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14 覚えている
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その後は、色々なことがあっという間だった。
一通り話が終わると、ダンジァはシィン王子と共に——彼に乗られて厩舎へ戻ってきたのだが(彼はとにかくダンジァに乗ることを望んだ。流石にもう一度調教をするとなると負荷のかけ過ぎになるために控えたようだが、厩舎に戻る際には騎乗することを希望した。そのため、ダンジァはもう一度馬の姿にならなければならなかった。——嫌ではなかったけれど)、その時には、彼はもう自分の立場を隠さなかった。
帰りの道中に話してくれたことによれば、彼は厩舎の他の人たちには、自らの身分を口止めしていたらしい。ダンジァにバレないように。
そこまで念を入れて……と思うと、彼の拘りに少々戸惑ってしまうほどだった。
自分のなにが、そんなに彼の気を引いてしまったのだろう……?
(一番ではないのに)
東の厩舎。人の姿に戻ったダンジァは思う。少し離れたところでは、シィン王子が、サイ師に向けて、ダンジァを大会に出す話をしている。
大声でないのによく通る、聞きやすい声だ。
彼の声を聞いていると、蘇ってくる言葉がある。
『わたしは一番が好きだ。だからできるなら、一番の騏驥に騎乗したい』
実に王子らしい、彼の言葉。彼の望み。騎士が願うこととしては、ダンジァにも理解できることだ。
しかしまさかその望みが、自分を大会に出して一番にする、という方向に働くとは……。
思ってもいなかったことだ。
サイ師もきっとそうなのだろう。
シィン王子の話を聞きながら、複雑な表情を見せている。
(とはいえ王子の話は「話」であって「話」ではない。「命令」だ。つまり、一方通行の「通達」)
そうしているうちに話はついたようだ。
シィン王子は振り返ると、ダンジァに向けて微笑んで近づいてくる。
「師も快諾してくれた。大会についてのことはサイ師から聞くといい。今後の調教の予定については追って知らせよう」
「……は……」
しかし、出場に対してまだ前向きでないダンジァは、つい気のない返事になってしまう。それが気に障ったのだろうか。王子はピクンと眉を跳ね上げると、
「——ダン」
硬い声音で言った。
ダンジァは思わず息をつめる。
そんなダンジァを真っ直ぐに見つめてくると、王子は続けた。
「もう決まったことだ。わたしが決めたことだ。否は許さぬ」
反論を許さない強い声。
ダンジァが緊張を強くした次の瞬間、
「諦めよ」
かけられたその声は、しかしなぜか悪戯っぽく弾んでいて、だからダンジァはなんだか拍子抜けしてしまう。
戸惑い、目を丸くしてしまうと、王子はそんなダンジァにクスリと笑う。
そしてそのまま踵を返し、去っていった。
慌てて頭を下げるサイ師につれるようにしてダンジァも頭を下げる。
気配がなくなり足音が聞こえなくなり、ようやく顔を上げると、
「やれやれ」
と、傍から師の声がした。
サイ師は、手にしていた彼のトレードマークである帽子を被り直すと、「やれやれ」と再び繰り返す。が、そう言いながらダンジァを見る瞳は、どこか楽しそうだ。
その顔に、ダンジァは微かに首を傾げた。
「何か……お考えですか?」
そっと尋ねる。
だが実は、言いたいことは他にあった。
ダンジァにしては珍しく、少しばかり師を責めたい気分になっていたのだ。
シィンの正体について、師はとっくに知っていた。ダンジァが彼に出会ったその日に、口止めの指示が来たと言うのだから。
にもかかわらず、彼はダンジァには何も教えてくれなかった。
確かに王子からの命令とあれば従わないわけにはいかなかっただろうけれど……。
(それはあんまりではないですか……?)
