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3章
3-7
残されたのは港に一番近い、大きくて目立つ倉庫だけだった。最初に到着した倉庫からは歩いて十分ほどの距離しか離れていない。しかし、あまりにも目につくため無意識のうちに候補から除外していた。
「これは盲点だったのかもしれないね」
「人通りが多いからこそ、子供を連れて歩いていても目立たないということですか」
「変にコソコソする方がよほど目立つ。堂々としていれば誰も気に留めない」
そう言って、ノア様は扉に手をかけた。そして、ゆっくりと開くと。
「だ、誰だ! お前たちは!」
「ビンゴだね」
中から、数名の男性が慌てふためく声が聞こえてきた。どうやらここで正解のようだ。他の倉庫と違い、ランタンを灯しているため中はほのかに明るい。暗さに目が慣れてきた頃、奥の方に子供達が縄で縛られているのが見えた。
おそらく近くには警護のために何人か控えているんだろう。だとしたら、下手に動くと子供を人質にされてしまう可能性がある。果たして、どう出るべきか。
「君たちは修道士だね? どうして子供達を拐うような真似をしたんだ」
「拐う? 失礼なことを言うな! これは神のお告げだぞ!」
「嫌がる子供を無理やり縄で縛りつけることが、神の言うことか? 悪いが全員解放させてもらう」
ノア様は、なるべく話し合いで片付けようと言っていた。しかし必要があれば攻撃することも辞さない。短剣の柄に手をかけ、すぐに抜けるよう構える。しかしノア様は落ち着いた様子で修道士と話を続けた。
両手には何も持っていないことを見せつけ、一歩近くに歩み寄る。修道士は気圧されたように一歩後に下がった。
「子供が、親が望んだのあれば僕もこんなことはしない。でも子供達の様子を見ていると違うんだろう? 誰かが悲しむことを本当に神が望むと言うのか」
「お前に何がわかる! 子供を集めないと国が滅びるというお告げがあったんだ、神の言葉を成就させるために犠牲は必要だろう!」
「それで誘拐を? こんな場所まで用意していたなんて。誰の入れ知恵だ」
普段は柔らかく穏やかな口調なのに。今のノア様はあまりにも冷酷で無慈悲だった。言葉が鋭い刃のように修道士に襲いかかっていく。それに負けたのか、修道士は震える声で「フルーレ司教が」と呟いた。
その言葉に、思わず俺もノア様も言葉を失う。どうして、ここでフルーレ司教の名前が出てくるんだ。彼はベルリアンの司教であり、ポルテベラには関係がないはずなのに。いや、修道院には横のつながりがある。だからベルリアンでの手法をポルテベラの修道士に伝えた可能性は容易に考えられた。
そしてベルリアンを出発する前に見たフルーレ司教は、もう正気とはいえない様子だった。目は虚で、神のためなら子供を手にかけることだって厭わないと言わんばかりだったことを覚えている。
「フルーレ司教が、君たちに何を伝えたんだ」
「そ、それは言えない! 神に誓ったんだ、何があってもお前たちには言わないと!」
「どうして僕たちがここに来ると初めから知っているんだ!」
「うるさい! ああ、もう終わりだ……神よ、どうかこの魂をあなたの御手に……!」
「待て! まだ聞きたいことが……!」
ノア様が止めるのを待たず、修道士は口から苦しそうに血を吐き出した。体が痙攣し始め、口の端から泡を吐いている。奥歯に毒を仕込んでおり、何かあればすぐに噛み砕くように言われていたのかもしれない。
急いで修道士を抱き上げ、光魔法で蘇生を図る。かなり強力な毒だとしても、対処が早ければ光魔法である程度は中和されるはずだ。
「勝手に死ぬな! 簡単に命を捨てていいわけないだろう!」
「ひ、ひかり、まほうをつかえるのか、おまえ」
「だったらなんだ、お前の言う神様ってやつにもらったんだよ」
「なぜ、かみに、さから、う」
途切れ途切れにそう聞かれ、答えることができず押し黙る。目に見えない神を心から信じることはできなかった。だったら他に何を信じているのかと聞かれたら、すぐには答えられない。
俺の隣で青ざめた顔をしているノア様を、信じていると言いたかった。そのために伯爵様の密命を受けても、きっとノア様なら大丈夫だろうと無意識に思っていた。しかし今は違う。目に見えているのに、近くにいるのに。手を伸ばせば触れられる距離にいるノア様を、俺は信じられずにいた。
「もう、いい……このどくは、ひかりまほうでも、けせない」
「そんな……! どうしてそんなものを、躊躇なく飲んだ!」
「かみの、みこころ、だとしたら……どくもびやく、だ」
「ふざけるな! ふざけるなよ、くそっ!」
そうして、修道士は最後に「神よ、今そちらに向かいます」と呟いたあと、小さく息を吐き出して動かなくなった。見開いた瞳から光が消えていき、瞳孔が開いていく。腕の中にある体が、わずかに軽くなった気がした。
どうやら他の修道士たちも同じように毒を飲んでいたらしく、程なくしてあらゆるところから倒れていく音が聞こえてきた。これじゃあ事情を聞く出すこともできない。なんと言うことだ。まさか、彼らにここまでの覚悟があったなんて。
「……ジョシュア、子供たちを保護しよう」
「わかり、ました」
「ごめん、僕がもっと上手くできていれば」
「……、っ」
あまりにも弱々しい声に、俺は何も言い返せなかった。冷たくなっていく修道士の体を床に下ろし、縄で縛られている子供達のところへと向かう。考えることはたくさんあるが、メリッサ嬢のところにこの子達を連れていくことが先決だ。
