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1話
しおりを挟む――ラミットちゃん。
それは最近人気の兎を模したキャラクターの名である。
外見はいささか不気味で、兎と認識できるのは(なぜか齧られている)長い耳があるからであり、それ以外は正直ホラー要素満載なキャラクターだ。
だがしかし、ラミットちゃんは人気だ。とても大変すばらしく人気だ。なぜだ。
「お兄ちゃん、ラミットちゃんのアイス欲しい」
「え? ミコにゃん、帰ったらご飯だよ?」
「だいじょうぶ。甘いものは別のところに入るってママ言ってたもん」
「んー……でもね、ミコにゃん……」
「……お兄ちゃん、だめ?」
まあるい目を潤ませながら、服の裾を握って上目使い。
我が妹ながら凄まじい破壊力だ。さすが俺の妹、マジ天使。
仕方ないなぁ~と言いながら紫やらピンクやら末恐ろしい色をしたラミットちゃんアイスを買ってあげると、妹は頬を染めながら「ありがとう、お兄ちゃん!」と、にっこり微笑む。
あぁお兄ちゃん、その笑顔だけでもう死んでもいい。いや、待て。俺が今死んだらミコにゃんを狙う不届きものを成敗できないな。やっぱり生きるよ、お兄ちゃんはミコにゃんの為に生きるよ!
ラミットちゃんアイスを手にして上機嫌なミコにゃんと手を繋いで帰路へつく。食べながらラミットちゃんのテーマソングを歌うミコにゃんの美声にお兄ちゃん、もう幸せすぎて昇天しそう。
「きゃっ!」
「ミコにゃん!?」
と、ミコにゃんの美声に昇天しかけていると、マイ天使ミコにゃんが驚きの声を上げる。すかさず現実世界に戻ってきた俺が目にしたのは、ミコにゃんが持っていたラミットちゃんアイスがべったりと付着し、怒りに青筋を立てる不良の姿であった。
おっほ! さすがにお兄ちゃん勝てないよ!?
おしゃれハゲの不良さんがギロリとこちらを睨む。自分の制服を汚したミコにゃんを見下ろし、すっとその手を伸ばした。
俺はすかさず妹の前に立ちふさがり、ガタガタ震える足を堪えて財布を出す。
「い、妹がごめ、ご迷惑をおかけしました! あ、あの、クリーニング代はもちろん出しますのでっ、」
「あ? クリーニング代? おいおいお兄ちゃんよぉ、アンタの妹が打つかって痛んだ俺への慰謝料どうしてくれんだよ?」
「もち、もちろん出します! 出しますから!」
俺の背中に隠れて震える妹の手に、ここは俺がなんとかしなきゃと意志が固まる。たいして中身のない財布から今月のおこづかいを引っ張り出すが、その途中で財布ごと奪われた。
「チッ、しけた中身だなぁ、おい」
「すっ、すみません!」
「あ? いいよいいよ、足りない分はお兄ちゃんが払ってくれんだろ? な、お兄ちゃん?」
「え……――ぐっ!?」
まさか。思考がグラリと揺れる間もなく強烈な痛みに襲われた。クラッと世界が回って吐き気を催すが、おしゃれハゲの後ろにいた仲間たちが妹に手を伸ばしたとき、俺はすかさずその幼い体を自分の腕の中に閉じ込めた。
「やっぱさぁ、お兄ちゃんじゃダメだろ? ぶつかったのは妹なんだし、反省すんのはそっちだよな? なぁっ!」
「いっ……!」
「おに、いちゃ……っ」
妹を庇って背中を見せる俺に、不良たちの躊躇いもない強烈な蹴りが飛ぶ。痛みに顔をしかめて汗が流れる。そんな俺の耳に届くか弱い声に、そっと微笑んだ。
「大丈夫、だいじょーぶだよ、尊(みこと)、お兄ちゃんが守るかっ、ら……」
「おにっ、ちゃん!」
尊が涙をボロボロこぼして叫ぶ。俺はそんな尊に微笑み腕の力を強める。この腕だけは、絶対に離さない。
そう強く決意した瞬間――、
「俺も混ぜろよ」
「ラミットちゃんスペシャルロケットアターック!」
やけに色気を含んだ男の声と、それに被さるほど強烈な単語を放った楽しそうな声が木霊した。
背中に乗っていた誰かの足がふと消えて、先ほどまで聞こえていた不良たちの声が悲痛な叫び声に変わる。
俺は自分の胸に尊を押しつけたまま、そっと顔を上げた。
瞬間、世界は地獄絵図だった。
「おい伸びてんじゃねーよ」
「ラミットちゃんアイスを幼女にぶつけて貰うとかご褒美でしょ? 俺らの業界じゃご褒美でしょ? それなのにお前ら何様? つーか泣いて喜べよ豚。そもそも幼女に実際手ぇ出したらイカンでしょ? 見て楽しむまでがルールでしょ? 実際手ぇ出したらそれお前、犯罪でしょ?」
やけにすらりと伸びた黒髪の男前が返り血を浴びながら微笑み、かたや紫にピンクメッシュという末恐ろしい髪色をしてピアスジャラジャラなチャラそうな男はラミットちゃんアイスをおしゃれハゲの目に押しつけながらノンストップで語っている。ここは地獄か。つーか違う意味で怖い。
そんな光景にガタガタ震える俺の腕から顔を出した尊は凄惨たる世界を目に、ラミットちゃんアイスの色……と呟いていた。
「大丈夫か、アンタ」
「はぁはぁ、幼女マジかわいい、天使がいる。ここに天使がいるよ神様俺死んでもいい。あ、でも今死んだら仲良くなれない? じゃあ生きる、俺生きるよ! つーかラミットちゃんアイスダメにされて悲しいよね? ね? お兄さん買ってこようか? 一緒に買いに行こうか? むしろ一緒に買いに行ってくださいお願いしますあわよくば手を繋がせて!」
「おい黙れよ変態」
恐らく助けられただろう俺と尊に、奇抜な髪色をした変態がはぁはぁ言って近寄ってくる。その変態の頭を殴った男前はため息をついてこちらを見た。
「災難だったな、まぁはしゃぐのはいいが気をつけろよ、お嬢ちゃん」
そうして目を細めて尊の頭をポンポンと撫でた。ついでに俺の頭も撫でた。
気絶した変態の足を持って去って行く姿は心底間抜けだったが、そんな背中を見つめる尊の頬が赤いことに、俺は一生分の嫉妬を燃やし続けたのである。
翌日の学校にて、俺は屋上の扉を前にぷるぷると震えいた。怖いからではない、昨日の嫉妬がまだ続いているのである。
あれから俺は友人たちに聞いて回り、尊が、いや俺のミコにゃんの心を少しでも盗んでいった不届きものの正体を突き止めた。偶然にもそいつは俺と同じ学校の生徒であり、さらに同学年であり、その上同じクラスでもあった。
そしてあの男前の出現ポイントも、すでに入手済みだ。
「たのもー!」
「あ?」
屋上の扉をバーンと開け放つ俺に刺さる何十の視線と言う刃。あれ? ここじゃないの? 俺ガセ掴まされた? ん? ん? もしかしなくとも……絶対絶命?