騏驥は、生活のほとんどを調教師(と調教師の元で修行している厩務員)に委ねている。そういう意味では、騏驥と騎士の関係以上に繋がりが深いのだ。なのに……。
そう思うと、つい拗ねるような気分になってしまう。
と、師は苦笑し「まあこっちへ来い」と自身の部屋へと歩き始める。
調教師の自宅は大抵が厩舎の近くにあるのだが、調教師によってはその他に厩舎内の馬房の一つを自身の部屋にしている人もいる。そしてサイ師は、そうしている調教師の一人だった。
部屋に招かれ、まあ座れ、と言われるまま腰を下ろすと、師はのんびりと茶を淹れ始める。そして二つの茶杯を自分とダンジァの前に置くと、一口茶啜り、
「不満そうじゃな」
苦笑を見せながらそう言った。
「……」
ダンジァは返事ができない。
その通りだが、その通りだとわかってくれているならどうして……と思ってしまうためだ。
すると師は苦笑を微苦笑に変えた。
「まあ、とりあえずはそれを飲め。せっかく淹れたのだから一口ぐらいは飲んでもいいじゃろ」
「…………」
言われるまま、ダンジァは口をつける。
温かなそれを飲み、一息つくと気分はやや穏やかになる。が、まだすっかり晴れたわけじゃない。
そんなダンジァに師は続ける。
「お前が不愉快に思うのももっともだ。その点は謝ろう。ただまあ、命令とあればこちらは従わぬわけにはいかなかった……そのこともお前ならわかると思うが」
「…………」
その通りだ。
だが——。
だが、と思ってしまうからこんなにモヤモヤした気分になっている。気分が晴れずにいる。
ダンジァは手の中の茶杯を見つめたまま続きを待つ。師は続ける。
「そして、実はそれとは別に——というか、それにかこつけて、儂にも想いがあってな」
「?」
想い?
ダンジァが目を向けると、師は深く頷いた。
「殿下が身分を隠してまでお前と話したいと思っているならと思ったし、同時に、お前にもその方がいいのでは、と思ってな。『あの遠征』以来、お前は騎士と長く接することはなくなっていただろう?」
「……!」
「それは……あまり良くないことだと思っていてな。まあ、こちらから無理強いはできぬことだから黙って見守っておったが……。そろそろ頃合いかもしれぬ、とな」
「ですが……殿下は一番の騏驥をお望みです。自分は……」
「それじゃ」
と、師がピッとダンジァを指して言った。
「確かに、殿下は『一番良いもの』にこだわるお方。その噂は儂も聞いておる。ではあるが、それは裏を返せば『良いものを良い』と感じるお方ということじゃ。騏驥についてもな。ならば、そんな殿下がお前に興味を持ってくださったとなれば、それを拒む理由はないだろう」
「……」
「大会への出場もそうじゃ。儂は『騏驥は実戦あってこそ』と思っとるから、そうした競技会はあまり好きではないが……たまにはいいのではないかな」
そう言って見つめてくる視線は「お前にとっては」という気遣いが感じられるものだ。そんなふうに言われると、そんなふうに見つめられるとダンジァは何も言えなくなる。
自分は、まだそんなに師を不安にさせていたのだろうか。
心配させていたのだろうか……?
だとしたら……。
(だめだな……)
落ち込みかけたとき。
「そんな顔をするな、『そういう意味』ではない」
声と共に、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「何かの目標に向けて努力してみるのも良いのではないかと思ったのじゃよ。お前はそういうタイプかもしれぬ、とな。騏驥は一頭一頭違う。なら今回は今までとは違うやり方で成長を促してみようと——そう思ったまでだ。しかも殿下が乗ってくださると言うなら、これほど心強いことはない」
技術に優れた方であったろう?
