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2章
2-13
ヘンリー伯爵の部屋に向かったノア様が、一体何を話したいのか見当も付かなかった。しかしきっと彼の中にはすでに考えがあるのだろう。今までもずっとそうだった。俺が考えてもいないことを、なんの躊躇いもなく言っていた。そしてそれらはどれも的確で、そのおかげでベルリアンは守られたのだ。
きっと伯爵様も同じように考えているはずだ。
今のノア様なら、信じてもいい、と。
「父上。朝早くに申し訳ありません」
「いや。疲れは取れたか?」
「はい、早めに休ませてもらえましたので」
朝日が差し込む伯爵様の執務室は、昨夜戦いがあったとは思えないほど清廉で清々しい空気で満たされていた。おそらく日課の祈祷をしたのだろう。うっすらと香の残り香がする。明確に敵意を向けられたというのに、長年続けてきた行為をやめられないのだ。
そして、まだ期待している。もしかしたらまた以前のような関係に戻れるのではないか、と。
そんな儚い希望を抱いている。
「国王軍と聖騎士団の連合軍は退けました。しかし、またすぐに攻め込んでくるでしょう。次はより大軍で」
「……そうだろうな。信じたくないが」
淡い期待を打ち砕くような言葉をノア様が伝えた。伯爵様も内心はわかっていたのだろう。悲しそうな顔で頷く。非情だとは思うが、嘘をついても仕方がない。伯爵様がベルリアンを守る最後の砦なのだ。
ノア様はその事実を伝えている。例えそれが伯爵様を傷つけることになってでも。ベルリアンを守るため、今すべきことを教えているのだ。
「おそらく二週間後、連合軍は新しい兵器を用意するでしょう。そして再び攻め込んでくる」
「たった二週間だと!? しかも新兵器とは……」
「このままだと勝機はありません。今回は間に合わせの兵士でも戦えるような作戦を取りましたが、次は同じようにはいかないでしょう」
正直、俺もこのまま終わるとは思っていなかった。遠くない将来、再び連合軍が攻め込んでくることは想定済みだった。しかしそれが、まさかたったの二週間後だなんて。それはあまりにも早すぎる。おそらく連合軍は初めからその予定だったんだろう。
一度目である程度の被害を与え、二回目で完膚なきまでに叩き潰す。だからこんなにも早いのだ。新兵器がどんなものかわからないが、間違いなく連合軍はベルリアンに強い敵意を抱いている。そうなってくると、こちらがするべきことは軍備を強化することしかない。このままだと次は防衛など難しい。
だが圧倒的に兵士が足りない。武力もない。完全に詰みだ。ノア様に何か策はあるのだろうか。
「我々も連合軍を組む。それしかありません」
「だが、そんな相手どこに……」
「あるじゃないですか。二つも」
まさか。まさかとは思うが。
ノア様はとんでもないことを考えているんじゃないだろうか。ベルリアンだけでは力が足りない。北都は連合軍に取り込まれているから手を出せない。そうなると、残されているのは。
「南都ポルテベラ、東都リベルマと同盟を組む。それしか我々が生き延びる術はありません」
「そんなことができるのか!」
「やってみせます。僕と、ジョシュアで」
「お、俺……いや、私ですか?」
想像はしていたが、まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった。俺にできることなんてほとんどない。光魔法は使えるが、それも今はノア様に禁止されている。だったら本当に、ただそばにいて命を守ることくらいしかできない。
いや、それができるのは俺しかいない。俺はノア様の従者であり、騎士なんだから。俺が守るしかない。
「父上、僕とジョシュアにポルテベラとリベルマに行く許可をください。必ずやベルリアンに有益な結果を手に入れて参ります」
そうしてノア様は、その場にそっと跪いた。今まで誰にも頭を下げなかったノア様が、生まれて初めて願いを請うた。それほどまでに本気なのだ。何があってもベルリアンを守る。そのために、頭を下げることなんか大したことではないのだろう。
