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3章
3-3
ポルテベラの領主が住む屋敷は、高さがない代わりに広い土地に屋敷が広がるベルリアンと違い、高くそびえ立ち豪華な装飾が施されているものだった。門番が守っている大きな鉄の門をくぐり、敷地内に入るとますますその荘厳さに驚いてしまう。
ベルリアンの屋敷は古くから代々受け継いできて、修繕を繰り返しているからどこか色褪せたところがある。しかし目の前にある屋敷はとても色鮮やかで、赤い煉瓦がふんだんに使われていることが見てわかる。
屋敷というより城のようだ。貿易で稼いでいる街の領主は、古いものより新しいものを好んでいるらしい。
「お、大きいですね」
「僕たちの屋敷は戦闘向きな作りだけど、ポルテベラは違う。海外との交渉もあるし、見た目が大切なんだよ」
「なるほど……」
どちらがいい、というわけではなく、それぞれの用途に合わせて作られているのか。屋敷の使用人に俺とノア様は名前を告げて、中に案内される。大きくて重たい扉の向こうには煌びやかな空間が広がっていた。
壁には大きな絵画がずらりと飾られている。それに合わせて床には彫刻や壺などが並べられていた。俺は芸術品に詳しくないが、この部屋にあるものはどれも高価で貴重なものだということはすぐにわかった。フロアの床は美しいモザイクのタイルが敷き詰められている。外国との交渉を行う時にこのフロアを利用するのだろう。なるほど、こんなにも豪華な場所に連れてこられると、相手が自分よりも格上だと思わざるを得ない。
「すごい……」
「さすがポルテベラのお屋敷だ。黄金の家と呼ばれるのも納得できるね」
そんなことを話しながらフロアを通り抜け、奥にある階段に案内される。領主との謁見は二階の応接室で行われるそうだ。大理石の階段は隅々まで磨き上げられ、埃ひとつ落ちていない。こんなにも広い屋敷を手入れするのは大変だろう。
階段の横には大きな窓が付けられており、色ガラスを組み合わせて季節の花々や海を描いていた。こんなところにまで手を抜かないなんて、ポルテベラの領主はかなり出来る人間だな。
「こちらでございます」
「ありがとう」
案内された応接室は、これまた広い空間だった。礼拝堂のようにベンチが両脇に並べられ、その先には青いベルベットの椅子が置かれている。ポルテベラの象徴である星の形をした宝石が施されていた。しばしお待ちください、と言って使用人は深々と頭を下げて部屋を出ていく。この後領主を呼びにいくのだろう。
ノア様と二人、一番前のベンチに腰掛けて待つことにした。なんだか変に緊張する。
「ジョシュアはポルテベラの領主について何か知ってる?」
「いえ、女性であることと、お名前くらいしか」
「だよね。僕も知ってはいるけど理解しているわけじゃない……あ、そろそろかな」
なんだか不思議なことを言った後、ノア様は椅子の隣にある扉に目を向けた。そうして、ゆっくりと開いた扉の向こうから現れたのは。
「はっ! 本当に三日で来たのか、見直したぞキャンベルの坊!」
大きく開いた袖口が特徴的な青いローブと銀色のロングスカートを身に纏い、颯爽と闊歩する女性だった。腰まであるウェーブがかった飴色の髪を高い位置で一つに結んでいるため、伯爵という称号よりも堅苦しい印象を受けない。
大きく切長な瞳は海と同じマリンブルーをしており、好奇心に満ちて輝いていた。口調や仕草は快活だが、じっとこちらを見つめる視線には一瞬も隙がない。これが、ポルテベラを収めるメリッサ伯爵か。
「この度は謁見の機会を設けていただき、ありがとうございます」
「面倒な挨拶はいらん。しかし、怠け者のお前が早馬を飛ばして来るとはな。何事だ」
