妄信的リアルファイト

篠瀬白子

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16話「歩む者はその胸を張る」

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*宇津木side**


「ねぇ零二」
「だから、名前で呼んでんじゃねぇよ」


知花と共に入院させられた病室にて、窓の外を眺める佐田が俺を呼ぶ。
先ほど来たばかりの朋樹さんと共に出ていった知花はおらず、今病室にいるのは俺と佐田だけ。


「んじゃ、うーちゃんって呼んであげよっか?」
「止めろ。テメェにそんな呼び方されると、それだけで死ねる」
「はは。何それチョーおもしろい冗談だねぇ」
「冗談じゃねぇっつの」


関高トップだった佐田。
互いにトップ同士になって、理由もなくただ敵対し続けていた俺たち。今は律の下という、一つのグループ化してしまった存在。


「まぁそれよりさぁ」
「あ?」


窓の外を眺めていた佐田が身体ごと俺の方に向き、ニコリと食えねぇ笑みを浮かべた。


「佐伯に殴られて、裏切られて、今どんな気分?」
「……最低だな、テメェは」


佐伯と出会ったのは北高に入学し、少しした後だった。
途中転校してきた佐伯は転校試験を満点で収め、当時は話題の人物となっていた。

勉強もできない俺にとって、佐伯は何だか別の存在のようにも思えた。
いつだったか俺を心配した教師が佐伯に声をかけ、それから自然と佐伯とつるむようになり、喧嘩をするようになり、いつの間にか俺が北高トップで、佐伯がNo.2だった。


「だって、気になるし」
「……」


はっきり言って、高校生活の大半を一緒に過ごした佐伯に裏切られたのは悲しい。
だけど、それを佐田に言うつもりはない。


「……俺さぁ、峰岡がお前ら北高と喧嘩させて、かくれんぼさせて、今こうして一緒のグループとして仲良くさせてくれてんの、何かすげー嬉しいんだよね」
「……」


それは、俺も一緒だ。
別に俺個人としては関高自体に特別な恨みはない。
ただ、先の不良たちが作り上げたものを俺が簡単に壊すなんてこと、できなかっただけ。


「理由もなく敵対してたと言えばそうだし、まぁからかうのは楽しかったけど……でも、やっぱり敵対してるときは思ったね。何で北高と喧嘩してんだろってさ」
「……あぁ」


敵対することになった初代から俺らの代まで、敵対の意志は徐々に薄れていったと思う。
現に、俺と佐田がトップを張っていた時は、滅多なことがなければ喧嘩などしなかったのだから。
ただ、そうしなければいけないという義務感がそうさせていただけだ。


「……理由もなしに拳奮うのってさ、すっげぇ後から虚しくなってくるんだよな」
「……あぁ……そうだな」


きっと俺が当時悩んでいたように、佐田も同じ思いだったのだろう。
そうでなければ、今こうして大人しく律の下についたりはしない。

いや、律だからこそ、下についたってのもあるけど。


「だから俺は今のほうが好き。確かに今でも互いに睨み合ってる奴もいるけどさ、それはそいつら個人の問題だし」
「……」
「何より、峰岡の下って馬鹿みたいに心地いいんだよね」
「……それは、俺もそう思ってる」


佐田の言葉に肯定してみれば「そうだろ?」なんて、子供みたいに笑って返された。


「だけど今こうなる前には、俺たち皆それぞれの過去があった訳だし、それが結果的に峰岡を裏切ったことになる」
「……」
「だからどう思ってんのかなって。峰岡とは状況が違っても、零二だって裏切られた訳だし」


