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廃墟の主

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 私はその界隈で、高名な霊能力者になっていた。

 メディアに露出する事は一切無く、除霊が出来ないどんな強大な霊も除霊する力を持った、知る人ぞ知る霊能力者らしい。

 私の所に持ち込まれる案件は、だいたい決まっている。
 何人もの霊能力者が除霊に失敗した怨霊、何百年単位で障りのある最悪の土地など、私は最終的な『駆け込み寺』的存在とされているようだ。


「今回ってこの辺り? 邪悪なものは何も感じないけど」

 私は車窓から外の景色を窺いつつ、隣の助手に言うと、険しい顔で返された。

「何でもある一定の区画だけ、昼と夜で『次元』が変わるかのようにガラリと変貌するそうです」

 到着したのは、人里離れた山の中。
 とは言え住所的にはただの県境、県を跨ぐ県道脇にあるので、辺鄙な山奥という訳でもない。

(何か見た感じ、通り抜けの為に車もバンバン通るから『らしさ』が無いな。来る途中空き家が幾つかあったし、限界集落の中の1軒って感じだ)

 依頼者が、道路脇の私有地と思われる空き地に車を停めながら、説明する。

「ご覧の通り、ここには県道沿いに民家が点在する、『限界集落』です。現在生活しているのは2世帯だけですが、○○高速道路が出来るまでは主要地方道だったので、かつて道路沿いには商店も立ち並んでいたそうです」

 依頼者は説明しつつ、問題の空き家へ進んだ。

「こちらの建物は、平成の初め頃まで年配の夫婦が経営するうどん屋兼住居でしたが、身体を壊したのをきっかけに閉店しました。
現在、夫婦は既に他界しており、甥である私の父名義で土地と建物を管理しています。建物を取り壊し整備しようとすると、強力な妨害が入るそうで、除霊依頼をさせて頂きました」

 黄昏時に眼前に広がるは、ツタの絡みついた緑の建造物。
 ツタの隙間から、店舗部分と思われる大きな窓ガラスや、かつて看板を照らしただろう錆びついた電灯が突き出しているのが見えて、その建造物が店舗だった事を窺い知れた。

(妨害ねえ、邪悪なものは欠片も感じられないんだけどね…)

 私は目を閉じ店舗に『ダイブ』する。


 陽の1番高い頃。入口のガラス戸を押して開けると、中には客が数名。
 峠越えの途中で腹ごしらえに寄ったらしいトラック運転手、近所の年寄り2人組、そして1歳くらいの子を連れた夫婦。
 70代くらいの店主の妻と思われる女性が、ニコニコしながら子供に話しかけている。

「可愛いねぇ。どこ行くとこなの?」

「○○です。私の出身がそっちなもので」

「○○なら、もうすぐ道路出来るから、行き来が楽になるわな」

 言いながら店主が取り皿と共に、山菜うどんを座敷席へ持って来る。店主の妻は言った。

「道路出来ると便利だけど、お客さん来なくなるよね~って、うちのお父さんと話していてさ」

「辞めちゃうんですか?」

「ん~。でもあたし達も齢だから、あと何年出来るかしらね」


 場面が切り替わり、嵐の夜。ずぶ濡れのカップルが、店主の妻に付き添われ店内にやって来る。

「本当に申し訳ありません」

「いいのよ~。うちもお店辞めちゃったから、そこの畳のとこ使っちゃっていいから」

 嵐の夜に走行中、車が故障したらしいカップルは、助けを求めてこの店舗に来たらしい。一晩泊めて貰い、明るくなってから知人に迎えに来てもらうのか。

 別の日にも、ガス欠で走行不能になった車を元駐車場に停めておいてあげたり、道に迷ったドライバーに道を教えてあげたりした場面が次々と現れた。

(これは…)

 場面は更に変わり、夜。閉店後なのか、店内は明るいが客は無く、店主夫婦と私だけ。

「俺達はね、」

 店主はカウンター席に腰かけて、煙草を吸っていた。

「『動けない』んじゃなく、『動かない』ようにしてんだ」

 店主の妻は拭き掃除をしていた。

「昔、それこそ俺達がここに来る前。山の中の道で行き倒れて死ぬのが、まだたまに日本でもあったんだ。お腹すかして、動けなくなって。
だから俺は母ちゃんと、ここで店を始めるのを決めたんだ」

「…夜に暗い道路を走ってて、灯りが見えるとそれだけでホッとしますよね」

 私が口を添えると、店主は頷いた。

(心細さに寄り添い、空腹を満たす。彼らは彼らの信念に沿って、ここに残っている。それじゃあ、邪悪なものは感じない訳だ)

 そう。除霊だ障りだと騒いでも、そもそもは『人同士の意見の行き違い』が原因なのだ。
 生きている私達と、死んでいる彼ら。時間軸が違うだけで、直接話せなくなってしまった。

 私はゆっくり目を開けると、ツタにまみれた家を見上げた。

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