その姿に俺はグッと胸を締め付けられる。俺が今見ているノア様は、もしかしたら信じるに足る人間なのかもしれない。ふと、そんなことを考えていた。
「だが、他の地域に入るのは危険だ。今は情勢も不安定で、何があるかわからないのだ」
「承知の上です。だから行くのは僕とジョシュアの二人、それから最低限の護衛だけでいい」
「逆に危ないだろう! もし襲われたらどうするのだ!」
「父上、逆に考えてみてください。武装もせず丸腰で、しかもたった数人で尋ねてくる人間に何ができましょう。しかも僕は子爵だ。人質にでもすれば向こうは有利になる」
誠意を見せることで相手を説得しようとしている。自分の身を使って、自分に使えるものは全て使って、交渉しようとしているのか。ノア様は本気だ。血迷っているわけではない。
だったら俺も、腹を括らなければ。
ノア様と同じように、俺もその場で膝をついた。
「伯爵様、恐れながら申し上げます」
「なんだ、ジョシュア。言ってみろ」
「はい。ノア様の身は私が命に代えてでもお守りします。何があっても傷ひとつつけません。ですからどうか、ノア様に許可をお与えください」
「ジョシュア……ありがとう」
小さく、ノア様が俺に言った。まだ完全には信じられていない。でも、今までのことを思い出すと疑い続ける理由も同じくらい存在しないのだ。夜遅くまで戦術を学び、自ら危険な場所で戦い、言葉通り誰も傷つけずベルリアンを守り抜いた。
それに、理由はわからないにせよ俺に口で施しもしている。逆ならまだしも、ノア様が従者である俺にあんなことをするなんて、弱みを与えるようなものだ。だからきっと、この旅にも意味がある。今の俺にはまだわからないが、ノア様についていけば自ずとわかるかもしれない。
それから伯爵様はしばらく考えて、渋い声で了承してくれた。出発はなるべく早いほうがいい。ここからポルテベラまではどんなに早馬を飛ばしても三日はかかる。二週間後に攻め込んでくるとしたら一日も無駄にはできない。さっそく用意をするために執務室を後にしようとした俺に、伯爵様が声をかけてきた。
「ノア、お前は先に戻っておきなさい」
「わかりました。それじゃあジョシュア、また後で」
「はい」
ドアが閉まる音が聞こえた後、伯爵様は俺にそっと耳打ちした。その内容を聞いて、俺は喉から苦い思いが溢れてくるのを感じた。
きっと伯爵様も同じように考えているはずだ。
今のノア様なら、信じてもいい、と。
「父上。朝早くに申し訳ありません」
「いや。疲れは取れたか?」
「はい、早めに休ませてもらえましたので」
朝日が差し込む伯爵様の執務室は、昨夜戦いがあったとは思えないほど清廉で清々しい空気で満たされていた。おそらく日課の祈祷をしたのだろう。うっすらと香の残り香がする。明確に敵意を向けられたというのに、長年続けてきた行為をやめられないのだ。
そして、まだ期待している。もしかしたらまた以前のような関係に戻れるのではないか、と。
そんな儚い希望を抱いている。
「国王軍と聖騎士団の連合軍は退けました。しかし、またすぐに攻め込んでくるでしょう。次はより大軍で」
「……そうだろうな。信じたくないが」
淡い期待を打ち砕くような言葉をノア様が伝えた。伯爵様も内心はわかっていたのだろう。悲しそうな顔で頷く。非情だとは思うが、嘘をついても仕方がない。伯爵様がベルリアンを守る最後の砦なのだ。
ノア様はその事実を伝えている。例えそれが伯爵様を傷つけることになってでも。ベルリアンを守るため、今すべきことを教えているのだ。
「おそらく二週間後、連合軍は新しい兵器を用意するでしょう。そして再び攻め込んでくる」
「たった二週間だと!? しかも新兵器とは……」
「このままだと勝機はありません。今回は間に合わせの兵士でも戦えるような作戦を取りましたが、次は同じようにはいかないでしょう」
正直、俺もこのまま終わるとは思っていなかった。遠くない将来、再び連合軍が攻め込んでくることは想定済みだった。しかしそれが、まさかたったの二週間後だなんて。それはあまりにも早すぎる。おそらく連合軍は初めからその予定だったんだろう。
