松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第12章 記憶を失くした男と女。

4 記憶を取り戻した男と女。

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 やっと、会せてくれるらしい。

『どれどれ、気まずい再会を果たした初恋の相手は、彼女で合ってるかな?』

《口裏を》
「僕は友人に、敢えて惚れたと伝えた。とは言ったけど、誰に惚れた、とは言って無いよ」

《うっ》
『あ、ほらほら、お化粧が崩れちゃうよ』
「ご覧の通り、恥ずかしがり屋なんですよ」

『大丈夫、アレに靡く程、コイツは愚かでも無いし歪んでもいないよ。けれどもし不安なら、俺が』
「コイツの方が酷い浮名の流し方をしているんだ、一時期は10人以上が恋人は自分だと言い張っていたからね、間違ってもコイツだけはダメだ」

『けれど結婚し、今は一夫一妻制に落ち着いている』
「表ではね、裏は知らないよ」

『俺なりに助言をあげてたつもりだったんだけれど』
「それは有り難いと思っているよ、偽装も手伝って貰ったんだ」

《アレの、何が良いんでしょうか》

『自分の外見に自信が無いか、仕事が相当負担で簡単に操れる者で憂さ晴らしがしたいか、壊したいか。又はそうした歪みを色々と持っているか、自尊心を満たしたいか、子が出来無い快楽だけ欲しいか』

