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横田七海1 ※NTR表現あり

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 羽井七海はねいななみの1番古い記憶は、1冊の絵本だった。

 題名は忘れたが美しい挿絵の本で、主人公の少女は最後に白いウエディングドレス姿になっていた。  
 差し詰め、シンデレラか白雪姫だろう。


 七海が本物の花嫁を見たのは、幼稚園の頃の叔母の結婚式だった。普段化粧をあまりしない叔母が、お姫様の様に綺麗になっていて、感動した。

 それ以来、『大きくなったら何になりたい?』と訊かれると、迷わず『お嫁さん!』と答えるようになっていた。

 純白のウエディングドレスには、とてつもない魔力があったのだ。


 成長した七海に、次なる『花嫁』熱が巡ってきたのは、高校生の時。

「恭子が学校辞めるってマジ?」

 七海が聞き返すと、友人は携帯電話を弄りつつ答えた。

「何かねぇ、妊娠したらしいよ」

 高校を辞めた友人は、社会人の彼氏と入籍し出産。子供が生後6か月の時に、家族3人で揃いの純白衣裳を着て、結婚写真を撮った。

(結婚可能年齢になってすぐの結婚なんて、羨ましい!)


 高2の時、ナンパで知り合った大学生と交際を始めた。イケメンで、七海に『愛してる』『将来結婚したいね』と、何度も言ってくれた。

 プリクラにも同じメッセージを書いたし、デートを重ねキスもしてペアリングを付けたけど、『学校の単位がヤバい』との理由で、振られた。

(彼女より単位を選ぶのね…)


 元カレを見返すためには、どうしたらいいだろう?
 ダイエット、メイク、ボディタッチ、駆け引き、服装…。女子高生は制服を着てる内はモテモテだけど、卒業してからは今一つと聞いた。

(男にモテる仕事に就こう!)

 そこで七海は看護師を志した。そして。

 看護学校に入学して、3か月後。同級生の男子:将人まさとと交際が始まった。
 将人は元カレに比べ地味だが、クールそうに見えて根は優しく、実習などで忙しい最中も、時間を見つけては逢瀬を重ねてくれた。

 実習が辛いと、時に涙すると支えてくれて、試験勉強は励ましあって取り組んだ。

(支えあい、励ましあうなんて、夫婦みたい。これはきっと結婚、あるかも)

 3年間の課程を修了した2人は、無事に看護師となった。だが。

「看護師になったからには、無医村に行って人の命を救う手伝いをしたい」

 僻地医療に目覚めた将人は、七海を置いて行った。

(そんなの籍入れてからでも遅くないでしょうに!)



 本格的な仕事が始まると、忙殺される日が続いた。

(出会いも無いし、このままでは高齢独身の先輩みたいになってしまう…!)

 一念発起して、合コンに参加すると、『看護師』という肩書だけでモテモテだった。

(所詮、男は制服に弱いのね。ちょろいもんだ)

 幾度目かの合コンでわたると出会った。1つ年下の亘は、甘え上手で人懐っこく、お洒落でちょっと童顔な流行りのアイドルを彷彿させた。

 自分には手が届かない、と思った七海だが、亘の方から口説かれ交際が始まった。
 周囲から『随分とイイ男捕まえたね!』『羨ましい』と言われ、七海はまんざらでもなかった。

 一緒に居るだけで楽しく、仕事の疲れも悩みも吹っ飛んだ。

(相性も良く、周囲からも羨ましがられる…。この人と結婚するのもいいな)



 あれから…。

「そう言えば、3階の病棟ナース、デキ婚なんですって」

 夜勤中に後輩が口を尖らせた。

「あー、同期だっけ?」

「何かまだ25なのに、行き遅れた気分っすよ~」

 後輩はジト目で言った。

「先輩彼氏居るからいいじゃないっすか。自分相手すら居ないし~」

「大丈夫よ、まだ若いんだし。じゃあ巡回行ってきまーす」


 あれから6年。亘とは惰性で続いていた。プロポーズは勿論なく、今となっては異性としてのドキドキすらも感じない。
 別れて他の彼氏を探すのも考えたが、七海は既に29歳になっていた。


(ここで亘と別れても、次の彼氏が出来なかったら、一生独身かも…)

 僅かでも結婚の可能性があるなら、その可能性を捨てたくない。七海は『沼』に陥っていた。


 勿論ここに至るまで、七海は何もしてなかった訳では無い。

 結婚情報誌を亘の目に付く所に置いたり(上に上着を置かれた)、デート時には屋外ウエディングの見える店に行ったり(携帯のゲームをタイミングよく始められた)、携帯の待ち受け画面を生まれたばかりの甥や姪に設定したり(ノーリアクション)、血の滲む努力を人一倍やっていた。

 親から結婚を急かされ、先行き不安で喧嘩して、亘と険悪になった事も沢山ある。
 そしてとうとう先日、最後通告を受けた。

「俺は俺なりに考えてるの! それが嫌なら、もう次の喧嘩で終わりにしようや」

 それから、七海は亘の機嫌を損ねないよう、窺う毎日が続いている。最近ではそれをいい事に、亘はキャバクラへ堂々と行くようになっていた。

『俺と結婚したいなら、耐えろ』

 無言の圧に耐える、こんな日々が果たして幸せな結婚に繋がるのか?さっきまで読んでいた雑誌の、結婚相談所の広告が頭をよぎる。

(結婚相談所、今は使いたくない。あそこは手遅れになってから行くものだ。でも…?)


