まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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10 嬉しい、けれど

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 厩舎地区外での調教は初めてだったが、不安は一瞬。その後は、想像していた以上に心地よさに、すっかり夢中になった。
 柵の見えない広い場所で思い切り駆けられることがこんなに気持ちいいなんて……。
 人の姿に戻ったダンジァは水場で汗を流し身体を拭きながら、しみじみ思った。
 今までの調教に不満があったわけではないが、これを経験してしまうと今後は物足りなく思ってしまうかもしれない。そのぐらい心地よかった。

 乗ってくれた騎士が上手かったせいもあるだろう。
 ダンジァは、同じように汗を流し、「向こうで待っている」と、先にこの場を離れた男のことを思い出す。
 最初に乗られた時に技量の確かさは感じていたが、こうして調教で乗られるとそ上手さははっきりわかった。
 以前、ダンジァに乗ってくれた騎士も特別上手かったけれど、その人とは趣の違う上手さだ。
 以前の騎士は、とにかくバランスの取り方の上手い人だった。細身で見るからにしなやかな体躯で「乗せても軽いだろうな」とは思っていたものの、実際に乗られても驚くほど重さを感じなかった。
 まるで誰も乗っていないんじゃないかと思うほどの軽さで、だからなんの負荷も感じず走ることができた。

 今回の人は、言うなれば逆だ。
「重い」というわけではないが、とにかく存在感が際立っているのだ。
 上手く言えないが、常時「乗られている」という感じが離れない。自分が騏驥であることを強く感じさせられると言えばいいのだろうか。
「騎士のために走っている」ということを常に意識させられているような感覚なのだ。かといって、それで嫌な気分にさせられる訳じゃない。
 むしろ、それが心地いいような、そんな感覚なのだ。
「乗られている」「従わされている」「仕えている」
 それが心地良いような、そんな不思議な感覚だ。
 彼に手綱を握られていることで安心できる……。そんなふうに。

 今までも、乗ってもらっていたのは憧れの人だったから、乗られるたびに嬉しかった。緊張もしたし、前の騏驥と比べられているのでは、と気にしたりもしたが、それでも乗られることは喜びだった。「とても上手く乗る騎士がいる」と、あの人のことを噂に聞いてからというもの、ずっとずっと乗ってもらいたかったのだ。
 彼の一番の騏驥になるために頑張ってきたと言っても過言じゃない。
 
 初めての遠征が、あの人との最初で最後の実戦になってしまったけれど——思い出したくない事態にもなってしまったけれど、それでもかけがえのない思い出の一つになっている。
 軽くて、何にしてもスムーズで鞭の使い方も使い所も上手くて……。こちらを気分よく走らせてくれた騎士。

 それに比べて、この人は……。

(今まで経験したことがなかったタイプ……だな……)

 ダンジァは思う。

 以前ダンジァに乗ってくれていた騎士であり、憧れの騎士であったリィに乗ってもらえるまでに、ダンジァはさまざまな騎士に調教をつけてもらった。
 基本的に騏驥に拒否権はないから、騎士から「乗ってみたい」と言われれば誰でも乗せることになる。特にダンジァは騎士から評判が良かったようで、ありがたいことに「乗りたい」と言ってくれる騎士が少なくなかった。
 だから調教師であるサイ師が配慮して振り分けてくれていたようなのだが、そんな、今まで乗ってくれたいろいろな騎士の中にも、彼のようなタイプはいなかったと思うのだ。

 騎士は、皆それなりに自信家で我が強く騏驥を従えようとするが、彼は誰よりも「そう」でありつつ、しかしそこに無理がない。
 過剰な自己顕示や見栄や威張った感じがなく、だからいうことを聞かされている立場でありながら気持ちがいい。

 とにかく、今まで経験したことのない妙な——しかし不思議と心地の良い感覚だった。

「きっと立派な方なのだろうな……」

 ダンジァは思わず呟いていた。
 乗り方も、とても丁寧で正統派だった。癖がなくて、まるで教本に出てくるような、変に個性を出そうとしない王道の騎乗。

(騎士の教本なんて読んだことはないけれど……)

 だから乗せる側のダンジァも、乗せていてとても楽だった。

 彼を乗せて駆け回った今朝の調教のことを思い出すと、自然と笑みが溢れる。
 突然のことで戸惑っていたのに——困惑するような気持ちもあったはずなのに、今となっては、ただ心地よさだけが感じられる。

 不思議なものだ。
 
 だがそういえば、以前もそうだった。彼と過ごした時は。
 巻き込まれるような格好になって、困ったり戸惑ったりしたものの、最終的には楽しくて思い出深くて。
 だから、再会した時も嬉しいと思った。

 嬉しい……か。

 ダンジァは少し考える。そして「うん」と胸の中でひとつ頷いた。
 嬉しかった。
 彼と会えたときも。彼に乗ってもらえた時も。
 最初にそう感じた時は気のせいかとも思ったけれど、どうやら自分はこの人といると嬉しかったり楽しかったりするようだ。
 そしてできれば長く一緒にいたい、と。

