鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

文字の大きさ
7 / 114

異動願い

しおりを挟む
 『自分はこうしたい』と、決心した人を止める事は難しい。身内は勿論、外野の意見など絶対に耳を貸す事は無い。

 進む道が間違っていたとしても、正しいとは言い難かったとしても、心を決めた人は止まらず進んでいく。

 その先が明るい未来であればと、祈らずにはいられない。


 ショッピングモール開店前の清掃中、ファストファッション系アパレル:ブルームースの朝礼に出くわした。
 何気なく、シャッター代わりのネットカーテン越しに中を見ると、店長と思われる男性が大きな声を上げた。

「○月○日! 天候晴れ! おはようございます!」

「おはようございます!」

 店長に続き、並んだ他の従業員が声を張り上げる。


 この手の朝礼の挨拶というのは、店舗によって実に様々である。
 オクターブを3つ上げた声を出したり、絶叫の様な馬鹿デカい声を出したり、『ウィー!』『エーッシュ!!』などと何語か分からぬ応答をしたり。

 まるで一種の宗教の儀式の様で、外部から眺めてる分には、非常に興味深いという意味で面白いのだ。


「はい! 今日から研修の新人さんが入ります。では自己紹介を!」

「はい! おはようございます! 本日からお世話になります、穂村ほむらるりです! よろしくお願いいたします!!」

 お辞儀をしたのは、あどけなさの残る若い女性だった。



「お疲れ様でーす」

 不意に声を掛けられたゆず子が見ると、そこには穂村を指導中らしい若手従業員:鐘田かねだが居た。ゆず子も笑顔で応じた。

「お疲れ様です」

「この様に、バック通路で他店舗や出入り業者の人に会ったら、必ずご挨拶をして下さい」

「分かりました。お疲れ様です!」

 穂村は深く頭を下げ、改めて挨拶をした。ゆず子は鐘田に言った。

「新人さん入ったのね。素直そうないい子じゃない?」

「そうなの。今年の3月まで高校生だったんだって。若さが眩しくて直視出来ないのよ~」

 鐘田のジョークに、穂村は恥ずかしそうに俯いた。



 しばらくした頃、店舗裏のバック通路で鐘田が、後輩の男性従業員と話しているのに出くわした。

「小嶋副店長の入院中に入る、堀川ほりかわさんてどんな人なんですか? 鐘田さんの同期なんですよね?」

「あー…、仕事はまあ出来るんだけど、ざっくり女癖サイアクなんだよ。こう言うのもアレだけど」

「へえ、同時進行アリとかですか?」

「うーん…。ちょっとここで言えないや。言えるのは、穂村ちゃんを奴は絶対狙う」

「え? 穂村さんがタイプなんですか? まあ、ピュアそうだけど…」

 後輩は怪訝そうだった。

 確かに穂村に『守ってあげたい妹』的可愛さはあるが、『女性の色気』的エロスは感じられない。
 鐘田と同世代のアラサー男子(しかも女癖サイアク?)が、進んで好むだろうか。

(ふーん。好みがロリ○ン寄りって事かしら…)

 廊下のモップ掛けをしながら、ゆず子は勝手に邪推した。



 その件の人物とは、それから2週間後に出会った。

「お疲れ様です!」

 長身、爽やか&優しそう、笑顔が超絶美しい男性従業員が、バック通路で商品を台車で運んでいた。

「お疲れ様です」

(あー、彼かな?これは思ってた以上にイケメンだぞ)

 挨拶を返しつつ、ゆず子は思った。

(この顔立ちなら、何もしなくても女の方からやって来るタイプだよね。ほほう、散々泣かしてきたって訳か)

 ゆず子は1人で納得した。



 そしてある時、決定的な場面に出くわした。

 堀川と穂村の2人が、仲睦まじい様子で店舗で出たゴミの袋を、施設内のゴミ集積場に運んでいたのだ。
 ゆず子はさり気なく観察する。

(これは…、『越えた』かな?)

