まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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【番外】離宮へ(5)

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 シィンはじっと弟を見つめ返すと、ややあって、

「……少しだけだぞ」

 微笑んでそう告げる。
 さらに笑みを深めて「特別だ」と、言い添えると、途端、ルゥイはぱっと笑顔になり、「はい!」と歯切れのいい返事をして、いそいそとダンジァに向き直る。

 ダンジァが戸惑うような顔でシィンを見た。
 おそらく、目が見えないルゥイを相手に、どうしていればいいのか惑ったのだろう。だが、ルゥイは物の影ぐらいならわかる。
 だからシィンはダンジァに、”動かずにいればいい”と視線で伝える。すると、それを正しく理解した彼は、頷き、片膝をついたまま動きを止めた。

 ルゥイはそんなダンジァのすぐ側まで近づくと、そっと——静かにその肩に触れる。
 撫でるように、軽く叩くようにして触れると、そのまま左の二の腕の辺りを二度三度と撫で上げ、撫で下ろすようにした。

「……ああ……やはり素晴らしい騏驥ですね、兄上。こんなにしっかりと筋肉がついているのに硬すぎずしなやかで……」

 うん、うんと頷きながら、感想を口にする。

「離宮にいる騏驥たちも良い騏驥だと思いますが、さすがは特別な『赤』なのだなと感じます。馬の姿の時も、きっと立派なのでしょうね」

 言いながら、再びうんうんと一人頷くような仕草を見せると、触れた時同様に静かにダンジァから手を放す。

「——ありがとうございました、兄上」

 そして、緊張から解かれたようにふうっと息をつくと、シィンに礼を言い、次いでダンジァにも「ありがとう」というように目を向ける。
 他人の騏驥に触れるときのやりとりとしては過不足のないものだが、シィンは些か驚きの目でルゥイを見つめた。
 まさか彼がこんなに触れることができると思わなかった。
 それに——。

(『離宮にいる騏驥たちも』……?)

 さっきのルゥイの言葉だ。
 彼はこの離宮に配備されている二騎の騏驥たちと親交があるというのだろうか。
 王妃は——母はそれを嫌っているだろうに?

 それとも、ただ比較して口にしただけで、深い意味はないのだろうか……。

 考えていると、

「兄上? どうなさったのですか??」

 不思議そうな声がして、くいくい、と袖を引かれた。
 いつものルゥイだ。子供っぽい、可愛い弟。
 シィンは苦笑すると、「さっきのお前の言葉だが——」とルゥイに尋ねかける。
 が、そのとき。

「——ルゥイ。ここにいたのですか」

 女性にしてはやや低めの落ち着いた——しかしそれでいて隠せない華やかさを含んだ声が届いた。

「母上!」

 ルゥイが振り返って声を上げる。
 シィンも声のした方へ目を向けると、屋敷の方から淡い桃色の衣を纏ったすらりとした一人の女性が、数人の侍女を連れてこちらへやって来るのが見える。
 この離宮の主であり、この国の王妃。
 ——母だった。

 王妃はゆっくりとした足取りで近づいてくると、護るようにそっとルゥイの肩に手を置いた。長く白い指に雫のような指輪が映える。簪が揺れ、衣が揺れ、花の香りが控えめに薫った。

「ご無沙汰致しております、母上」

 シィンが挨拶すると、王妃はちらりと目を向け、黙ったまま微かに頷く。
 相変わらずの素っ気のなさだ。
 シィンは胸の中に冷たい風が吹き込むのを感じたが、気のせいだと自分に言い聞かせる。
 そんなシィンの目の前で王妃はルゥイに目を戻すと、

「急にいなくなるから驚きました」

 嗜めるような心配しているような声音で言う。
 ルゥイは気まずそうな顔を見せると、

「その……兄上の到着が待ちきれなかったのです」

 モゴモゴと言う。
 王妃は小さく苦笑した。

「気持ちはわかるけれど、気をつけなくては。今回は今までとは少し違うのですから」

 そしてちらりと、膝をついたままのダンジァに視線を流す。
 
「……その騏驥が……例の……?」

「はい。ダンジァです」

 シィンは応えると、ダンジァに挨拶させようとする。しかしその直前、

「——不要です」

 さらりと——しかしはっきりとそれを拒まれる。
 息を呑むシィンに、王妃はふっと微笑んだ。

「あなたの騏驥なのですから、わたしに挨拶など不要です。——立たせてやりなさい」

「は……はい……」

 促され、シィンはダンジァに立つように命じる。

(母上は間違ったことは言っていない……)

