ひとりの絵描き

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ひとりの絵描き

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ある時、ひとりの絵描きがいた
毎日毎日絵をかきつづけては完成したものは一つもない
完成したかと思えば薪にし、燃やしていました。
何か一つでも完成させたいと毎日何かに追われながら描き続ける日々
何も残さないまま年を取る恐怖それは何よりも恐ろしく、筆を進める動力源でした。
つらい日々でありながら、絵しか描いてこなかったのでそれ以外のことがわからないのでした。
毎日、朝起きて顔を洗い、歯を磨き、朝食にはパンと目玉焼きを食べて外に出ます。
外で何かを思いつくと、アトリエに戻って絵をかきます。
昼も晩も食べず、ただ自分の納得のゆくまで描き続け、いつも完成するのは月が空の一番高いところに上ってきらきらと輝いているころです。
そこから一度作品を眺めて、
「今日もダメだ」
とつぶやき誰もいないアトリエの中で首を横に振ります。
そして、キャンバスを壊し、暖炉に火にくべます。そして、そのゆらゆら揺れる暖炉の火の中で燃えるキャンバスをを見ながら、コップにコーヒーを注ぎ、明日は何を描こうか考えながらいつの間にか寝てしまいます。
そしてまた次の日もそのまた次の日も同じように毎日を過ごします。

 ある日画材が足りなくなっていることに気づきます、毎日外には出ているので出たついでに画材も買おうと外に出ました。すると古い画材屋さんを見つけました。
お世辞にもきれいとは言えず古びたいまにも壊れそうな建物でした。
しかし、近くにキャンバスを置いておる店が無かったので、仕方なく入ります。
中も外と変わらず古びていましたが、掃除はされていて嫌な感覚は不思議となかったです。
入ってドアのベルがカラン、カランとなると奥からピシッとスーツを着た紳士な老人が出てきて尋ねました。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」
その優雅な優しい雰囲気に会ってまだ一言も話してもいないのにぽろっと自分が日頃思っていることが自然と口に出てしまうのでした。
「自分は名もなき絵描きです。毎日絵を描いては納得いかず燃やして捨ててしまいます。絵を燃やしたいわけではないのです。しかし、自分の絵にはいつも何かが足りないのです。お願いです。絵を完成させたい、完成させたいのです。なので完成できるキャンバスをください。」
口から出た言葉に驚きを隠せずにいると老人は優しい笑顔でこう言います。
「ありますよ。あなたが本当の絵描きになれるキャンバスが。」
こんなよくわからない注文に答えてくれるなんて…もう勝手なことを言わせないと閉じていた口がこの言葉を聞いてぽかんと開いてしましました。
「あるんですか?完成できるキャンバスが…」
「ございますよ。ご案内します。」
連れられると、そこには真っ白なキャンバスが一つ置かれていました
「こちらが完成できるキャンバスでございます。」
どう見ても普通のキャンバスだったのですが、長年の思いを叶えてくれる、そう信じて自分の持っているすべてのお金を使い買うことにしました。
会計をしているときに老人が説明してくれました。
「このキャンバスは理想の絵を描くのではなく完成させるキャンバスです。私もあなたの絵の完成を楽しみにしております。まぁもう明日には見れると思いますが」
老人は最後にニカっと笑い見送ってくれました。
とても不思議なおじいさんでした。

 老人に見送られ、最後に言っていた言葉を頭の隅に置きながら、すぐにアトリエに戻り構想を練ります。
いつもより早く筆も進み、これは完成させれるんじゃないかと心も踊ります。
時間は進み気づくと絵は完成していました。
いつもと同じように作品を見直します。
「やっぱりだめだ」
いつものように自分の絵には何か足りません。
絵は完成しなかったのです。
絵描きは後悔しました。
こんなキャンバス一枚に大金をはたいてしまったこと、あんなやさしそうな老人に騙されたということ、
そしてなにより一番悔しいのが絵が完成しなかったこと。
冗談でも奇跡でもとキャンバスに頼った心がとても苦しくなりました。
しかし、時間は進み続けます。絵は描いたら戻りません。
ふらふらとキャンバスに近づき、完成しなかった絵を暖炉に投げ入れ、火をつけました。
ゆっくりと燃え上がり、真っ赤な炎がゆらゆらと揺れています。
絵描きはその火を眺めながら、明日はまたキャンバスを買いに行かないと、次は何を描いたら…など、まとまらない頭を整理する元気もなく、いつの間にか寝てしましました。

