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1章
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大聖堂で想像以上に時間を使っていたらしく、城に戻ると城門に人垣ができていた。掲げられている旗は鮮やかな緑色だ。太陽の紋章はこの国でただ一人にしか許されていない。それが、ベルリアン領主であるヘンリー・セシル・キャンベル伯爵だ。
鎧を身につけたまま、屋敷の使用人たちの出迎えに応えている。隣で大きな盾を持っているのは、ヘンリー伯爵の騎士であり部隊長でもある俺の父、セオドラ・サミュエルだろう。本当であれば俺も出迎えなければいけなかったのに遅れてしまった。
「申し訳ありません、マイ・ロード! お出迎えもできずに……!」
「おお、サミュエル卿。気にするな、我々も今戻ってきたばかりだ」
ヘンリー伯爵はフォレストグリーンの瞳をキュッと細め、快活そうに笑った。伯爵という地位でありながらとても気さくで、俺だけではなく領民に対しても優しく接している。ベルリアンの土地と領民を心から愛しており、領民もヘンリー伯爵を愛している。
紋章である太陽のようにいつも明るい方だ。
「伯爵様、倅を甘やかさないでいただきたい。全く、こんな時間まで何をしていたのだ、サミュエル卿」
「父、いえ、サー・サミュエル。申し訳ありません。ロード・キャンベルの代わりに見回りをしておりました」
俺を擁護するように馬がぶるんと鳴く。俺よりも身長が高く、筋肉質なため、ただそこにいるだけで威圧感がすごい。おまけにヘンリー伯爵とは反対に非常に真面目で、忠誠心も篤い。本人にそんなつもりはないのだろうが、チラリとこちらを見るだけでものすごく睨みつけているように思えてしまう。
とはいえ実際はとても優しく、母上に対して頭が上がらない。
「やれやれ、ノアはまたサボっているのか」
「まあ……そうですね。おそらく今頃は自室で休んでおられるかと」
「すまないな、サミュエル卿。あいつはお前に甘えてばかりだ」
そう言ってヘンリー伯爵は頭を下げようとするので、慌てて制した。ノア様はヘンリー伯爵の言うことさえ聞かないのだ、俺の言葉なんて聞く耳を持たないだろう。だからと言って見回りをしないわけにもいかない。
また、その報告をするのも俺の仕事だ。
「後ほど領民から聞いた話をお伝えします」
「そうしてくれ。なあ、セオドラよ。お前の息子は随分と立派に育っているじゃないか」
「伯爵様、人前です。そう気安く呼ばないでいただきたい」
「硬いなあ、お前は。誰もそんなこと気にしないさ」
ヘンリー伯爵と父上は、俺とノア様のように幼い頃から主従関係にある。父上は自分たちと同じように、いずれは俺がノア様の右腕になるよう厳しく鍛えてきた。しかし肝心のノア様は、俺たちの考えを知ってか知らずか、好き勝手に生きている。
「休んでいると言っていたが、どうせ昼寝をしているんだろう? ノアのやつ」
「はい、あ、いえ……疲れたと言っておられましたので、光魔法を施しております」
「何が疲れた、だ。ただの寝疲れだろう」
「あ、あはは……」
ヘンリー伯爵には全てがお見通し、ということか。困ったように笑っていると、父上は嗜めるようにこちらを向いて、口を開いた。
「たとえどんな理由であっても、お前はノア様を疑わずに支えるんだ。それが騎士であり、従者の役割なんだからな」
「わかってますよ、父上」
「伯爵様の前だ、サーと呼べ」
「……イエス、サー」
父上の言うことはわかる。フルーレ司祭と同じだ。父上は心からヘンリー伯爵を信じ、支えてきたからそうやって言えるんだ。疑うこともなく、心から信頼して尽くしてきた。でも俺は違う。俺が仕えるべきはノア様だということはわかっている。頭では理解している。でも、それでも本当にこれでいいのかと思ってしまうのだ。
フルーレ司祭は俺が神に選ばれた人間だと信じて疑わない。でも、俺に期待されるほどの信仰心はない。信じたい。でも、心から信じられない。
俺は本当に、このままでいいのだろうか。
「ノア様に見回りの報告をしてきます。伯爵様、サー・キャンベル。失礼いたします」
どうにもスッキリしない気持ちで屋敷へと向かう。
父上は、ノア様がいつかヘンリー様のような領民に愛される領主になってもらうことを望んでいる。フルーレ司祭は、俺に強い信仰心を持って欲しいと願っている。しかし現状はどうだ。ノア様はいつまで経っても自堕落だし、成長している様子は見られない。信仰心だってそうだ。光魔法を与えられたことは喜ばしいことだと思っているが、それじゃあ父上のように毎朝必ず礼拝に参加するかと言われるとそこまでの熱量はない。
周りからの期待、それに対する現状。
その差があまりにも大きい。
「俺が悪いのか……?」
馬を厩舎に連れて行き、労わるように頭を撫でてその場を離れた。伯爵様が戻ってこられたのは、実に一ヶ月ぶりだ。その間に起きたこと、見回りで知ったことを全てまとめて報告しなくてはいけない。当然それはノア様の役目だが、おそらく俺が代わりに行うのだろう。
こうやって、伯爵様が領主で居続ける間は問題ないだろう。ノア様は好き勝手に生きて、俺がそれを陰で支える。それでも伯爵様の手腕があればなんとか誤魔化せる。しかし、この先、そう遠くない未来に。ノア様が領主になったらそれはどうなるんだろう。
今みたいに俺がうまく誤魔化すのか? ノア様を支えるというのは、そういうことなのか? 本当にこれでいいのだろうか。このままノア様のわがままを聞くだけで、本当にノア様は領民に愛される領主になれるのだろうか。
