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5章
5-3
「僕はこの世界の人間じゃない。それは多分、ジョシュアも薄々気付いていると思うんだ」
「そうだな。今までお前が言っていたことを信じたら、そうならざるを得ない」
「うん。僕の本当の名前は望朝……小鳥遊望朝って言うんだ」
タカナシ・ノアという、この国では馴染みのない名前を聞いて本当にノアが違う世界で生きていたことを実感した。ついでに「こういう字なんだ」と言って紙に名前を書いてくれたが、記号のような文字は今まで見たことが一度もないものだった。
かつての名前を口にしたことで、ノアは昔を思い出したのか少し遠い目をした。しかし、その色は寂しさを孕ませているような気がした。無性に抱きしめたいと、そう思ってしまった。
「僕を産んだ母が十歳の時に病気で死んじゃって、それから少しして新しい母が来たんだ。若くて綺麗で、最初は僕に優しくしてくれた。でも」
「お前に、冷たく当たったのか」
「うん。そりゃそうだよね。別の女が作った子供なんて好きになんてなれない。僕が何かするたびに酷く怒られて、時には叩かれもした。父は助けてくれなかったし、居場所はどこにもなかったんだ」
ベルリアンでも同じように、若くして妻を亡くし新しく結婚する人はいる。しかし、ベルリアンの子供は領民の子供であり、みんなで育てていくという考え方があるため後妻が子供を冷遇するなんて聞いたことがなかった。
やはり、文化が違うのか。それともノアだけ特別運が悪かったのか。
今となってはもう理解することもできない。
「学校でもあまり周りと馴染めなくてさ。ずっと友達がいなかったんだ。人から顔を見られるのが怖くて、分厚いメガネをかけてずっと下を向いていた。剣道を始めたのは、顔を見られることなく相手と向き合えるから。それがまさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけど」
「ケンドーって?」
「僕が使っていた剣術だよ。ジョシュアたちとは少し違っただろう?」
ああ、なるほど。剣ではなく刀を使っていたのも、構えが特殊だったのも、そしてあのすり足も。全てノアが培ってきたものだったのか。理由はなんであれ、ずっと一人で鍛えてきた技はとても美しかった。
「で、高校に進学しても同じような日々が続いていた。三年生になって初めて友達ができたんだけど、裏で悪口を言っていたらしくてさ。恥ずかしいくらい浮かれていたから、ショックが大きくて裏切られた、なんて思っちゃったんだ」
「それは、相手の奴が悪いだろ」
「ジョシュアならそう言うと思った。でも僕は、世界の終わりだって思うくらい悲しかった。信じてもらえないことが悲しくて、切なくて。この世に誰も味方はいないんだと思っていたら、火事が起きたんだ」
そこから先、あまり記憶がないんだとノアは言った。一人でトイレに居て、そのことを友達は知っていたはずだった。しかし誰も助けに来てくれず、助けてと呼ぶこともできなかった。
どうせ誰も助けてくれない。誰も僕のことを信じてくれない。
それならば、と全てを諦めかけた。
「でも……やっぱり僕は、生きたかった。どんなに嫌なことがあっても、どんなに苦しくても、いつかどこかで救われるんじゃないかって信じていたんだ。だから死にたくなかった。熱くて苦しかったけど、最期まで僕は生きたいって願っていた……そうして気付いたら、この世界に生まれ変わっていたんだ」
何が原因かはわからない。ただ、ノアの「生きたい」という強い願いが何かに反応して、こんな奇跡を生んだ。
「そこからはジョシュアに言った通り。自分が生き延びる方法を必死に探して、何度もこの世界をやり直した。最初は自分だけが生き延びられたらいいと思っていたけど、そうしたら必ずジョシュアが死んでしまう。君に恨みはなかったし、実を言うと憧れてもいたからね。どうにかして二人とも生き延びられる方法がないかって探し続けていた」
「それを見つけたから、今こうして俺たちが生きてるってことか?」
「うん。かなり無茶苦茶な方法だったけどね。ジョシュアにも悪いことをした」
