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107 友の/調教師の——吐露
しおりを挟む不満と恨み。
シィンが息を呑むと、ツォが自嘲するように片頬を歪める。
普段は温厚な彼には似合わない貌だ。
そして彼は押し寄せてきた何かに耐えるように、ひととき目を閉じると、再びシィンを見つめて続けた。
「だってそうではありませんか? あんなことがなければ、わたしもまた騎士になれていたはずなのです。なっておりました。おりましたとも。 そうでしょう? わたしは殿下よりも誰よりも馬に乗るのが上手かった。生まれながらの騎士であるあなたより、ずっとずっと上手かったのです。なのに……っ……」
ツォは唇を噛む。
掴まれている首にグッと力が込められ、シィンは苦しさに顔を歪める。
視界が霞む。耳鳴りがする。そんなシィンに、ツォは続ける。
「『魔術に対しての不適体質は治らない』——。それを聞いたときのわたしの絶望がわかりますか、殿下。誰よりも上手く馬に乗れていたにもかかわらず、騏驥には乗れない——。わたしは体質などという曖昧な、自分のせいではないことで、目指す未来を諦めなければならなかった。おそらく『輪』との相性が悪いのだろうと——医師はそう言っていましたが、原因がわかったところで、なんになると言うのか……。わたしが騏驥に乗れないことには変わりない……。手綱に触れられず鞭を持つこともできない騎士など論外なのですから」
シィンは生まれた時からの騎士であったけれども、それでも騏驥に乗るために、まずは馬に乗ることを学んだ。
騎士学校に行くのではなく、王城内で、王室専属の騎乗指南役たちの指導のもとに、乳兄弟であるウェンライや、祖父の近臣の息子であり、それゆえ子供の頃から顔見知りで剣術の兄弟子でもあったツェンリェン、そして調教師の父親に付いて城にやってきていたツォらと共に。
城内の馬たちは皆躾が良く、まだ子供と言っていいシィンたちにも乗りやすい、いい馬たちばかりだったけれど、その中でもツォはとりわけ騎乗が巧みだった。
覚えの早さと運動神経の良さに加え、まるで馬たちの気持ちを理解しているかのように自由に乗りこなしていた。
物心ついた時から「自分はなんでもうまくできる」と少々自惚れていたシィンでさえ、ツォはすごいなと思うほどに。
だから。
騎乗するのが馬から騏驥に変わっても、ツォはそのまま上手いままだろうと思っていた。剣を振るうことこそあまり得意ではないようだったから、前線に出て手柄を立ててガツガツと出世していくタイプにはならないだろうが、立派な騎士になるだろう、と。
だが——。
(それは叶わなかった……)
そう。
初めて騏驥に乗ることになったあの時は、皆、期待でいっぱいだった。
待ちきれなくて、ドキドキして何日も前から眠れなかった。
他の——騎士学校に行っている生徒たちよりも早く、若い歳で騏驥に乗ることを許された優越感。そして何より、この成望国の繁栄の証である雄々しく美しい生き物に跨がれる喜び。
だがその期待を、ツォだけが叶えることはできなかった。
彼だけが。
その日も、その次の機会も、そしてまた次の機会も——。
シィンはその事実を思い出し、自分のことのように胸の痛みを覚える。
確かにあのときツォはひどく落ち込んでいた。それはシィンも覚えているほどだ。
なんとかならないだろうかと、医師を紹介したのもシィンだった。
しかし結果は、ツォも言っていたように「治らない」というもので……。
けれど……。
けれどそれでも、彼は前向きな道を選んだのではなかったか。
『わたしは調教師になろうと思います』
彼は自らそう口にしたのに。
それは心を偽ってのことだった……ということなのだろうか……。
過去の一つ一つを思い返しては、シィンは混乱と狼狽に翻弄される。
そんなシィンの首にかけられている手に、指に、じわじわ力が込められる。
まるで吊るすようにして掴まれ、苦しさに涙が滲む。
揺らぐ視界の向こうで、
「それでも……」
独白のように、ツォがぽつりと呟いた。
「それでも、時間が経つうちに、自分の気持ちになんとか折り合いをつけようと努力したのですよ。どう足掻いても騎士になれないなら、せめて今までの経験を活かせることをしよう。調教師になろう、と。乗らなくても調教の指示はできる。ならば調教師として名を成そう。第一人者になってやろう、と。騎士になりたかった想いは吹っ切るように努力して——」
自分に言い聞かせるように、ツォは言う。
きっと今までも、何度もそうして胸の中で繰り返していたのだろう。
声は続く。
「わたしは仕事に勤しみました。殿下にも申し上げましたよね。いつか殿下のために騏驥を——と。殿下のために一番の騏驥を育てようと思っておりました。そうすればわたしにも生きてきた意味がある、と。『調教師は”騎士になれなかったために選んだ代わりの仕事”じゃない。天職だ』と思おうとしていたのです。思いたかったのです。騎士にはなれなくても、騎士の名声を超えるような調教師になればいい——父を超えるような結果を残せばいい——そうすればわたしが騎士になれなかったことにも意味があったことになるのだから……と……。…………それなのに——」
ツォの声が低くひび割れる。
指に一層力がこもる。
苦しさに崩れるシィンの身体にのし掛かるようにして、ツォはじわじわと手に力を込めながら続ける。
「なのにあなたは……あなたはわたし以外のところから騏驥を求めた……!」
「…………」
「王の騏驥以外から。ならばわたしがいる意味は? 今までのわたしはいったいなんだったのですか!」
「ツ、ォ……」
「殿下。一度の絶望には耐えられても、二度目は無理です。わたしの欲しかったものを生まれながらに持つあなたを、今まではなんとか恨まないようにしていました。でも——」
「っ……」
「でももう無理です。騎士になれず調教師としての仕事も意味を無くし……わたしにはもう何もない。……わたしをこんなに惨めにさせる——あなたへの恨みしか」
鼻先の触れる距離で、ツォは呪うように言葉を紡ぐ。
ギリギリと指に力を込められ、シィンは苦しさに眉を寄せた。
もがくように幾度も喘ぐが、息ができない。胸が苦しい。胸が痛い。抵抗しようにも、まだ残る毒の影響のせいだろう、身体に力が入らない。腕を上げることすらままならない。
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