メリッサ伯爵はどかりと椅子に腰掛け、長い足を悠然と組む。左手の親指にはシグネットリングが光っていた。年齢はおそらくヘンリー伯爵とあまり変わらないだろう。しかし好奇心旺盛な表情や日に焼けた肌から実際の年齢がよくわからない。
女性に年齢を聞くな、と母からきつく言われてきたので尋ねることはしないが。なんとも不思議な女性だ。
「実は、メリッサ伯爵にお願いしたいことがあって来ました」
「なるほど、アタシに頼みたいことがあるんだな?」
「はい。メリッサ伯爵にとっても不利益な話ではないと思います」
「ふん……話は聞こう。だがその前に」
徐にメリッサ伯爵は立ち上がり、ツカツカとノア様の前まで歩いてくる。そしてグッと右手を握ると、躊躇いもなくノア様の頬を殴り飛ばした。
「い……っ、た!」
「ノア様! め、メリッサ伯爵、どうしてこんな……!」
「あんたもだよ!」
「いったぁ!」
流れるような動作で俺も思い切り頬を殴られた。めちゃくちゃ痛い。ベンチから転げ落ちることはなかったが、これは父上からの訓練でボコボコに叩かれた時以来の痛みだ。なんだって急に俺たちは殴られたんだ。
何か気に触ることでもあったのか?
「ヘンリーはあんたに教えてなかったのかい? アタシは敬称をつけられると腹が立って思わず殴っちまうんだって」
「き、聞いていませんでした……」
「じゃあ今覚えときな。あんたのお綺麗な顔が歪んじまう前にね」
そう言って、再びメリッサ伯爵、もといメリッサ嬢は椅子に戻っていく。唖然としたままの俺たちを置き去りにして、何事もなかったかのように会話を進め始めた。
「直接話すのはこれが初めてだから、そんなの知らなかった……」
「ノア様、大丈夫ですか?」
「平気、さすがにちょっと遠慮はしてくれたみたい」
確かにノア様の頬は赤くなってもいないし、腫れてもいない。おそらく音だけは大きいがダメージはほとんど与えなかったんだろう。だとしたら俺は割と本気で殴られたんだな。殴られた頬がじわじわ熱を帯びてくる。
一体今まで何人の人が犠牲になってきたんだろう。考えただけでゾッとする。
ベルリアンの屋敷は古くから代々受け継いできて、修繕を繰り返しているからどこか色褪せたところがある。しかし目の前にある屋敷はとても色鮮やかで、赤い煉瓦がふんだんに使われていることが見てわかる。
屋敷というより城のようだ。貿易で稼いでいる街の領主は、古いものより新しいものを好んでいるらしい。
「お、大きいですね」
「僕たちの屋敷は戦闘向きな作りだけど、ポルテベラは違う。海外との交渉もあるし、見た目が大切なんだよ」
「なるほど……」
どちらがいい、というわけではなく、それぞれの用途に合わせて作られているのか。屋敷の使用人に俺とノア様は名前を告げて、中に案内される。大きくて重たい扉の向こうには煌びやかな空間が広がっていた。
壁には大きな絵画がずらりと飾られている。それに合わせて床には彫刻や壺などが並べられていた。俺は芸術品に詳しくないが、この部屋にあるものはどれも高価で貴重なものだということはすぐにわかった。フロアの床は美しいモザイクのタイルが敷き詰められている。外国との交渉を行う時にこのフロアを利用するのだろう。なるほど、こんなにも豪華な場所に連れてこられると、相手が自分よりも格上だと思わざるを得ない。
「すごい……」
「さすがポルテベラのお屋敷だ。黄金の家と呼ばれるのも納得できるね」
そんなことを話しながらフロアを通り抜け、奥にある階段に案内される。領主との謁見は二階の応接室で行われるそうだ。大理石の階段は隅々まで磨き上げられ、埃ひとつ落ちていない。こんなにも広い屋敷を手入れするのは大変だろう。
階段の横には大きな窓が付けられており、色ガラスを組み合わせて季節の花々や海を描いていた。こんなところにまで手を抜かないなんて、ポルテベラの領主はかなり出来る人間だな。
