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私はゆっくりとノートを閉じた。
いつの間にか涙が頬を伝っていた。
存在すら疑っていた琴音との出逢いを、彼女の日記で思い出すことになるとは。琴音の正体を知らなかったとはいえ、無責任な行動を取ってしまった。偶然を装って接触し、遥の妹であることを秘した意思からは、彼女の確固たる決意を感じずにはいられなかった。
同時に、琴音は過去のトラウマから精神的に相当追い込まれていた。
佐々木は琴音の日記を噛みしめるように読むと、大きく吐息を漏らした。
「琴音さんは賢い人だったんだんだな。遥ちゃんにそっくりだ」
「そんなことはどうでもいいわ。私が知りたいのは日記に書いていることが本当のこと
かどうかよ」
懐かしさを噛みしめるように白い歯を見せた佐々木に安藤が怒鳴った。
「本当だよ」
「人を助けた振りして人殺しして、その上金を得るなんて、面白いくらい正真正銘のク
ズっすね」
「俺もそう思うよ。実際、ウチの親父が月野一家に金を貸していたのは本当のことだし
な。借金返済に死亡保険金が使われたことも間違いない。安藤さんもそれを知ってて俺
を殺そうとしたんだろ?」
「あんた殺すのに、他に理由なんてないでしょ?」
「でも殺さなかった」
安藤が佐々木を睨む。
「お前は何もやってないんだろ、安藤」
咄嗟に出た言葉だった。もちろん、確かな根拠なんてない。
「俺が自分で刺したんだよ」
「だろうな」
私が頷くと、安藤に言った。
「とは言え、お前はことによっては佐々木を殺そうとした。だからナイフを持って佐々
木に詰め寄ったんだろ。琴音が日記に書いていたことを追及したんだ。どうせ佐々木の
ことだ、その話を訊いてお前のナイフを奪い取ると自分で刺したんだ」
「先輩は平気なんすか?琴音は佐々木さんに人生を台無しにされたんすよ」
「違うよ」
「えっ、だって……」
「佐々木は自分の親が月野さん一家に金を貸していたなんて知らなかった、あるいは知
っていたとしても死んで保険で借金を返せなんて言ってない。それは安藤と琴音が佐々
木や佐々木の親父のことを知らないから、勝手に悪い人間だという妄想が膨らんだ」
「でも……」
「お前も大人だから分かるだろ?そんなに親しくもない相手に無利子で多額の金を貸す
ことのリスクがいかに高いか。俺なら最初から貸さないぞ。しかも佐々木の親父さんは
一代で会社を立ち上げて大きくした人だ、俺達異以上に金の大切さは知っているはずだ」
安藤は応えなかった。
思い沈黙の後に佐々木が頭を下げた。
「悪かった。遥ちゃんの親父さんに金を貸していたことは知っていたんだ。返済に困っ
ていた親父さんは毎日のように頭を下げに来ていたんだ。もう少し貸して欲しいとも…
…。でも親父はそれ以上の借金は断った。ウチもそこまでの余裕はなかったんだ。だけ
ど、遥ちゃんの親父さんは必死に頭を地面に擦り付けながら土下座を繰り返した。親父
は何とか断って帰ってもらったんだが、次の日にあの事故が起きた。余程追い込まれて
いたんだろう。借金のことは伊吹にも言えなかった。でも本当は言いたかったし、謝り
たかった。誰かに謝りたかったんだ。その後俺は親の会社は継がず、別の業種の仕事に
ついて実家には寄りつかなくなった。親父が悪いとは思っていない。だけど、誰かに八
つ当たりをしないとやってられなかった。そんな日々が十年続いていた。
そんな中、安藤さんが俺の前に現れてくれたんだ。俺は救われたと思ったよ。これで
罰を受けることができるって」
「もういいです……」
そう言いながら安藤は佐々木に腰を曲げて頭を下げた。彼女なりの最大限の謝罪なのだろう。
「安藤、ありがとな。俺が精神を病んだのは琴音を失ったことによるものだってことも
分かったしな。すぐにでも墓参りに行って謝ってくるよ」
「お願いします」
「伊吹、俺も!俺も連れていってくれよ!」
佐々木が元気に手を上げて、すぐに痛そうに腹を抑える。
「そうだな、じゃあ同じ中学出身の四人で行くか」
「そうなの?じゃあ安藤さんは同じ中学の後輩になるんだ?」
「安藤は職場では後輩になるけど歳は俺達と一緒だ。同じ学年だよ」
「あのなあ伊吹、いくら何でも同級生の顔くらい分かるぞ。安藤なんて名前もいなかっ
たはずだし。あっ、もしかして結婚して名字変わったとかかな?」
「先輩、私のこと知ってたんすね?」
「ああ、分かったのは安藤がここに来てからだけどな。お前が小学校から不登校で、丘
の上の公園にいたって訊いた時、もしかしたらと思ってな」
「えっ?おいっ、それってもしかして」
驚いた様子を隠せない様子の佐々木に、私が頷く。
「安藤さやか、なんて名前は偽名だろう。本当の名前は敷島伊織だ。そうだろ?」
