悪魔貴族譚~ノビリタス・ディアボロス~

中谷 獏天

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第11章 東の王族候補と。

1 魔獣と帝国の家政婦。

 私は、帝国の城内にて家政婦ハウスキーパーとして働いている庶民の女。
 主に調理場で働き、真夜中に起き登城し、昼飯と共に自宅に帰る日々を送っていた。

 半ば趣味の為、子が居ないが為に。

 けれど、もう無理だ。
 帝国にも一定数、碌でも無い者が居る。

 それは私の夫。

『彼は、一体』
「お気になさらず、先ずはコチラを、流石にコレ位は読めますよね」

 私が夫に差し出した紙は、国の法執行機関からの正式な書類。

『何で』

「身に覚えが無い、とでも」

 やっと、同席している者が執行官だと理解しましたか。

『ごめん、何か誤解が』
「コチラのお手紙に見覚えは」

 女とのやり取りまで出させたのは、アナタが認めないからですよ。

『ほんの、出来心で』
「ほんの一瞬の出来心であれ、万が一にも病気を移されては困る、そんな事も分かりませんか」

 庶民にも学ぶ機会が与えられる。
 それこそ専門的な事なら、何でも。

 しがない職人の男と、それなりに好き合い結婚した、そのつもりだった。

『もうしない』
「しないのが私の普通です、順序を間違えましたね、離縁してから他の女を誘うべきだった」

『違うんだ、コレは』
「手紙のやり取りを断る権利も立場も、無かったとでも」

 黙るか、開き直るか。
 今までは、互いに欠点が有るからこそ、黙認していましたが。

『いや』

「で」

『本当にごめん、けど彼女とは何も』
「中身を拝見させて頂きました」

『いや、それは』
「肉体関係が、今は、無いだけでは」

 執行官は嘘を見抜ける、との噂が有る。
 そして下手に嘘を言えば、不利になるとも。

『君を、悲しませるつもりは』
「私、夫の浮気を喜ぶ様な妻だと思われていたんでしょうか」

『いや』
「ご自分の時間が欲しいと手紙で仰っていましたし、どうぞ、幾らでもご自身にお時間をお使い下さい」

『それは』
「対して情愛は無い、寧ろ好みなのは君の方だ、早く会いたい。もう、何時でもお会いになれますよ」

『本心じゃ無いんだ、本当にすまなかった。せめて、もう1度だけ機会を』
「私の中では、何度も機会を与えていました、結婚前から。以前の女との手紙を言われるまで処分しなかった、私を対して褒めもせず、他の女を褒める。疲れているから、眠いからと深刻な話し合いを中断し、且つ自分から再開しなかった。ご記憶に無いなら、日付もお教えしましょうか」

