まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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23 悶着

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(大変なことになってしまった…………)

 ダンジァは項垂れていた。
 木々が美しく生い茂る王城の中庭。その一角で、彼は警備の衛兵に遠巻きに囲まれ、監視された状態で、深く項垂れ頭を抱えていた。
 普段はのびのびとした肢体も、今は縮こまっている。壁を背にしてしゃがみ込み、長身を丸くして、眉を寄せて頭を抱えていた。

(こんなことになってしまうなんて……)

 チラリと見ただけでも、衛兵は五人、六人……もっといる。
 ダンジァの逃亡を防ごうとするかのように監視している者、同じように他の王の騏驥たちを取り囲んで話を聞いている者……。
 みな険しい表情だ。
 とてもではないが、穏便に済む事態ではなくなってしまった。

 ダンジァは頭を抱えたまま長くため息をつく。と、王の騏驥の一人、ダンジァを一番強く糾弾した青年と視線が絡む。彼もこちらを見ていたようだ。その視線は、先刻までと変わらずに鋭い。
 ダンジァは目を伏せその視線から逃れると、ふうっとため息をつく。
 手の中の壊れた腕章が胸を疼かせた。
 


 


 
 引き止められた——あの時。
 
 ずいと一歩踏み出し、きつい瞳でこちらを見つめ、心なしか顎をそびやかせるようにして立つその青年は、本当に美しかった。
 明るい茶の髪は金色といってもいいぐらいなほど艶々としているし、長い睫毛に縁取られた瞳も零れ落ちそうなほどに大きく、淡い茶色は透明度の高い貴石を思わせる色だ。馬の姿になってもさぞ美しいだろう。
 まさに「王の騏驥」——。王族が騎乗するに相応しい外見を持っている。

 だがその時、彼の顔は、険しく引き攣っていた。

 ダンジァは思い返す。
 やはり足を止めるべきではなかった——のだろうか。
 けれど今になって後悔しても後の祭りだ。

 
 彼は——その青年姿の騏驥は値踏みするようにダンジァを暫くジロジロと見つめると、やがて、ゆっくりと言ったのだ。

『帰る前に、取ったものを返してもらえませんか』

 口の端を上げて、そんな風に。
 透き通るような声は、女性のそれにも思えるものだ。
 ああ、そうか。とダンジァは思った。そういえば、王の騏驥の中には去勢している者もいるという話だ。気性を安定させ、体調を安定させ、長く王族に尽くすために。尽くさせ続けるために。

 が。
 そんなふうに声は美しくとも、一瞬、ダンジァは彼が何を言っているのか分からなかった。しかし直後、
 その瞬間、眉を寄せてしまったのは彼にも(彼らにも)見えただろう。
 それほどダンジァは戸惑ったのだ。
 あまりにも陳腐で愚かなやり方だったから。
 

 基本的には馬と違い、普段から群れることなく他人に構わず単独行動をしている騏驥だが(だからこんなふうに群れている「王の騏驥」たちはやはり少し異質なのだ)、それでも揉め事はある。
 彼らとダンジァのように、”王の騏驥たち対よそもの”というわかりやすい対立の構図ではなくとも、揉めることは稀にあるのだ。
 その理由として、単純かつ多いものは、鞍上の取り合い。
 本来なら騏驥は乗ってくれる人を選べないから、取り合いも何もないのだが、それが原因で揉めることが一番多いのが事実だ。
 それは、正規の騏驥となる前の育成時代から同じで、ダンジァも巻き込まれることがたびたびあった。ダンジァは褒められることの多い「良い騏驥」だったから、それまではよく他の騏驥の調教に乗っていたり、他の騏驥を可愛がっていた調教師や助手が、ダンジァに乗った途端に彼の方を贔屓にすることがよくあったのだ。
 その結果、不当に恨まれ妬まれることが度々あった。

 とはいえ、そうした騏驥同士が諍いを起こす兆候は周囲も気にしていたから、大抵の時は大ごとになる前に収まっていた。ダンジァが巻き込まれた時もだ。
 それに、皆、深刻な揉め事を起こすような騏驥がどういう末路を辿るのかはよくわかっていたから、余程でない限りはチクチクとした嫌味や目立たない嫌がらせ程度でことが済んでいたのだ。
(騏驥にとっては能力に劣ることよりも気性が悪いことの方が『駄目』だとされている。どれほど能力があっても騎士に乗ってもらわなければ意味がないため、騎士が嫌がるような気性の悪い騏驥は論外だとされているのだ。どうしても気性が悪いままの騏驥は育成段階で『処分』されていたし、でなければ能力をグンと落とす結果になっても構わないから、と薬や魔術を大量投入されていた。なので、最高の能力のまま、且つ、最悪の気性のままだったあの『緑の騏驥』は極めて稀なケースなのだった)

 そんなふうに、「ほどほど」にしておくことが、ある意味騏驥同士のルールだったし「賢いやり方」だった。
 
(にも拘らず彼らは……)

 これほど強引で無理矢理な手段を取ってまで自分を陥れたいと思うほど、それほど自分を目障りだと思っていると言うことだろうか。縄張りを荒らされた、と思っているのだろうか。そう思わせてしまったのだろうか。

