いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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1章

1-7

 されるがまま俺についてきたノア様を伯爵様の執務室に連れてきた。おそらく、今回の戦いについて父上と話し合っている頃だろう。できれば早く休んでもらいたいとは思っていたが、流石にこれは俺一人じゃどうしようもできない。
 普段の自分からは考えられないほどの勢いでドアを三回ノックする。伯爵様の返事と同時に扉を開けた。

「伯爵様! 大変です!」
「ど、どうしたんだ。そんなに慌てて」

 思っていた通り、伯爵様は父上と一緒に書類をまとめていた。当然ながら鎧は脱いでいて、シャツにジャケットという軽装だ。父上も同じように驚いていたが、すぐに諌めるようにこちらをじとりと睨みつけてきた。
 そりゃ、俺だってここまで失礼なことはしたくない。でも状況が状況なんだ。叱責は後でいくらでも聞く。今はとにかく話を聞いて欲しい。

「ノア様がおかしくなりました!」
「もう少し言葉を選んで欲しいんだけど……って、これも毎回同じだからどうしようもないか」

 そんなことをノア様が俺の背後で呟いている。だからどうしてそう冷静なんだ。

「ジョシュア、ノア様になんてことを言っているんだ!」
「まあまあ、セオドラ。ジョシュアも悪気はないんだ。今の状況をうまく説明できないだけで」

 今度は父上にそう弁明してくれる。今まで一度も経験したことがない。何かあればすぐ俺のせいにされてきた。おやつのケーキを盗み食いしたのも、勝手に街に出て遊んだことも、木の上に登ってジャケットを破ったことも。俺は全力で止めたのに無視されて、あげくの果てには俺の責任にされて俺だけめちゃくちゃ怒られた。
 だというのに、今は俺を庇おうとしてくれている。嬉しいけれどなんだか複雑だ。

「ノア、確かにお前、何か変だぞ。服もちゃんと着ているし」
「ジャケットでここまで言われるのは少し不服ですが……そのことについてお話に来ました、父上」

 そう言ってノア様は一歩前に出た。
 俺よりも身長は低いはずなのに、目の前にある背中はどこか大きく見える。生まれて初めてノア様を頼もしいと感じた。

「一ヶ月後、国王軍と聖騎士団がベルリアンに攻め込んできます」
「はぁ!?」
「ノ、ノア様! 何をおっしゃっているのですか!」

 やっぱり俺の勘違いだったか。驚きの声を上げる伯爵様と父上を見ながら、俺はズキズキ痛む頭を抑えた。タイムリープとやらですらまだ受け入れられていないのに、あろうことか国王軍と聖騎士団が攻め込んでくるなんて。こんなのやっぱり頭がおかしくなったとしか考えられない。

 そもそもベルリアンは昔から国王を守るために優遇されてきた。豊潤な農地であるベルリアンは、大昔から隣国に狙われてきた。その度に歴代の国王はベルリアンを援助してきたという歴史がある。その代わりにベルリアンはこの土地で採れた食材を税として納めることになっているが、ポルテベラやリベルマに比べると税率はかなり軽い。それもあって伯爵様は国王に対して絶大なる信頼をおいている。

 その、国王軍が攻め込んでくる。しかも中立と言われている聖騎士団と共に、だなんて。そんなこと天地がひっくり返っても起こり得ない。あり得るわけないのだ。

「ノア! 何を根拠にそんなことを言っているんだ!」
「根拠はあります」
「なんだと……!?」

 伯爵様の目元は怒りでぴくぴく震えていた。どんなにノア様がわがまま放題しても、イタズラをしても、決して怒ることはなかったというのに。こんな伯爵様は初めて見た。怒りで髪が逆立ちそうなほどの雰囲気を感じて、足の力が抜けてしまいそうだ。


 そんな伯爵様を前にしても、ノア様は一歩も退かずにいる。

 視線を逸らすことなく。自分の言葉を疑うことなく。

 しっかりと自分の足でそこに立っていた。

「根拠は二つ。ジョシュアが見回りで聞いてきたことです」
「私ですか?」
「そう。ジョシュア、父上たちにも教えてあげて」

 伯爵様と父上の視線が一気にこちらに集まる。余計なことを言ったら命を奪われそうな勢いだ。頼むからいきなりこちらに話を振るのはやめて欲しい。まだ心臓がドキドキしているんだから。

 しかし、俺はただ聞いたことを伝えるだけでいい。そこから先のことはノア様に任せるしかない。本当に任せていいかは、わからないが。今の俺にはそれしかすることがない。

「農具職人のヤコフによると、増税の影響が苦しいそうです。伯爵様のおかげでまだなんとかなっているが、このままだと働き手として若者が北都に連れて行かれるのも時間の問題かと」
「増税はわかっていたが、そこまでになっているとは……」

 伯爵様が深くため息をついた。父上も隣で眉間に皺を寄せている。今まではなんとかなっていたが、果たしてこれ以上は大丈夫なのだろうか。領民の不安は想像以上に大きい。不安が溜まれば不満になり、小さな棘はいつか大きな刃になる。

 伯爵様はそれを心配しているのだろう。
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