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【番外】離宮へ(17)
しおりを挟む「初めて聞く話で驚くばかりだが……よく教えてくれた。離宮の騏驥たちが不安に思うのも理解できるし、わたしからそれとなくルゥイに尋ねてみよう。まったく……あいつときたら、ちっともおとなしくしておらぬ。昔からそうなのだ。困ったものだ」
自由すぎる可愛い弟を思いながらシィンがぼやくように言うと、ダンジァは小さく笑う。
「どうした。何がおかしい」
「いえ……。やはり仲のいいご兄弟だ、と。シィンさまは良い兄上ですね」
「! 」
思いがけない褒め言葉に、シィンは頬が熱くなるのを感じる。誤魔化すように言葉を継いだ。
「……と——ともかく、そうなるとますますお前の力を借りることになるかもしれぬな。明日は……よろしく頼む」
「畏まりました。すべて、シィンさまの良きように」
「うん……。ではそろそろ戻るとするか」
シィンは言うと、ダンジァの手を借りて立ち上がる。
「遠いので」と、ダンジァは再びシィンを抱えてくれたが、戻る歩みは来た時よりもゆっくりだ。そして彼の腕に抱かれているシィンも、「どこかへ連れて行ってほしい」と頼んだ時に比べれば、遥かに穏やかな気持ちになっていた。
——落ち着いた。
醜態を見せてしまったけれど、ダンジァに会えてよかった。彼と話せてよかった。
あのままだったなら、きっと間違った選択をしていただろう。
あたりは相変わらず真っ暗だ。けれど夜目の効くダンジァに抱かれていると、不安は全くない。
部屋のある建物までは少し長い散歩になるが、それも嬉しい。
夜の空気。草の香り。恋人の息遣い。温もり……。
ダンジァはチラリとダンジァを見上げる。
男らしい顎のライン。そして——唇。
目に入った途端にわかに衝動が沸き起こり、シィンは湧いてきた生唾を飲み込んだ。微かにみじろぐ。考えてみれば、こんなに触れ合っているのだ。胸の中がざわつかないわけがない。
シィンはドキドキする胸をなんとか宥めながら、誤魔化すように明日について考える。
ルゥイとの仲直りは当然だが、そのためにも母を安心させる必要はあるだろう。元々この離宮はかなり安全なはずだが(母の意向で身元の確かなものしか仕えていない)、自分が来たことで母は不安になっているはずだ。
大丈夫なはずだけれど——はずだけれど、もしかしたら、また何か起こってしまうかもしれない——と。
となれば、その不安を払拭しなければ。
そうでなければ、ルゥイと二人で気軽に話すことも遊んでやることもできないだろう。ダンジァと会わせることも。最悪の場合、母に止められる可能性がある。
(あいつが騏驥に興味を持っているらしい話を詳しく聞くためにも、なんとか二人で話したいからな……)
だとしたら……。
シィンが、自分にできる限りの警備強化のための手段を考えていると、
「——シィンさま」
囁くようなダンジァの声がした。
ハッと見ると、もう建物の近くだ。先刻、シィンが飛び降りた部屋の近く。まだ窓が開いているのが見える。
どうやって部屋に戻ろうかと——シィンが考えたとき。
「捕まっていてください」
再び、囁くようなダンジァの声がしたかと思うと、彼に抱かれている身体が軽く揺れる。
直後、シィンは自分の視界の位置が変わっているのに気づいた。宙に浮いている。
いや——。
ダンジァが、窓の近くにある木に飛び乗ったのだ。
「ここからなら、お部屋に戻りやすいのでは?」
そして悪戯っぽく言うダンジァに、シィンも思わず笑みをこぼす。
少し距離はあるけれど、確かにシィンならここから部屋に飛び移れるだろう。そうして戻れば、今夜部屋を出たことは誰にも知られずに済む。
「そうだな。ありがとう、ダン」
しかしシィンがそう返事をしても、ダンジァの腕は弛まない。
どうしたのだろう……と思ったとき。
(!)
シィンの唇に、温かなものが触れた。
温かで柔らかくて……覚えのある感触だ。
——ダンジァの唇。
シィンの身体を抱く腕にも力が込められ、シィンはその強さにうっとりと身を委ねる。
「ん……」
鼻にかかった声が漏れてしまうのが恥ずかしい。
久しぶりの口づけは一瞬でシィンを虜にする。
触れて——離れて。また触れて。
柔らかな、優しい口づけだ。激しさはない。でも愛情はうんと伝わってくる甘い口づけ。
唇を擽るようにぺろりと舐められ、シィンもそっとやり返すと、ダンジァが笑った気配がした。
時間にすればほんの僅かなひとときだっただろう。けれど胸の中は幸福感でいっぱいになる。だから、唇が難れても寂しくない。
シィンが間近から見つめると、
「…………申し訳ありません……」
ダンジァが謝った。
「我慢できませんでした……」
続いた言葉に、シィンは]胸の奥がぞくぞくした。
「……構わぬ。わたしも望んでいた」
「は……。い、一応辺りは確認いたしておりますので。それに木の上ですので誰にも見られてはいないかと」
「…………お前……まさかそのために木の上に飛び乗ったのか? わたしが部屋へ戻りやすくなるからという理由だけでなく……」
もしかして、とシィンが尋ねると、ダンジァは黙る。
見つめたら、目を逸らされた。図星なのだろう。良く見えないが、なんとなく耳も赤くなっている気がする。
シィンは相好を崩した。胸が熱くなる。自分が彼に触れたいと思っていたように——彼もそう想ってくれていたのだ。
「お前も……そんなことがあるのだな」
「——いつでもです」
ダンジァは言った。
「いつでも——シィンさまに触れたいと思っております。できることならいつも側にいて……ずっと見つめていたい、ずっと触れていたい——と」
その声からは——視線からは、欲望以上のダンジァの想いが伝わってくる。
シィンはその想いをこの上なく大切なものとしてまっすぐに受け止めると、最愛の騏驥を見つめ返し、深く頷いた。
「——わたしもだ」
そしてもう一度だけ軽く唇を重ねると、シィンは自身の部屋へ戻った。
厩舎へ帰っていくダンジァの姿が見えなくなるまで目で追うと、やがて、持っていた符を一枚取り出す。
ダンジァのためにも、明日の準備をしなければ。
手際よく折り、ふっと息を吹きかけると、符は鳥に姿を変える。
窓から放つと、それは羽ばたいて夜の中に飛んでいった。
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