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波島むつ子 ※子供への虐待、周囲への理不尽行為表現あり
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波島むつ子は、布団屋を営む両親の元に、5人姉弟の長女として生まれた。
10歳の時に母親を亡くしてからは、母親代わりとして家事に家業に勤しんできた。
生来の負けず嫌いで、周りの店主や問屋からも一目置かれる程はっきりとした言い方をする、気の強い少女だった。
仮に父親不在でも、女主人として十分に店を切り盛り出来たかもしれない。
「むつ子に縁談があるんだ」
「父さん、うちの末弟は8つよ。母親代わりの私が居ないとやっていけない歳よ? まだ私は嫁に行く訳にいかないじゃない」
翌年、1つ下の弟:政嗣に縁談話が持ち上がると、むつ子は泣いた。
「母親代わりに尽くしてきた私を、行き遅れにする気なのね?! 酷い!!」
そこで、急遽むつ子の縁談を探し、政嗣より先に結婚させる事になった。
むつ子は気が強いだけでなく、自己愛も強く、人一倍他人から認められたい欲求が強い人間だった。
長女として、下の兄弟の母代わりと副店主をも兼任出来る働きぶりだったので、プライドも高かったのだろう。
夫は役場の職員をしていた。
「お役所の人って、真面目なんだけど、陰気臭くて嫌だわ」
気弱で大人しい夫は、聞こえるようにむつ子が嫌味を言っても、何も言わず受け流した。
むつ子は商売での客など、一部の人間以外を思いやる感情は、著しく欠如していた。
家庭に入ったむつ子だが、もともと気ぜわしく動くのが性に合っていた。
専業主婦に嫌気がさし、地域の活動に関わるようになったむつ子は、運命の出会いをした。
「孤児院との交流会?」
「ええ。3丁目にね、神社があるでしょ? その裏に、神主さんが運営する小さい施設があるの」
孤児院と聞いて仰々しいものかと思っていたが、普通の民家だった。
「こんにちは。婦人会の方ですか?」
応対したのは、ほっそりした50代後半の穏やかそうな女性だった。
「あの、神主の貝山さんは…?」
「私が貝山です」
貝山チヨは神社の跡取り娘だ。神社の神主は、婿入りした夫がしていた。
だが先の大戦で夫を亡くしたので、自身が神職の資格を取り、神主をしているという。
慈悲深いチヨは、自宅敷地内で戦災孤児の面倒を見るようになった。それが始まりらしい。
現在は『親と暮らすのが難しい子供』を数人だけ預かっている。
むつ子が1番感心したのは、チヨの人徳だ。
外を歩けば色んな人が『先生』と慕い、頼んでなくとも食材や服を『子供のために』と無償でくれる。
チヨ自身もおごり高ぶらず品があり、穏やかに人と接していた。
(聖人とは、こんな人の事を言うのだろう…!)
むつ子はすぐに心酔していった。
婦人会を辞め、むつ子はチヨの所にせっせと通った。施設の雑用や、子供の世話を自ら進んでやってくれるむつ子を、チヨは心配していた。
「むつ子さん、お子さんまだ小さいんでしょう? 大丈夫なの?」
「平気です! 弟の所に預けたので」
自宅の家事も自分の子供も放置して、施設の手伝いに行く様は、近所でも有名になっていった。
むつ子はいつしか、自宅の生活費を持ち出して施設の日用品や食材の購入に、勝手に充てるようになった。
「お母さん、もうこの服ずっと着ているよ。別の着たいよ…」
「うるさいね!! 世の中にはご飯を満足に食べれない子も沢山いるんだよ! 服ぐらい我慢しなさい!」
ある時、むつ子がいつものように施設に行くと、何故か夫と政嗣が居た。
「あら、何でここに居るの?」
「…むつ子さん」
チヨは残念そうな表情を浮かべていた。
「自分の家族を大事にできない人は、ここへ来ないで欲しいの」
むつ子の夫と政嗣だけでなく、近隣からも家庭の実情を訊いたチヨは、むつ子に絶縁を言い渡した。
「お前が言いつけたんだろ?!」
「やめて!! お母さん痛い!」
納得がいかないむつ子は娘と息子を何回も殴り、止めに入った政嗣にも、罵詈雑言を大声で浴びせかけた。
更に、事態の収拾を図るべくなだめる夫を正座させ、怒鳴り散らす。
「あんたは夜までに家に帰るだろ?! どうして家事を自分でしない! そんなに私にやらせるのが大事か!!」
これをきっかけに、むつ子は自分の実家筋どころか近隣からも孤立するようになった。
時は流れそれから15年後。
風の噂で『チヨが余命僅かで、孤児院を閉めるらしい』との話を聞いた。
(孤児院を続けるには後継者が必要だ。それはあんなに尽力した、私が相応しいはず)
神主もしていたチヨは実子が居ないので、孤児院だけじゃなく神主業も後継者が必要だろう。
なら、私の息子に跡を継がせればいい!
