エイトゲヘナ~出会って秒で食べられました、けど今は凄く幸せです~

中谷 獏天

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227 幻覚と幻聴。

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《どうして、何もしてくれないの》

 また、いつもの様に聞こえる声。
 娘と同じ姿をした、幻影。

 それは私の罪悪感。

『何故、無視するのですか』

「えっ」
『それともお知り合いでは有りませんか』

「アナタにも、あの子が見えるの」
『はい、見えますし聞こえますが』

 まさか、本当に居るだなんて。

 いえ、違う。
 ココは地獄なんだから、寧ろあの子は。

《お母さん》

「ごめんなさい」

《だけ、なんだ》

「私、アナタが本当に居ると思わなくて、だから」
《だから何?》

「だから、本当にごめんなさい」

《謝るだけ?誰の子供か分からない、そんな子供を孕んで産み育てて、更に苦痛を与えたのはアナタなのに?謝るだけ?》

「ごめんなさい。あの頃は、まさかそんな事になるなんて、思わなくて」
《考えたの?》

「いえ、あの時は、考えもしなかった。けど今は」
《今は違う筈なのに、謝る、だけ?》

 今なら分かる。
 償いについて考えるべきだった。

 なのに、考えなかった。
 今まで、ずっと。

「ごめんなさい、どう、償えば良いか」

《ちゃんと考えた?》

「まだ、けどあまりに、酷い事をしたと。それで」

《向こうでは謝りもしなかったから、謝る、だけ?》

「ごめんなさい」

《ずっと、無視し続けていたのに、謝るだけ?》

「本当に、ごめんなさい」
《前より考える頭は有るのに、それだけ?アナタ、こんなバカの何処が好きなの?》

 そうだ、彼と待ち合わせをしていて。

「いつから」
『どうやら僕は、幻想を抱いていたらしい』

「待って!反省してるの!もうしないから!!」
『やっぱり、本当に君の子供なんだね』

「アナタにも、見えて」
『いや、けれど同じ気配を何度も感じていたよ』

「なら」
『ただ君に執着する幼い何か、それこそ単なる幽霊かと思っていたんだけれど、どうやら違ったらしい』

《私は愚かじゃない、だからアナタに不快感を与えるつもりは無かった。ただずっと、考えて欲しかっただけ》

 なのに私は。

『そう、君は償わなかったんだね』

「違うの」
『マトモなら、誰の子か分からない、なんて事はしない。けど君は教育の問題か何かは分からないけれど、明らかに間違った。いや、間違い続けた』

「それは」
『間違いは過去の事、もう終わった事の様に君は思っていた。だから君の子供が何度も何度も目の前に現れても、幻覚や何かだと決め付け、誰にも何も言わず何もしなかった』

「ごめんなさい」
『だから、僕の情愛は、霞の様に消えたんだよ』

「お願い!何でもするから!!」
『それは僕に言うべき事じゃない、寧ろ彼女に言うべきだった事。本当に君には、がっかりだよ。今後一切、関わらないでくれ、反吐が出る』

「そんな、愛してるって」
『もし逆なら、君には受け入れられるのだろうけれど、僕には無理だ』

《だから、謝るだけ?って聞いたのに》

 本当に、居るだなんて思わなかった。
 本当に、ココに居るだなんて。



《確かに声は聞こえたが、俺には見えなかったんだが》
『霧の精霊種です』

《あぁ、それでか》
『どうして謝れば済むと思えるのでしょうか』

《自分に相当価値が有ると思い込み続けてるか、謝った事すら無いか、若しくは何かが足りないか》

『学園は卒業しています、知能は足りている筈ですが』
《じゃあ性根だろうな。可哀想と言えば可哀想だが、コッチでの事は、確実に自業自得だ。後ろ暗さから誰にも相談しなかった、ただ謝るだけ、マトモな大人なら償いの提示はすべきだ》

『でもしませんでした』

《終わった事、過去の事にしたいから、敢えて触れなかった》

『分かりません、見ないフリをしても、そこには存在しています』

 けど、出来るんだよな。
 しかも、本当に忘れる事が出来る。

《あそこにリスが居るだろ、アレと同じだ。餌を埋めた場所は忘れるし、餌をやれば幾らでも食う、つまりはそう言う事だ》



 償いの為にもと、私は教師となった。
 今日は、初めての授業。

「では、授業を初めますね」
「先生、先ずは質問を宜しいですか」

「はい、どうぞ」
「もし子供が病気になったら、家族歴、病気に対する情報が片手落ちになるんですが。そこはどうお考えだったんでしょうか」

「全く、考えて、いませんでした」

 産めば何とかなるだろう。
 周りが何とかしてくれるだろう。

 もしダメなら、仕方無い。

 その程度しか考えていなかった。
 いえ、そもそも、考えるとは言えない領域だった。

 そう感じる。
 何となく、そう思っていた、だけ。

 実際の、現実と向き合う事なんて、対処なんて。
 何も、出来ていなかった。

「お子さんが健康だったからこそ、考えず悩みもしなかった、それで合っていますか」

「はい、死に至らしめなかったのも、子供が健康で賢い子だったから。私は感謝する側、謝罪し、償う側です」
「では当時、もし謎の病に罹っていたら、どうなると思いますか」