 それとも、「王の騏驥」という選ばれた存在であるが故の傲慢からなのだろうか。狭い世界で暮らしているが故の無知からなのだろうか。
 
 いずれにせよ、こんなやり方でどうにかなると思っているなんてあまりに幼稚だ。


 ダンジァは困惑する。
 だがその戸惑いを、彼らはダンジァが気圧されているとでも受け取ったのだろうか。全員が揃いも揃ってますます威丈高な素振りを見せると、首謀らしき青年は傍に立つ別の青年に向けて顎をしゃくり、改めてダンジァを見て続ける。

『彼の髪飾りがなくなったんだ。今返してくれれば大ごとにはしないでおくよ』

 恩を着せるような言い方だったが、当然冤罪だ。
 だからダンジァは「そんなものは知らない」と突っぱねた(もう少し丁寧な言い方をしたが)。
 突っぱねて帰ろうとした。
 けれど彼らは引かず、挙句、

『取っていないならそれを証明しろ』
『取っていないか確かめるから着ているものを脱いでこちら寄越せ』

 などと言い始め、予想通りとはいえダンジァは心底うんざりしてしまったのだった。
 
 どうしてやってもいないことの証明のために、彼らの前で裸になる必要があるというのだ!?

『やましいことがなければできるだろう』というのが彼らの言い分らしいが、うかうかとそんな言葉に乗って言う通りにしたが最後、服に何を仕込まれるかわかったものではない。
 
 そもそも、取るも返すもなにも、人の姿の彼らに会ったのは今が初めてなのだ。
 髪飾りをしているかどうかすら知らなかったというのに……。

 しかし彼らはそれでも引かず、挙句、数を頼りにダンジァに掴みかかってきた。
 当初こそ、適当にいなしていたのだが……。

(…………ああ…………)

 思い出して、ダンジァは一層深く頭を抱える。大きなため息が溢れた。
 少々怪我をしたところで構わないと思っていた。背や腕や脚に彼らの拳が当たろうが脚が当たろうが平気だった。たかが知れた痛みだった。いや、痛いとすら思わなかった。鬱陶しいと思っただけで。

 けれど——。

 彼らのうちの一人。名前も知らない誰かの手が胸章に触れ、それを引き千切ろうとしたとき。
 自分は我を失ってしまった。
 彼だって、わざとではなかったかもしれない。もちろんわざとだったかもしれないけれど、揉み合う中での弾みだったかもしれないのだ。
 なのにそれに触れられた途端、頭の中が怒りで真っ白になってしまって……。
 考えるより先に、身体が動いてしまっていた。

「…………」

 ダンジァは唇を噛む。
 あんなに——あんなに、頭の芯から憤るような、「嫌だ」と思うような感覚はいつ以来だろう? もしかしたら初めてかもしれない。騏驥になる前もなってからも、あまり物事に執着しない質だったから。
 
 なのにあの時は嫌悪感と不快感で血が逆流するような気がして、気がつけばその青年の腕を掴み上げていた。
 
(大丈夫だろうか……)

 彼は。

 悲鳴を聞いて我に返って慌てて手を離したが、彼の腕は大丈夫だろうか。
 感触として捻り上げるようなことはしなかったつもりだが、わからない。力加減もはっきり覚えていない。咄嗟のことだったから、もしかしたら酷く強く掴んでしまったかもしれない。
 もし、今後の彼の騏驥としての活動に関わるような怪我を負わせてしまっていたら……。

 想像すると暗澹たる思いだ。
 
 悲鳴を聞いて駆けつけた衛兵は、王の騏驥たちとダンジァを速やかに引き離す一方で、腕の痛みを訴える騏驥をどこかへ連れて行った。
 おそらく城の医師のところだろう。
 何事もなければいいが……。

 ダンジァが祈るように思っていると、

「——!」

 衛兵から事情を聞かれていた王の騏驥の一人(一頭)が、こちらを指差しながら何事か言うのが聞こえた。
 騏驥は人の姿の時でも人よりも耳がいいから、聞こうと思えば聞けないこともないだろう。が、聞かないことにした。鋭い口調からして、大体何を言っているのか想像がついたからだ。
 残り三人も「そうだそうだ」と言うように頷いている。

 その光景にダンジァはげんなりしたが、ここで反論する気にはならなかった。

 こちらは一人。あちらは四人、だ。
 しかもこちらは外様。あちらは王城所属の王の騏驥たち。

 きっといいように捏造されたあれこれを話され、ありもしない動機を話され、火のないところに煙を立てられるだろう。
 言い返して信じてもらえるか、公正に判断してもらえるかどうかは……わからない。それに、経緯はどうあれ彼らの一人に怪我をさせてしまったかもしれないのは事実だ。

 結局引き千切られ、割れてしまった胸章を握ったまま、ダンジァがまた一つ、長くため息をつき頭を抱えた時だった。

 項垂れたままのダンジァの耳に、こちらへ近づいてくる早足の足音が届いた。
 次いで、そこここにいた衛兵たちが一斉にザッと道を開けた気配が届く。
 辺りの空気が変わる。


 ダンジァがふっと顔を上げると、そこには憮然とした表情のシィンが立っていた。
 
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