【泣き虫龍神様】水まさりなば

一花みえる

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 私がこの山に来たのは、大正から昭和に変わってすぐの頃だった。我が室生家は古くから神主として立派な神社に仕えている。私の兄は成人するとすぐに父の跡を継ぐため修行に出てしまった。
    次男であるもう一人の兄は学問を修めるため大学に入っており、残された三男の私は「とりあえず適当に婿入りしておけ」としか言われなかった。私の存在価値というのはその程度のものであり、実家に迷惑をかけなければ何だっていい、というものだった。
    しかも私には幼い頃から不思議な体質を持っていた。
「しゅう、あたまいたい?」
「うーん。ちょっとだけです」
「おみがなでなでしてあげる」
「ありがとうございます。優しいですね」
    突然、なんの前触れもなく頭痛が襲ってくる。こめかみがズキズキと痛み、酷い時は吐き気や目眩までしてくる。そして、頭痛が始まってしばらくすると必ず雨が降り始めるのだ。
    その、偶然というにはあまりにも的確な頭痛は「狐憑き」と忌々しく言われたこともある。しかし私の頭痛は私をこの場所へと導いた。
    室生の家は古くからとある「龍神様」を育ててきた。生れて間もないため、人が傍に居て様々なことを教えてやらなくてはいけない。そして、その役目に適しているのは「雨の予知ができる者」だった。
「それにしても……蛙さんに驚かされたんですか?」
「う、うにゅ……きゅうに出てきたから」
「それで泣いちゃったんですね」
「みええ……ごめんね、しゅう、あたま痛い痛いになっちゃった……」
    私が育てることになった幼い龍神は、名前を「おみ」という。正式な名前はもっと長くて仰々しいが、滅多に呼ぶことがないため忘れられつつある。
    おみは特殊な生まれ方をした。そのため、この子が泣くと局地的に雨が降る。そして、雨が降るということは、私の頭も酷く痛み始めるのだ。さすがにもう二十年以上の付き合いだから痛みに対してそれなりに対処することは出来る。
    だが、おみが必要以上に気にするのだ。特にここ数年はいつも私を心配そうに見ている。やはり幼いと言えども神であることには違いない。
    私の緩やかな変化を無意識のうちに気づきつつあるのだろう。
「そんなに酷い頭痛ではありませんよ。少しふらついただけです」
「でも、でも、しゅうの顔真っ白だった」
「だから坂口を呼んでくれたんですね?」
「……そう、おみだけだと、しゅうのこと運べないから」
    二十年以上経っても、おみの体は小さいままだ。初めて出会った時からほとんど身長は変わっていない。それに引き換え私は老いた。あの頃のような力も筋力もない。
    そしてここ数年の食糧難もある。元からそこまで丈夫でない私の体は、日に日に衰えていた。
「しゅーう……ぎゅーしていい?」
「いいですよ」
「みええ……」
    おみに心配をかけたくない。いつか、そう遠くない未来、私はおみの隣から居なくなっているだろう。それがどんな形かは分からないけれど、おみが私と同じ背丈になるまで見届けることはできない。
    それならば、手を伸ばしたら届く今のうちにたくさん抱きしめよう。泣いてしまったら頬を拭ってやろう。いつか必ず別れは来るのだから。満開の桜だって風の前ではすぐに散ってしまう。
「おみ、泣いていいんですよ」
「でも、しゅうが」
「私は大丈夫。それよりも、おみが我慢している方がよほど辛い」
「ふにゅぅ……みえ、みええぇえ……」
    甘えん坊で泣き虫な、私の可愛い龍神様。
    きっと、もうすぐ世界は平和になるだろうから。それまでもう少しだけ頑張りましょうね。
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