息子の大学入学を辞退させ、神主の養成学校に通わせ、資格を取る。
そうすれば、孤児院の存続も神社の後継者問題も解決出来るし、自分もまた在りし日の様に施設の子供達の世話を出来る…!
むつ子には、自分がチヨの様に慕われ、煙たがる目で見てくる近隣を見返すビジョンしか、見えてなかった。
そしてチヨが死んだ。
息子や夫から進学辞退を猛烈に反対され、揉めている最中の事だった。
葬儀に訪れたむつ子は、喪主であるチヨの甥に詰め寄った。
「貝山先生の後継をうちの息子にやらせて下さい! 神主の資格を取らせる予定なんです。孤児院も辞めないで下さい!」
「後継神主は既に居るので、その必要はありません。孤児院も、1番小さい子が巣立ったので、キリ良く閉めたんです」
甥の淡々とした返答に、むつ子は腹が立った。
(『キリ良く』って何考えてるんだ、この甥は!)
息子は、この一件のせいで家を出て行った。
その間何をしてたのか、再会したのはそれから2年後。息子は、オートバイを運転中に事故死した。
亡骸と対面したむつ子は、泣き崩れた。
「もっと早く神主にしていれば!! バイクなんか覚えずに長生き出来たのに!」
息子がだめでも、自分の娘には誤った道を進んで欲しくない。でも葬儀の後、娘も家を出て行方を眩ませた。
行方を掴んだのは、それから数年後。
夫が自分に内緒で、娘と連絡を取り合っているのを見つけたのだ。
夫から無理矢理聞き出した住所に押しかけると、八百屋の息子と結婚した娘には、生後3か月の子供が居た。
(公務員に嫁がせたかったのに…!女の子が生まれたなら、『チヨ』と私が名付けたかったのに…!)
孫娘を奪い去るように連れて行き、改名手続きをしようとしたが、通報を受けた警察に阻止された。
身内なので恩情で立件を免れたが、誘拐未遂は娘の夫親族にも近隣にも広く知られ、むつ子は要注意人物として周囲から扱われるようになった。
むつ子の夫は、定年退職の翌年に急死した。精神安定剤と酒を摂取した後、入浴中に溺死したのだ。
以前から病院に通っていたが、むつ子には隠していたようだった。
「母親がたった1人になったのに、一緒に暮らそうとも言わないのか! あんたって子は恩知らずだね!!」
『無理だよ。こっちの家はお義父さんとお義母さんの建てたものだし、うちは商売してるのよ?』
「じゃあ、離婚して戻って面倒見なさいよ! 親の面倒見るのが子の役目でしょ?!」
夫の死後、娘の嫁ぎ先の定休日に合わせて、長時間の説教電話をかけるようになったむつ子に、思わぬ伏兵が立ち塞がった。
『あー、もしもし、お電話変わりましたぁ。もう切っていい?学校の勉強の妨げになりますので!』
成長した孫娘だ。黙って耐え忍ぶ夫や娘と違い、孫娘は誰に似たのか口達者で気が強い。
(碌でもない商人に嫁いで、意地の悪い孫が生まれた…!)
ある時から、電話が繋がらなくなった。特定の番号を受け付けないようにしたらしい。
そこでむつ子は大量の小銭を準備し、公衆電話を使うようになった。
時代的にも公衆電話の台数が減り、外の電話を長時間占拠も出来ないので、電話の回数も時間も減る事となった。
(言いたい事も言えないようにされて、老いぼれた私をそんなに虐めたいのか?世の中は!)
ある時、テレビで県内ニュースを見ていると、孫娘が映りインタビューを受けていた。
『色んな事を勉強して、将来の仕事に役立てたいです』
大学の合格発表の映像だった。むつ子は激昂した。
(女に学は必要ないだろう!娘夫婦は孫娘を行き遅れにする気か?!)