尋ねられ、ダンジァは「はい」と即答した。
それは間違いない。乗られていて心地よかった。従っていて嬉しかった。
と、師は「うんうん」と頷いた。
「ならば良い。ダンジァ、そう難しく考えずに、殿下のお役に立つことで、殿下の力をお借りすることで前よりも良い騏驥になる——と、今回はそういう機会が巡ってきたのだと、そう考えればいいのじゃ。お前は考えすぎるところがあるからの、そのぐらい簡単に考えるようにしたほうがいい」
「簡単に、ですか」
「ん」
師は頷く。そしてにこにこ笑って「それにな」と小声で続けた。
「お前が本当に嫌がっているようなら、儂も断ろうかと思っておった。相手は殿下とはいえ、儂にはお前たち騏驥の方が大事じゃからな。だが……」
笑みが深まる。
「だが、お前が最初に殿下に会うた後か……。厩舎に戻ってきたお前の様子を見て『おっ』と思ってな。久しぶりに街に出たせいもあったのかもしれんが、色々と無茶をした後のわりに楽しそうにしておった。それで思ったのだ。殿下とは性が合うのかもしれん、とな」
「…………」
ダンジァは沈黙した。
黙って、過日のことを思い出そうとする。
突然街で出会って、声をかけられて乗られて……。
(……)
覚えている。細かいことまで。彼のことを。王子のことを。どんな服装だったか、どんな表情だったか、どんなふうに食べていたか、座っていたか、話しかけてきたか。
貴やかで、堂々として、それでいてどこか茶目っ気のようなものが感じられて……。
覚えて、いる。
楽しかったことも。
「……」
ダンジァが黙ったまま動かずにいると、師が新しい茶を淹れてくれる。それを、ゆっくりと飲んだ。
自分は一番ではない。
けれど彼が望んでくれているなら——自分自身、乗ってもらって嬉しいと思うような騎士から「共に」と望まれているなら、確かに断る理由はない。
引け目を感じて尻込みしたままでいるよりは、新たなことを試すチャンスかもしれない。師の言うように。
チラリと見ると、師は微笑んで頷く。
(これも経験、か)
そう考えると、いくらか気分が楽になる。
期待に応えられるかどうかはわからないが、悩むのはやってみてからでも遅くない。
(シィン殿下……)
そう、彼は自分に期待してくれた。
『わたしがそうしたいからだ』
『案ずるな』
『お前のここと同じ名前だ』
——覚えている。
あれもこれも、全て。
脳裏に蘇る声。指の感触。纏っているものだって。身を守るために帯びているものだって。
——すでに彼に包まれている。
そしてそれは。
噛み締めるたび、ダンジァは自分がいつになく心地よくなっていくのを感じていた。
一通り話が終わると、ダンジァはシィン王子と共に——彼に乗られて厩舎へ戻ってきたのだが(彼はとにかくダンジァに乗ることを望んだ。流石にもう一度調教をするとなると負荷のかけ過ぎになるために控えたようだが、厩舎に戻る際には騎乗することを希望した。そのため、ダンジァはもう一度馬の姿にならなければならなかった。——嫌ではなかったけれど)、その時には、彼はもう自分の立場を隠さなかった。
帰りの道中に話してくれたことによれば、彼は厩舎の他の人たちには、自らの身分を口止めしていたらしい。ダンジァにバレないように。
そこまで念を入れて……と思うと、彼の拘りに少々戸惑ってしまうほどだった。
自分のなにが、そんなに彼の気を引いてしまったのだろう……?
