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1章
1-8
「ジョシュア、もう一つも話して」
「はい。もう一つはレオに聞いたことです」
戦いから帰ってきてようやく休めるところだった伯爵様たちにとって、この話はかなり重たいだろう。申し訳ないと思いはするが、耳に入れておかないといけないことなのは事実だ。しかし、今日話す必要はない。明日でもいい。一日ゆっくり休んで、疲れが取れてからでもよかったはずだ。しかしノア様は自分のことよりも先に国王軍のことを話した。
まるで、明日じゃダメな理由があるかのように。
「レオによると、子供が修道院に連れて行かれているそうです」
「修道院? それならいいじゃないか」
伯爵様は俺と同じ反応を示した。もしも自分が領主の息子でなければ修道士になりたいと思っていたほど、俺よりも信心深い。それは父上も同じで、きっと俺以外に息子がいたらそいつを修道院に入れていただろう。
そう、自主的に行くのであれば問題ないのだ。
「ただ、無理やり連れて行かれる場合が多いそうで……納税のために人手が足りない中、労働力を削られて体を壊している領民もいるそうです」
「ふぅむ……それは確かに難しい問題だな」
「ジョシュアが話してくれたこの二つは無関係ではないんです、父上」
ノア様は左手の人差し指そっと立てる。ゆらりと手が揺れて、親指のシグネットリングがきらりと光った。
「父上。戦をする時に最も必要なものはなんですか?」
「それは……食糧だな」
「そうです。長期戦になればなるほど食糧問題は大きくなる」
フィカリア王国の食糧はほとんどベルリアンで作られている。主食である小麦、野菜、果実などベルリアンで作っていないものなど存在しないほどだ。その食糧を、突然王都に集め始めた。
確かに不思議ではあったが、そこにどんな理由があるのかなんて一度も考えたことなかったな。
「食糧の次に必要なものは」
「もちろん、兵士……まさか、お前」
「そのまさか、です。修道院に連れて行かれた少年はそのまま北都サンジーリョに連れて行かれ流。そこにあるのは」
そこまで言って、ノア様は左手の中指を立てた。北都サンジーリョにあるのは、ああ、そうだ。
「聖騎士団……ですか」
「さすがジョシュア。ベルリアンなら信心深い人が多いから修道院に連れて行くのは難しくない。もしもそれで納税が難しくなったら、今度は肉体労働として北都に連れて行くことができる。行き着く先は違うけれど目的は同じだ」
淀みなく話し続けるノア様の横顔を見る。迷いが一つもない。まるで見てきたかのようだ。言いがかりだと詰め寄られてもおかしくない状況で、それでも自分の言葉を信じて立っている。どうしてここまで出来るんだろう。
まさか、本当に経験しているのか? この世界という名の「物語」を。
(馬鹿らしい……信じられるわけがない)
手のひらにじっとりと滲み出てきた冷たい汗をスラックスで拭う。何もしていない俺でさえここまでの緊張感だ。実際に話をしているノア様はもっと震えていてもおかしくないだろうに。
本当に、別人みたいだ。
「ノア、お前の言い分はわかった。だがな、前提として国王軍がベルリアンを攻める理由が何一つない」
伯爵様の言葉に、俺も思わず頷いた。そう、ノア様が説明したことは確かに筋が通っている。しかしそれは「国王軍がベルリアンを攻める」という前提が成立していないと話が繋がらない。
そして、その前提は影も形も見られないのだ。
特に理由もなく国王軍が、しかも聖騎士団を引き連れて攻め込んでくるなんて考えられない。食糧庫として重宝されているこのベルリアンに敵対するメリットが国王軍にはないのだ。
「理由はあります。というより、この後できます」
「この後? どういうことだ」
「それは……あ、ジョシュア。少し後ろに下がってくれる? 危ないから」
「は? 危ないって、何が」
「いいから」
言われた通り二歩ほど後ろに下がる。革張りのソファに並ぶように立つと、それを確認したノア様が「そこなら大丈夫かな」と満足そうに言った。
そして、伯爵様の方を振り返って。
「明日、王太子が崩御します。その責任はベルリアンに押し付けられる」
