鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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本当の鬼 ※パワハラ、冤罪?、子供の犯罪被害表現あり

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 世の中には、怖い人が居る。

 見た目とか、やたら声が大きい威圧系。
 いつもニコニコしているのに、何かの時に冷徹な二面性系。
 バレようがバレなかろうが、絶対に報復をする仕返し系。
 された事をいつまでも覚えていて、決して忘れない執念深い系。

 …ここまで列挙すると、まるで心理テストのようであるが、あの人にかなう人はあまり居ないだろう。



「護田さん大丈夫? 馬庭の言う事なんか、気にしちゃダメだからね!」

 主婦パートタイマーの言葉に、ニコニコしながら返したのは、同じく主婦パートタイマーの護田もりたひとみ。

「馬庭くんは悪くないですよ。私が抜けているから、注意されるだけですから」

 休憩室で主婦パートタイマーらは、場に居ない社員の愚痴を話していた。

「馬庭もさあ、社員とは言え学校出たばっかのガキじゃん。仕事のキャリアで言っても、全然護田さんより浅いのに何なの、あの上から目線」

「仕方ないですよ、新入社員とは言え責任ある立場だし」


 どこの職場でも、『年下の上司が年上の部下をつかう』事に関し、不平不満のいざこざがあるものだ。
 年下上司は年の若さで舐められる事の無いよう、威圧的に接する事が多い。かと言って顔色を窺うように接して、仕事の効率が上がる訳でも無い。


(どこでもあるよね、そういうこと。どっちの立場でも難しいものよね)

 ゴミ箱の中身を袋に入れつつ、ゆず子は思った。

 主婦パートタイマーはジト目で言った。

「馬庭もさ、相手見て態度変えてるフシがあるよね。あたしとかベテラン勢には無難な態度なのに、護田さんみたいにおとなしい人には超強気なんだもん。護田さんも、笑ってないで上に言っちゃっていいんだよ!」

「まあ、その時は…」

 護田は笑って返していた。


 馬庭侑太ばば ゆうたは今年入社したばかりの新入社員だ。
 入社後数か月は先輩社員がついていたが、人手不足&唯一の男性新入社員のため、早めに『担当セクションの責任者』として就任した。

 仕事に対し真面目なのだが、自分と同じレベルの出来を他人に求めるようで、そこで主婦パートタイマーとの軋轢が生じているらしい。


「…そんなに、護田さんへの当たり強いの?」

 トイレ掃除中に出くわした先の主婦パートタイマーに、ゆず子がこっそり尋ねると、速攻で頷いた。

「うん。護田さん、見ての通りおっとりしてるでしょ? だから馬庭もつけ上がるんだよね。すごいよ、言いたい放題だもん」

「そうなんだ。あたしには普通の態度なんだけど」

「それは、相手が『取引先』とか『外部の業者』だからだよ。イイ顔をする場面もわきまえてるって言うか、さぁ」

(典型的な外面のいい人、か)



 ゆず子がそれ以来何となく観察してると、馬庭の本質が見えてきた。

 ゆず子が居る時はちゃんとゴミの分別をして捨てるが、姿の無い時は分別をちゃんとせずに捨てたり(これは清掃員的には最大のマイナスポイントだし、バレバレ)。

 職場見学の子供達が後日送ってきた手紙も。

「俺、子供大好きなんすよ。カワイイっすよね、子供の書いた文字って」

 と笑顔で手紙を手に取るも、スマホに通知が入った瞬間、雑にポイっと放ったり。

(人生経験の無さのせいか、隠しきれてないぞ。そうか、そういう子なのね)
 ゆず子も思わず苦笑いになった。



 ある時廊下掃除をしていると、どこからか男の声がした。

「困るんすよ、どういうつもりでここで働いてるんですか?」

(誰だろう?)

