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1章
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青空の下をまたしても歩き続ける。そうしていると、広々とした畑にたどり着いた。ヤコフ爺さんの農具の助けもあり、天候も落ち着いているから畑にはさまざまな野菜が育っていた。遠くには金色に輝く小麦畑が見える。幼い頃は剣の訓練が辛くてよくここまで逃げ出していた。
そんな時、いつも俺と遊んでくれていたのが。
「ジョシュア! お疲れさん!」
「レオ。久しぶり」
キャメル色の短い髪が風に揺れている。深いモスグリーンの瞳が眩しそうに輝いていた。幼い頃からの顔見知りであるレオは、俺が次期当主の従者だと分かっていても気さくに接してくれている。変に気を使わないで済むレオは、俺にとって大切な存在だった。
鍬を片手に農作業をしていたレオは、こんがりと日焼けしている。おまけにがっしりとした体格も相まって身長は俺より低いものの存在感がすごい。
「また見回りか? お前も大変だな、わがまま坊ちゃんのお使いだなんて」
「レオ……流石に口が過ぎるぞ」
「本当のことだろ? ま、お前の前でだけだよ、こんなこと言うの」
「だといいがな」
レオにはノア様の我儘っぷりをつい話してしまうからか、他の領民と違って変に萎縮したり敬ったりはしていない。もちろん人前ではちゃんと礼儀を忘れていないから、純朴そうな見た目に反して抜け目ない男だったりもする。
馬から降りて畑に近づく。採れたてのトマトを投げられたのでありがたくいただき、ふう、と一息ついた。ここはやっぱり落ち着くな。
「さっきヤコフ爺さんに会ったよ。税金が大変なんだってな」
「そうなんだよ。ベルリアンは農作物だけで済んでるけど、これもいつまで続くか」
「どういうことだ」
「あー……」
レオの口調が少しだけ淀んだ。何か言いたそうで、でも言うべきか悩んでいるような。いつもならはっきりと口にするから違和感を感じる。
言いたくないのであれば無理に話させる必要はない。レオが話したくなったら聞けばいい。そう思い、手に持っていたトマトにガブリと齧り付いた。肉厚な皮に歯を立てると、絶妙な酸味と甘味が混じり合った果汁が溢れてきた。うん、これは美味い。味の濃さもちょうどいいし、野菜嫌いのノア様もこれなら食べられるだろう。
そんなことを考えていると、レオはゆっくりと口を開いた。
「人が、さ。連れて行かれるんだ」
「は? 人?」
「そう。ちょっと前から」
そう言われて辺りを見渡してみる。畑で作業をしているのでレオの父親、弟と妹の合わせて三人だ。小麦畑には他にも人がいるんだろうけれど、確かに少し少ない気がする。いつもならレオの母親と、もう一人弟がいたはずだけど。
どこを見ても姿が見つからない。
「子供の、しかも男だけが連れて行かれるんだ。修道院に。で、俺の弟も連れて行かれたんだ」
「修道院? それなら別にいいだろ」
「最初はな。父さんも母さんも喜んでた」
この土地は昔から信心深い人が多い。農業で生きていくには天候が最も重要になってくる。そのため、守護聖人である女神シエラを深く崇拝している。レオの両親も毎朝大聖堂で祈りを捧げるほど信仰に篤い人だった。
だから、自分の息子が修道院に行くと決まったら嬉しいだろう。修道院で修行をし、女神シエラに仕え、いずれは聖都サンジーリョで立派な聖職者を目指すことになる。信仰者としてこれ以上の喜びはないはず。
しかしレオの口ぶりからはその喜びは感じられなかった。
「少し前ならよかったんだ。でも、税が重たくなってからはとにかく人手が欲しい。今まで通りだとやっていけないんだ。だから一人連れて行かれた穴は大きい。で、母さんも無理して腰を痛めてな」
「そうだったのか」
今はまだヘンリー伯爵がどうにかして負担を少なくしているようだけど、それもいつまで続くかわからない。食糧庫が尽きたらお終いだ。それに、子供が連れて行かれているのはおそらくレオの家だけではないだろう。きっと同じ年頃の少年が修道院に連れて行かれている。
街を歩いていて抱いた違和感はそれだったのか。
子供がいないのだ。道で走り回り笑う子供の姿が見えない。何人かは連れていかれ、その穴を埋めるために遊ぶ暇なく働いている。
「お前の母さん、腰はそんなに悪いのか」
「数日寝ていれば大丈夫らしい。ゆっくりなら歩くこともできるしな」