とんでもないことを言い始めた。
「はい。もう一つはレオに聞いたことです」
戦いから帰ってきてようやく休めるところだった伯爵様たちにとって、この話はかなり重たいだろう。申し訳ないと思いはするが、耳に入れておかないといけないことなのは事実だ。しかし、今日話す必要はない。明日でもいい。一日ゆっくり休んで、疲れが取れてからでもよかったはずだ。しかしノア様は自分のことよりも先に国王軍のことを話した。
まるで、明日じゃダメな理由があるかのように。
「レオによると、子供が修道院に連れて行かれているそうです」
「修道院? それならいいじゃないか」
伯爵様は俺と同じ反応を示した。もしも自分が領主の息子でなければ修道士になりたいと思っていたほど、俺よりも信心深い。それは父上も同じで、きっと俺以外に息子がいたらそいつを修道院に入れていただろう。
そう、自主的に行くのであれば問題ないのだ。
「ただ、無理やり連れて行かれる場合が多いそうで……納税のために人手が足りない中、労働力を削られて体を壊している領民もいるそうです」
「ふぅむ……それは確かに難しい問題だな」
「ジョシュアが話してくれたこの二つは無関係ではないんです、父上」
ノア様は左手の人差し指そっと立てる。ゆらりと手が揺れて、親指のシグネットリングがきらりと光った。
「父上。戦をする時に最も必要なものはなんですか?」
「それは……食糧だな」
「そうです。長期戦になればなるほど食糧問題は大きくなる」
フィカリア王国の食糧はほとんどベルリアンで作られている。主食である小麦、野菜、果実などベルリアンで作っていないものなど存在しないほどだ。その食糧を、突然王都に集め始めた。
確かに不思議ではあったが、そこにどんな理由があるのかなんて一度も考えたことなかったな。
「食糧の次に必要なものは」
「もちろん、兵士……まさか、お前」
「そのまさか、です。修道院に連れて行かれた少年はそのまま北都サンジーリョに連れて行かれ流。そこにあるのは」
そこまで言って、ノア様は左手の中指を立てた。北都サンジーリョにあるのは、ああ、そうだ。
「聖騎士団……ですか」
「さすがジョシュア。ベルリアンなら信心深い人が多いから修道院に連れて行くのは難しくない。もしもそれで納税が難しくなったら、今度は肉体労働として北都に連れて行くことができる。行き着く先は違うけれど目的は同じだ」
淀みなく話し続けるノア様の横顔を見る。迷いが一つもない。まるで見てきたかのようだ。言いがかりだと詰め寄られてもおかしくない状況で、それでも自分の言葉を信じて立っている。どうしてここまで出来るんだろう。
まさか、本当に経験しているのか? この世界という名の「物語」を。
(馬鹿らしい……信じられるわけがない)
手のひらにじっとりと滲み出てきた冷たい汗をスラックスで拭う。何もしていない俺でさえここまでの緊張感だ。実際に話をしているノア様はもっと震えていてもおかしくないだろうに。
本当に、別人みたいだ。
「ノア、お前の言い分はわかった。だがな、前提として国王軍がベルリアンを攻める理由が何一つない」
伯爵様の言葉に、俺も思わず頷いた。そう、ノア様が説明したことは確かに筋が通っている。しかしそれは「国王軍がベルリアンを攻める」という前提が成立していないと話が繋がらない。
そして、その前提は影も形も見られないのだ。
特に理由もなく国王軍が、しかも聖騎士団を引き連れて攻め込んでくるなんて考えられない。食糧庫として重宝されているこのベルリアンに敵対するメリットが国王軍にはないのだ。
「理由はあります。というより、この後できます」
「この後? どういうことだ」
「それは……あ、ジョシュア。少し後ろに下がってくれる? 危ないから」
「は? 危ないって、何が」
「いいから」
言われた通り二歩ほど後ろに下がる。革張りのソファに並ぶように立つと、それを確認したノア様が「そこなら大丈夫かな」と満足そうに言った。
そして、伯爵様の方を振り返って。
「明日、王太子が崩御します。その責任はベルリアンに押し付けられる」
とんでもないことを言い始めた。
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