入れ替わった彼女

チャロコロ

文字の大きさ
57 / 84

暗い過去 2

しおりを挟む
 「俺はなにもしてない、できなかったんだ。
  月野さんも女の子も、自分の力で自分の命を救ったんだ。
  結局、俺は彼女の両親を助けることができなかった。
  自分の命がかわいくて、死ぬのが怖くて無理をすることができなかった」
 佐々木は俯いたまま応えた。そこから彼の表情を読み解くことはできないが、明らかに自分を責めているようだ。
 佐々木は人命を救おうと尽力した。こいつを褒める人がいても責める奴など誰もいない。
 だが、人間が乗った車が沈んでいく姿を目の当たりにした佐々木のショックも相当大きいはずだ。月野さんを命懸けで助け、連絡までしてくれたのに、勝手に苛立っていた自分が情けなかった。
 「本当にありがとう」
 それ以外の言葉をかけることができなかった。
 「今は月野さんの無事を祈ろうぜ」
 佐々木はとりなすように肩を叩いてきた。
 しばらくすると、病院に制服姿の警察官が来て佐々木に事故の状況を訊いていた。
 事情聴取を終えた佐々木が戻ってきた。
 「今から車を引き揚げるらしいけど、伊吹はどうする?」
 「……俺はここにいるよ」
 「分かった」
 月野さんの容態を少しでも早く知りたかったので、ここで留まっていたかった。それに、車に乗ったままの彼女の両親が無事で済まないことぐらいは俺でも分かる。
 「伊吹は月野さんの容態が分かったら連絡してくれ。
  俺と真鍋は事故現場に行って両親の様子を見てくる」
 真鍋さんは真っ赤になった目をハンカチでおさえていた。彼女も俺と一緒で、ようやく事の重大性を理解し始めたのかも知れない。
 「うん、頼む。真鍋さんも頼むね」
 「私は大丈夫だから。遥の近くにいてあげて」
 彼女はけなげに笑った。いつもの強気で活発な姿とはほど遠い姿だったが、彼女の思いやりには頭が下がる思いだった。
 走り去る二人の後ろ姿を見届けて待合室に戻った。
 廊下をまたいだ先には両開きの自動ドアがあり、ドアの中央部分に「ICU」という文字が殺風景に無機質に書かれている。
 あのドアの向こうでは月野さんが自分の命を繋ぐため、たった一人で闘っている。自分は彼女のために何ができるだろうか……。
 祈ること?見守ること?それは何もできないと言っているのと同じだった。彼女のため、と言いつつ自分を慰めているにすぎない。
 結局は自分がかわいいんだ。衝動的に膝を強く殴った。
 痛みを感じないのでもう一度殴る。
 まだダメだ。もっともっと殴らないと!もっと!俺が佐々木と同じ立場に立っていたら月野さんを助けることができただろうか……。
 すぐに救急車を呼んだか?佐々木みたいに冬の海に飛び込むことができたか?
 月野さんの妹を家族から引き剥がしてでも助けたか?
 ほとんど沈んでいた車の中から月野さんを救い出せたか?
 答えは出ない。
 項垂れながら貧乏ゆすりをしていると、ズボンに入れていた携帯電話が規則的に揺れた。
 意識を取り戻したかのように携帯画面を見て、それが佐々木からの電話であることに気付くと外に出ながら電話に出た。
 「伊吹か?まだ病院にいるのか?」
 いつの間にか外は暗くなっていた。長い間、意識がとんでいたようだ。
 「うん、まだ病院にいる。月野さんの手術はまだ続いてる」
 「そうか、こっちも車の引き上げ作業が終わったところだ。
  月野さんの両親は車が引き上げられる前にダイバーが陸に上げていたけど、二人とも死んでいた よ」
 「……分かった」
 「俺と真鍋は親と一緒にそっちへ戻るから。伊吹もメシくらい食っておけよ。
  月野さんが元気になった時、お前がダウンしてたら格好悪いぞ」
 「そうだな」
 やはり月野さんの両親は亡くなっていたか……。
 予想通りとはいえ、彼女にこの事実を伝えるのは辛いものがある。
 時間を見ると、午後8時を過ぎていた。
 病院に着いてから8時間が経過しようとしている。ぼんやりと空を眺めながら深呼吸をすると、気合いを入れ直して院内に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...