「そうか。本当なら光魔法で治してやりたかったが……」
「あはは、いいよ。どうせまたノア様にせがまれたんだろう?」
俺が十歳の時に与えられた神からのギフト、それが王族にしか使えないとされている光魔法だった。光魔法は傷や病気を癒すことができる。上手く使えば攻撃を防ぐこともできるため、まさしく神に与えられた特別な力だ。
そのありがたい光魔法を、あろうことかノア様は「ちょっと疲れたから光魔法使ってよ」とマッサージ気分で使わせてくるのだ。いや、貴方が疲れているのは単に寝過ぎているだけだし、むしろ俺の方が疲れているんですけど? というかそんなことで光魔法を使わせないでもらいたいんですけど? どこも怪我してないし病気もしていないっていうのに。
三日に一度の頻度で俺に光魔法を使わせるのはマジでやめてもらいたい。
しかし、生まれた時からノア様の我儘に振り回されているため、今更何を言っても無駄だということは分かっている。だから今日も光魔法で、自業自得とも言える疲労感を取り除いてやっていた。
光魔法は他の魔法と違って集中力が必要だし、何度も使うとこっちが疲れてしまう。ひどい時は左鎖骨の下にある痣が発熱するほどだ。
「ジョシュア、お前も大変だな」
「もう慣れたよ」
「そうは言っても、これがあと何年続くと思っているんだ。ノア様は次期領主、お前はその従者で騎士になるんだぞ」
「まあ……その時になったら考えるさ」
いくらノア様が自堕落で我儘放題だとしても、決められた未来は変えられない。俺がどんなに頑張っても変えられないことはある。それこそ、ノア様が別人のように生まれ変わらない限りは。
そんな叶うはずもない希望を抱くくらいしか俺にはできないのだ。
「トマトありがとう。また来るよ」
「いつでも来いよな。愚痴を聞くくらいならいくらでもできる」
「助かるよ。じゃあな」
再び馬に乗り、レオに手を振ってその場を去った。もう少しだけ町を見回ったら、ノア様の代わりに大聖堂へ捧げ物をしに行こう。これだって本当は子爵であるノア様の義務なのに。
ヘンリー伯爵や俺の両親と違い、ノア様には信仰心というものがほとんどない。俺が人並みの信仰心だとしたら、きっとそれ以下だろう。
だとしても子爵なんだから最低限の義務は果たしてもらわないと困るんだけど。どうしたものか。本当に。
「考えることが山積みだ」
青空の下、大きくため息をつく。遠くには、いつの間にか灰色の雲が浮かんでいた。
そんな時、いつも俺と遊んでくれていたのが。
「ジョシュア! お疲れさん!」
「レオ。久しぶり」
キャメル色の短い髪が風に揺れている。深いモスグリーンの瞳が眩しそうに輝いていた。幼い頃からの顔見知りであるレオは、俺が次期当主の従者だと分かっていても気さくに接してくれている。変に気を使わないで済むレオは、俺にとって大切な存在だった。
鍬を片手に農作業をしていたレオは、こんがりと日焼けしている。おまけにがっしりとした体格も相まって身長は俺より低いものの存在感がすごい。
「また見回りか? お前も大変だな、わがまま坊ちゃんのお使いだなんて」
「レオ……流石に口が過ぎるぞ」
「本当のことだろ? ま、お前の前でだけだよ、こんなこと言うの」
「だといいがな」
レオにはノア様の我儘っぷりをつい話してしまうからか、他の領民と違って変に萎縮したり敬ったりはしていない。もちろん人前ではちゃんと礼儀を忘れていないから、純朴そうな見た目に反して抜け目ない男だったりもする。
馬から降りて畑に近づく。採れたてのトマトを投げられたのでありがたくいただき、ふう、と一息ついた。ここはやっぱり落ち着くな。
「さっきヤコフ爺さんに会ったよ。税金が大変なんだってな」
「そうなんだよ。ベルリアンは農作物だけで済んでるけど、これもいつまで続くか」
「どういうことだ」
「あー……」
レオの口調が少しだけ淀んだ。何か言いたそうで、でも言うべきか悩んでいるような。いつもならはっきりと口にするから違和感を感じる。
言いたくないのであれば無理に話させる必要はない。レオが話したくなったら聞けばいい。そう思い、手に持っていたトマトにガブリと齧り付いた。肉厚な皮に歯を立てると、絶妙な酸味と甘味が混じり合った果汁が溢れてきた。うん、これは美味い。味の濃さもちょうどいいし、野菜嫌いのノア様もこれなら食べられるだろう。
そんなことを考えていると、レオはゆっくりと口を開いた。
「人が、さ。連れて行かれるんだ」
「は? 人?」
「そう。ちょっと前から」