ノア様を一人前の領主に育て上げる自信が俺にはない。
このままではいけない。でも、どうしたらいいかわからない。それでも時間は残酷に、そして正確に進んでいく。言葉にならない焦燥感と共に俺はノア様のところへと足早に歩いていた。
鎧を身につけたまま、屋敷の使用人たちの出迎えに応えている。隣で大きな盾を持っているのは、ヘンリー伯爵の騎士であり部隊長でもある俺の父、セオドラ・サミュエルだろう。本当であれば俺も出迎えなければいけなかったのに遅れてしまった。
「申し訳ありません、マイ・ロード! お出迎えもできずに……!」
「おお、サミュエル卿。気にするな、我々も今戻ってきたばかりだ」
ヘンリー伯爵はフォレストグリーンの瞳をキュッと細め、快活そうに笑った。伯爵という地位でありながらとても気さくで、俺だけではなく領民に対しても優しく接している。ベルリアンの土地と領民を心から愛しており、領民もヘンリー伯爵を愛している。
紋章である太陽のようにいつも明るい方だ。
「伯爵様、倅を甘やかさないでいただきたい。全く、こんな時間まで何をしていたのだ、サミュエル卿」
「父、いえ、サー・サミュエル。申し訳ありません。ロード・キャンベルの代わりに見回りをしておりました」
俺を擁護するように馬がぶるんと鳴く。俺よりも身長が高く、筋肉質なため、ただそこにいるだけで威圧感がすごい。おまけにヘンリー伯爵とは反対に非常に真面目で、忠誠心も篤い。本人にそんなつもりはないのだろうが、チラリとこちらを見るだけでものすごく睨みつけているように思えてしまう。
とはいえ実際はとても優しく、母上に対して頭が上がらない。
「やれやれ、ノアはまたサボっているのか」
「まあ……そうですね。おそらく今頃は自室で休んでおられるかと」
「すまないな、サミュエル卿。あいつはお前に甘えてばかりだ」
そう言ってヘンリー伯爵は頭を下げようとするので、慌てて制した。ノア様はヘンリー伯爵の言うことさえ聞かないのだ、俺の言葉なんて聞く耳を持たないだろう。だからと言って見回りをしないわけにもいかない。
また、その報告をするのも俺の仕事だ。
「後ほど領民から聞いた話をお伝えします」
「そうしてくれ。なあ、セオドラよ。お前の息子は随分と立派に育っているじゃないか」
「伯爵様、人前です。そう気安く呼ばないでいただきたい」
「硬いなあ、お前は。誰もそんなこと気にしないさ」
ヘンリー伯爵と父上は、俺とノア様のように幼い頃から主従関係にある。父上は自分たちと同じように、いずれは俺がノア様の右腕になるよう厳しく鍛えてきた。しかし肝心のノア様は、俺たちの考えを知ってか知らずか、好き勝手に生きている。
「休んでいると言っていたが、どうせ昼寝をしているんだろう? ノアのやつ」
「はい、あ、いえ……疲れたと言っておられましたので、光魔法を施しております」
「何が疲れた、だ。ただの寝疲れだろう」
「あ、あはは……」
ヘンリー伯爵には全てがお見通し、ということか。困ったように笑っていると、父上は嗜めるようにこちらを向いて、口を開いた。
「たとえどんな理由であっても、お前はノア様を疑わずに支えるんだ。それが騎士であり、従者の役割なんだからな」
「わかってますよ、父上」
「伯爵様の前だ、サーと呼べ」
「……イエス、サー」
父上の言うことはわかる。フルーレ司祭と同じだ。父上は心からヘンリー伯爵を信じ、支えてきたからそうやって言えるんだ。疑うこともなく、心から信頼して尽くしてきた。でも俺は違う。俺が仕えるべきはノア様だということはわかっている。頭では理解している。でも、それでも本当にこれでいいのかと思ってしまうのだ。
フルーレ司祭は俺が神に選ばれた人間だと信じて疑わない。でも、俺に期待されるほどの信仰心はない。信じたい。でも、心から信じられない。
俺は本当に、このままでいいのだろうか。
「ノア様に見回りの報告をしてきます。伯爵様、サー・キャンベル。失礼いたします」
どうにもスッキリしない気持ちで屋敷へと向かう。
父上は、ノア様がいつかヘンリー様のような領民に愛される領主になってもらうことを望んでいる。フルーレ司祭は、俺に強い信仰心を持って欲しいと願っている。しかし現状はどうだ。ノア様はいつまで経っても自堕落だし、成長している様子は見られない。信仰心だってそうだ。光魔法を与えられたことは喜ばしいことだと思っているが、それじゃあ父上のように毎朝必ず礼拝に参加するかと言われるとそこまでの熱量はない。
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その差があまりにも大きい。
「俺が悪いのか……?」
馬を厩舎に連れて行き、労わるように頭を撫でてその場を離れた。伯爵様が戻ってこられたのは、実に一ヶ月ぶりだ。その間に起きたこと、見回りで知ったことを全てまとめて報告しなくてはいけない。当然それはノア様の役目だが、おそらく俺が代わりに行うのだろう。
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今みたいに俺がうまく誤魔化すのか? ノア様を支えるというのは、そういうことなのか? 本当にこれでいいのだろうか。このままノア様のわがままを聞くだけで、本当にノア様は領民に愛される領主になれるのだろうか。
ノア様を一人前の領主に育て上げる自信が俺にはない。
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