 ここにくるまでの間、そして乗ってもらっている間。
 彼とぽつりぽつりとやりとりした内容からすると、今日予定されていた調教は、本当は彼が乗るものではなかったようだ。ということは、本来ダンジァに乗るはずだった騎士を袖にしてしまったことになる。
 それを聞いたときダンジァは青くなったものの「そのぐらいならなんとでもなる」という男の言葉に任せることにした。
 彼なら本当になんとかするだろうと思ったし(なにしろかなりの無理を言っても許される騎士のようだから。それにサイ師もいるし……という思いもあった)、ダンジァ自身、彼に乗ってもらっているときは他のことを考えたくなかったためもある。
 そのぐらい心弾んだのだ。
 珍しく。
 そう——。自分にしては、とても珍しく。

「お待たせしました」

 身体を拭き髪を拭き、改めて服を纏ったダンジァが草地へ足を向けると、そこに腰を下ろしていた青年が背後を仰ぎ見るようにして振り返る。肩から滑り落ちる長い髪。紫がかった黒髪は珍しい色だ。
 きちんと髪を結っていた先刻までと違い、今はいくらか無造作に結んでいるからだろうか。
 見た目は、より若く見える。
 騎乗の時はかなりしっかりとした乗り方をしていたから、ひょっとして想像よりも年上だろうかと思っていたのだが、降りるとやはり年相応だ。
 と言っても、本当の歳などわからないのだけれど。

(あ)

 そこで、ダンジァは思い出した。
 そういえばまだ名前を聞いていない!

(こんなに乗ってもらっておいて……)

 いつも訊くのを忘れてしまう。
 
「あの……」

 ダンジァが言いかけたときだった。

「早く座れ。少しばかり話をしよう」

 青年の方が先にそう言うと、自分が座る隣をぽんぽんと叩く。
 仕方なく、ダンジァはそこに腰を下ろした。騎士の隣に同じように座るなんて申し訳ない気もするが、「座れ」と言われれば、従わない方が礼を欠く。

 と、男はダンジァを見つめてにっこり微笑んで言った。
 
「疲れたか? 初めて外で乗った感想はどうだ」

「さほど疲れてはいません。外は、開放感があっていいですね。今まで特に不満があったわけではありませんが、やはり広い場所は魅力的です」

「だろう。まあ、万が一怪我した時には処置が遅れる可能性があるから、その点では外乗りに不安もあるが……。それを差し引いても外はいい。乗っていても快適だ」

 言うと、青年は「うんうん」と楽しそうに頷く。そしてじっとダンジァを見つめて続けた。

「いい走りだった。安定感も加速も素晴らしいな。乗っていて全く不安を感じなかったぞ」

「ありがとう、ございます」

 ストレートな褒め言葉にやや赤面しつつ、ダンジァはお礼を言った。いつになく胸がドキドキした。

 自分ではわからないが、どうやら自分は「いい騏驥」のようで、昔から褒められることは多々あった。育成施設でも、厩舎に移ってからも。だから褒め言葉も聞き慣れていると言えば聞き慣れていたつもりだったのだが、彼から聞かされるとなんだか特別嬉しい。

 本当のことを言えば、自分が「素晴らしい」なら、それは彼のおかげでもあるのだ。騎士が上手く乗ってくれたからこちらも気持ちよく走れた。
 騏驥になってすぐにはわからなかったけれど、騎士に乗ってもらうようになってしばらくして気づいたことだ。騏驥と騎士はお互いに影響し合う。どれほどいい騏驥でも騎士の技量が今ひとつだったり、相性が悪いと実力を十分に発揮できない。
 それは自分だけでなくどんな騏驥でもそうだろう。だから騏驥は色々な騎士に乗ってもらいながら夢を見るのだ。

 いつか——。
 いつか自分を心底心地よく走らせてくれる、ただ一人の騎士に出会えればいいのに、と。
 その騎士が自分を選んでくれればいいのに、と。


 ダンジァにとっては、一度破れた夢だ。
 それでも、こうしてまた褒めてくれる騎士に出会えたのは嬉しいし、この騎士に乗られることには喜びを感じている。
 
(だからと言って、高望みはしないけれど)

 そう。
 騎士に選ばれたいというのは騏驥の夢だ。けれどダンジァは、もう誰かの騏驥になろうとは思わない。
 選ばれたいとは思わない。思えば、それが叶わなかった時に悲しくなる。
 ならばそんな望みは抱かず、乗ってもらえたその時その時を毎回大切に感じればいい。
 ——それだけで。

 しかしそう思うダンジァを、青年騎士はじっ見つめてくる。
 笑顔だが、その瞳は笑みにそぐわぬほどの熱を孕んでいるように感じられる。
 射竦められるかのような、そんな妙な緊張感を感じさせられて落ち着かなくなってしまう。かといって視線を外すこともできない。彼の目には、視線には、そんな力があった。
 息をつめてダンジァが見つめ返していると、青年はゆっくりと口を開いた。
 
 
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