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既婚女性のスキル

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 私は商店街にある、小さな飲食店で働いていた。

 店主は20代の若い女性。両親の死去をきっかけに代々続く定食屋を継いで、メニューも現代に合わせて工夫を凝らし、切り盛りしていた。


 ある時のこと。某有名外食チェーン店の名物社長:ハネダが店に来る事になった。
 表向きは『新メニュー研究のための食べ歩き』、真の狙いは『目ぼしい店を傘下に引き入れて完全子会社化』というもの。

 しがないパートタイマーの私以外の従業員達は、戦々恐々としていた。私は質問した。

「完全子会社化って、そんなにヤバいの?」

「ヤバいっすよ! エグい手段で嵌めて、そこで商売が出来なくなるよう仕向けてから、レシピも含めて根こそぎ自分達の物にするって有名なんすよ?」

(ふーん、あまり興味ないしな…)


 訪問当日。その日は朝から大繁盛していた。やたらテイクアウトの客が多く、容器や割り箸などが不足する勢いだった。

「リニューアルオープンでも、ここまで客来なかったよね?」

「しかも何で揃いも揃って、みんな『8人前』とか『15人前』とかなの?」

 全従業員がフルで回してやっと。私のふとした一言で皆が凍った。

「何か大量注文のお客さん、みんな見ない顔の人なんだよね。初めましての人ばっかり」

「…もしや、『完全子会社化』のハメじゃないか?」

 丁度その時、ハネダが動画配信チームと共に到着した。満面の笑みで言った。

「料理にとって、1番大事な事は何や思いますか? 私は『冷めても美味しいこと』や思うんです。なんで僕はこの店の料理全メニュー、持ち帰って食べたいと考えてます!」

 店舗内のテイクアウト用の容器は、底を付きかけていた。私は、容器が無い事をハネダに伝えようとしたが。

「よして! 『客の要望に応えられない』って、つつかれるぞ!」

 従業員らは一部が容器類の買い出し、残りは調理作業という事で、店主がハネダ達の気を引いている内に各々動き出した。

 ところが。

「ちょっと、商店街内の100円ショップ、タッパー類だけ売り切れてたよ!」

 商店街にある、使い捨て容器やタッパー、弁当箱を扱う店舗が、軒並み何故かその商品だけ売り切れているのだ。

「開店と同時に、在庫まで全部欲しいってお客さんが大勢来ましてね…」

 店員は、申し訳無さそうに説明した。買い出しに出た従業員は、頭を抱えた。

「クソッ! あいつ、こういう手を使いやがるのか…!!」

「インテリアショップもファンシーショップもランチボックス類が売り切れ、少し先のホームセンターも別のスーパーも全滅か…。
金のある所はやる事が違う」

 もうダメかと思った時、私はある事を思い出した。


 店舗へ戻った私は、社長に話しかけた。

「初めましてハネダ社長。本当、テレビで見たままのゴージャスな恰好ですね! これじゃあ、『待ち受けにすると福が来る』なんてジンクス生まれますわ!」

 時間稼ぎに疲れた店主とバトンタッチで、『大阪おばちゃん風』に私は社長とカメラの前に乱入する。
 ハネダは笑いながら要求する。

「何や、次はおばちゃん出よったぞ。うち、はようここのご飯、新幹線で食いたいんや。本社の幹部達も会社で待ってるしよ!」

 私には切り札があった。

「ハネダ社長覚えてます? 去年、コミックバンドのミュージックビデオ出てましたよね? あたし、あのバンドの大ファンでさぁ。共演してて超羨ましかったんですぅ!」

 たまたま、私が好きなミュージシャンのMVに、ハネダ社長がカメオ出演していた。ハネダは顎を掻いた。

「ああ、あったね。何やおばちゃん、ああいう若い子向けの音楽聴くん?」

(確かにおばちゃんだけど、お前の方が年上やんけ。何か腹立つわ…)

 私は両手を腰に当てて、踏ん反り返るような仕草をしてみせた。

「そうだよ! あたし永遠の17歳だからね、あははははっ! 
あのMVの福の神のやつ、めっちゃ似合ってましたよ。あー…、あの神様何だっけかあ?」

「何や17歳なのに物忘れかぁ? 布袋様やで!」

「そうそうそれ! あれのグッズ欲しいんです、コラボメニューとかないんですか?」

「ええ? 考えてへんわぁ。ほらほらもうおばちゃん、ええから、持ち帰り容器に詰めて出してくれや~」

 店主が店の奥から、大量の小さな弁当箱を両手で抱えて現れた。

「ハネダ社長、『覚めても美味しい料理』という事で、『お弁当箱』にうちの48品全て詰めさせていただきました。
子供用ですが、おかずの配分は大人と同量になってます! 童心に返ってお召し上がり下さい!」


 土壇場で私が思いついたのは、商店街の隣の通り沿いにある、子供用品専門店だった。服から雑貨まで、当然子供用の弁当箱も扱っている。
 幸い、社長らは見落としていて、手つかずだった。


 先日ママ友と雑談した時に、この有名外食チェーン店の話題になった。

「あそこの子供向けメニューしょぼいよね、いつも同じだしキャラコラボも無いし」


 ハネダ社長は私の読み通り、『子供向けに力を入れてない』=『子供用品よく知らない』だったのだ。

 この齢で亀の甲より年の功か。まあこの店唯一の昭和生まれだから、甘んじよう。

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