(一番ではないのに)
東の厩舎。人の姿に戻ったダンジァは思う。少し離れたところでは、シィン王子が、サイ師に向けて、ダンジァを大会に出す話をしている。
大声でないのによく通る、聞きやすい声だ。
彼の声を聞いていると、蘇ってくる言葉がある。
『わたしは一番が好きだ。だからできるなら、一番の騏驥に騎乗したい』
実に王子らしい、彼の言葉。彼の望み。騎士が願うこととしては、ダンジァにも理解できることだ。
しかしまさかその望みが、自分を大会に出して一番にする、という方向に働くとは……。
思ってもいなかったことだ。
サイ師もきっとそうなのだろう。
シィン王子の話を聞きながら、複雑な表情を見せている。
(とはいえ王子の話は「話」であって「話」ではない。「命令」だ。つまり、一方通行の「通達」)
そうしているうちに話はついたようだ。
シィン王子は振り返ると、ダンジァに向けて微笑んで近づいてくる。
「師も快諾してくれた。大会についてのことはサイ師から聞くといい。今後の調教の予定については追って知らせよう」
「……は……」
しかし、出場に対してまだ前向きでないダンジァは、つい気のない返事になってしまう。それが気に障ったのだろうか。王子はピクンと眉を跳ね上げると、
「——ダン」
硬い声音で言った。
ダンジァは思わず息をつめる。
そんなダンジァを真っ直ぐに見つめてくると、王子は続けた。
「もう決まったことだ。わたしが決めたことだ。否は許さぬ」
反論を許さない強い声。
ダンジァが緊張を強くした次の瞬間、
「諦めよ」
かけられたその声は、しかしなぜか悪戯っぽく弾んでいて、だからダンジァはなんだか拍子抜けしてしまう。
戸惑い、目を丸くしてしまうと、王子はそんなダンジァにクスリと笑う。
そしてそのまま踵を返し、去っていった。
慌てて頭を下げるサイ師につれるようにしてダンジァも頭を下げる。
気配がなくなり足音が聞こえなくなり、ようやく顔を上げると、
「やれやれ」
と、傍から師の声がした。
サイ師は、手にしていた彼のトレードマークである帽子を被り直すと、「やれやれ」と再び繰り返す。が、そう言いながらダンジァを見る瞳は、どこか楽しそうだ。
その顔に、ダンジァは微かに首を傾げた。
「何か……お考えですか?」
そっと尋ねる。
だが実は、言いたいことは他にあった。
ダンジァにしては珍しく、少しばかり師を責めたい気分になっていたのだ。
シィンの正体について、師はとっくに知っていた。ダンジァが彼に出会ったその日に、口止めの指示が来たと言うのだから。
にもかかわらず、彼はダンジァには何も教えてくれなかった。
確かに王子からの命令とあれば従わないわけにはいかなかっただろうけれど……。
(それはあんまりではないですか……?)
騏驥は、生活のほとんどを調教師(と調教師の元で修行している厩務員)に委ねている。そういう意味では、騏驥と騎士の関係以上に繋がりが深いのだ。なのに……。
そう思うと、つい拗ねるような気分になってしまう。
と、師は苦笑し「まあこっちへ来い」と自身の部屋へと歩き始める。
調教師の自宅は大抵が厩舎の近くにあるのだが、調教師によってはその他に厩舎内の馬房の一つを自身の部屋にしている人もいる。そしてサイ師は、そうしている調教師の一人だった。
部屋に招かれ、まあ座れ、と言われるまま腰を下ろすと、師はのんびりと茶を淹れ始める。そして二つの茶杯を自分とダンジァの前に置くと、一口茶啜り、
「不満そうじゃな」
苦笑を見せながらそう言った。
「……」
ダンジァは返事ができない。
その通りだが、その通りだとわかってくれているならどうして……と思ってしまうためだ。
すると師は苦笑を微苦笑に変えた。
「まあ、とりあえずはそれを飲め。せっかく淹れたのだから一口ぐらいは飲んでもいいじゃろ」
「…………」
言われるまま、ダンジァは口をつける。
温かなそれを飲み、一息つくと気分はやや穏やかになる。が、まだすっかり晴れたわけじゃない。
そんなダンジァに師は続ける。
「お前が不愉快に思うのももっともだ。その点は謝ろう。ただまあ、命令とあればこちらは従わぬわけにはいかなかった……そのこともお前ならわかると思うが」
「…………」
その通りだ。
だが——。
だが、と思ってしまうからこんなにモヤモヤした気分になっている。気分が晴れずにいる。
ダンジァは手の中の茶杯を見つめたまま続きを待つ。師は続ける。
「そして、実はそれとは別に——というか、それにかこつけて、儂にも想いがあってな」
「?」
想い?