そう言われて辺りを見渡してみる。畑で作業をしているのでレオの父親、弟と妹の合わせて三人だ。小麦畑には他にも人がいるんだろうけれど、確かに少し少ない気がする。いつもならレオの母親と、もう一人弟がいたはずだけど。
どこを見ても姿が見つからない。
「子供の、しかも男だけが連れて行かれるんだ。修道院に。で、俺の弟も連れて行かれたんだ」
「修道院? それなら別にいいだろ」
「最初はな。父さんも母さんも喜んでた」
この土地は昔から信心深い人が多い。農業で生きていくには天候が最も重要になってくる。そのため、守護聖人である女神シエラを深く崇拝している。レオの両親も毎朝大聖堂で祈りを捧げるほど信仰に篤い人だった。
だから、自分の息子が修道院に行くと決まったら嬉しいだろう。修道院で修行をし、女神シエラに仕え、いずれは聖都サンジーリョで立派な聖職者を目指すことになる。信仰者としてこれ以上の喜びはないはず。
しかしレオの口ぶりからはその喜びは感じられなかった。
「少し前ならよかったんだ。でも、税が重たくなってからはとにかく人手が欲しい。今まで通りだとやっていけないんだ。だから一人連れて行かれた穴は大きい。で、母さんも無理して腰を痛めてな」
「そうだったのか」
今はまだヘンリー伯爵がどうにかして負担を少なくしているようだけど、それもいつまで続くかわからない。食糧庫が尽きたらお終いだ。それに、子供が連れて行かれているのはおそらくレオの家だけではないだろう。きっと同じ年頃の少年が修道院に連れて行かれている。
街を歩いていて抱いた違和感はそれだったのか。
子供がいないのだ。道で走り回り笑う子供の姿が見えない。何人かは連れていかれ、その穴を埋めるために遊ぶ暇なく働いている。
「お前の母さん、腰はそんなに悪いのか」
「数日寝ていれば大丈夫らしい。ゆっくりなら歩くこともできるしな」
「そうか。本当なら光魔法で治してやりたかったが……」
「あはは、いいよ。どうせまたノア様にせがまれたんだろう?」
俺が十歳の時に与えられた神からのギフト、それが王族にしか使えないとされている光魔法だった。光魔法は傷や病気を癒すことができる。上手く使えば攻撃を防ぐこともできるため、まさしく神に与えられた特別な力だ。
そのありがたい光魔法を、あろうことかノア様は「ちょっと疲れたから光魔法使ってよ」とマッサージ気分で使わせてくるのだ。いや、貴方が疲れているのは単に寝過ぎているだけだし、むしろ俺の方が疲れているんですけど? というかそんなことで光魔法を使わせないでもらいたいんですけど? どこも怪我してないし病気もしていないっていうのに。
三日に一度の頻度で俺に光魔法を使わせるのはマジでやめてもらいたい。
しかし、生まれた時からノア様の我儘に振り回されているため、今更何を言っても無駄だということは分かっている。だから今日も光魔法で、自業自得とも言える疲労感を取り除いてやっていた。
光魔法は他の魔法と違って集中力が必要だし、何度も使うとこっちが疲れてしまう。ひどい時は左鎖骨の下にある痣が発熱するほどだ。
「ジョシュア、お前も大変だな」
「もう慣れたよ」
「そうは言っても、これがあと何年続くと思っているんだ。ノア様は次期領主、お前はその従者で騎士になるんだぞ」
「まあ……その時になったら考えるさ」
いくらノア様が自堕落で我儘放題だとしても、決められた未来は変えられない。俺がどんなに頑張っても変えられないことはある。それこそ、ノア様が別人のように生まれ変わらない限りは。
そんな叶うはずもない希望を抱くくらいしか俺にはできないのだ。
「トマトありがとう。また来るよ」
「いつでも来いよな。愚痴を聞くくらいならいくらでもできる」
「助かるよ。じゃあな」
再び馬に乗り、レオに手を振ってその場を去った。もう少しだけ町を見回ったら、ノア様の代わりに大聖堂へ捧げ物をしに行こう。これだって本当は子爵であるノア様の義務なのに。
ヘンリー伯爵や俺の両親と違い、ノア様には信仰心というものがほとんどない。俺が人並みの信仰心だとしたら、きっとそれ以下だろう。
だとしても子爵なんだから最低限の義務は果たしてもらわないと困るんだけど。どうしたものか。本当に。
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青空の下、大きくため息をつく。遠くには、いつの間にか灰色の雲が浮かんでいた。
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