「こちらでございます」
「ありがとう」
案内された応接室は、これまた広い空間だった。礼拝堂のようにベンチが両脇に並べられ、その先には青いベルベットの椅子が置かれている。ポルテベラの象徴である星の形をした宝石が施されていた。しばしお待ちください、と言って使用人は深々と頭を下げて部屋を出ていく。この後領主を呼びにいくのだろう。
ノア様と二人、一番前のベンチに腰掛けて待つことにした。なんだか変に緊張する。
「ジョシュアはポルテベラの領主について何か知ってる?」
「いえ、女性であることと、お名前くらいしか」
「だよね。僕も知ってはいるけど理解しているわけじゃない……あ、そろそろかな」
なんだか不思議なことを言った後、ノア様は椅子の隣にある扉に目を向けた。そうして、ゆっくりと開いた扉の向こうから現れたのは。
「はっ! 本当に三日で来たのか、見直したぞキャンベルの坊!」
大きく開いた袖口が特徴的な青いローブと銀色のロングスカートを身に纏い、颯爽と闊歩する女性だった。腰まであるウェーブがかった飴色の髪を高い位置で一つに結んでいるため、伯爵という称号よりも堅苦しい印象を受けない。
大きく切長な瞳は海と同じマリンブルーをしており、好奇心に満ちて輝いていた。口調や仕草は快活だが、じっとこちらを見つめる視線には一瞬も隙がない。これが、ポルテベラを収めるメリッサ伯爵か。
「この度は謁見の機会を設けていただき、ありがとうございます」
「面倒な挨拶はいらん。しかし、怠け者のお前が早馬を飛ばして来るとはな。何事だ」
メリッサ伯爵はどかりと椅子に腰掛け、長い足を悠然と組む。左手の親指にはシグネットリングが光っていた。年齢はおそらくヘンリー伯爵とあまり変わらないだろう。しかし好奇心旺盛な表情や日に焼けた肌から実際の年齢がよくわからない。
女性に年齢を聞くな、と母からきつく言われてきたので尋ねることはしないが。なんとも不思議な女性だ。
「実は、メリッサ伯爵にお願いしたいことがあって来ました」
「なるほど、アタシに頼みたいことがあるんだな?」
「はい。メリッサ伯爵にとっても不利益な話ではないと思います」
「ふん……話は聞こう。だがその前に」
徐にメリッサ伯爵は立ち上がり、ツカツカとノア様の前まで歩いてくる。そしてグッと右手を握ると、躊躇いもなくノア様の頬を殴り飛ばした。
「い……っ、た!」
「ノア様! め、メリッサ伯爵、どうしてこんな……!」
「あんたもだよ!」
「いったぁ!」
流れるような動作で俺も思い切り頬を殴られた。めちゃくちゃ痛い。ベンチから転げ落ちることはなかったが、これは父上からの訓練でボコボコに叩かれた時以来の痛みだ。なんだって急に俺たちは殴られたんだ。
何か気に触ることでもあったのか?
「ヘンリーはあんたに教えてなかったのかい? アタシは敬称をつけられると腹が立って思わず殴っちまうんだって」
「き、聞いていませんでした……」
「じゃあ今覚えときな。あんたのお綺麗な顔が歪んじまう前にね」
そう言って、再びメリッサ伯爵、もといメリッサ嬢は椅子に戻っていく。唖然としたままの俺たちを置き去りにして、何事もなかったかのように会話を進め始めた。
「直接話すのはこれが初めてだから、そんなの知らなかった……」
「ノア様、大丈夫ですか?」
「平気、さすがにちょっと遠慮はしてくれたみたい」
確かにノア様の頬は赤くなってもいないし、腫れてもいない。おそらく音だけは大きいがダメージはほとんど与えなかったんだろう。だとしたら俺は割と本気で殴られたんだな。殴られた頬がじわじわ熱を帯びてくる。
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