いつの間にか涙が頬を伝っていた。
存在すら疑っていた琴音との出逢いを、彼女の日記で思い出すことになるとは。琴音の正体を知らなかったとはいえ、無責任な行動を取ってしまった。偶然を装って接触し、遥の妹であることを秘した意思からは、彼女の確固たる決意を感じずにはいられなかった。
同時に、琴音は過去のトラウマから精神的に相当追い込まれていた。
佐々木は琴音の日記を噛みしめるように読むと、大きく吐息を漏らした。
「琴音さんは賢い人だったんだんだな。遥ちゃんにそっくりだ」
「そんなことはどうでもいいわ。私が知りたいのは日記に書いていることが本当のこと
かどうかよ」
懐かしさを噛みしめるように白い歯を見せた佐々木に安藤が怒鳴った。
「本当だよ」
「人を助けた振りして人殺しして、その上金を得るなんて、面白いくらい正真正銘のク
ズっすね」
「俺もそう思うよ。実際、ウチの親父が月野一家に金を貸していたのは本当のことだし
な。借金返済に死亡保険金が使われたことも間違いない。安藤さんもそれを知ってて俺
を殺そうとしたんだろ?」
「あんた殺すのに、他に理由なんてないでしょ?」
「でも殺さなかった」
安藤が佐々木を睨む。
「お前は何もやってないんだろ、安藤」
咄嗟に出た言葉だった。もちろん、確かな根拠なんてない。
「俺が自分で刺したんだよ」
「だろうな」
私が頷くと、安藤に言った。
「とは言え、お前はことによっては佐々木を殺そうとした。だからナイフを持って佐々
木に詰め寄ったんだろ。琴音が日記に書いていたことを追及したんだ。どうせ佐々木の
ことだ、その話を訊いてお前のナイフを奪い取ると自分で刺したんだ」
「先輩は平気なんすか?琴音は佐々木さんに人生を台無しにされたんすよ」
「違うよ」
「えっ、だって……」
「佐々木は自分の親が月野さん一家に金を貸していたなんて知らなかった、あるいは知
っていたとしても死んで保険で借金を返せなんて言ってない。それは安藤と琴音が佐々
木や佐々木の親父のことを知らないから、勝手に悪い人間だという妄想が膨らんだ」
「でも……」
「お前も大人だから分かるだろ?そんなに親しくもない相手に無利子で多額の金を貸す
ことのリスクがいかに高いか。俺なら最初から貸さないぞ。しかも佐々木の親父さんは
一代で会社を立ち上げて大きくした人だ、俺達異以上に金の大切さは知っているはずだ」
安藤は応えなかった。
思い沈黙の後に佐々木が頭を下げた。
「悪かった。遥ちゃんの親父さんに金を貸していたことは知っていたんだ。返済に困っ
ていた親父さんは毎日のように頭を下げに来ていたんだ。もう少し貸して欲しいとも…
…。でも親父はそれ以上の借金は断った。ウチもそこまでの余裕はなかったんだ。だけ
ど、遥ちゃんの親父さんは必死に頭を地面に擦り付けながら土下座を繰り返した。親父
は何とか断って帰ってもらったんだが、次の日にあの事故が起きた。余程追い込まれて
いたんだろう。借金のことは伊吹にも言えなかった。でも本当は言いたかったし、謝り
たかった。誰かに謝りたかったんだ。その後俺は親の会社は継がず、別の業種の仕事に
ついて実家には寄りつかなくなった。親父が悪いとは思っていない。だけど、誰かに八
つ当たりをしないとやってられなかった。そんな日々が十年続いていた。
そんな中、安藤さんが俺の前に現れてくれたんだ。俺は救われたと思ったよ。これで
罰を受けることができるって」
「もういいです……」
そう言いながら安藤は佐々木に腰を曲げて頭を下げた。彼女なりの最大限の謝罪なのだろう。
「安藤、ありがとな。俺が精神を病んだのは琴音を失ったことによるものだってことも
分かったしな。すぐにでも墓参りに行って謝ってくるよ」
「お願いします」
「伊吹、俺も!俺も連れていってくれよ!」
佐々木が元気に手を上げて、すぐに痛そうに腹を抑える。
「そうだな、じゃあ同じ中学出身の四人で行くか」
「そうなの?じゃあ安藤さんは同じ中学の後輩になるんだ?」
「安藤は職場では後輩になるけど歳は俺達と一緒だ。同じ学年だよ」
「あのなあ伊吹、いくら何でも同級生の顔くらい分かるぞ。安藤なんて名前もいなかっ
たはずだし。あっ、もしかして結婚して名字変わったとかかな?」
「先輩、私のこと知ってたんすね?」
「ああ、分かったのは安藤がここに来てからだけどな。お前が小学校から不登校で、丘
の上の公園にいたって訊いた時、もしかしたらと思ってな」
「えっ?おいっ、それってもしかして」
驚いた様子を隠せない様子の佐々木に、私が頷く。
「安藤さやか、なんて名前は偽名だろう。本当の名前は敷島伊織だ。そうだろ?」
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