そこまで話して、ノアは、ふう、と小さく息を吐いた。長く話して疲れたのだろう。大体の概要は理解できたし、知ったことによって何かが大きく変わることもない。だからノアのためを考えるとここで話を切り上げた方がいいだろう。
頭では分かっているが、どうしても確認したいことがあった。
「その方法が、セックスだったのか」
「……直球すぎない?」
「大事なことだろ」
「ううーん」
それまで青白かった顔色に若干血の気が戻った。お互い不可侵の話題としてあえて触れてこなかったのだ。まさか面と向かって話すことになるとは考えてもいなかったのだろう。だがここまでの話を聞いていて、おそらくノアが言っていた「無茶苦茶な方法」がセックスであり、それによって俺たちは生き延びることができた。
そして神とのやりとりを思い出すと。
ノアがしたかったことがなんとなく分かってきてしまった。
「神は、光魔法を持つ者を操ることができる。ジョシュアがたまたま手に入れてしまった光魔法を僕に移すことであの場には僕しか操れる者がいなくなる……それで、君にとっては不本意だったけどあんな方法を取らせてもらった」
「言えよ、最初に! 大事なことだろ」
「だって信じられないだろう、こんなこと! 二人とも生き延びるために僕とセックスしてくれ、だなんて!」
それはまあ、そうだ。
最後の最後まで俺はノアのことを心から信じられていなかった。当時の自分を思い返してみると、きっとノアの言葉を信じないどころか行為自体を拒否していたかもしれない。だったら、確かにノアの言うとおり無理矢理にでも事を進めた方が合理的ではある。
「挿れる側はそこまで違和感ないだろうと思ったけど、僕の姿を見たら萎えちゃうかと思って……だから目隠しをしていたんだ。声も、できる限り我慢したつもりだったんだけど」
「お前、なあ……!」
そこまで聞いて、たまらず声を荒げた。どうしてそこまで自分を道具のように扱うんだ。確かに俺はノアのことを信じていなかった。でも、言ってくれたらもっと大切にできたかもしれないじゃないか。苦しい思いをさせないで済んだかもしれないじゃないか。
もっと早く、お前に触れられたかもしれないじゃないか。
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「そうだな。今までお前が言っていたことを信じたら、そうならざるを得ない」
「うん。僕の本当の名前は望朝……小鳥遊望朝って言うんだ」
タカナシ・ノアという、この国では馴染みのない名前を聞いて本当にノアが違う世界で生きていたことを実感した。ついでに「こういう字なんだ」と言って紙に名前を書いてくれたが、記号のような文字は今まで見たことが一度もないものだった。
かつての名前を口にしたことで、ノアは昔を思い出したのか少し遠い目をした。しかし、その色は寂しさを孕ませているような気がした。無性に抱きしめたいと、そう思ってしまった。
「僕を産んだ母が十歳の時に病気で死んじゃって、それから少しして新しい母が来たんだ。若くて綺麗で、最初は僕に優しくしてくれた。でも」
「お前に、冷たく当たったのか」
「うん。そりゃそうだよね。別の女が作った子供なんて好きになんてなれない。僕が何かするたびに酷く怒られて、時には叩かれもした。父は助けてくれなかったし、居場所はどこにもなかったんだ」
ベルリアンでも同じように、若くして妻を亡くし新しく結婚する人はいる。しかし、ベルリアンの子供は領民の子供であり、みんなで育てていくという考え方があるため後妻が子供を冷遇するなんて聞いたことがなかった。
やはり、文化が違うのか。それともノアだけ特別運が悪かったのか。
今となってはもう理解することもできない。
「学校でもあまり周りと馴染めなくてさ。ずっと友達がいなかったんだ。人から顔を見られるのが怖くて、分厚いメガネをかけてずっと下を向いていた。剣道を始めたのは、顔を見られることなく相手と向き合えるから。それがまさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけど」
「ケンドーって?」
「僕が使っていた剣術だよ。ジョシュアたちとは少し違っただろう?」
ああ、なるほど。剣ではなく刀を使っていたのも、構えが特殊だったのも、そしてあのすり足も。全てノアが培ってきたものだったのか。理由はなんであれ、ずっと一人で鍛えてきた技はとても美しかった。