 お互いの欠点に目を瞑る事も、1つの愛だと思っていた。
 けれど、何事にも限度が有る。

『直す、だから』
「自身を省みず、直す前に浮気をしようとしていたワケですが、離縁を突き付けられて初めてご自身に欠点が有ると分かった。とでも」

『いや、けれど』
《離縁をお認めにならないなら、正式な裁判への移行となりますが、ご理解しての事ですか》
「荷物は既に纏めています、後はアナタの署名だけ、です」

 戻れる様な家は無い。
 それが、ココまで舐められるとは。

『本当に、すまなかった』

 彼は署名し、その財産の殆どを私に譲渡する事となった。
 希望金額満額での決着。

 不妊は、どちらが理由かは分からない。

 けれど離縁に至る理由を作った場合、相手の時間を削った代償を支払う事になる。
 だからこそ、確実な証拠か、執行官の見極めが必要となる。

 不貞を働こうとしなければ、半々の財産分与で済んだものを。

《お送りします、遅いですから》

 傍から見れば覆いを被った不審者。
 けれど彼は、国が認めた執行官。

「ありがとうございます」



 彼女は用意が良かった。
 既に家を借り、離縁提案日には既に、引っ越しを終えていた。

 ココまで至る間に、多かれ少なかれ気付かれる場合が多いと聞く。
 けれど相当に鈍感なのか、元夫は全く気が付いてはいなかった。

《1つ、宜しいですか》

「事と次第によりますが、何か」
《アレの何が良かったのでしょうか》

 鈍感でものぐさ、真面目でも誠実でも無い。
 そして一途でも無く、優しくも無く、器用でも無い。

「今思えば、鈍感さ、陽気さでした」
《愚か者だとは思わなかった》

「はい、私は勘が鈍いので、良い方向で受け取ってしまいました」

 激しい後悔、自己嫌悪。

《責めるつもりは有りません。小賢しい者は偽装し、装い、平気で誤魔化し騙す》

 アレは教本に載る様な、稀有な存在だった。
 純粋な人に良く似た、勘の悪い、情の汲めぬ愚か者。

「ありがとうございました」

 あぁ、理解したからこそ、離縁の結論に至った。

《アナタは聖獣や魔獣を得た方が良い、勘の良いモノを》

「はい、では、失礼致します」

 勘が悪いだけなら、悪い事では無い。
 それは純粋な人に良く似ている証、一種の先祖返りも同義。

 けれど、誰かを害して良い理由にはならない。
 彼女の様に、勘が悪くとも害さない者は、幾らでも居るのだから。



《あぁ、離縁したそうだね君。残念だけれど、今年は契約金を下げさせて貰うよ、君の事を知ってしまったからにはね》

『はい』

 こんな事になるだなんて。

「全くお前は、何でもう、馬鹿な事を」
《すまないが、もうあまりウチには来ないでくれ。外聞も悪い、しかも妊婦も居るんだ、分かるだろう》

『はい』

 アレは単なる遊びで。
 ただ少し、言葉遊びをしていただけで。

《あーぁ、家事も繕い物も何もかも、自分でしなくちゃならなくなるのに》
「けどまぁ、金を払えば良いだけだし、自分の時間も増えるんだ。良かった面も有るだろ」

《けど金が出る一方じゃないか》
『便利だから手放したく無かったワケじゃないんだ、本当に』

「なら、何で疑われる様な事だの何だのして、相手の利になる事を殆どしなかったんだ?」

 こんな大事にする気も、本気でも何でも無かったんだ。

 こんなつもりじゃなかったんだ。
 ただ少し、魔が差しただけなのに。



「勘の悪い私に、どうかご協力頂ける方は居りますか」

 彼女から、良い匂いがした。
 しかも少し変わった、珍しい匂い。

《それは何だろか》

「あの、もしかして」
《君の執行官だったモノだ》

 魔獣や聖獣は、人からしか得られない何かを得る為。
 国の執行官の任を負う事が有る。

「ですよね、お声が」
《この匂いは何だろうか》

「コレは、豚の内臓の炒め物です」
《嗅ぎ馴れない匂いがする》

「はい、ガルムで炒めたモノは珍しいかと」
《それだけか》

「少し、ニンニクと生姜と」
《それに野菜か、変わった料理だ》

「はい、ですが美味しいですよ、お米に合います」
《お前が編み出したのか》

「いいえ」

《そうか、城務めだった》
「はい、コレは残りを頂きました」

《食べてみたい》

「あの」
《勘については食べてからにしよう》

「はい」

 私は人種の真似事がしたかった。
 会話をし、触れ合い、味わう生き物。

 ヒト種。

 私は粘菌の魔獣。
 繁殖では無く分裂と増殖を繰り返す、ただ、それだけの生き物。



《確かに美味かった》

 彼は、いやどちらか分からない何かは、仮契約により人型となり。
 あまり城内でも人気の無い、内臓炒めを完食した。

 美しい外見なのに、お腹はポッコリ。

「あの」
《気に入った、私が君の夫となる》

「あの、夫を望んだワケでは」
《支え合うのが夫婦では無いのだろうか》

「そうですが、勘さえ与えて頂ければ」
《夫の勘が良ければ問題は無い筈》

 確かに、そうですが。

「そこまで、難しい願いだったのでしょうか」
《いや、食事も気に入った》

 結婚に失敗した直後に、コレは。

「もう少し、考える時間を」
《分かった、試用期間としておこう》

「はい、お願いします」

 まぁ、守って下さるのならば、有り難い限りなのですが。



『頼む、少しだけでも時間を』
《なら私と先ずは話し合え、間違いや問題は、アレだけだと思っているのか》

 私には、生来の能力が有る。
 それは魔法と呼ばれるモノには依存しない能力、心理を読み取る才。

 触れさえすれば、更に理解が深まる。

『いや、けれど』
《彼女の事で、何度も面倒だと思った事が、有るな》

『それは』
《些末な事、受け止め方の問題だ、実に悪しき見本の様な存在だな。高慢で自堕落、自尊心は高いが自覚は無い。縋る位なら、何故、どうしてもっと大切にしなかったのだろうか》

 何故、どうして真剣に取り合わなかったのか。
 その答えは、酷く単純だ。

 何よりも、自身を優先している。

『違うんだ』
《自身を何よりも優先していなかったと、誓えるか》

 追い詰められた獲物と、同じ反応。

「帰ってくれますよね、今更、話す事は何も無いんですから」

 彼女から滲み出す感情は、憤りだろうか、悲しみだろうか。
 それとも呆れ、だろうか。

『本当に、すまなかった』
「そうですか、では、さようなら」

 やはり守られるべきだ。
 あんな愚か者に縋られては、彼女は更に下に見られる事になるのだから。



《やはり私を夫にすべきだ》

「アレを見て、そう言えるのが、良く分からないのですが」
《あんな愚か者に縋られては、更に他には下に見られてしまう、庇護に入るべきだ》

 尤もだ。
 あんなに大勢の前で、しかも知り合いの顔も幾つか見掛けた。

 表立って馬鹿にはしなくとも、見下されるか同情されるか。

「料理と、後は何を差し出せば」
《夫婦となる筈だが》

 夜伽ですか。

「ご期待に沿えるかどうか」
《なら試せば良い》

 魔獣の世界では、もしや元人妻や、元既婚者が流行りなのだろうか。

「分かりました」
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