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12月1日 憧れ
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12月1日
「あれっ?咲良ちゃんどうしたの?ひどい顔して」
笹原の声に鈴原が眼を向けると、両目に濃いクマをつくった君島がフラフラと揺れながらかろうじて立っていた。
いつ倒れ込んでもおかしくない彼女の目線は定まっていない。
「どうしたんだよ。メシ食ってないのか?今日は帰った方がいいぞ。無理すんな」
「大丈夫、寝不足なだけだから」
鈴原の心配の声に君島が無理に笑った。
明らかにおかしい。鈴原は不安を感じずにはいられなかった。
単なる寝不足なだけで、ここまで一気にやつれる訳がない。寝不足というより、魂を抜かれているかのようだ。
鈴原がしつこく事情を訊くと、君島は渋々ながらも昨夜見た夢について話してくれた。
男性が小太りの男に殺されて、娘と一緒に崖から投げ捨てられた。しかも娘は生きたまま。夢だったとしても気分の良いものではない。そして最後には縷々子さん。
魂を抜く。
縷々子……。
数々の噂が頭をよぎったが、鈴原はそれを必死に打ち消した。
バカバカしい。高3にもなって縷々子さんの噂を真に受けるなんて。でも、もしかしたら縷々子さんは君島の魂を徐々に吸い取っているんじゃないか……。
「でもなぁ」
君島の声に我に帰った。
「何だよ」
「いや、うん。見たことある気がするの」
「どういうこと?」
「夢に出て来た人」
「どの人?殺された男が?」
君島が首を振ると、彼女は旧校舎を見つめた。
「全員」
笹原が「悪い夢を見ちゃったね」と渋い顔をしながら慰めているが、鈴原はそれが単なる夢だったとは思えなかった。もしかしたら縷々子さんが何かしらの意図を持って見せたものではないか。
そんなことを考えているうちに、担任の佐々木健司(ささきけんじ)先生が重そうな身体をノシノシと動かしながら教室に入ってきた。
彼は君島を一目見ると、血相を変えて彼女のもとへ歩み寄った。
佐々木先生は帰宅するよう何度も促したが君島は首を横に振るだけだ。やがて諦めた様子の先生が憮然とした表情で授業を始めた。
この日の授業は君島にとって優しいものだった。
体育で身体を動かすことも、厳しい先生の授業に神経を尖らせる必要もなかった。最初は席に座っているだけで精一杯だった彼女も、授業が進むにつれて体調も良くなってきていた。
この日、最後の授業の現代文が終盤に差し掛かり、三嶋絵里(みしまえり)先生が出した問題を解き終えた頃には、すっかり元気になっていた。
早退してもよかったのに、何で帰宅しなかったんだろう?
今になって考えてみると不思議だった。
今日は帰ってはいけない、そんな気がした。理由は分からない。
私が帰りたくないと思ったのではない。
誰かに「帰るな」と言われたような気もする。
「おっ、正解。難しかったでしょ?やるわねえ」
君島がプリントの隅に「帰るな」と小さく落書きした時に、三嶋先生が微笑みながら通り過ぎた。三嶋先生は君島が書いた落書きを見咎める素振りも見せず、答えを間違えた生徒を教え始めていた。よりによって落書きしたところを見られるなんて、タイミングが悪かった。
君島は急いで落書きを消すと、しゃがんで男子生徒に教えている三嶋先生の横顔を見た。
詳しいことは知らないが、歳は30代前半くらいだろうか?緩いパーマをかけた長い髪を耳にかけた仕草に、同性ながら大人の色気を感じる。
高校生から見た30代というのは若いとは言えない。
だが、先生は違った。男子生徒からは人気があり、女子生徒からは将来の目標とも言える理想の大人像だった。
定年間近で無愛想なうえに説教くさい佐々木先生と担任を代わって欲しいと願っている生徒は多かったはずだ。
