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番外編 王都の花は誰のために咲く ― 赦しとざまぁのあいだで
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春の陽が王都を包み、白い花が咲き始めた。
あの炎の夜から、幾月が過ぎただろう。
リリアは新しく再建された孤児院の庭に立ち、風に髪を揺らしていた。
「リリア様、こっちの花壇、もうすぐ全部咲きます!」
子どもたちが泥だらけの手を振り上げ、笑顔を見せる。
その声を聞きながら、彼女は小さく頷いた。
「ええ。よく頑張ったわね。……もう少しで、“始まりの庭”が完成するわ。」
エドガーが横から手を伸ばし、鉢を受け取る。
「君がいなければ、誰もここまで来られなかった。」
彼の低い声は、春の風のように穏やかだった。
「皆がいたからよ。……一人じゃ、何もできなかったもの。」
花びらが舞う。
その光景はまるで、過去の痛みを覆う祝福のようだった。
しかし――彼女の胸の奥には、ひとつの影がまだ残っていた。
あの人は、今、どこで何をしているのだろう。
――ルシアン・フェルナー。
かつて「君は情に流されすぎる」と言い放ち、彼女を切り捨てた男。
そして今、罪を背負ったまま姿を消した王子。
孤児院の前を、見覚えのある紋章を掲げた馬車が通り過ぎた。
中から降りたのは、王都の使者だった。
「オルデン嬢にお届け物を。」
差し出された封筒を受け取る。
封蝋には、青い紋章――フェルナー家の印。
エドガーが眉を寄せる。
「……殿下からか?」
「ええ、たぶん。」
リリアは静かに封を切った。
中には一通の手紙と、一枚の絵。
絵には、花を植える子どもたちの姿。
その端に、小さく書かれていた。
――“王都にも、花が咲き始めました。あなたの教えのおかげです。”
たった一行。
けれど、それだけで十分だった。
リリアはそっと目を閉じ、息を吐く。
「殿下は……変わったのね。」
エドガーは静かに頷いた。
「あの人なりに、贖いの道を歩いているんだろう。」
「ええ。……それなら、それでいいわ。」
彼女の声は穏やかだった。
憎しみではなく、静かな“許し”の響きがそこにあった。
王都の広場。
かつて戦火と陰謀の舞台だったその場所に、今は市民たちの笑い声が響いていた。
リリアは孤児たちとともに、街の奉仕活動に参加していた。
道端の花壇に新しい苗を植え、通りすがりの人々に微笑む。
ふと、視線の先に見慣れた青があった。
薄汚れた軍服。
だがその袖をまくり、汗をぬぐいながら瓦礫を片付けるその姿に、もう“王子”の影はなかった。
「……ルシアン、殿下。」
声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
驚きと、わずかな安堵が交錯した瞳。
「リリア……君が、ここに?」
「ええ。花を植えに来ただけです。王都にも、春が来ましたから。」
言葉は淡々としていた。
けれど、その笑みはどこまでも穏やかだった。
ルシアンは少し俯き、かすれた声で言った。
「君を失ってから、何をしても虚しかった。……ようやく、意味を知った気がする。」
「そう。なら、よかったわ。」
リリアは一歩近づき、手にしていた小さな花の苗を差し出した。
「この花を植えてください。……誰かのために咲く花は、美しいでしょう?」
彼は驚いたように彼女を見つめた。
だが、やがて微笑み、静かに膝をついて花を植える。
その姿に、かつての傲慢さはなかった。
リリアは風に髪をなびかせ、呟いた。
「――あなたが、誰かを幸せにできる日を願って。」
彼女が去った後、ルシアンは土に手をつけたまま、空を仰いだ。
花壇に並ぶ白い花が、陽光を受けて揺れている。
まるで過ちの上に咲く“赦し”そのもののように。
***
その日の夕刻。
孤児院の庭に戻ったリリアを、エドガーが出迎えた。
「行ってきたのか。」
「ええ。……これで、本当に終わったわ。」
リリアの声は晴れやかだった。
夕暮れの光が差し、二人の影が並んで伸びていく。
「ざまぁ、ね。」
エドガーが小さく呟くと、リリアは笑った。
「違うの。“ざまぁ”というより、“赦し”かしら。」
「ふたりの違いを、教えてくれ。」
「ざまぁは過去を壊す力。赦しは未来をつくる力。……私は後者を選んだだけ。」
その言葉に、エドガーは目を細め、彼女の肩に手を置いた。
「君らしいな。」
花びらが風に舞い、鐘の音が遠くで鳴る。
焼け跡に立っていた場所が、今は子どもたちの笑い声で満ちていた。
リリアは空を仰ぎ、微笑む。
「ねえ、エドガー。あの時の“ざまぁ”が、今こうして“幸せ”に変わるなんて、不思議ね。」
「それを叶えられるのは、君だけだ。」
二人の視線が交わり、淡い光が差し込む。
リリアはそっと囁いた。
「これは、“ざまぁ”ではなく、“再生”の物語。」