「で、高校に進学しても同じような日々が続いていた。三年生になって初めて友達ができたんだけど、裏で悪口を言っていたらしくてさ。恥ずかしいくらい浮かれていたから、ショックが大きくて裏切られた、なんて思っちゃったんだ」
「それは、相手の奴が悪いだろ」
「ジョシュアならそう言うと思った。でも僕は、世界の終わりだって思うくらい悲しかった。信じてもらえないことが悲しくて、切なくて。この世に誰も味方はいないんだと思っていたら、火事が起きたんだ」
そこから先、あまり記憶がないんだとノアは言った。一人でトイレに居て、そのことを友達は知っていたはずだった。しかし誰も助けに来てくれず、助けてと呼ぶこともできなかった。
どうせ誰も助けてくれない。誰も僕のことを信じてくれない。
それならば、と全てを諦めかけた。
「でも……やっぱり僕は、生きたかった。どんなに嫌なことがあっても、どんなに苦しくても、いつかどこかで救われるんじゃないかって信じていたんだ。だから死にたくなかった。熱くて苦しかったけど、最期まで僕は生きたいって願っていた……そうして気付いたら、この世界に生まれ変わっていたんだ」
何が原因かはわからない。ただ、ノアの「生きたい」という強い願いが何かに反応して、こんな奇跡を生んだ。
「そこからはジョシュアに言った通り。自分が生き延びる方法を必死に探して、何度もこの世界をやり直した。最初は自分だけが生き延びられたらいいと思っていたけど、そうしたら必ずジョシュアが死んでしまう。君に恨みはなかったし、実を言うと憧れてもいたからね。どうにかして二人とも生き延びられる方法がないかって探し続けていた」
「それを見つけたから、今こうして俺たちが生きてるってことか?」
「うん。かなり無茶苦茶な方法だったけどね。ジョシュアにも悪いことをした」
そこまで話して、ノアは、ふう、と小さく息を吐いた。長く話して疲れたのだろう。大体の概要は理解できたし、知ったことによって何かが大きく変わることもない。だからノアのためを考えるとここで話を切り上げた方がいいだろう。
頭では分かっているが、どうしても確認したいことがあった。
「その方法が、セックスだったのか」
「……直球すぎない?」
「大事なことだろ」
「ううーん」
それまで青白かった顔色に若干血の気が戻った。お互い不可侵の話題としてあえて触れてこなかったのだ。まさか面と向かって話すことになるとは考えてもいなかったのだろう。だがここまでの話を聞いていて、おそらくノアが言っていた「無茶苦茶な方法」がセックスであり、それによって俺たちは生き延びることができた。
そして神とのやりとりを思い出すと。
ノアがしたかったことがなんとなく分かってきてしまった。
「神は、光魔法を持つ者を操ることができる。ジョシュアがたまたま手に入れてしまった光魔法を僕に移すことであの場には僕しか操れる者がいなくなる……それで、君にとっては不本意だったけどあんな方法を取らせてもらった」
「言えよ、最初に! 大事なことだろ」
「だって信じられないだろう、こんなこと! 二人とも生き延びるために僕とセックスしてくれ、だなんて!」
それはまあ、そうだ。
最後の最後まで俺はノアのことを心から信じられていなかった。当時の自分を思い返してみると、きっとノアの言葉を信じないどころか行為自体を拒否していたかもしれない。だったら、確かにノアの言うとおり無理矢理にでも事を進めた方が合理的ではある。
「挿れる側はそこまで違和感ないだろうと思ったけど、僕の姿を見たら萎えちゃうかと思って……だから目隠しをしていたんだ。声も、できる限り我慢したつもりだったんだけど」
「お前、なあ……!」
そこまで聞いて、たまらず声を荒げた。どうしてそこまで自分を道具のように扱うんだ。確かに俺はノアのことを信じていなかった。でも、言ってくれたらもっと大切にできたかもしれないじゃないか。苦しい思いをさせないで済んだかもしれないじゃないか。
もっと早く、お前に触れられたかもしれないじゃないか。
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