ダンジァが目を向けると、師は深く頷いた。
「殿下が身分を隠してまでお前と話したいと思っているならと思ったし、同時に、お前にもその方がいいのでは、と思ってな。『あの遠征』以来、お前は騎士と長く接することはなくなっていただろう?」
「……!」
「それは……あまり良くないことだと思っていてな。まあ、こちらから無理強いはできぬことだから黙って見守っておったが……。そろそろ頃合いかもしれぬ、とな」
「ですが……殿下は一番の騏驥をお望みです。自分は……」
「それじゃ」
と、師がピッとダンジァを指して言った。
「確かに、殿下は『一番良いもの』にこだわるお方。その噂は儂も聞いておる。ではあるが、それは裏を返せば『良いものを良い』と感じるお方ということじゃ。騏驥についてもな。ならば、そんな殿下がお前に興味を持ってくださったとなれば、それを拒む理由はないだろう」
「……」
「大会への出場もそうじゃ。儂は『騏驥は実戦あってこそ』と思っとるから、そうした競技会はあまり好きではないが……たまにはいいのではないかな」
そう言って見つめてくる視線は「お前にとっては」という気遣いが感じられるものだ。そんなふうに言われると、そんなふうに見つめられるとダンジァは何も言えなくなる。
自分は、まだそんなに師を不安にさせていたのだろうか。
心配させていたのだろうか……?
だとしたら……。
(だめだな……)
落ち込みかけたとき。
「そんな顔をするな、『そういう意味』ではない」
声と共に、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「何かの目標に向けて努力してみるのも良いのではないかと思ったのじゃよ。お前はそういうタイプかもしれぬ、とな。騏驥は一頭一頭違う。なら今回は今までとは違うやり方で成長を促してみようと——そう思ったまでだ。しかも殿下が乗ってくださると言うなら、これほど心強いことはない」
技術に優れた方であったろう?
尋ねられ、ダンジァは「はい」と即答した。
それは間違いない。乗られていて心地よかった。従っていて嬉しかった。
と、師は「うんうん」と頷いた。
「ならば良い。ダンジァ、そう難しく考えずに、殿下のお役に立つことで、殿下の力をお借りすることで前よりも良い騏驥になる——と、今回はそういう機会が巡ってきたのだと、そう考えればいいのじゃ。お前は考えすぎるところがあるからの、そのぐらい簡単に考えるようにしたほうがいい」
「簡単に、ですか」
「ん」
師は頷く。そしてにこにこ笑って「それにな」と小声で続けた。
「お前が本当に嫌がっているようなら、儂も断ろうかと思っておった。相手は殿下とはいえ、儂にはお前たち騏驥の方が大事じゃからな。だが……」
笑みが深まる。
「だが、お前が最初に殿下に会うた後か……。厩舎に戻ってきたお前の様子を見て『おっ』と思ってな。久しぶりに街に出たせいもあったのかもしれんが、色々と無茶をした後のわりに楽しそうにしておった。それで思ったのだ。殿下とは性が合うのかもしれん、とな」
「…………」
ダンジァは沈黙した。
黙って、過日のことを思い出そうとする。
突然街で出会って、声をかけられて乗られて……。
(……)
覚えている。細かいことまで。彼のことを。王子のことを。どんな服装だったか、どんな表情だったか、どんなふうに食べていたか、座っていたか、話しかけてきたか。
貴やかで、堂々として、それでいてどこか茶目っ気のようなものが感じられて……。
覚えて、いる。
楽しかったことも。
「……」
ダンジァが黙ったまま動かずにいると、師が新しい茶を淹れてくれる。それを、ゆっくりと飲んだ。
自分は一番ではない。
けれど彼が望んでくれているなら——自分自身、乗ってもらって嬉しいと思うような騎士から「共に」と望まれているなら、確かに断る理由はない。
引け目を感じて尻込みしたままでいるよりは、新たなことを試すチャンスかもしれない。師の言うように。
チラリと見ると、師は微笑んで頷く。
(これも経験、か)
そう考えると、いくらか気分が楽になる。
期待に応えられるかどうかはわからないが、悩むのはやってみてからでも遅くない。
(シィン殿下……)
そう、彼は自分に期待してくれた。
『わたしがそうしたいからだ』
『案ずるな』
『お前のここと同じ名前だ』
——覚えている。
あれもこれも、全て。
脳裏に蘇る声。指の感触。纏っているものだって。身を守るために帯びているものだって。
——すでに彼に包まれている。
そしてそれは。
噛み締めるたび、ダンジァは自分がいつになく心地よくなっていくのを感じていた。
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