むつ子は小銭を手に、公衆電話へ急いだ。
「もしもし?! 百花に大学受けさせたの?! 女を大学に入れるなんて、何を考えているんだい! 受かったのは何処の大学なの?!」
『教えられないよ。聞いてどうすんの?』
呆れたような娘の声に、むつ子はカッとなり電話口で怒鳴りつけた。
「決まってるでしょ! 電話して入学を取りやめ…」
その瞬間。殴られた訳でもないのに、むつ子は自分の頭から謎の音と激痛を感じたのだった。
10歳の時に母親を亡くしてからは、母親代わりとして家事に家業に勤しんできた。
生来の負けず嫌いで、周りの店主や問屋からも一目置かれる程はっきりとした言い方をする、気の強い少女だった。
仮に父親不在でも、女主人として十分に店を切り盛り出来たかもしれない。
「むつ子に縁談があるんだ」
「父さん、うちの末弟は8つよ。母親代わりの私が居ないとやっていけない歳よ? まだ私は嫁に行く訳にいかないじゃない」
翌年、1つ下の弟:政嗣に縁談話が持ち上がると、むつ子は泣いた。
「母親代わりに尽くしてきた私を、行き遅れにする気なのね?! 酷い!!」
そこで、急遽むつ子の縁談を探し、政嗣より先に結婚させる事になった。
むつ子は気が強いだけでなく、自己愛も強く、人一倍他人から認められたい欲求が強い人間だった。
長女として、下の兄弟の母代わりと副店主をも兼任出来る働きぶりだったので、プライドも高かったのだろう。
夫は役場の職員をしていた。
「お役所の人って、真面目なんだけど、陰気臭くて嫌だわ」
気弱で大人しい夫は、聞こえるようにむつ子が嫌味を言っても、何も言わず受け流した。
むつ子は商売での客など、一部の人間以外を思いやる感情は、著しく欠如していた。
家庭に入ったむつ子だが、もともと気ぜわしく動くのが性に合っていた。
専業主婦に嫌気がさし、地域の活動に関わるようになったむつ子は、運命の出会いをした。
「孤児院との交流会?」
「ええ。3丁目にね、神社があるでしょ? その裏に、神主さんが運営する小さい施設があるの」
孤児院と聞いて仰々しいものかと思っていたが、普通の民家だった。
「こんにちは。婦人会の方ですか?」
応対したのは、ほっそりした50代後半の穏やかそうな女性だった。
「あの、神主の貝山さんは…?」
「私が貝山です」
貝山チヨは神社の跡取り娘だ。神社の神主は、婿入りした夫がしていた。
だが先の大戦で夫を亡くしたので、自身が神職の資格を取り、神主をしているという。
慈悲深いチヨは、自宅敷地内で戦災孤児の面倒を見るようになった。それが始まりらしい。
現在は『親と暮らすのが難しい子供』を数人だけ預かっている。
むつ子が1番感心したのは、チヨの人徳だ。
外を歩けば色んな人が『先生』と慕い、頼んでなくとも食材や服を『子供のために』と無償でくれる。
チヨ自身もおごり高ぶらず品があり、穏やかに人と接していた。
(聖人とは、こんな人の事を言うのだろう…!)
むつ子はすぐに心酔していった。
婦人会を辞め、むつ子はチヨの所にせっせと通った。施設の雑用や、子供の世話を自ら進んでやってくれるむつ子を、チヨは心配していた。
「むつ子さん、お子さんまだ小さいんでしょう? 大丈夫なの?」
「平気です! 弟の所に預けたので」
自宅の家事も自分の子供も放置して、施設の手伝いに行く様は、近所でも有名になっていった。
むつ子はいつしか、自宅の生活費を持ち出して施設の日用品や食材の購入に、勝手に充てるようになった。
「お母さん、もうこの服ずっと着ているよ。別の着たいよ…」
「うるさいね!! 世の中にはご飯を満足に食べれない子も沢山いるんだよ! 服ぐらい我慢しなさい!」
ある時、むつ子がいつものように施設に行くと、何故か夫と政嗣が居た。
「あら、何でここに居るの?」
「…むつ子さん」
チヨは残念そうな表情を浮かべていた。
「自分の家族を大事にできない人は、ここへ来ないで欲しいの」
むつ子の夫と政嗣だけでなく、近隣からも家庭の実情を訊いたチヨは、むつ子に絶縁を言い渡した。
「お前が言いつけたんだろ?!」
「やめて!! お母さん痛い!」
納得がいかないむつ子は娘と息子を何回も殴り、止めに入った政嗣にも、罵詈雑言を大声で浴びせかけた。
更に、事態の収拾を図るべくなだめる夫を正座させ、怒鳴り散らす。
「あんたは夜までに家に帰るだろ?! どうして家事を自分でしない! そんなに私にやらせるのが大事か!!」
これをきっかけに、むつ子は自分の実家筋どころか近隣からも孤立するようになった。
時は流れそれから15年後。
風の噂で『チヨが余命僅かで、孤児院を閉めるらしい』との話を聞いた。
(孤児院を続けるには後継者が必要だ。それはあんなに尽力した、私が相応しいはず)
神主もしていたチヨは実子が居ないので、孤児院だけじゃなく神主業も後継者が必要だろう。
なら、私の息子に跡を継がせればいい!