 堀川はさり気ない手つきで、穂村の手の甲に付いていた糸くずを払ってあげていた。穂村も至極当然の事の様に、触れられてもノーリアクション。

 男性慣れしていない女性ならば、例え手だけでも触れられれば引っ込めるなどの反応をするだろう。

(『鈍感』だからとか『子供』だからとかでは無さそうだぞ…)

 穂村が堀川に向ける笑顔。ゆず子の長年の勘がそれを裏付けている。



 それからひと月が経つか否か。いつもの様に出勤しようとすると、従業員出入口付近にパトカーが停まっていた。

 大規模商業施設だ。万引きやトラブルで警察が出入りする事はよくある。
 そう思ってバック通路の掃除を始めて、ブルームースの裏へ来た時、ゆず子はあるものを目にした。

 ブルームースの店長と鐘田が、深刻そうな顔で警官と話していたのだ。

(あら…、この店舗が関係してるんだ…?)


 その後、ゴミ集積場で鐘田を見かけたゆず子は、声を掛けた。

「お巡りさん来てたけど、万引きでもあったの?」

「あー…、見てたんですね」

 鐘田は観念した様な表情の後、周囲を窺うと設置してある観葉植物の裏へ、ゆず子を招いた。

「女好きの同期が、女性トラブルを起こして…」

 ゆず子の脳裏に、堀川の笑顔がよぎる。

「女性トラブル?」

 鐘田は小声で話した。

「そうなんすよ。奴、元々は同系列他店舗の人で、臨時にウチに来てもらってる人間だったんですけど…。
元の店舗で『手を出されちゃった』バイトの女の子が、『既婚者のくせに未婚だって騙したな!!』って、店に来て暴れて設置物壊された~」

「うわあ…、ドラマみたいな修羅場がねえ」

 他人事ながら、そんな事あるんだとゆず子は感心した。鐘田は首を竦めた。

「まあ奥さんもね、元々は店で働いてた学生バイトちゃんで、しかもデキ婚なんだけどね」

「あら…」
(揃いも揃って若い子ばかりに手を出すのね…)

「ちょっとねぇ、今回ばかりは本社も許さないんじゃないかなあ。小さいトラブルも前からたまにあったけど、ここまで行くと『私生活のトラブル』で笑って済ませられねーさ」

「そうなんだ、大変だったわね」


 堀川には処分が下されたのか、その日を境に見かける事は無くなった。
 以来、見かけた穂村はとても元気が無く、見るからに気の毒だった。

(そりゃあね、同時進行されてておまけに既婚だなんて分かったら…。18,9の子には相当キツイよね)

 穂村もその後、辞めてしまったのか、姿を見なくなってしまった。



 その後しばらくして、ブルームースが移転する事になり、閉店作業が始まった。
 バック通路で見かけた鐘田に、ゆず子は話しかけた。

「お疲れ様です。閉店するんですね」

「お疲れ様です。うん、88号線沿いの居抜き物件にお引越し。私もそっちに行く~」

「そうなんだ。あっちのお店に行っても頑張ってね」

「はい! ありがとうございます」

 鐘田は満面の笑みの後、話を切り出した。

「あー、おばちゃん覚えてるかな? 新人さんで、ご挨拶の仕方を教えた、溢れる若さの子」

「3月まで高校生だったって子?」
(穂村の事か?)

「うん、穂村さんって言うんだけどさ。いま青森の店舗に行ったんだ」

「随分遠いお店行っちゃったのね」

「それがさ…、例の警察沙汰になった奴の子供、お腹に居るんだって」

「え」

 ゆず子は思わず声を上げた。

「奴、あの事件の後『社内の秩序を乱した』って事で青森にあるオープン予定の新店に飛ばされて、奥さんからも離婚を切り出されたんだ。
そしたら穂村さんの妊娠が分かって、『私も彼の所に行く』って決心して、異動を志願したの。も~ビックリ」

 頭の情報処理が追い付かない。鐘田は息をつくとこう話した。

「まだ協議中で離婚してないらしいけど、2人は半同棲してるみたい。穂村さん、全て覚悟の上で産んで、2人で育てたいって言ってた。
いやー、ここまで強い意志があると、誰が何と言っても訊かないだろうね。あの子、すごいわ」


 『女好き』な堀川も、穂村のひたむきな純愛に触れる事で変わってくれるだろうか。そう願わずにはいられない。

 結局、情報提供者も当人たちも遠くへ行ってしまったので、その後の消息は不明だ。

 離婚は成立し入籍をしたのか。堀川の『手癖の悪さ』は鳴りを潜めたのか、それとも変わらないままで穂村が耐え忍んでいるのか。


 ゆず子の史上最も『続報が気になる話』の1つである。

しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...