期限は十年。君の改革なら、十分に返済可能でしょう」

 エリナは書類を握りしめた。

 金貨五十枚。五千万円。

 それだけあれば、四圃制の全面導入が可能だ。

「それは……」

 だが、疑問が浮かぶ。

「カイル、なぜそこまで」

 カイルの動きが止まった。

 彼は視線を逸らし、窓の外を見た。

「君の改革を、王国全体に広めたい」

 その声は、低く静かだった。

「フェルゼンで成功した技術を、他の領地でも。そうすれば、王国の食糧生産は飛躍的に増加します」

「それは、財務大臣としての判断……」

「それだけではない」

 カイルはエリナを見た。

 その目に、強い光が宿っている。

「私は……」

 カイルは言葉を探すように、一瞬沈黙した。

 その手が机の上で、微かに震えている。この協力が、仕事の枠を超えた個人的な情熱であることを物語っていた。

「私は……エリナ、君を、応援している」

 エリナの心臓が、跳ねた。

 応援している。

 名前で呼ばれ、その言葉を聞くと、胸に染み込んでくる。

「カイル……」

「君の改革は、素晴らしい。君の知識は、比類ない。君の人柄は、誠実だ」

 カイルの声が、熱を帯びていく。

「だから、私は君の成功を見たい。君が、この王国を変えていくのを、見守りたい」

 エリナは息を呑んだ。

 カイルの表情が、いつもと違う。

 冷徹な財務大臣ではなく、一人の男性として。

 エリナの頬が、じんわりと熱くなった。

 しばらく、沈黙が続いた。

 エリナは深呼吸をし、頷いた。

「ありがとうございます」

「受け入れてくれるのですか」

「はい」

 エリナは書類を見つめた。

「この援助を、フェルゼンの未来に使わせていただきます」

 カイルの表情が、明るくなった。

「そうですか」

「ありがとうございます、カイル」

 エリナは深々と頭を下げた。

 カイルは立ち上がり、エリナに歩み寄った。

 距離が近い。

 エリナは顔を上げ、カイルを見上げた。

「エリナ」

 その声は、優しかった。

「はい」

「君の夢を、聞かせてくれないか」

「夢……ですか」

「ああ。君は、この先どうしたい」

 カイルは真剣な顔で言った。

「フェルゼンを、どんな領地にしたい」

 エリナは少し考えた。

「誰もが、幸せに暮らせる領地に」

「幸せに?」

「ええ。貧困がなく、教育があり、医療があり、文化がある」

 エリナは窓の外を見た。

「そんな領地を、創りたいです」

 カイルは何も言わなかった。

 ただ、じっとエリナを見つめている。

 やがて、彼は小さく微笑んだ。

「必ず、実現できる」

「カイル……」

「私が、全力で支援する」

 カイルはエリナの手を取った。

 冷徹な財務大臣の手と、エリナの温かい手のひらが触れ合った瞬間、一瞬だけ互いの鼓動が重なるような感覚が走った。

 温かい手。

 エリナの心臓が、今にも飛び出しそうだった。

「約束だ、エリナ」

 その声は、真剣だった。

 扉がノックされ、二人は慌てて手を離した。

 オスカーが入ってくる。

「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「あ、ありがとう、オスカー」

 エリナの声が、少し上ずっている。

 オスカーは二人の様子を見て、微かに笑みを浮かべた。

「ごゆっくりどうぞ」

 そう言って、オスカーは退室した。

 再び二人きりになり、エリナとカイルは顔を見合わせた。

 そして、同時に小さく笑った。

「では、私はこれで」

 カイルが立ち上がる。

「もうお帰りですか」

「ええ。王都で、援助の正式手続きをしなければ」

 カイルは扉に向かいながら、玄関ホールの入口で振り返った。周囲に聞こえるかのような声で、敢えてはっきりと言う。

「また、近いうちに」

「はい」

 エリナは微笑んだ。

「お待ちしています、カイル」

 その名前を呼ぶと、カイルの表情がまた柔らかくなった。

「ええ。また、エリナ」

 公的な場所である玄関ホールで、彼が彼女の名を呼ぶ。それは、彼が公私を混ぜ始めている決定的な一歩だった。

 カイルは領主館を後にした。

 エリナは窓から、カイルの馬車が去っていくのを見送った。

 胸が、温かかった。

 彼が手を取ってくれた。

 約束してくれた。

 全力で支援する、と。

 エリナは自分の手を見つめた。

 まだ、彼の温もりが残っている気がした。

 そして、彼が自分を「エリナ」

 と呼んだ時の、あの優しい声。

 エリナは頬に手を当てた。

 熱い。

 この胸の高鳴りは、何だろう。

 マリアが言っていた言葉が、頭をよぎる。

「これは、恋ですよ」

 エリナは小さく呟いた。

「……恋、なのかしら」
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