息子の大学入学を辞退させ、神主の養成学校に通わせ、資格を取る。
そうすれば、孤児院の存続も神社の後継者問題も解決出来るし、自分もまた在りし日の様に施設の子供達の世話を出来る…!
むつ子には、自分がチヨの様に慕われ、煙たがる目で見てくる近隣を見返すビジョンしか、見えてなかった。
そしてチヨが死んだ。
息子や夫から進学辞退を猛烈に反対され、揉めている最中の事だった。
葬儀に訪れたむつ子は、喪主であるチヨの甥に詰め寄った。
「貝山先生の後継をうちの息子にやらせて下さい! 神主の資格を取らせる予定なんです。孤児院も辞めないで下さい!」
「後継神主は既に居るので、その必要はありません。孤児院も、1番小さい子が巣立ったので、キリ良く閉めたんです」
甥の淡々とした返答に、むつ子は腹が立った。
(『キリ良く』って何考えてるんだ、この甥は!)
息子は、この一件のせいで家を出て行った。
その間何をしてたのか、再会したのはそれから2年後。息子は、オートバイを運転中に事故死した。
亡骸と対面したむつ子は、泣き崩れた。
「もっと早く神主にしていれば!! バイクなんか覚えずに長生き出来たのに!」
息子がだめでも、自分の娘には誤った道を進んで欲しくない。でも葬儀の後、娘も家を出て行方を眩ませた。
行方を掴んだのは、それから数年後。
夫が自分に内緒で、娘と連絡を取り合っているのを見つけたのだ。
夫から無理矢理聞き出した住所に押しかけると、八百屋の息子と結婚した娘には、生後3か月の子供が居た。
(公務員に嫁がせたかったのに…!女の子が生まれたなら、『チヨ』と私が名付けたかったのに…!)
孫娘を奪い去るように連れて行き、改名手続きをしようとしたが、通報を受けた警察に阻止された。
身内なので恩情で立件を免れたが、誘拐未遂は娘の夫親族にも近隣にも広く知られ、むつ子は要注意人物として周囲から扱われるようになった。
むつ子の夫は、定年退職の翌年に急死した。精神安定剤と酒を摂取した後、入浴中に溺死したのだ。
以前から病院に通っていたが、むつ子には隠していたようだった。
「母親がたった1人になったのに、一緒に暮らそうとも言わないのか! あんたって子は恩知らずだね!!」
『無理だよ。こっちの家はお義父さんとお義母さんの建てたものだし、うちは商売してるのよ?』
「じゃあ、離婚して戻って面倒見なさいよ! 親の面倒見るのが子の役目でしょ?!」
夫の死後、娘の嫁ぎ先の定休日に合わせて、長時間の説教電話をかけるようになったむつ子に、思わぬ伏兵が立ち塞がった。
『あー、もしもし、お電話変わりましたぁ。もう切っていい?学校の勉強の妨げになりますので!』
成長した孫娘だ。黙って耐え忍ぶ夫や娘と違い、孫娘は誰に似たのか口達者で気が強い。
(碌でもない商人に嫁いで、意地の悪い孫が生まれた…!)
ある時から、電話が繋がらなくなった。特定の番号を受け付けないようにしたらしい。
そこでむつ子は大量の小銭を準備し、公衆電話を使うようになった。
時代的にも公衆電話の台数が減り、外の電話を長時間占拠も出来ないので、電話の回数も時間も減る事となった。
(言いたい事も言えないようにされて、老いぼれた私をそんなに虐めたいのか?世の中は!)
ある時、テレビで県内ニュースを見ていると、孫娘が映りインタビューを受けていた。
『色んな事を勉強して、将来の仕事に役立てたいです』
大学の合格発表の映像だった。むつ子は激昂した。
(女に学は必要ないだろう!娘夫婦は孫娘を行き遅れにする気か?!)
むつ子は小銭を手に、公衆電話へ急いだ。
「もしもし?! 百花に大学受けさせたの?! 女を大学に入れるなんて、何を考えているんだい! 受かったのは何処の大学なの?!」
『教えられないよ。聞いてどうすんの?』
呆れたような娘の声に、むつ子はカッとなり電話口で怒鳴りつけた。
「決まってるでしょ! 電話して入学を取りやめ…」
その瞬間。殴られた訳でもないのに、むつ子は自分の頭から謎の音と激痛を感じたのだった。
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