 朝になりました。いつもと同じように太陽の光がアトリエに差し込みます。
絵描きものそのそと起き上がりいつもと変わらない日常を過ごそうと動きます。
しかし、ちょっとした変化に気が付きます。
真っ白なキャンバスが置いてあるのです。
昨日、燃やしたはずのキャンバスがアトリエのいつも絵を描くところに置いてあるのです。
絵描きは気づくとパッと目が覚め頭を働かせます。
キャンバスを手に取り見回します。大金をはたいて買ったキャンバスです昨日のうちによく見ていたので、ちょっと見るだけで昨日買ったキャンバスだとわかりました。
「これは完成できるキャンバスだ間違いない!!」
驚きとうれしさがぐちゃぐちゃになって、言葉になりました。
これは、やり直せるキャンバスだったのです。
少し落ち着き何が起こっているのか確認してみると、
ちょうど昨日画材がなくなって買いに行った時からから変わってないのでした。時間が巻き戻ってまた描き直せるのです。
自分が不安に思っていたものが氷が水になるように溶けていくのがうれしくて仕方なかったので、朝ご飯、歯磨きも忘れてまた真っ白になったキャンバスに絵を描きます。
悩みがなくなった絵描きは、いつも以上に筆が進みます。もう何でも描けるような気持ちでいっぱいにになりながら描き続けます。
描き終わったのは月が頭のてっぺんできらきらと輝いているときでした。
絵描きはふぅと息をつくと描けた絵を眺めます。
気持ちの乗った絵はとても素晴らしく今までの自分では描けない。
人生の中で一番にうまく描けたのではないかと思える出来栄えです。
「完成だ」
自然と口から漏れていました。もう怖さにおびえず日々を過ごせる。自分は絵描きになったんだと嬉しくなりました。
絵具も乾きキャンバスを額に入れ部屋の真ん中に飾りましたどう見ても完成です。
もう言葉では、もう体では、表しきれない喜びが絵から、自分の体からあふれています。
しかし、体は朝も昼も夜もずっと通しで描いていたのでもしかしたら時間も自分が思っているより立っているのかもしれない。
そう思ったとたん。体の力がすっと抜け寝床に向かう頃には力尽き眠りにつきました。
次の日の朝、とても気分よく起きることができました。いつもと違う新しい朝です。
すぐに昨日描けた絵を見に行こうと立ち上がります。
しかし、昨日描けたはずの絵はどこにもありません。あたりを見回しても盗まれた形跡もなく、ないのです。
探し回って見つけたのは昨日と同じ場所にある、真っ白なキャンバスです。額も昨日飾る前の場所にありました。
絵描きは悩みました。昨日のは完成じゃなかったのか?昨日、描けた絵は疑うことなく最高傑作だったはずなのに、なぜ?色んな事を考えました。
これは完成させるキャンバスではなく悪魔か何かが作った完成させないキャンバスなのでは?
信じたのに、騙されてしまった。
昨日あった絵への思いもなくなってしまい、悔しくなって悲しくなって、怒りもわいてきました。
いろいろな感情を一日中出し続けていました。キャンバスもその間にズタズタにしてしまい。キャンバスの見る姿もありません。
自分の中にあったものをすべて出し切った後、疲れ果てて寝床に着きました。
また朝が来ました。
絵描きはふらふらと起きてはいつも通りに朝の支度をはじめます。
朝の支度を済ませるとアトリエを見てみます。また時間が戻ったのかキャンバスはきれいなままです。
飽きれてしまいました。
しかし冷静な絵描きはいろいろ試しました。
まず、キャンバスを買ったお店に文句を言いに行こうとすると、店の前にはclauseの看板がかけてあり、一日待ちましたが開くことはありませんでした。
せっかく戻るのだからいろいろしてみようと一日で行ける色んな所に行きました。
あまりお金もなければ、絵を描くしかしてこなかったので趣味もありません。すぐに飽きてしまいました。
悪いことも考えましたが、したとたん元の時間に戻ってしまったらたまったもんじゃないと思い、悪いことは一つもしませんでした。
何日たったのでしょう。絵描きが思いつくことはすべて試しても時間が戻ることはありませんでした。
人に話を聞いても一日たつと元に戻ってしまう。なんと悲しくてつまらないのでしょう。
後は、絵を完成させるだけです。何日も色んなことをしたので、絵を描くことも久しぶりでしたが、いやではありませんでした。
自分の最高傑作を超える、完成をキャンバスに作らなくてはならないので、ぐっと筆に力が入ります。
しかし、何回描いても、描いても、時間は戻ります。何回かに一回完成した作品を額に飾っても、またきれいな真っ白なキャンバスに戻ります。
やけくそになりそうでしたが、いつか戻るだろうと、毎日描き続けます。
時間は進まなくとも、毎日同じように繰り返すだけです。
絵描きはいつものように朝、散歩をしに出掛けます。いつもと違うことをしようと歩くルートを今日は変えてみました。見るものも変えてみようとあたりを見回すと、絵を見つけました。
その絵に人が集まっているわけでもない、特別美しいわけでもなく、ただリンゴとワインが描かれている平凡な絵でした。
この絵を見てふと昔の自分を思い出しました。
昔から絵を描くのは好きでした。毎日絵を描いてはお父さん、お母さんに見せては二人の驚く顏だったり、笑ったり絵を見せるのが毎日とても楽しかった。そこから大きくなっても色んな人に見てもらっては色んな人の反応を楽しんでいました。しかし、今は絵を描くばっかりで一人で自分の絵の良し悪しを決めていたのです。
ふと気づくと、絵を眺めて長い時間がたっていたことに気が付きました。絵描きは走ってアトリエに戻ります。描きたいものは見つかっていません。何も思いついてはいませんが、今、描かないと一生ここから出られないと思ったからです。
ただがむしゃらに筆を進めます。しかしつらくありません。この気持ちが何なのかはわからないが、今は思うままに筆を進めました。
そして完成したのはリンゴとワインの絵でした。それも朝見た絵よりお世辞にも上手とは言えないものでした。昔の自分なら見たとたん捨てていたような、お粗末な絵です。
絵描きはそれを捨てず、額にも入れずに脇に抱えアトリエを飛び出しました。
外は真っ暗でただ街灯の火が灯っているだけです。その中をただ走ります。
足が止まったのは、完成できるキャンバスを買った店の前です。clauseの看板がいつも通りかかっているだけで変ったところはありません。何回見てもかかったままです。絵描きは肩を落としその場から立ち去ろうとすると、お店の明かりがパッとつきました。そして入り口から出てきた老人はとてもやさしい笑顔で、
「あなたの絵が完成するのを心待ちにしていました。」
絵描きはあふれる涙を止められませんでした。
「さぁ、ぜひ中にお入りください」
老人に誘われ、店の中に入ります。
絵描きは老人にたくさんのことを話しました。時間のこと、これがどうやってできたか、本当にたくさんの話をしました。絵描きはそれはもう長い時間を過ごしてきたのですから。
最後に絵描きは、
「あなたに見てもらえて満足です。多分、こんな下手くそな作品あなたにしか見せられません」
老人は小さくうなずくと
「たくさんのお話ありがとうございます。今日はもう遅いのでここで泊まっていってください」
絵描きは申し訳ないと頭を下げながら泊まらせてもらうことにしました。
正直なところ、もう力を使い果たし、立つ元気もありません。
言葉を聞き礼を言った後には、イスに座ったまま寝てしまいました。