 病棟巡回から戻ってすぐ、救急搬送の患者が到着した。

「42歳男性、自宅で転倒し、頭部打撲、一時意識消失。糖尿病の持病ありです」

 患者は既に意識が回復していたが、念のため頭部CTを行う。

「…あれ?あの患者さん」

 検査室に向かう患者を見た、当直医が目を丸くする。

「お知り合いですか?」

「医師会の集会で行った、マークホワイトの支配人だ」


 ホテルマークホワイトは、県内でも5本指に入る老舗旅館の新館だ。

 親会社である老舗旅館が山沿いの温泉地に立地しているのに対し、新館は再開発で海浜リゾート化された区画に3年前、『リゾートホテル』として建てられた。

 地中海風デザインの洒落た外観で宿泊は勿論、前述の県医師会などの企業・団体の集会や『小綺麗さの必要な』イベント(婚活パーティーや芸能人のディナーショーなど)に使われる、最近有名なホテルである。


「あら、玉の輿チャンス?」

 七海が軽口を叩くと、後輩は首を振った。

「奥さん、救急車に乗ってましたやん…」


 患者:横田慎平よこたしんぺいは、2年前から糖尿病を患っていた。自宅での転倒は低血糖症状によるもので、転倒の際に頭部を打ち軽い打撲を負った。

 頭の怪我は大した事なかったが、糖尿病の管理指導も兼ねて、数日入院する事になった。

「団体旅行の繁忙期でね。注射のタイミングとか、うっかり逃しちゃって…」

 バツが悪そうに慎平がそう言うと、妻も口を尖らせた。

「注射のタイミングに合わせて、抜けられるようにしてるのに、どうしても自分で接客しようとするんですよ」

 持病の管理指導には、同じ病の患者を受け持った経験のある七海が、担当看護師として就く事になった。

「あれ? このぬいぐるみ…」

 慎平のベッドの脇には、とあるゲームのキャラクターのぬいぐるみが置かれていた。
 妻が口を添える。

「この人、ゲームが好きで、そのキャラクターのやつ。いい年の大人なのにね」

 七海は笑った。

「私もこのゲームのキャラクター好きなんですよ。『暗黒楽団あんこくがくだん』の『ダット』ですよね?」

「看護師さん、詳しいんですね!」

 七海の言葉に、慎平は喜んだ。


 共通の趣味があるからか、慎平と七海は入院中によく話した。ゲームの裏技、生い立ち、身の上話にまで及んだ。

「奥さんとは高校生時代からの付き合いでね。ずっと付き合って、大学を出てすぐに結婚したんだ」

「いいですね、純愛って感じで」

「ただ1つ問題があるとしたら、子供の事かな。10年以上治療してるのに、授かれなくてね。俺も病気しちゃったし…。
だから、子供連れのお客さん見ると、どうしても自分で接客したくなっちゃって」

「そうだったんですね…」

 その時の慎平は、とても悲しそうな顔をしていた。


 退院前日、2人はゲーム内専用の連絡先を交換した。その時点の七海は、慎平に特別な感情は無かった。


 慎平とは、それからたまにゲームでチャットをやりとりするようになった。年齢の離れたゲーム友達、という感じだった。
 時に、ゲームよりチャットに夢中になる事も多かった。

『奥さんからゲーム禁止令が出て、隠れてこっそりプレイしてる』

『あはは!小学生みたいW』


 そんなさなか、ある出来事が起こった。

「櫛田さんが、来月結婚する事になりました」

 朝のミーティングで、後輩櫛田の結婚報告を受けた。妊娠中でもあるという。

「何よ、相手居ないって言ってたくせに!」

 七海が笑って言うと、後輩は照れ笑いした。

「いやほんと、あの時は居なかったんですけど、学生時代の同級生と再会しましてね…。
何があるか分からないっすね、人生」


 仕事が終わり、帰宅した七海は猛烈な吐き気に襲われ、トイレに駆け込んだ。

(もう、無理。一刻も早く何とかしたい!!)