佐田は、いつも会話の運び方が上手いと俺は思う。
それはただ単に俺が馬鹿なだけってのもあるだろうけど、それ以上に佐田が持つ会話力は上を行く。


「……自分でも最低だと思うけどよ。俺、そこまで悲しくねぇんだよ」
「……」


佐伯に殴られた瞬間、全てが音をたてて崩れていったのは確かだ。
だけど、本当に、俺はその時そこまで悲しいだとか思わなかった。

呆然と、あぁ、そうか。なんて思ったんだ。


「……本当、俺……最低だよな……」
「……」


ずっと一緒にいた佐伯に裏切られて、そこまで悲しくなかったというのは、つまり、俺がそこまで佐伯のことを信じていなかったのかもしれない。


「……別に、いいんじゃねぇの?」
「……」
「きっと、悲しくなかったからって信頼してなかった訳でもねぇし。多分、ついていけなかっただけだと思うよ」


確かに、佐田の言うとおりかもしれない。

時間が経つにつれ、周りは目まぐるしいほど前へと進んでいるのに、俺だけ取り残された気がしている。そんなハズはないというのに。


「それに、お前は十分悲しんでるように見えるよ、俺には」
「……は?」


突然何を言い出すのかと、思わず凝視した。
すると佐田が窓枠に預けていた身体を動かし、俺の座るベッドへと近づいてきた。


「いつもお前のこと見てたんだから、少しの変化でも分かるんだよ、零二」


ベッドの端の腰掛けて、馬鹿みてぇに甘い声を吐きながら、佐田が俺の頬を撫でる。
何てことを言うのだと、底知れない何かを感じた。


「……ついて、いけねぇんだよ……」
「うん」
「……悲しい訳じゃねぇんだ……けど、冷めてる自分もいて……」
「うん」


弱々しく零れていく本音を言えることが自分でも驚きだった。
例えば愚痴とか、そういうものなら冗談交じりに人と話すことはある。
だけど、弱音を吐くなんてこと、誰にも出来なかった。


「……俺は、律みてぇに笑えねぇ……けど、憎んでる訳でもねぇ」
「うん」


ただ吐き出す言葉は、自分でもまとまらないもの。
客観とか主観とか、俺にはそんなことまで回る頭はない。
漠然と感じる、自分でも分からない感情しかないのだ。


「……分かんね」
「零二」


自暴自棄のように思える弱音を吐き出すと、優しげな声で佐田が俺を呼んだ。
どうしても佐田のほうを見なくてはいけない気がして、俺は俯いていた顔を上げ、佐田を見た。


「ごちゃごちゃ考えてないで、我慢せずに泣け。それが一人でできねぇなら、俺が思いっきり甘やかしてやる」


普段見せるチャラけた顔でも声でもなく、真剣に俺を見つめる佐田がそう言った。
その言葉で俺は初めて気づいたのだ。


あぁ、そうか。

俺は。


「カッコつけんな、馬鹿……っ」
「お前の前でくらい、カッコつけさせろよ」


俺の頬を撫でていた佐田はその手を後頭部へと移動させ、俺の頭を自分の胸元へと押しやった。
ちっとも柔らかくない佐田の胸元は温かくて、だけど少し恥ずかしくて、俺は佐田を押しのける。


「甘えてろ」
「……っ」


たった1cmしか違わない俺らはほぼ同身長だ。
そんな男同士がくっついて泣くなど、羞恥以外のなにもんでもない。

だけど、佐田が優しい手つきで俺の頭を撫でるせいで、一気に何かが壊れていった。


「……馬鹿、やろ……っ」
「うん。皆馬鹿だよ。俺も、お前も、皆さ」


俺は、自分でも気づかないうちに我慢していたのだ。
男だから、トップだから、不良だから。
そういう自分の立場が、弱音や本音を吐くことを許さない。

ずっと、無意識に強くなければならないと、自分を守ってきたのだ。

だから佐伯に殴られたときも、悲しいなんて思ってはいけないと、これは現実で、悲しいなんて思ってはいけないと俺は自分を誤魔化した。
俺はそれに気づいていなかっただけ。


「……っ」
「……」


控えめに涙を零す俺を無言で撫でる佐田の手は馬鹿みたいに温かくて、優しかった。


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