まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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 そんな風にしてしばらく歩いていると、進むほどに道は荒れ、石畳はやがて硬い土になり、さらにはより狭くなり、草が混じるようになる。
 とはいえ、全くの未開の地ではないようだ。
 辺鄙な場所とはいえ城内なのだから当然といえば当然なのだが、時折、人工物が——以前はその本来の役割を果たしていたと思しき、崩れ落ちた柵のようなものや建物の残骸のようなものが見え隠れする。

 ここは一体どこなのだろう、と思っていると、

「昔の調教場の一つだよ」

 前を歩いていたシュウインが、振り向かずに言った。

「と言っても、今の整備された調教場と違って、どちらかと言えば野原に近いかな。なるべく自然に近い、起伏のある場所で調教しようっていう考えで、しばらく使われてたところらしいよ」

「……」

「城内には、こういう場所がたくさんある。過去の遺物というか……捨て置かれたような場所が」

「……詳しいんですね」

 ダンジァが言うと、シュウインの潜めたような笑い声が届く。彼は続けた。

「折を見て許可をもらって……あちこち歩き回ったからね……。そんな風に、役に立たないことをして過ごすしか、時間の潰しようがないんだよ。……王の騏驥は」

「…………」

「仲間の面子も代わり映えがしないし、遠征に出ることもない……。来る日もくる日もずっとずっと、陛下や殿下のためだけにこの城の中で過ごすしかないんだ……」

 相変わらず振り向かないまま、シュウインは静かに話す。直後、

「ここだよ」

 彼は、ふ、と足を止めた。目の前には、やはり朽ちかけた小屋のようなものがあった。

「昔の洗い場だよ。調教後にここで汗を流して、馬房まで戻ってたんだろうね」

 今はそう言われなければわからないほど崩れ、無秩序に伸びた草木に侵食された小屋に近づきながら、シュウインはしみじみとした口調でいう。
 ダンジァも後に続いた。
 万が一を考えて、腰の剣を確かめた。——ある。大丈夫だ。

 シュウインに視線で促され、ダンジァは彼を交わすようにして一歩大きく足を進める。先に立って数歩行くと、まるで隠れるように、今にも崩れそうな壁に寄りかかるようにして、見覚えのある服がこちらに背を向けて立っているのが見えた。
 
「…………」

 だが、待ってもその背は振り返らない。
 足音が聞こえていないわけではないだろうに……。

「……っ」

 ダンジァは呼びかけようとして、彼の名前を知らないことに気づく。
 仕方なく、さらに近付いたそのとき。

「!?」

 その身体が、ぐらりと傾ぐ。
 ダンジァは咄嗟に腕を差し出し、抱き留める。
 だが直後、その身体の冷たさと硬さに全身が総毛立った。

「——」

 驚愕の声が喉奥に詰まる。

 生きていない。
 おそらく。
 腕に触れる彼の首の「輪」が、一際冷たい。
 
「ど……」

 どういうことですか、と振り返ってシュウインに尋ねようとしたのとほぼ同時——。

「っ——!?」

 目の前を光と風が過り、騏驥を抱いたまま、慌てて飛び退った。
 斬りつけられた、と気付いたのはそれと同時だ。
 両腕に騏驥を抱えたままのせいでバランスを崩し、地面に片膝をついたダンジァの目に、刃物を手にしたシュウインがゆっくりと近づいてくるのが見える。

 剣は携えていなかったはずだ。ならばその代わりになるようなものか、もしくは短剣や短刀を隠し持っていたか……。
 音もなく近づいてくるシュウインから目を離さないまま考えていると、次の瞬間、突き出された刃が跳ねるように斬りかかってくる。

「ッ!!」

 ダンジァは辛うじてそれを交わすと、もう動かなくなっている騏驥の身体を素早く抱え直した。これを抱えたままでは話にならない。だが放り出すことも気が引けた。
 やむを得ず、その身体を腕に抱いたまま無理矢理のように大きく跳び、シュウインから距離とる。
 ダンジァは彼を睨み牽制しつつ、腕の中の騏驥をなるべく綺麗な地面にそっと横たわらせた。
 心臓が、聞いたことがないほど速く大きく鳴っていた。

 明らかに命を狙われているせいだ。そして、遺体を抱えたせいだ。
 もう動かなくなっている騏驥。目にすることさえ初めてだった。
 そのひんやりとした肌の感触と、不自然に硬く重い四肢、体躯。
 もう離したというのに、まだその感触と重みが腕に残っている。

 ダンジァは強張っている手を無理矢理のように動かすと、シュウインを見つめたまま立ち上がり、佩いている剣を抜く。

 間合いを詰めてきていた彼が、微かに口の端を上げた。

「これは、ずいぶん分が悪い」

 言葉とチグハグな、楽しげな声音だ。その歪さに、ダンジァはいつにない恐怖を覚えた。

 可能性として、こうなることを考えなかったわけじゃない。
 彼が騙すようにしてダンジァをここへ誘った時から、それまでの彼への信頼は不審に変わり始めていたから。
 
 だが、考えすぎだろう、とも思っていたのだ。
 あの、もう死んでいる騏驥に狙われることはあるとしても(なにしろ、毒を盛った動機はダンジァへの恨みに他ならないだろうから、謝ると呼び出して襲ってくるかもしれないという警戒はしていたのだ)、シュウインがそんなことはしないだろうと思っていた。

 彼はダンジァが剣を帯びている事を知っているし、警戒し始めていることも伝わっているだろう。
 それにユェンには、二人が一緒に医館を目指すはずだということを知られているのだ。そんな状況で狙ってくるとは思えなかった。
 恨まれるほどの接点もなかったはずだ。わざわざ争う理由はないはずだ——と。

 なのに。
 
 なのにシュウインは、手にしている短剣を下ろす素振りも見せず、ダンジァに対峙したままだ。
 それどころか、明らかな害意が感じられる。
  
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