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2章
2-8
そして。
いくさの火蓋は切って落とされた。
翌朝、まだ陽が登りきらない時間に。
ベルリアンの果てに国王軍の軍旗が翻った。
「さあ、行こう。僕たちが生き延びるための前哨戦だ」
「はい、ノア様」
すでに馬上で構えていたノア様が静かに手をあげる。それが振り下ろされたら作戦が始まる。手のひらに汗が滲んだ。鎧は重く、視界も悪い。しかし、ノア様の姿だけは眩しくて、希望の光のように見えた。
国王軍の旗が近づいてくる。ノア様の右腕が、ゆっくりと降ろされた。
「総員、構え!」
「イエス、マイロード!」
愛用の剣を構える。周りの兵士たちも各々武器を手にしていた。ノア様の紋章である薔薇が描かれた旗が高く掲げられた。これで、ノア様の居場所はすぐ相手に気づかれる。超攻撃型の陣形だということがわかれば、敵は迷わずこの旗を目掛けて突撃してくるだろう。
それが俺たちの作戦だ。主力を一点に集中させ、その隙に全方位する。誰も血を流さずにこの戦いを終わらせるための唯一の方法だ。その分、ノア様の危険は非常に高い。何があっても守らなくては。剣の柄をぎゅっと握る。それと同時に、遠くから弓矢が空を切る音が聞こえてきた。
「来た……!」
ノア様が小さく呟いた瞬間、俺たちの足元に弓矢が突き刺さった。相手の軍勢はまだ豆粒くらいにしか見えない。どうやらかなり遠くからでも攻撃できる弓兵を揃えているようだ。
名乗りもせず、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。相手は本気だ。本気で、俺たちを滅ぼそうとしている。国内でも優秀な兵士が集められた国王軍と、魔法を使いこなす聖騎士団が本気を出してきている。
本当に俺たちは勝てるのだろうか。
一瞬だけ不安がよぎる。しかしそれを切り捨てるように、ノア様は刀を鞘から抜き去った。
「僕が水魔法で障壁を作る! だから君たちは陣形の保持に集中して!」
「水魔法で? そんなこと出来るのですか」
「一か八かだけどやってみる」
「そんな無茶な!」
水魔法は基礎魔法と呼ばれる、誰にでも使える簡単なものだ。野菜の水やりに使われることが多く、少なくとも障壁を作れるほどの強さはない。地面をぬかるませて敵の足元を崩すのか? しかし、それでは障壁とは言えない。
しかも一か八か、だなんて。
(思えない、と言い切れないのは、どうしてだ)
ノア様ならできるかもしれない。簡単な魔法で、俺たち全員の命を守ることくらい。ノア様なら、もしかすると。
そんな期待がうっすらと込み上げる。
だったら俺にできることは。
「総員、作戦を続行しろ! 俺はノア様に付く、決して退くな!」
兵士たちを鼓舞することだ。ノア様を守ることだ。大丈夫、俺ならできる。
「湧き上がれ……! プルーヴィア!」
ノア様の詠唱と共に、巨大な水の障壁が湧き上がった。その範囲はかなり広く、俺たち前衛部隊を全て包み込んでいる。滝のような音と混じって、兵士たちの歓声が上がった。
「すごい! 水魔法でこんなことができるなんて!」
「ノア様にこんな力が……!」
「これなら弓が飛んできても大丈夫だ!」
何もないところから物質を生み出す、それが魔法だ。ノア様は生まれつき魔力が高く、訓練さえすれば聖騎士団に入ることだって可能だと言われていた。当然、そんな努力をするわけもなく自堕落に過ごしていたためそれは叶わなかったが。
まさか、ここまでの力があったなんて。
「これでしばらくは相手も動けない。その間に両翼を少しずつ前進させよう。痺れを切らして攻撃をしてきたら、一気に陣形を移動させて包囲するよ」
「わかりました、しかしノア様は大丈夫なのですか? いくら基礎魔法とはいえ長時間も魔法を使われると魔力が切れてしまいます」
水の障壁は広範囲に広がり、絶えず溢れ出している。わずかな魔力で水魔法は使えるが、この量を長時間となればかなり魔力を使うことになる。
ノア様が倒れてしまったら元も子もない。しかし、ノア様は平然と笑った。
「質量保存の法則って言ってね。ちょっとの物質にも、ものすごいエネルギーが含まれている。水を構成する物質は空気中にたくさんあるし、そこから生まれるエネルギーに少しの魔力を加えるだけでここまでの質量が湧き上がる……簡単に言うとそう簡単に僕の魔力は尽きないってこと」
「よ、よく分かりませんが、分かりました。両翼に指示を出します」
なんだか小難しい話をされ、頭の中が混乱したままだったがノア様の様子を見ていると確かに随分と余裕がありそうだ。シツリョウホゾンノホウソクが何かはさっぱりだが、きっと本当に大丈夫なんだろう。
水の障壁のおかげで敵は動きが止まり、こちらの陣が移動しても気付きにくい。敵陣が完全にこちらへ切り込んでくるまで、そして両翼が完全に包囲陣形を完成させるまで。俺たちベルリアン陣営の命はまさしくノア様の手にかかっていた。
