まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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79 暗転(2)

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「シィン様!! シィン様!」

 力なくぐったりとした身体を抱きかかえたまま、ダンジァは必死にシィンの名前を呼び続けた。
 すぐ側でこんなに大きな声で叫ぶことが正しいのかなどわからない。けれどそうせずにいられなかったのだ。

 医師や薬師はまだ来ないのか!?
 さっきまでここにいたツェンリェンは!?
 誰か——誰でもいい。彼を助けてくれる人は……。


 誰か、早く——。

 祈るように思いながら、ダンジァはシィンの青白く変わっていく貌を見つめる。
 色のないそこは口元から首にかけてだけが生々しく赤く、噎せ返るほどに濃い血の香りにゾッとする。

「シィン様……っ——」

 だがそうして幾度呼び続けても、彼の意識ははっきりと戻ってこない。それどころかみるみる薄らいでいくことがわかる。

(どうして——)

 いったい何が起こっているのか。
 何があったのか。

 ダンジァはシィンの名を呼びながら、今までのことを必死で思い返す。


 彼に呼ばれて、もう逃げることもできず言われるまま側に行って。隣に座れと言われ断りきれずに腰を下ろした。
 
 いつもなら、彼の側にいられることが嬉しかった。嬉しくないわけがなかった。
 いつでも側にいたいと思った人だ。今でも、いつでもそう思う人だ。
 近づけるものなら指一本分でも側に寄りたい、より近くに、より近くに、と。
 だからさっきだって、隣に座れて嬉しかった。
 けれどそれと同じぐらい、苦しくて堪らなかった。
 顔を見られれば、自分の抱く汚らしい感情がバレてしまうのではないかと思って。近づけば近づいた分だけ、自分の気配から邪さを悟られてしまうのではないかと不安になって。

 だから、何を言われても気が気ではなかった。
 自分の返事はおかしくないか、自分の表情は変ではないか。そんなことばかりが気になってしまって。

 シィンからの褒め言葉も、とても嬉しかったのにそれを素直に嬉しがる余裕などなかった。
 お礼を言いたかったのに、口を開くと余計なことを言ってしまいそうで、結局言えず仕舞いで……。

「…………」

 ダンジァは腕の中のシィンを見つめる。
 息が荒い。顔色はますます青くなっていく。その生気のなさにダンジァの胸も苦しくなる。集まってきた野次馬たちがいなければ、そのままきつく抱きしめていただろう。

 だってまだ、何も言っていない。
 何も伝えていない。
 予選のお礼も、この後も頑張りますということも、そして——。

 ずっと側にいたいのだということも。

 それはきっと口にすべきではない想いだ。言ってはいけないことだ。
 でも。

 でも——。

 思い返すと、後悔に胸が軋む。
 会いたいと思っていた。会えば言いたいことはたくさんあった。そのはずなのに、自分が口にしたことといえば、酷い言葉だけだったのだ。
「聞きたくない」と怒鳴るように言ったあの言葉。
 あれが、シィンに伝えた最後の言葉になるなんて絶対に——絶対に嫌なのに。

「シィン様……っ」

 ダンジァは呼びかけ続ける。息はしている。乱れているが。けれど目は開かない。


 シィンに呼ばれて隣に座ってずっと緊張したままで。
 本心がばれないように、嫉妬の心を知られないようにずっとギクシャクと応対していて。
 それでもなんとか落ち着いて、そうなると今度は彼の様子が気になった。
 気づけば彼は、眉を寄せて、難しそうな、何か考えているような悩んでいるような顔をしていて。

『……どうなさいましたか』

 だから、なんとかそっと尋ねてみたのだ。
 せっかくここに来てくれた彼の、何か役に立てればと思って。次の本選のことを考えているのだろうかと気になったせいもある。
 けれど……。

『話しておくことがある』
『さっきここにいた者のことだ。ツェンリェンと一緒にいた……』

 けれど彼は、”あの女性”のことを口にして……。話そうとして……。
 だから堪らず、彼の声を遮ってしまった。
 
 無礼なことだとは分かっていたけれど、今ここで聞くのは耐えられなかったのだ。
 レースの後で。そしてレースの前で。
 胸に秘めた想いは口に出せないままだとしても、その代わりにせめて彼のために優勝をと思って駆けてきたのに。
 なのによりによって今ここでその話はしないでほしい、と。
 あんなに思い詰めた顔を見せていた後に口にする話など、怖くて聞きたくなくて。

(でも……)

 最後に話した言葉が、”あれ”になってしまうなんて。
 そして最後に見たシィンの表情が、あんな……。
 後悔に、ダンジァが唇を噛み締めた、そのときだった。

「あそこです!!」

 声がしたかと思うと、バタバタバタバタ……と、大勢の人が部屋に雪崩込んで来るような足音が響く。
 その、あまりに多く大きい足音に驚きつつも、やっと医師が、と安堵しつつダンジァはシィンを抱えて振り返る。

 だが。

「————」

 目に映ったのは、自分に向けられた数多の剣先。
 鋭く光るその切先に、ダンジァは息を呑んだ。
 
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