春の風が花を揺らし、白い花びらが空へ舞い上がる。
王都の花は、今日も誰かのために咲いていた。
あの炎の夜から、幾月が過ぎただろう。
リリアは新しく再建された孤児院の庭に立ち、風に髪を揺らしていた。
「リリア様、こっちの花壇、もうすぐ全部咲きます!」
子どもたちが泥だらけの手を振り上げ、笑顔を見せる。
その声を聞きながら、彼女は小さく頷いた。
「ええ。よく頑張ったわね。……もう少しで、“始まりの庭”が完成するわ。」
エドガーが横から手を伸ばし、鉢を受け取る。
「君がいなければ、誰もここまで来られなかった。」
彼の低い声は、春の風のように穏やかだった。
「皆がいたからよ。……一人じゃ、何もできなかったもの。」
花びらが舞う。
その光景はまるで、過去の痛みを覆う祝福のようだった。
しかし――彼女の胸の奥には、ひとつの影がまだ残っていた。
あの人は、今、どこで何をしているのだろう。
――ルシアン・フェルナー。
かつて「君は情に流されすぎる」と言い放ち、彼女を切り捨てた男。
そして今、罪を背負ったまま姿を消した王子。
孤児院の前を、見覚えのある紋章を掲げた馬車が通り過ぎた。
中から降りたのは、王都の使者だった。
「オルデン嬢にお届け物を。」
差し出された封筒を受け取る。
封蝋には、青い紋章――フェルナー家の印。
エドガーが眉を寄せる。
「……殿下からか?」
「ええ、たぶん。」
リリアは静かに封を切った。
中には一通の手紙と、一枚の絵。
絵には、花を植える子どもたちの姿。
その端に、小さく書かれていた。
――“王都にも、花が咲き始めました。あなたの教えのおかげです。”
たった一行。
けれど、それだけで十分だった。
リリアはそっと目を閉じ、息を吐く。
「殿下は……変わったのね。」
エドガーは静かに頷いた。
「あの人なりに、贖いの道を歩いているんだろう。」
「ええ。……それなら、それでいいわ。」
彼女の声は穏やかだった。
憎しみではなく、静かな“許し”の響きがそこにあった。
王都の広場。
かつて戦火と陰謀の舞台だったその場所に、今は市民たちの笑い声が響いていた。
リリアは孤児たちとともに、街の奉仕活動に参加していた。
道端の花壇に新しい苗を植え、通りすがりの人々に微笑む。
ふと、視線の先に見慣れた青があった。
薄汚れた軍服。
だがその袖をまくり、汗をぬぐいながら瓦礫を片付けるその姿に、もう“王子”の影はなかった。
「……ルシアン、殿下。」
声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
驚きと、わずかな安堵が交錯した瞳。
「リリア……君が、ここに?」
「ええ。花を植えに来ただけです。王都にも、春が来ましたから。」
言葉は淡々としていた。
けれど、その笑みはどこまでも穏やかだった。
ルシアンは少し俯き、かすれた声で言った。
「君を失ってから、何をしても虚しかった。……ようやく、意味を知った気がする。」
「そう。なら、よかったわ。」
リリアは一歩近づき、手にしていた小さな花の苗を差し出した。
「この花を植えてください。……誰かのために咲く花は、美しいでしょう?」
彼は驚いたように彼女を見つめた。
だが、やがて微笑み、静かに膝をついて花を植える。
その姿に、かつての傲慢さはなかった。
リリアは風に髪をなびかせ、呟いた。
「――あなたが、誰かを幸せにできる日を願って。」
彼女が去った後、ルシアンは土に手をつけたまま、空を仰いだ。
花壇に並ぶ白い花が、陽光を受けて揺れている。
まるで過ちの上に咲く“赦し”そのもののように。
***
その日の夕刻。
孤児院の庭に戻ったリリアを、エドガーが出迎えた。
「行ってきたのか。」
「ええ。……これで、本当に終わったわ。」
リリアの声は晴れやかだった。
夕暮れの光が差し、二人の影が並んで伸びていく。
「ざまぁ、ね。」
エドガーが小さく呟くと、リリアは笑った。
「違うの。“ざまぁ”というより、“赦し”かしら。」
「ふたりの違いを、教えてくれ。」
「ざまぁは過去を壊す力。赦しは未来をつくる力。……私は後者を選んだだけ。」
その言葉に、エドガーは目を細め、彼女の肩に手を置いた。
「君らしいな。」
花びらが風に舞い、鐘の音が遠くで鳴る。
焼け跡に立っていた場所が、今は子どもたちの笑い声で満ちていた。
リリアは空を仰ぎ、微笑む。
「ねえ、エドガー。あの時の“ざまぁ”が、今こうして“幸せ”に変わるなんて、不思議ね。」
「それを叶えられるのは、君だけだ。」
二人の視線が交わり、淡い光が差し込む。
リリアはそっと囁いた。
「これは、“ざまぁ”ではなく、“再生”の物語。」
春の風が花を揺らし、白い花びらが空へ舞い上がる。
王都の花は、今日も誰かのために咲いていた。
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