いくさの火蓋は切って落とされた。
翌朝、まだ陽が登りきらない時間に。
ベルリアンの果てに国王軍の軍旗が翻った。
「さあ、行こう。僕たちが生き延びるための前哨戦だ」
「はい、ノア様」
すでに馬上で構えていたノア様が静かに手をあげる。それが振り下ろされたら作戦が始まる。手のひらに汗が滲んだ。鎧は重く、視界も悪い。しかし、ノア様の姿だけは眩しくて、希望の光のように見えた。
国王軍の旗が近づいてくる。ノア様の右腕が、ゆっくりと降ろされた。
「総員、構え!」
「イエス、マイロード!」
愛用の剣を構える。周りの兵士たちも各々武器を手にしていた。ノア様の紋章である薔薇が描かれた旗が高く掲げられた。これで、ノア様の居場所はすぐ相手に気づかれる。超攻撃型の陣形だということがわかれば、敵は迷わずこの旗を目掛けて突撃してくるだろう。
それが俺たちの作戦だ。主力を一点に集中させ、その隙に全方位する。誰も血を流さずにこの戦いを終わらせるための唯一の方法だ。その分、ノア様の危険は非常に高い。何があっても守らなくては。剣の柄をぎゅっと握る。それと同時に、遠くから弓矢が空を切る音が聞こえてきた。
「来た……!」
ノア様が小さく呟いた瞬間、俺たちの足元に弓矢が突き刺さった。相手の軍勢はまだ豆粒くらいにしか見えない。どうやらかなり遠くからでも攻撃できる弓兵を揃えているようだ。
名乗りもせず、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。相手は本気だ。本気で、俺たちを滅ぼそうとしている。国内でも優秀な兵士が集められた国王軍と、魔法を使いこなす聖騎士団が本気を出してきている。
本当に俺たちは勝てるのだろうか。
一瞬だけ不安がよぎる。しかしそれを切り捨てるように、ノア様は刀を鞘から抜き去った。
「僕が水魔法で障壁を作る! だから君たちは陣形の保持に集中して!」
「水魔法で? そんなこと出来るのですか」
「一か八かだけどやってみる」
「そんな無茶な!」
水魔法は基礎魔法と呼ばれる、誰にでも使える簡単なものだ。野菜の水やりに使われることが多く、少なくとも障壁を作れるほどの強さはない。地面をぬかるませて敵の足元を崩すのか? しかし、それでは障壁とは言えない。
しかも一か八か、だなんて。
(思えない、と言い切れないのは、どうしてだ)
ノア様ならできるかもしれない。簡単な魔法で、俺たち全員の命を守ることくらい。ノア様なら、もしかすると。
そんな期待がうっすらと込み上げる。
だったら俺にできることは。
「総員、作戦を続行しろ! 俺はノア様に付く、決して退くな!」
兵士たちを鼓舞することだ。ノア様を守ることだ。大丈夫、俺ならできる。
「湧き上がれ……! プルーヴィア!」
ノア様の詠唱と共に、巨大な水の障壁が湧き上がった。その範囲はかなり広く、俺たち前衛部隊を全て包み込んでいる。滝のような音と混じって、兵士たちの歓声が上がった。
「すごい! 水魔法でこんなことができるなんて!」
「ノア様にこんな力が……!」
「これなら弓が飛んできても大丈夫だ!」
何もないところから物質を生み出す、それが魔法だ。ノア様は生まれつき魔力が高く、訓練さえすれば聖騎士団に入ることだって可能だと言われていた。当然、そんな努力をするわけもなく自堕落に過ごしていたためそれは叶わなかったが。
まさか、ここまでの力があったなんて。
「これでしばらくは相手も動けない。その間に両翼を少しずつ前進させよう。痺れを切らして攻撃をしてきたら、一気に陣形を移動させて包囲するよ」
「わかりました、しかしノア様は大丈夫なのですか? いくら基礎魔法とはいえ長時間も魔法を使われると魔力が切れてしまいます」
水の障壁は広範囲に広がり、絶えず溢れ出している。わずかな魔力で水魔法は使えるが、この量を長時間となればかなり魔力を使うことになる。
ノア様が倒れてしまったら元も子もない。しかし、ノア様は平然と笑った。
「質量保存の法則って言ってね。ちょっとの物質にも、ものすごいエネルギーが含まれている。水を構成する物質は空気中にたくさんあるし、そこから生まれるエネルギーに少しの魔力を加えるだけでここまでの質量が湧き上がる……簡単に言うとそう簡単に僕の魔力は尽きないってこと」
「よ、よく分かりませんが、分かりました。両翼に指示を出します」
なんだか小難しい話をされ、頭の中が混乱したままだったがノア様の様子を見ていると確かに随分と余裕がありそうだ。シツリョウホゾンノホウソクが何かはさっぱりだが、きっと本当に大丈夫なんだろう。
水の障壁のおかげで敵は動きが止まり、こちらの陣が移動しても気付きにくい。敵陣が完全にこちらへ切り込んでくるまで、そして両翼が完全に包囲陣形を完成させるまで。俺たちベルリアン陣営の命はまさしくノア様の手にかかっていた。
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