「すみません間違えましたしつれいしm」
「あーーーっっ! 幼女のお兄さまキタコレーーーーっっ!!」
「黙れ変態」
颯爽と逃げ出そうとする俺をも困惑させる単語を大声で叫ぶその声に、俺は聞き覚えがあった。そしてそれにリアル暴力という突っ込みを入れる声にも、聞き覚えがあった。むしろ、
「ここで会ったが百年目! 東雲竜也! 覚悟しろ!」
俺のミコにゃんのハートを盗む貴様を放っておくほど俺は甘くない!
こちらを見るカラーでヘアーなスタイルをしている不良たちもなんのその、でも一応ここ学校だから堂々と煙草を吸うのはどうかと思うよ。なんて思いつつも憎き男の前で膝をつく。
「ミコにゃんの為に写メ撮らせてくださいお願いします!!」
「……は?」
そして床に額を擦りつけて叫んだ。俺は叫んだ。
辺りがシンと静まり返るが今の俺に怖いものなどない。
「俺のミコにゃんが貴様に、いや貴方にどうしてかひじょうに腹立つことに憧れてしまったので俺のミコにゃんの為に写メ撮らせてください。あと友達になってください。家に遊びに来てください。すべてはそう、ミコにゃんの為に! ただし手を出そうとした場合はその股間にあるブツを俺は容赦なく潰すことになる」
「……はぁあ?」
ひじょーに大変すばらしく腹立つことに、昨日の出来事で俺のミコにゃんはこの男前こと東雲竜也という不良に憧れなんぞを持ってしまった。俺だってまだなのに横から出てきてなんて野郎だいつか股間のブツを潰す。
ので、まったく大変とっても不服だが、俺はこいつと熱い友情を契り、家にご招待せねばならぬのだ。
決してミコにゃんが目を潤ませて服の裾を掴んで「お兄ちゃん……みこと、あの人にお礼言いたいな……ダメ?」と可愛くお願いされたからではない。いや、お願いされたからだ。じゃなきゃどうして俺が憎き男なんぞに友達になって欲しいと言わねばならぬのか。むしろ今ここでブツを潰してやりたいよお兄ちゃんは。
「……あのな」
「もちろんOKに決まってるじゃないですかお兄さま!! むしろ幼女と友達にならせてくださいお願いしますお兄さま!!」
「うっせぇよ変態!」
俺の熱い視線にため息をつきながら何か話そうとする男前を押しのけて、奇抜な髪色をしたチャラそうな男が飛びついてきた。こいつはダメだ。俺の本能がそう告げている。
「あー……とにかく、だ。写メも友達も無理だ。妹思いなのは分かったけどよ、早く消えろ、目障りだ」
「だが断る!」
「は?」
ふっ、甘いな東雲竜也。ミコにゃんのお願いを達成できない俺に生きる価値などない! つまりそうつまり!
「簡単に諦めると思うなよ! 俺はアンタと友達になるまで絶対この手を離さない! つーかアンタと友達にならないと俺がミコにゃんに嫌われるんですそんなの嫌だよ俺死んじゃうしかないんですマジで本当に大変よろしくお願いします」
東雲竜也の足にしがみ付きながら、若干泣きの入った声で懇願する俺をヤツは大変気持ちの悪いものを見るような目で見下ろしてきたが、俺の力がまったくもって緩まないことに諦めたのか、ヤツは深いため息をついて俺の頭を撫でた。
「じゃあアンタが俺に勝ったらお友達、してやるよ」
「……はひ?」
「よっしゃお兄さま! 俺はお兄さまに付きますからとっととこのクソ野郎をぶっ飛ばして幼女の元に急ぎましょう! はぁはぁ幼女に会える、幼女に会える……俺、今なら誰にも負けない気がする!」
「「黙れ変態」」
不覚にも東雲竜也と声が重なってしまった。
――その日から、かの悪名高い(らしい)不良こと東雲竜也にトランプやらウノやらオセロやらで勝負を挑むシスコンと、それに加担するロリコンという奇妙な光景がどこかしこで見られるようになった。
見事惨敗ボロボロのそんな俺が帰宅するなりミコにゃんは「お兄ちゃん、しののめさんはまだ?」と、可愛く尋ねる姿にお兄ちゃんはまた明日も頑張れるような気がするのです。
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