 廊下の角で、馬庭が護田を呼び出して注意をしているようだ。

「すみません…」

 護田が頭を下げるも、馬庭は溜息をつく。

「確認ミスがあっても、どうせおたくは定時上がりだけど、こっちはそのぶん残業しなきゃいけないんすよ。上から残業ダメって言われてるのに、護田さんのせいで残業ですよ⁈」

「…はい、すみません」

 護田はずっと頭を下げ続ける。馬庭は言った。

「…いつもそうやって頭下げるけどさぁ、どうせ直す気ないんでしょ? 自分の子供に働いているとこ見せたいだか、何だか知らないけど、そんなエゴのためにここの職場利用すんの、マジ迷惑なんで。
だいたい、こんな姿、子供に見せられないでしょ? ここで働く必要あります?」

 ゆず子の口元が、思わず引き攣る様な言い草だった。馬庭は言うだけ言うと、護田へフォローする事もなく、場を去った。

「…上から、そういう言い方で注意するように言われてるんだ?」

 すれ違いざまで思わず呟いたゆず子に、一瞬馬庭はギョッとした表情をしたが、呆れたように返した。

「甘い顔して、仕事が上手くいくんですか? 現場見てない人ほど、そう言うんですよ」

 程なく、護田はここを去った。以来、ゆず子は馬庭に対し心を無に接するようになった。



 それから2ヶ月後のこと。休憩室の掃除をしていると、ひそひそ話が聞こえてきた。

「『子供好き』とか言ってたけど、こういう事になっちゃうとはね…」

「前からあの辺、何回か事件あったんでしょ? 前科者だったのかなー?」

 話していた主婦パートタイマー達は社員が入室すると、示し合わせたように黙った。

(何だろう?)

 心なしか社員らの表情も硬い。こういう時は心当たりがある。

(『事件』『前科』…。何か起こした人が社内に出たのかな…?)

 社員が読んでいた新聞が出しっぱなしなので、片付けようとしたゆず子はある記事を目にした。


『コンビニエンスストア駐車場で男が児童にわいせつ行為

 ○日午後3時過ぎ、△市□□3丁目のコンビニエンスストア駐車場にて、小学生の女子児童の下着を脱がせた疑いで、会社員馬庭侑太(22)を現行犯逮捕…』

(これか…)



「そうなの。馬庭の奴がやらかしたの。上の人達が躍起になって秘密にしてるけど、実名報道されたから、意味ないんだよね」

 トイレ掃除中に会った主婦パートタイマーは、こそっとゆず子に教えてくれた。

「元々、そういう気がある子だったっけ?」

「さあね。でも『イイ人受け』を狙ってたんだか、事あるごとに『俺は子供好きだ』って言ってたから、別の意味でみんな奴を見てるよ」

 主婦パートタイマーは笑って言った。馬庭の事を、パートタイマー達はよく思ってなかったのだろう。ゆず子は言った。

「仕事、どうするのかしらね。実名出ちゃったし、みんな知ってるなら居づらいよね?」

「そうそう。特別に面白い話、教えてあげるわ」

 主婦パートタイマーはそう言うと、ポケットからスマホを取り出した。メッセージアプリでのやり取りを見せる。

『馬庭くんて、□□のコンビニよく使ってるんですね。たまに見かけるんですよ~』

 メッセージ主は『護田』。ゆず子は首を傾げた。

「これ、あの護田さんとのやり取り?」

「うん。護田さん、事件のあったコンビニの近くに住んでるの。そして、小学生の娘ちゃん居るのよ」

「へえ…」

 主婦パートタイマーは辺りを窺うと、こんな事を言った。

「事件のあった次の日かな? 馬庭が主任に電話を掛けてよこして、多分事件の事としばらく休むって報告したんだと思うんだけどさ。めちゃめちゃテンパってて大声だから、たまたま近くにいた私、聞こえちゃったんだ」

 ゆず子は思わず前のめりになった。

「聞こえたって、何?」

「『嵌められたんです!』『俺、何もしてないんです!』『モリタさんが!』って。全部は聞いてないけど、その3つはハッキリ聞こえた」

 主婦パートタイマーはニヤニヤしていた。


 護田は自身の娘を使い、事件を仕組んだのか。内容が内容なので、確認する事は出来ないし、自分の娘を使うものだろうか。
 もしそうだとしたら、護田をそこまで駆り立てるほど、馬庭は憎しみを与えてしまったのか。

 それともいつもニコニコしていた護田は、かりそめの姿だったのか。

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