一度目である程度の被害を与え、二回目で完膚なきまでに叩き潰す。だからこんなにも早いのだ。新兵器がどんなものかわからないが、間違いなく連合軍はベルリアンに強い敵意を抱いている。そうなってくると、こちらがするべきことは軍備を強化することしかない。このままだと次は防衛など難しい。
だが圧倒的に兵士が足りない。武力もない。完全に詰みだ。ノア様に何か策はあるのだろうか。
「我々も連合軍を組む。それしかありません」
「だが、そんな相手どこに……」
「あるじゃないですか。二つも」
まさか。まさかとは思うが。
ノア様はとんでもないことを考えているんじゃないだろうか。ベルリアンだけでは力が足りない。北都は連合軍に取り込まれているから手を出せない。そうなると、残されているのは。
「南都ポルテベラ、東都リベルマと同盟を組む。それしか我々が生き延びる術はありません」
「そんなことができるのか!」
「やってみせます。僕と、ジョシュアで」
「お、俺……いや、私ですか?」
想像はしていたが、まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった。俺にできることなんてほとんどない。光魔法は使えるが、それも今はノア様に禁止されている。だったら本当に、ただそばにいて命を守ることくらいしかできない。
いや、それができるのは俺しかいない。俺はノア様の従者であり、騎士なんだから。俺が守るしかない。
「父上、僕とジョシュアにポルテベラとリベルマに行く許可をください。必ずやベルリアンに有益な結果を手に入れて参ります」
そうしてノア様は、その場にそっと跪いた。今まで誰にも頭を下げなかったノア様が、生まれて初めて願いを請うた。それほどまでに本気なのだ。何があってもベルリアンを守る。そのために、頭を下げることなんか大したことではないのだろう。
その姿に俺はグッと胸を締め付けられる。俺が今見ているノア様は、もしかしたら信じるに足る人間なのかもしれない。ふと、そんなことを考えていた。
「だが、他の地域に入るのは危険だ。今は情勢も不安定で、何があるかわからないのだ」
「承知の上です。だから行くのは僕とジョシュアの二人、それから最低限の護衛だけでいい」
「逆に危ないだろう! もし襲われたらどうするのだ!」
「父上、逆に考えてみてください。武装もせず丸腰で、しかもたった数人で尋ねてくる人間に何ができましょう。しかも僕は子爵だ。人質にでもすれば向こうは有利になる」
誠意を見せることで相手を説得しようとしている。自分の身を使って、自分に使えるものは全て使って、交渉しようとしているのか。ノア様は本気だ。血迷っているわけではない。
だったら俺も、腹を括らなければ。
ノア様と同じように、俺もその場で膝をついた。
「伯爵様、恐れながら申し上げます」
「なんだ、ジョシュア。言ってみろ」
「はい。ノア様の身は私が命に代えてでもお守りします。何があっても傷ひとつつけません。ですからどうか、ノア様に許可をお与えください」
「ジョシュア……ありがとう」
小さく、ノア様が俺に言った。まだ完全には信じられていない。でも、今までのことを思い出すと疑い続ける理由も同じくらい存在しないのだ。夜遅くまで戦術を学び、自ら危険な場所で戦い、言葉通り誰も傷つけずベルリアンを守り抜いた。
それに、理由はわからないにせよ俺に口で施しもしている。逆ならまだしも、ノア様が従者である俺にあんなことをするなんて、弱みを与えるようなものだ。だからきっと、この旅にも意味がある。今の俺にはまだわからないが、ノア様についていけば自ずとわかるかもしれない。
それから伯爵様はしばらく考えて、渋い声で了承してくれた。出発はなるべく早いほうがいい。ここからポルテベラまではどんなに早馬を飛ばしても三日はかかる。二週間後に攻め込んでくるとしたら一日も無駄にはできない。さっそく用意をするために執務室を後にしようとした俺に、伯爵様が声をかけてきた。
「ノア、お前は先に戻っておきなさい」
「わかりました。それじゃあジョシュア、また後で」
「はい」
ドアが閉まる音が聞こえた後、伯爵様は俺にそっと耳打ちした。その内容を聞いて、俺は喉から苦い思いが溢れてくるのを感じた。
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