 胸の中で繰り返すが、そのたびそこはぎゅっと引き絞られるように痛くなる。

 ダンジァは、片膝を着いた時同様になめらかな動きで立ち上がると、さっと脇に控える。王妃が目を細めた。

「優秀ね。五変騎の一頭だとか」

「はい」

「めでたいこと」

 笑顔でそう言うと、王妃は再びダンジァを一瞥し——ふっと目を伏せる。
 直前の表情から一変したような暗い横顔。小さな溜息が聞こえたような気がしたのは……。

(きっと聞き間違えだ)

 しかし——そう思ってもシィンは知らず知らずのうちにぎゅっと拳を握り締めると、

「——ダンジァ」

 小声で、自身の騏驥を呼んだ。
 努めて明るい貌で、離宮の敷地をぐるりと見回すようにして続ける。

「この離宮にも騏驥がいる。警護のための二騎だ。騏驥同士、互いの経験や知識など話し合うのも楽しいかもしれぬ。会ってみてはどうだ?」

 突き放すような言い方になっていなければいい、と心から願いながらシィンは言う。
 離れたいわけじゃない。離したいわけじゃない。けれどここでこれ以上彼に嫌な思いをさせるなら、いっそ一旦別々に行動したほうがいいかもしれないと思ったのだ。
 この分では、おそらく母はダンジァを屋敷の中に入れようとはしないだろう。

 するとダンジァは「そうですね」と穏やかに頷いた。

「お気遣いありがとうございます。自分もどんな方々がいらっしゃるのかと気になっていたところでした。厩舎はどちらに?」

 シィンはダンジァのそんな言葉を受け、

「母上、その者たちの誰かに案内を頼んでも?」

 母の背後に控えている侍女たちを視線で指して言う。
 と、

「ええ。構いませんよ」

 王妃は軽く手を動かし一人の侍女を傍らに呼び寄せたかと思うと「案内するように」と短く告げた。
 ほどなく、ダンジァは「では」と挨拶を残して侍女に付いてその場から離れる。

 シィンははーっと息をつきたいところを何とか我慢した。
 
 母の言うことは間違っていない。
 そして騏驥の好き嫌いは誰にでもあるものだ。
 なのにどうして、来るたびにこんなに胸がキリキリするのだろう。緊張して——張り詰めて……心から寛ぐことができないのだろう。
 大切な——そしてシィンのことを大切にしてくれているに違いない母の側にいるのに。
 
 
 俯いてしまうと、

「……兄上」

 傍らから、小さな声がした。
 母の側にいたはずのルゥイが、今はシィンの側にいた。彼はおずおずとシィンの手を取ると、

「兄上、行きましょう。お部屋へご案内します」

 シィンを見上げて、言った。

「兄上と二晩も一緒にいられるなんて、ものすごく楽しみです」

「ルゥイ……」

「それに、騏驥を連れてきてくださってありがとう。僕はダンジァと会えて……ちゃんと会えてすごく嬉しかったです」

「…………」

 ルゥイのこの言葉を、少し離れたところにいる母が聞いているかはわからない。どう思っているかもわからない。
 けれど……。

「……うん」

 シィンは、朗らかな笑顔を向けてくる弟に、微笑みながら深く頷いた。
 今の言葉だけで、確かに一つ報われた。

 そして、せめて今は——彼といるときは暗く難しい顔をして考え事をすべきではないだろう。

(ルゥイのために来たのだから)

 シィンは胸の中で呟くと、掴まれている手を握り返し「では案内してくれ」と軽口めかして頼む。
 と、ルゥイは「はい!」と元気よく返事をするや否や、佇む母のことは気にせずその傍らを、シィンの手を引いて歩き始める。

 ルゥイとともに屋敷へ向かいながら、シィンは自身の手を掴む小さな——けれどとても温かな手の心地よさを噛み締めるとともに、一人にしてしまった騏驥を想い、微かに唇を噛んだ。
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