「敢えて何度も病気を移されたんだよ、最初に移された女が逆恨みしてね、それに乗じて男達が不妊にする為に策を弄した」

《顔が良いのも大変ですね》
『あまり妹さんを心配していなさそうで安心したよ、いずれは相応の夫と一緒になるそうだよ』

《父はアレに甘かったので心配はしていませんでしたが、最後まで甘いんですね》
『それはどうだろうね、産めないなりの扱いを正妻として受ける、って事だからね』

 周囲からは不妊の原因を聞かれても、自身の為にも決して言えない。
 責め立てられ、時に罵られる、それが長ければ長い程に続く。

《あぁ》

『良いね、察しが良い子だ。コレがダメならウチの養子においで、幾らでも良い男を』
「こう口説かれたく無かったんだ、分かってくれるよね」

《どんな方を》
『先ずは弟分の家から案内しようか、古物屋の若旦那で、奥方も良い人なんだよ』
「止めてくれませんか、彼女に働きに出られたら困るんです」

《何故ですか》

「好きだからに決まってるじゃないか」

 真っ赤になって。
 うん、良いね、悪い噂もコレで直ぐに払拭されるだろう。

『うん、奢ってあげよう、良いモノが見れたからね』

《ありがとうございます、ハンブルグステーキが食べてみたいです》
『良いよ、何でも頼んでおくれ』

「もう、僕の分も好きに頼んでくれて構わないよ」
《エビフライが食べてみたいんですが、一口頂けますか》

「良いよ、幾らでも」
『ついでに祝杯も、ワインも頼もう』

 コレでやっと、妻にも良い報告が出来る。

《お帰りなさい》
『ただいま、女性と会ってきたよ』

 この、文句を言うか言うまいか、どう文句を言おうかしている顔が堪らない。

《そうですか》
『例の友人と、その妻になる予定の女性だよ、少しは妬いてくれたかな?』

《相応には》
『なら良かった、後で詳しく聞かせておくれね』



 どうして女性には処女膜が有り、男性には相応の物が無いのでしょうか。

「疑いは、晴れて無さそうだね」
《そうですね、男性にも処女膜相応の物が有れば良いんですが》

「そうだね」

《それに、初めては良くないと、使用人達が話してましたし。やはり何か、ご経験が有るのでは》

「もし有ると言ったら、嫌になるんじゃないかな」

《そうですね、永遠に疑い続けるか嫉妬し続けるだけでしょうし、やはり他の》
「君、抱かれても諦めないんだね」

《抱いてどうにかなると思っていたんですね》
「いや、けれど期待は有った」

《やはり童貞を》
「君とするまでは童貞だった」

《こう、真の童貞を》
「そんなに上手かったって事で良いんだろうか」

《では比べる為にも》
「君にも清くあって欲しい」

《血は出てませんよ》
「出ない場合も有るそうだよ。でも、あの痛がり方は演技だったんだろうか」

《そのご判断が出来る、と》
「それは、本当に初めてだったんだけれどね、どう証明すれば信じてくれるんだろうか」

《信じる利が無いので》
「なら、試してみて他もこうだったら?」

《ぐっ》
「上手い下手はどれだけ我慢出来るか、それと愛情の有無だそうだよ」

《後付けに聞こえるんですが》
「君が上手くなれば良いんだよ、僕を練習台にして、虜にすれば良い」

《下手でしたか》

「もしかして作法を、本当に何も知らない?」

《はい、そうですが》
「書庫に置いてあったんだけど、見て無いんだね」

《そんな物が置いてある場所に良く寝起きさせましたね》
「あわよくばと思ってね、それに書斎に置くワケにもいかないし」

《本だけで分かるものですか》
「勉強の為に実物を見に行った事も有るけど、そこは見るだけ、お触り厳禁だからね」

《行ってみたいんですが》
「先ずは本から、それに大差無いよ、相当のでも無ければね」

《相当の》

「分かった、そうした場所にも連れて行くけど、僕の妻として行く事。絶対に離れない、浮気しない、良いね?」
《はい》

 一体、どんな場所なんでしょうか。
 異性の裸体を見る場、だなんて。



「感想は」

《早かったですね》
「僕は我慢していたし、アレはきっと溜まっていたんだよ」

《つまり旦那様は》

「分かった、失敗しない様にズルをした、前日に少し減らしておいたんだ」
《何故ですか》

「女だけが、体を使って繋ぎ止めようとするワケじゃないんだよ」

《そんなに良いんですか、成程》

「それは、君は、実はあまり良くなかったって事だろうか」
《痛みが勝ってましたので、はい》

「だよね、初めてなんだし、そうだよね」

《良くなるんでしょうか、相性がどうのと》
「同じ相手と続けていればね、相性なんてのはヤりたいだけの男の口実だ、信じたらダメだよ」

《ですけど他を》
「もっと良くさせるから結婚しておくれ」

《性欲で求婚はどうかと》
「寧ろ嫉妬だね、他の男で高まってたらと思うと腹立たしいし、性欲も有る。大体の男は4日で溜まるらしい」

《ではまだ1日余裕が有りますね》
「僕は3日かも知れないよ」

《大変でしたね》
「まさか同情されるとは。いや、そうなんだよ、可哀想な僕を慰めて欲しいな」

《成程、そうやって口説いてらっしゃったんですね》

「まぁ、そうだね」

 手練手管を発揮すればする程、ドツボに嵌ってしまう。
 慣れて良い事なんか、全く無いじゃないか。

《私の為に、練習していたのなら良かったんですけどね》
「そう言う事にしておいてくれないかな」

《今までの女性全てが、練習台》

 そう思って欲しい反面、そう思って欲しくないとも思う。

「そこを、否定すべきかな」
《今までの女性に失礼ですよね》

「そうだよね」

 忘れなければ良かった。
 彼女の事も、許嫁の約束も。

《心の何処かで覚えていたので、そうなってしまった、とか》
「その口実を使わせてくれるのかな?」

《アナタが練習台になるなら》

 酷い家庭を見て育ち、僕には黙って家から連れ出され、使用人扱いされた。

 平凡で平穏な男を求めるのは当然だ。
 なのに直ぐには離れず今も傍に居てくれている、少なくとも、そこだけなら希望は有る。

「そのまま夫に昇格出来る様に、僕も精進するよ」
《ダメです、下手なままでお願いします、練習台にはなりたくありませんから》

 こうして何枚も上手な方が、僕は良いんだけれどね。

「分かった、上手くならない様に努力するよ」



 偶に匿名希望の方からお手紙を頂き、こうして作家先生が手直ししつつ、作品として仕上げる事が有るんですよね。

「で、今回は佐藤先生が仕上げて下さったんですよ」
《あぁ、そうなのね》
『騙されんなよ、それも本当だか分からないぞコイツは』

「えへへへ」
《まぁ、林檎君。でも面白かったわ、実は繋がっているかもだなんて、先生が違うとどうしても考えない事だもの》
『俺のは連なってる前提だからな』

「例え何の繋がりが無いとしても、文字が無い分、どうしても何かに関連付けられてしまいますから。出来るならコチラで誘導したいですしね」
『だとさ、ほらもう乾いた、サッサと持って行け』

「はーい」

 そして僕は原画を筒に入れ。

《またね林檎君》
『じゃあな、暑さで倒れんなよ』
「はい、お邪魔しました」

 そして僕はそのまま汽車に乗り、佐藤先生の家へ。

《あぁ、評判が怖いなぁ》
「大丈夫ですよ、混ぜた事で更に現実なのか虚構なのか曖昧になって、凄く良いですよ」

《でも何か、まるで自分の物にしてしまった様で》
「そもそも先生宛に来られたお手紙なんですし、本題を見極めて下さるなら如何様に改変頂いても構いません、とも一筆書いて下さってるんですから。大丈夫です、いざとなれば僕を言い訳に使って下さい、編集のせいだーって」

《いや、君には世話になっているし》
「慣れて下さい、コレからもこうしたモノが届く筈です、問題は本題を見誤らない事。コレは貞操と愛と権力、以前と同じ本題ですから大丈夫、僕を信じて下さい」

《批判は纏めて軽く簡潔に》
「お褒めの手紙はそのままに、はい、今月の分です」

《有り難う、お給料と手紙の束は、妻の次に大好きなんだ》
「ちゃんと検閲しましたから、先ずはお金を数えてから」

《あぁ、そうだね、確認確認。ひい、ふう、みい……。はい、確かに》
「はい、次にコチラを読んで、それでも不安ならお電話下さい。他の作家先生に来られた批判を読んで差し上げますから」

《それはそれで興味が有るけれど》
「その前に先ず、素直に感想を受け取ってあげて下さい、もしかしたら僕のも混ざってるかもですし」

《そう言えば林檎君の字は癖が少ないね》
「子供の頃から宛名書きもしてましたから、色んな人の字を見てこうなったんだと思います」

《成程、それで悪筆も読めるワケだ》
「先生の原稿は字も綺麗で大好きですよ」

《ふふふ、僕は恵まれてるね、他は良く喧嘩したりしてるそうだし》
「社のお陰、社長の采配のお陰ですよ、合う先生に当ててくれてるんです」

《となると、あの先生もかい?薔薇作家や百合作家の》
「さぁ、どうでしょう」

《林檎君》
「じゃ、失礼しますねー」

 きっと読者の皆さんは、この匿名希望のお手紙を一体誰が出したのか、気になりますよね。

 僕としては、本命はこの旦那さん、奥様に愛を伝えたくて必死に書き上げたのではと。
 2番手は旦那さんの悪友、友人を援護する為、改変して送った。

 で、大穴は、奥様のお父さん。
 懺悔にはピッタリですからね。

 まぁ、真実が分かれば必ずしも面白いとは限らない、実は結婚を断って後悔している奥様からの手紙かも知れない。
 うん、やっぱり物語って楽しいなぁ。

「あら林檎ちゃん」
「あ!奥様、また来ますねー!」

「はい、またねー」
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