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62 彼の気持ちわたしの気持ち
しおりを挟む騎士学校では「騏驥の気持ちなど考える必要はない」と教えているようだし、シィン自身も騎士としての師から同じようなことを言われたことがある。
だが、実はシィンはそれに少し疑問を抱いているのだ。
確かに、過剰な思い入れは禁物だろうことはわかる。
騏驥は兵器。生き物であっても兵器なのだ。
騎士と騏驥の上下関係は絶対だし、いざとなれば、騎士は騏驥を見捨てることもある。そもそも、彼らを危険な戦いの中に駆り立てる立場なのだ。
思い入れが過ぎれば判断を誤る。
それは避けなければならないことだった。
だがそうであっても、相手のことを知ってこそ、より深い繋がりや強い信頼を得られることもあるだろうと思うのだ。
騎士としては、やはり騏驥の特性や性格をなるべく知っておきたい、と。
(要は「加減」の問題なのだろうが……)
確かに難しいところではある。
シィン自身、王族の一員として——それも範となるべき王太子として踏み越えてはならない線を踏み越えて一頭の騏驥を求めようとしているのだから。
シィンは先刻を思い出しながら目を閉じる。途端、瞼の裏にあの騏驥の姿が蘇った。
凛々しい姿だった。元々、見栄えのする、いわゆる「良い体躯」だが、本番が近づいているからか完璧に「出来上がった」体型で、それが程よく緊張していて……その精悍な佇まいはまさしく見惚れるような美丈夫ぶりだった。
顔を見に行ったけれど、会う前は、それなりにドキドキしていたのだ。
なにしろ、きちんと顔を合わせるのは彼が剣を返しにきた「あの時」以来。
抑えられない嫉妬心から彼を遠ざけて以来のことだったから。
昨日の前夜祭後に思いがけず声をかけられて元気な姿を——礼装姿を目にしたり、開会式でも落ち着いているその様子を目にしてはいたけれど、間近で会うのは数日ぶりで、だから何から話せば、と悩んでもいた。
どんな顔をすればいいのかもわからなかったし、会いたいけれど、会ってどうすれば……と内心困ったりもしていた。
けれど、彼の姿を見た瞬間——。
迷いも悩みもすべて吹き飛び、自然に身体が動いていた。
彼はわたしの騏驥であり——わたしは彼の騎士だと——。そう確信できた。
根拠も何もなく、けれど、ただただそうとしか思えなかった。
だからだろうか。
自分でも不思議なほどわだかまりなく彼と接することができて……。それは彼の方もそうだったと思う。
彼と「あの騎士」との関係についての疑念を、ツェンリェンが払ってくれたのも大きいのだろう。
(その点については、癪に触るがウェンライの言う通りだ。どうやら自分は思っていたより「やきもち焼き」らしい)
一緒にいられたのは僅かな時間だったけれど、深く濃いひとときだったと思う。
切れかけた絆を再び強く結び直せたような——確かめられたような、そんな感覚だった。
そして——あの言葉。
『……自分も……です』
『自分も……本当は——シィン様と……もっと……』
あの言葉を、あの声を思い出すと、それだけで全身が幸福感に震えるようだ。
シィンは我知らず、ぎゅっと拳を握りしめる。
忠実な騏驥だということは知っていた。
聡明で忠実で優秀な騏驥。その一方謙虚が過ぎて焦れったくなるような、そんな騏驥なのだと。考えはあっても、思っていることはあっても、そうした自分の意見はこちらが求めるまで口にしないと思っていた。
そういう控えめな騏驥なのだと。
(だから剣の返上を口にしたときには驚いたしなおさら憤ってしまったのだ。よりによって自分の意見を言うのが「それ」なのか、と)
なのに。
なのにさっき、彼は。
「…………」
シィンは、こみあげてきた想いを逃すように、静かに息をつく。
彼自ら発した言葉。
それはまるで、別の意味を含んでいるかのようだった。
『わたしは、もっとお前といたい』
——彼にそう告げた自分が、そうだったように。
自分がそんな——邪な、後ろめたいような規則を破るような想いを密かに抱いているからだろうか。そんな想いを込めて口にしてしまったからだろうか。
それに対する彼の答えも、まるで自分に応えてくれたかのように思えてしまって……。
たまらなく、無性に嬉しかったのだ。
彼はただ、あの時だけのことを言っていたに過ぎないとしても。
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