視線を感じたのか、立ち上がった三嶋先生が君島に顔を向けると微笑みかけてきた。思わずドキマギしてしまう。
「あれっ?咲良ちゃんどうしたの?ひどい顔して」
笹原の声に鈴原が眼を向けると、両目に濃いクマをつくった君島がフラフラと揺れながらかろうじて立っていた。
いつ倒れ込んでもおかしくない彼女の目線は定まっていない。
「どうしたんだよ。メシ食ってないのか?今日は帰った方がいいぞ。無理すんな」
「大丈夫、寝不足なだけだから」
鈴原の心配の声に君島が無理に笑った。
明らかにおかしい。鈴原は不安を感じずにはいられなかった。
単なる寝不足なだけで、ここまで一気にやつれる訳がない。寝不足というより、魂を抜かれているかのようだ。
鈴原がしつこく事情を訊くと、君島は渋々ながらも昨夜見た夢について話してくれた。
男性が小太りの男に殺されて、娘と一緒に崖から投げ捨てられた。しかも娘は生きたまま。夢だったとしても気分の良いものではない。そして最後には縷々子さん。
魂を抜く。
縷々子……。
数々の噂が頭をよぎったが、鈴原はそれを必死に打ち消した。
バカバカしい。高3にもなって縷々子さんの噂を真に受けるなんて。でも、もしかしたら縷々子さんは君島の魂を徐々に吸い取っているんじゃないか……。
「でもなぁ」
君島の声に我に帰った。
「何だよ」
「いや、うん。見たことある気がするの」
「どういうこと?」
「夢に出て来た人」
「どの人?殺された男が?」
君島が首を振ると、彼女は旧校舎を見つめた。
「全員」
笹原が「悪い夢を見ちゃったね」と渋い顔をしながら慰めているが、鈴原はそれが単なる夢だったとは思えなかった。もしかしたら縷々子さんが何かしらの意図を持って見せたものではないか。
そんなことを考えているうちに、担任の佐々木健司(ささきけんじ)先生が重そうな身体をノシノシと動かしながら教室に入ってきた。
彼は君島を一目見ると、血相を変えて彼女のもとへ歩み寄った。
佐々木先生は帰宅するよう何度も促したが君島は首を横に振るだけだ。やがて諦めた様子の先生が憮然とした表情で授業を始めた。
この日の授業は君島にとって優しいものだった。
体育で身体を動かすことも、厳しい先生の授業に神経を尖らせる必要もなかった。最初は席に座っているだけで精一杯だった彼女も、授業が進むにつれて体調も良くなってきていた。
この日、最後の授業の現代文が終盤に差し掛かり、三嶋絵里(みしまえり)先生が出した問題を解き終えた頃には、すっかり元気になっていた。
早退してもよかったのに、何で帰宅しなかったんだろう?
今になって考えてみると不思議だった。
今日は帰ってはいけない、そんな気がした。理由は分からない。
私が帰りたくないと思ったのではない。
誰かに「帰るな」と言われたような気もする。
「おっ、正解。難しかったでしょ?やるわねえ」
君島がプリントの隅に「帰るな」と小さく落書きした時に、三嶋先生が微笑みながら通り過ぎた。三嶋先生は君島が書いた落書きを見咎める素振りも見せず、答えを間違えた生徒を教え始めていた。よりによって落書きしたところを見られるなんて、タイミングが悪かった。
君島は急いで落書きを消すと、しゃがんで男子生徒に教えている三嶋先生の横顔を見た。
詳しいことは知らないが、歳は30代前半くらいだろうか?緩いパーマをかけた長い髪を耳にかけた仕草に、同性ながら大人の色気を感じる。
高校生から見た30代というのは若いとは言えない。
だが、先生は違った。男子生徒からは人気があり、女子生徒からは将来の目標とも言える理想の大人像だった。
定年間近で無愛想なうえに説教くさい佐々木先生と担任を代わって欲しいと願っている生徒は多かったはずだ。
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