 その夜、七海はゲームを起動すると、慎平にメッセージを送った。

『来月、ゲーム友達の子とオフ会するんですけど、一緒にいかがですか?暗楽って学生プレイヤーが多いから、横田さんみたいな大人プレイヤーのお話、みんな聞きたがってるんです』

『えー、俺みたいなおじさんの話、需要無くない?』

 仕事の傍らにしては、慎平からの返信は早かった。と言うより、慎平がゲームを越えて七海に好意を持っている事に、七海は気づいていたのだ。


 チャットでの身の上話は、顔が見えないからか、かなり踏み込んだ話をする事が多かった。

『不妊治療ってさ、男も女も辛いものがあるんだよね。色気もムードも無しで、医者から何日までに何回致して下さいって指示されるんだよ』

『奥さんは本心どう思ってるか分からないけど、俺は種馬にされてる気がして、嫌だ』

『でも、俺の両親は孫への期待が強いの。治療いつまで続くんだろう?これまでの人生の半分近くかけて成果無いなんて、俺の人生に意味あるのか?なんて思うんだよね』

 通常の精神状態なら、一回り上の男からこんな話をされたら、医療関係者である七海でも『キモがって』慎平を避けただろう。
 だが七海は、考えられないほど『結婚』に病んでいた。



 オフ会に慎平は二つ返事で参加した。

 実際のゲーム友達数名(地元の男友達、勤務先の同期検査技師など七海の顔見知り)と共に、ゲーム談議に花を咲かせた。

「いやあ、こんなにいっぱいゲームの話出来たの、何年ぶりかな~」

 慎平はとても楽しそうに笑っていた。七海は眠そうに目を細めた。

「あー、ヤバい。呑み過ぎたわ~」

 フラフラと立ち上がると、トイレに行くふりをした。時間を潰し、頃合いを見て席に戻ると、慎平は壁にもたれていた。

 ゲーム友達が七海を呼び止める。

「吞み過ぎちゃったかな、横田さんウトウトしかかってるし」

「楽しかったからね、仕方ないよ。タクシーで家に送るから」

 七海はそう提案すると、ゲーム友達に手伝ってもらい、慎平をタクシーに乗せた。


 同乗した七海は運転手に行き先を告げると、慎平の口に少量のブドウ糖を含ませた。
 七海は慎平の飲み物に、持病の薬と飲み合わせると低血糖を起こす薬を混入させていた。

(予約したホテルの部屋までもつように調整しないと…)


 こうして七海は朦朧状態の慎平をホテルの部屋に運び、一夜を明かした。
 男女の関係は持ってないが、一糸も纏わぬ姿で2人が寝ているのに気づいた慎平は、思惑通り『一線を越えた』と思ったらしい。

「本当に、何と言っていいやら…。ごめん、こんな事に」

「謝らないで下さい。私、とても嬉しかったんです。…あなたと、こうなれて」

 七海は慎平の背中にそっと抱き着いた。

「…でも、私の事はもう忘れて下さい。私も、忘れますから」


(敢えて距離を置く。『忘れろ』と言う。そして…)

 連絡を絶ち約1か月。七海は、慎平のホテルで開催されるイベントに参加した。

(偶然を装って再会して…)

 こちらから動く間もなく慎平の方から、七海の前に現れた。七海は他の人間に聞こえないよう、慎平に言った。

「…ごめんなさい。自分から言ったくせに、どうしても会いたくなって」

(自分からにじり寄る。こんな子供騙しみたいな事で…)


 夜、ゲームを起動させると、1件のメッセージ。

『僕は、君の事を一人の男として、真剣に愛している』

(年上でも恋愛経験が少なければ、すぐ釣れる。男って、そもそも単純な生き物だから)



 2度目の逢瀬で、身体を許した。

 嫌悪感は無かった。慎平は40代にしては若々しく悪くない顔立ちだったし、性的な魅力もある。
 亘とは『レス状態』だったから、欲の処理も欲しかったのだ。


「妻に離婚を切り出した。好きな人が居るって」

「え」

 思ったより早かった。慎平は七海を堅く抱きしめた。

「残りの人生、君と一緒に過ごしたいんだ」


 最初は応じなかった妻だが、2か月後に七海の妊娠が判明すると、あっさり離婚に踏み切った。

 膠着状態だった亘には、慎平の事を明かさぬまま『好きな人が出来たから、別れて欲しい』とメールすると、『それでは、お幸せに』と簡素な返信があり、それきりだった。


 『結婚』にうるさかった両親には、『略奪』の事は伏せて『結婚歴のある人』と言い慎平を紹介した。

 慎平の両親は七海の妊娠を喜んでくれた。世間体や元妻への配慮で、親族を招いた一般的な挙式をする事だけ許可しなかった。


 そこで、七海は慎平と新婚旅行も兼ねて、沖縄で2人だけの結婚式を行なった。

(親族や友達を沢山呼んで、皆に見せつける往年の『披露宴』もいいけど、最近は『写真だけ』とか『2人だけ』の簡素スタイルも多いし。…夢が、やっと叶ったわ)


 七海は純白のドレスに身を包み、微笑んで結婚写真に納まった。

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