133 / 157
【番外】離宮へ(3)
しおりを挟む◇
数日後、シィンは腹心であるウェンライに留守を任せ、予定通り、ダンジァとごく数名の供の者たちと離宮へ赴いた。
王都の南端に位置するそこは王妃である母と弟の住まいで、周囲を緑に囲まれている。
常駐している騏驥は二騎。加えて魔術師もいる上、結界が二重に張られており、離宮とはいえ強固な警護体制となっている。
——王妃の依頼によって。
仕えている者たちも主に王妃の意向で選ばれた者たちで、だからシィンにとっては、いつも少し緊張する場所だ。
王太子という立場上、殆どどんな場所にも平気で立ち入れるが、離宮だけは『塔』並みに身構えてしまう。
(二晩……か……)
馬車に揺られて向かいながら、シィンはこれから過ごす三日間のことを考える。
いつもは日帰りだったから、今回ダンジァを連れていてもせいぜい一泊だろうと思っていたのに、ルゥイのたっての希望によって、二泊することになってしまった。
政務が忙しいと言えば短縮できただろうが、そんな風に自分との時間を待ち侘びてくれているルゥイは可愛い。
それを思うと、嘘をついて早く切り上げることはしたくなかった。
しかし……。
(母上は……母上もそれでいいと思ってくださっているのか……)
想像すると、ますます緊張してしまう。
ふう、とつい溜息をついてしまうと、
「シィンさま、少し外をご覧になっては? この辺りは近郊から運ばれた作物の市が立っているようです。賑やかですよ」
外から声がかけられた。
ダンジァだ。
彼は今、人の姿でシィンの馬車の隣を歩いている。「輪」がなければシィンの従者のようにも見えたかもしれない。けれど彼は人ではなく騏驥。つまり、人よりも耳がいい。きっと、シィンの溜息を聞いて——気にして、気分転換を提案してくれたのだろう。
シィンはそんな彼の心遣いを嬉しく思いながら、そっと馬車の物見窓を開けた。
ごくごく私的な外出だから、馬車はお忍び用の地味なものだし大きさもさほどではない。供の人員も少ないから、周囲からはシィンが乗っているとは気付かれていないようだ。
街の人々は皆、それなりに礼儀正しく馬車を避けてくれるが、それ以外では普段通りの生活をしているように見受けられる。
荷台を曳いて行き来している者たちもいれば、籠いっぱいに葉野菜を抱えている女性たちもいる。言葉の感じも様々なら、服装も様々だ。ダンジァが言っていたように、王都に暮らす者たちと近郊からやって来た者たちとが入り混じっているのだろう。
それは、買い物のために訪れていると思しき者たちも同様で、大きな道沿いだけでなく細い路地の方まで人混みが続き、賑わっている。
シィンの記憶では、この辺りの市はどちらかといえば地元の者たちによる地元の者たちのための小規模な市場だったはずだが、いつの間にかそうではなくなっていたようだ。
「……活気があるな」
あちこちから聞こえてくる売り物の宣伝の声や、値段交渉の声に、シィンもついわくわくと身を乗り出してしまう。
ついさっきまで感じていた緊張も忘れ、窓から見える市場のあちらこちらに目を向けていると、すぐ側から見守ってくれているダンジァと目が合った。
いつもと変わらない、優しい瞳だ。優しく、そして強い瞳。
この眼差しの先に自分がいると思えば、どんな不安も緊張もなくなる気がする。
護られていると——そう感じるから。
シィンは「大丈夫だ」というように微笑むと、「お前は疲れていないか」とダンジァに尋ねた。
「一緒に行ってほしい」と頼んでおきながら、騏驥の姿では目立ってしまうために人の姿をとらせているうえ、離宮へ向かう馬車にはさすがに騏驥を同乗させられないということで、徒歩で同行させる形になってしまっている。
申し訳ないような思いを感じながらシィンが言うと、ダンジァは晴れやかな貌で「平気です」と応じた。
「こうして街を歩くのは久しぶりですから……とても楽しいです」
そしてそう続ける声の軽やかさに、シィンはほっとしながら「そうか」と頷いた。
賢く騎士思いのダンジァのことだから、もしかしたらシィンが気に病まないようにとわざと明るく言っているのかもしれないけれど、街を歩くのが楽しい、というのはどんな騏驥にも共通することだろう。
彼らは騎士や調教師に連れられる場合や特別の許可がなければ、厩舎地区から出ることが出来ない。加えてダンジァはシィンの騏驥として入城したから、厩舎地区どころか普段は城からも出られない生活だ。
もしかしたら彼に嫌な思いをさせることになってしまうかもしれないこの外出だが、それでも、少しだけでも彼が嬉しいと思ってくれる瞬間があったならシィンも救われるというものだ。
(なるべく、彼に嫌な思いをさせることのないようにしたいが……)
それでも、行ってみなければわからない。
ならば、今ここで思い悩むのはもう止めにしなければ。
(ここまで来たら、あとはもうルゥイのために過ごすとしよう)
母のことは気になるが、今回の訪問の一番の目的は、弟のため。彼の誕生日のためなのだから。
シィンは再び居ずまいを正すと、馬車の揺れに身を任せた。
1
あなたにおすすめの小説
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
異世界の遊郭に拾われたオメガは、ただ一人に愛される
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
オメガであることでさんざんな目に遭ってきたオメガちゃん。
オメガである自分が大嫌い!
ある日事故に遭い、目が覚めたらそこは異世界。
何故か遊郭に拾われますが、そこはオメガだけが働くお店で戸惑う
ことばかり。
しかも、お客であるアルファ氏には毎日からかわれて?
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ちびドラゴンは王子様に恋をする
カム
BL
異世界でチート能力が欲しい。ついでに恋人も。そんなお願いをしたら、ドラゴンに生まれ変わりました。
卵から孵してくれた王子様に恋をして、いろいろ頑張るちびドラゴンの話。(途中から人型になります)
心優しい第三王子×時々チートな働き者のドラゴン
表紙イラストはしけつ(ck2)さまにいただきました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる