いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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1章

1-1

 世界は今日も、穏やかだ。

 空は青く澄み渡り、白い雲は風に吹かれて静かに流れている。愛馬にまたがり城門から町に繋がる道をゆっくりと進んでいく。いつもと変わらない、なんてことのない日だ。

 本来であれば従者である俺ではなく、子爵であるノア様がこの道を進んでいるはずだ。しかし自堕落でわがままな我が主人は、今日もいつもと変わらず自室で昼寝をしている。領地の見回りも子爵の仕事だというのに。そういう面倒なことは全部俺に任せっきりだ。

 でも、これも今に始まったことじゃない。

 今が良ければそれでいい。だって、どうせ僕はこの土地を受け継ぐことがわかっている。だから別に、がむしゃらに頑張る必要なんてないでしょう?

 これがノア様の言い分だ。

 言いたいことは山ほどあるが、やらないといけないことも同じくらい目の前に存在する。それが、領民から話を聞くことだ。

「おおい、ジョシュア! 久しぶりだなぁ」
「ヤコフ爺さん、元気かい?」

 道端から農具職人のヤコフ爺さんが声をかけてきた。灰色のチュニックに赤茶色のズボン、藁で編んだ帽子という典型的な農民の格好だ。恰幅のいい体にふさふさの白い髭とぱっと見はどこにでもいそうな姿だが農具を作る腕はベルリアンで一番を誇る。俺が子供の時からこうやって声をかけてくれていて、ノア様の従者になっても気さくに話しかけてくれる。

 ここ、ベルリアンは自然豊かな土地だ。豊かな土壌に恵まれ、広い領土のほとんどは畑として使われている。いつしかフィカリア王国の食糧庫と謳われるほど、ベルリアンは多くの作物を育てていた。

 ヤコフ爺さんはそのベルリアンを支えている大きな存在だ。

「畑の様子はどう?」
「悪かないさ。ベルリアンは女神シエラに守られてるからねぇ」

 そう言って、ヤコフ爺さんは首に下げているネックレスをぎゅうと握った。女神シエラが彫られたメダルだ。ベルリアンの守護神である女神シエラのメダイは、洗礼を受けた人に与えられるものだ。そして領民の全員が持っているものでもある。かくいう俺も持っているが、仕事の時邪魔になるから外しているが。

 ヤコフ爺さんは俺の両親と同じで信心深く、こうして肌身離さず身につけている。

「それにしても、またお前さんが見回りかい?」
「まあね。ノア様はお忙しいんだ」
「そうかね。ヘンリー伯爵はまだ子爵の時もご自分で見回りに来られてたってのに」
「あはは……まあ、時代が違いますから」

 適当なことを言って誤魔化すことにした。それは俺だって同じことを思ってるよ。自分の土地なんだから自分で見回ってくれ、って。ヘンリー伯爵が隣国との争いに出ている間、ノア様がこの土地を守らないといけない。領民の声を聞き、領地の様子を見て、適切な判断を下すのは俺ではなく、ノア様だ。

 それなのに今日も今日とてのんびりと昼寝を決め込んでいる。 

 いい加減にしてくれと思わなくもないが、流石にヤコフ爺さんにこんなこと話すわけにはいかない。これ以上話しているとボロが出そうだったので、無理やりだけど話題を変えることにした。

「最近、困ったことはないか?」
「困ったこと? そうさなぁ……まあ、あるっちゃあるがのぉ」

 ヤコフ爺さんは長い髭を何度かさすりながら口を開いた。

「増税がなぁ。ここ最近、急にキツくなっただろう?」
「確かに。国王からの命で税が重くなったな」
「あれがなぁ。まだなんとかなってるけど、これが続くとしんどいと思ってなぁ」
「そうだよな……」

 昨年、突然国王からの勅令が全国に降りた。曰く税率を今までのものから三分の一増やすというもの。ベルリアンは金の代わりに収穫物を納めていた。そのため、その年の収穫量によって税率は変動する。しかし国王は一人当たりの税を定め、納めなければ王都カリスに行き肉体労働を強いると言い始めた。

 今はまだ誰もカリスに行ってはいないが、一度不作に陥れば多くの領民が王都に連れて行かれるだろう。そうしたら今までの農作業はできなくなり、ますます税を納めることができなくなる。

「ヘンリー伯爵のおかげで儂らに影響はないがのぉ」
「伯爵様に伝えておくよ」
「そうしとくれ」

 じゃあな、と言ってしわくちゃの手を振られた。俺もそれに手を振り替えして領地の見回りを続ける。

 それにしても、増税か。昨年の勅令はあまりに突然で、ここ西都ベルリアンだけでなく南都ポルテベラ、東都リベルマも大騒ぎになったらしい。海外との貿易で栄えているポルテベラと、工業都市のリベルマは売上の三分の一をいきなり納めろと言われたのだとか。事前の通達もなかったため、各都市の領主は大慌てで税をかき集めたと聞いている。

 ただの従者である俺がここまで国の内情に詳しいのは、ノア様がその辺の仕事を全て俺に押し付けていたからだ。ベルリアンの統治はノア様の父親であり、ベルリアン領主のヘンリー伯爵が行っている。彼の手腕が素早く、そして的確だったためまだ領民の不満は小さいもので済んでいるが。

 このまま続くと不満は大きくなるかもしれない。

 今までこんな勅令は聞いたことがない。少なくとも二十年生きてきた中で、一度も。

「確かにおかしいよな……」

 ヤコフ爺さんと別れてから、また馬を走らせる。国はどこか不穏な空気が流れているがベルリアンの土地は穏やかだ。

 青々とした草原が広がり、なだらかな丘が遠くまで続いている。遠くで牛の鳴き声が響き、領民の他愛ない話し声が聞こえてきた。いつまでもこの光景が続けばいい。そのために俺はノア様の代わりだろうと、面倒な仕事をこなしているのだ。それに妙な違和感を感じる。何かが違う。何かが足りない。本当なら聞こえてくる声が聞こえない。それが何かがわからないが、嫌な感じがする。

 さてさて、どうしたものか。
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