血で汚れたジャケットを脱ぎ、短剣で縄を解いていく。こうして様々な疑問は残るものの、子供たちを見つけるという最大の目的は達成することができたのだった。
「これは盲点だったのかもしれないね」
「人通りが多いからこそ、子供を連れて歩いていても目立たないということですか」
「変にコソコソする方がよほど目立つ。堂々としていれば誰も気に留めない」
そう言って、ノア様は扉に手をかけた。そして、ゆっくりと開くと。
「だ、誰だ! お前たちは!」
「ビンゴだね」
中から、数名の男性が慌てふためく声が聞こえてきた。どうやらここで正解のようだ。他の倉庫と違い、ランタンを灯しているため中はほのかに明るい。暗さに目が慣れてきた頃、奥の方に子供達が縄で縛られているのが見えた。
おそらく近くには警護のために何人か控えているんだろう。だとしたら、下手に動くと子供を人質にされてしまう可能性がある。果たして、どう出るべきか。
「君たちは修道士だね? どうして子供達を拐うような真似をしたんだ」
「拐う? 失礼なことを言うな! これは神のお告げだぞ!」
「嫌がる子供を無理やり縄で縛りつけることが、神の言うことか? 悪いが全員解放させてもらう」
ノア様は、なるべく話し合いで片付けようと言っていた。しかし必要があれば攻撃することも辞さない。短剣の柄に手をかけ、すぐに抜けるよう構える。しかしノア様は落ち着いた様子で修道士と話を続けた。
両手には何も持っていないことを見せつけ、一歩近くに歩み寄る。修道士は気圧されたように一歩後に下がった。
「子供が、親が望んだのあれば僕もこんなことはしない。でも子供達の様子を見ていると違うんだろう? 誰かが悲しむことを本当に神が望むと言うのか」
「お前に何がわかる! 子供を集めないと国が滅びるというお告げがあったんだ、神の言葉を成就させるために犠牲は必要だろう!」
「それで誘拐を? こんな場所まで用意していたなんて。誰の入れ知恵だ」
普段は柔らかく穏やかな口調なのに。今のノア様はあまりにも冷酷で無慈悲だった。言葉が鋭い刃のように修道士に襲いかかっていく。それに負けたのか、修道士は震える声で「フルーレ司教が」と呟いた。
その言葉に、思わず俺もノア様も言葉を失う。どうして、ここでフルーレ司教の名前が出てくるんだ。彼はベルリアンの司教であり、ポルテベラには関係がないはずなのに。いや、修道院には横のつながりがある。だからベルリアンでの手法をポルテベラの修道士に伝えた可能性は容易に考えられた。
そしてベルリアンを出発する前に見たフルーレ司教は、もう正気とはいえない様子だった。目は虚で、神のためなら子供を手にかけることだって厭わないと言わんばかりだったことを覚えている。
「フルーレ司教が、君たちに何を伝えたんだ」
「そ、それは言えない! 神に誓ったんだ、何があってもお前たちには言わないと!」
「どうして僕たちがここに来ると初めから知っているんだ!」
「うるさい! ああ、もう終わりだ……神よ、どうかこの魂をあなたの御手に……!」
「待て! まだ聞きたいことが……!」
ノア様が止めるのを待たず、修道士は口から苦しそうに血を吐き出した。体が痙攣し始め、口の端から泡を吐いている。奥歯に毒を仕込んでおり、何かあればすぐに噛み砕くように言われていたのかもしれない。
急いで修道士を抱き上げ、光魔法で蘇生を図る。かなり強力な毒だとしても、対処が早ければ光魔法である程度は中和されるはずだ。
「勝手に死ぬな! 簡単に命を捨てていいわけないだろう!」
「ひ、ひかり、まほうをつかえるのか、おまえ」
「だったらなんだ、お前の言う神様ってやつにもらったんだよ」
「なぜ、かみに、さから、う」
途切れ途切れにそう聞かれ、答えることができず押し黙る。目に見えない神を心から信じることはできなかった。だったら他に何を信じているのかと聞かれたら、すぐには答えられない。
俺の隣で青ざめた顔をしているノア様を、信じていると言いたかった。そのために伯爵様の密命を受けても、きっとノア様なら大丈夫だろうと無意識に思っていた。しかし今は違う。目に見えているのに、近くにいるのに。手を伸ばせば触れられる距離にいるノア様を、俺は信じられずにいた。
「もう、いい……このどくは、ひかりまほうでも、けせない」
「そんな……! どうしてそんなものを、躊躇なく飲んだ!」
「かみの、みこころ、だとしたら……どくもびやく、だ」
「ふざけるな! ふざけるなよ、くそっ!」
そうして、修道士は最後に「神よ、今そちらに向かいます」と呟いたあと、小さく息を吐き出して動かなくなった。見開いた瞳から光が消えていき、瞳孔が開いていく。腕の中にある体が、わずかに軽くなった気がした。
どうやら他の修道士たちも同じように毒を飲んでいたらしく、程なくしてあらゆるところから倒れていく音が聞こえてきた。これじゃあ事情を聞く出すこともできない。なんと言うことだ。まさか、彼らにここまでの覚悟があったなんて。
「……ジョシュア、子供たちを保護しよう」
「わかり、ました」
「ごめん、僕がもっと上手くできていれば」
「……、っ」
あまりにも弱々しい声に、俺は何も言い返せなかった。冷たくなっていく修道士の体を床に下ろし、縄で縛られている子供達のところへと向かう。考えることはたくさんあるが、メリッサ嬢のところにこの子達を連れていくことが先決だ。
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