「現実を拒絶し、パニックを起こし、放置死か暴行死。運が良ければ、施設へと預けられる事になっていたと思います」

「コチラで婚約していたそうですが、罪は許されていた、そう考えていたのでしょうか」

「はい、私は死んだのだから償った。良い人生を送れているから、もう、許されたのだと。そう勝手に、勘違いしていました」

「つまり、考える力が有ったにも関わらず、以前と同じ様な思考をしたのでしょうか」

「はい、魂の思考の癖、だそうですが。大元の、魂の性根が、基本的には逃避を選ぶ性根だったのだと思います」

《だから、謝るだけ、ですか》

 子供の声が。
 あの子が、ココに。

「ごめんなさい」

「私達に謝られても困るんですが」

 居ない。
 居た筈の席には、別の子。

「すみません、私の子供はコチラに居ます。そして幻の様に現れ、消え、時には声だけが聞こえる事もあります。謝るだけなのか、と」

「コチラでも供養し続ける方、償い続けている方も居るとお伺いしていますが。本当に、何もなさらなかったのでしょうか」

「はい。私も、辛い思いをした、だからおあいこだ。そのまま、深く考えず、そのままで過ごしていました」

「では、いつ、償うべきだと気付きましたか」

「婚約破棄をされ、その後、考える時間が有り。その時に、初めて、考えるに至りました」

《ずっと、声が聞こえていたのに》

 また、娘の声が。

「はい、ずっと声が聞こえていたのに。単なる私の罪悪感が生み出した幻聴だ、幻覚だろう、そう何も考えない事で逃げていた。無意識に、無自覚に、そうしていたのだと思います」

《本当は分かっていた》

「心の何処かで、頭の片隅では分かっていたのだと思います。最初は単なる開き直りが、徐々に、逃げへと変化した。向き合う事が、どれ程難しい事か、償いがどれ程に難しいか」

《だから逃げた、謝罪だけで済まそうとした》

「私は無意識に無自覚に、拒絶した、拒否し逃げた」

「では、全ては前世のせいですか」

「いいえ、全ては、私の浅はかさ。馬鹿で愚かで、どうしようも無かった私が、全て私のせいです」

《でも、謝るだけ》

「この教壇に、悪しき見本として立つ以外、他に何をしているのでしょうか」

「子を持たぬ事、婚姻を成さぬ事、生き続け償いを模索し続ける事です」

 今なら分かる。
 どれだけの事をしてきたか。

 ココでも、どれだけの事をしたのか。

 無視をした。
 罪悪感すら負う事はしなかった。

 罪から逃げた。

 向こうでも、ココでも。
 私は罪を重ね続けた。

「ありがとうございました、頑張って下さい。私も、同じ思いをしたら、親だろうと絶対に許せませんから」



 愛した相手が腹違いの兄だと知った時、私は激しい嫌悪感と共に嘔吐していた。
 どれだけ、自分達の子供に問題が出る確率は低いと言われても、どれだけ赤の他人だと言われても。

 私には、無理だった。

 腹違いとは言えど、実の兄を愛せた自分、愛してしまった自分が許せなかった。
 そして何より、私を受け入れようとする彼が、悪びれない母が許せなかった。

 結婚前に体を許してしまった事も、私自身も、何もかもが許せなかった。
 嫌になった。

 だから私は、もう、本当は死に続けたかった。

 消えたかった。
 誰とも関わりたく無かった。

 けれど、ココで生まれ変わってしまった。

「自業自得なのは分かる、けど、お願い!どうか償わせて!!」

 ずっと、そうやって苦しみ続ければ良い。

 私が受ける筈だった白い目、軽蔑する様な視線を。
 ずっと、浴び続ければ良い。

 アナタが思い至らなかったせいで、私は苦しんだ。
 その償いに、一生を掛ければ良い。

 絶対に、狂わせない。
 やっと、マトモになったんだから。

 最後まで、その正常な頭で、一生苦しめば良い。
 老いても尚、死の恐怖に怯えながらも、ハッキリした意識の中で生き続ければ良い。

 悪しき見本として。
 今はマトモな者、として、前世の愚行を伝え続ければ良い。
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