 朝になり、絵描きはイスからゆっくり目を覚まします。そして目が冴えてくると昨日のことを思い出します。
「昨日はいい一日だったな。」
思い返しているうちに昨日描いた絵がないのに気づきます。
慌てて、周りを見渡していると老人に声をかけられます。
「おはようございます。よく寝られたでしょうか?。ベッドまで案内できずに…」
言い終わる前に絵描きは問います。
「絵はどこに行ったのです!?またここは時間が戻った世界なのですか?自分はずっと繰り返したままなのですか?」
絵描きは自分の思ったことをすべて老人にぶつけます。
すると老人はびっくりすることもなく、答えます。
「落ち着いてください、一つずつ確認していけばいいでしょう。絵はあちらにあります」
老人が示した先はこの店の入り口ですよく見ると入り口の横にキャンバスがあります確認しに表に出ると描いた絵が飾ってあるではありませんか、絵描きはびっくりして店に戻り老人に問います。
「あんなダメな絵は完成じゃない、人に見せられるものじゃない…」
早く片付けてくれと言おうとすると、老人の言葉に遮られます。
「あの絵は完成です。」
絵描きは意味が分かりません言葉を忘れた口は開きっぱなしです。
老人は続けます。
「絵描きというのは自分一人で完成するものじゃないと私は思います。このキャンバスもあなた以外に見てもらえなくてさみしい思いもしたでしょう。あなたは誰かに絵を見てもらい始めて絵描きになったのです。ちなみに、昨日、私に見せた時にはもう完成して力もなくなっているのですが、こんな素晴らしい絵、私だけが見るのでは勿体無いと思い、飾らせていただきました。」
老人は優しく、そして、力強く話してくれました。
絵描きはもう一度絵を見に行きました。すると、自分の絵をちらっと見て立ち去る人だったり少し前に立ち見ていく人がいたり、「きれいね」と話しながら歩いていく人もいました。
絵描きは昔感じていた感覚を思い出します。
この絵を描いていた時の気持ちは昔からあったんだ、昔の絵を描くのが楽しいという気持ち、絵で誰かを幸せにしたいという気持ちだったことに気づきました。昔の僕のほうが、立派な絵描きじゃないか。
こんなことを考えながら立ち尽くしていると、隣に老人が立っていました。
老人は話します。
「この度はキャンバスをお買い上げありがとうございました。お気に召していただけたでしょうか?」
絵描きは清々しい顔で答えます
「はい、大満足です。完成できるキャンバスのおかげで絵が完成したことはもちろん、何よりうれしいのは僕が絵描きになれたことです。これからも絵を描き続けていきたいと思います。」
それを聞くと老人はにこっと笑い、店に帰っていきました。
絵描きもまた、絵を描くためにアトリエに戻ります。
これからも絵描きは絵を描き続けます。いつまでもいつまでも。








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