お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第1殿 男の腹に新たな命

第10洞 再開、再会

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 入り口に施された魔法円が発動すると、洞窟封印が徐々に弱くなっていくのがわかった。
 どうやらこれから始まる救出作業のためにたくさんの人間が入るには、洞窟の封印が邪魔なようだ。それを弱めるものらしい。

「時間停止解除の術式を、遅延させながら起動します」

 術師たちは慎重にマナを流し込む。込められた術式にマナが満たされると、青かった入り口の壁が徐々に薄まっていくのが分かった。

 それに先んじて、最後の瓦礫を撤去するために術式の影響を無効化する服を着た作業員が先に入った。
 時々「うぉっ」といううめき声が聞こえてきたが、俺たちは作業が終わるまで我慢するしかない。
 父さんは瓦礫に赤黒い汚れを見つけるたびに飛び込みそうになるが、ベレフェンさんがそれを制する。

「終わりました」

 作業員の代表と思われる人の声に、父さんがいの一番に反応する。

「入るぞ!」

 いまだに乾ききらない赤黒い道しるべを頼りに俺たちは奥へと進む。若干魔法の干渉を受けているのだろう、内臓がひっくり返る違和感を覚えながらもたどり着いた場所は、どうにも奇妙な空間だった。

 空間の所々にマナだまりが浮かび、澱んだ空気と共に迷宮内の環境をゆがめている。きっとそれがこの迷宮にかけられた魔法そのものだと思われるが、俺だけがその歪みを目視できるせいか誰もこの奇妙な感覚に気が付かない。

「……マイナは?」
「たぶんだ。リフィールの魔素干渉が働いてる」

 父さんが俺を見て「そうだな?」と問いかける。確かに、父さんが指さす先はマナが過密状態で次元が置き換わっている。俺はしっかりと頷き返した。

「となると『このへん』ね……」

 ベルは、その近くの空間を観察する。
 近くで見ると分からないが、遠目で見た時からそれは
 しかしそれを俺以外見ることはできない。

「……あった」

 父さんの弱々しい言葉。
 その手には、押しつぶされて骨が飛び出た『誰かの胸部』が抱かれていた。
 見たことのある服装。

「かあ、さんの……?」

 しかし青ざめていた父さんの顔はみるみる血色が戻っていく。

「まだあったかい、助かるかもしれない!!」
「嘘、おじさま!?」
「頼む! 探して集めてくれ!」

 俺も探そうとしゃがみこんだところで教授に肩掴まれた。

「ディグラッド君、人の形をしたマナの塊は見えないか?」
「!? み、見えます!」
「どのへんだ!」
「こ、この辺に」

 流石教授。俺は急いで自分が見えたマナがどの辺にあるかを指示した。

「あっ」
「どうしたディグ!」
「これ、教授が見せてくれたアミュレットと同じもの!」
「よし、それを中心に彼女の体を収めるんだ。アミュレットの効果が発動している間なら、修復が始まるはずだ」

 ある人は頭を、またある人は腕を、数えるのも嫌になる位の破片をみんながかき集めてくれた。もちろん一番多く集めたのは父さんだ。

「ね、姉さんは……」
「心配ないベル。リフィールの魔法は安全地帯であると確認され次第解除されるはずだ」
「わ、わかったわ」

 ベルは時々お腹と口元を押さえている。学園の実技で何度か怪我人を見ているはずだが、ここまで凄惨な死体を見るのは初めてだろう。
 俺も実の肉親でなければ既に二、三度吐いてるはずだ。

 地面に張り付いた皮膚、飛び散った骨や内臓、圧縮された筋肉、収まらない内臓……
 それらを俺の指示で青いマナの中へと収めると、奇妙なことにそれぞれがそれぞれと引き合い、元の形へと戻り始めたことに驚いた。

「……マズイな」
「えっ、教授!?」
「吾氏がアミュレットの効果で戻ったときは、もっと素早く一瞬で戻ったと聞いた。修復のためのマナが散って、機能が著しく低下している可能性が高いぞ」
「な、なんだって!?」

 教授の仮説に、全身母さんだった体液まみれの父さんが、膝から崩れ落ちる。

「ど、どっちにマナを送ればいいですか?」
「ベル君?」

 ベルが父さんを押しのけて頭部に近い場所を陣取る。

「魔導結晶、多めに持ってきてます」
「ナイスだベル君! 術式の核になってるアミュレットを修復する感じで送ってくれ!」
「はい!」
「ありがとうベルちゃん!」

 ベルが腰のポシェットから自分に使ったときのものより大きな結晶を取り出す。

「お願い、うまくいって……」

 言霊は吸い込まれるように結晶へ溶け込むと、螺旋を描いてアミュレットへと流れ始める。

「……あれ」

 俺は目を疑った。
 母さんの身体を包んでいた青いマナが途絶えたのだ。

「どうした?」
「マナが…… なくなった!?」

 その言葉に、全員が戦慄した。

「ベル君、続けて!」
「は、はい!」
「リフィール! 死ぬな!!」

 全員が母さんの方に意識が向く中、突然俺の真後ろで何かが爆ぜた。
 音のする方を向くと、そこには人ひとりが収まるほどの真っ黒な球体が出現し、レンズがひっくり返るように球体の中身が膨張していく。
 広がりきった球体は徐々に洞窟の通路と同じ大きさまで拡張すると、中央の物体を除いてシャボン玉のように弾けて消えた。

 その中心には、見覚えのある女性が立っていた。
 黒髪ボブヘアーと大きな丸い眼鏡に加えて、母さんのお下がりではあるが、上位魔導師の証である赤と紫の外套をまとった、同い年くらいの女性。

「ま、マイナ!」

 ベレフェンさんが八年ぶりにその名を叫ぶ。が、一瞬駆け寄ろうとするも先ほどのやりとりを思い出して一番近くにいた俺に「頼む!」とジェスチャーを送る。

「――っ! 此処ここは!?」
「マイナ姉さん! 母さんを治して!」

 俺はなるべく短時間で言葉を選び、さらに短い言葉でマイナ姉さんに指示を飛ばす。

「あっ、――はい!」
「お姉ちゃん、マナが切れたみたい! どうしたらいい?」
「えっ、えっ? ――大丈夫」

 一瞬の間をおいて、マイナ姉さんは

「――身代わりのアミュレットは所持者が完全に死亡した時に発動するって。マナが消えたなら、ここから蘇生が……」

 その言葉通り、ずずっ、ずずっと血液が体に戻っていく。
 だが、アミュレットの効果が弱々しく、とても間に合うように見えない。

「リフィール!」

 父さんの叫びが洞窟内に木霊する。

「えっと、――確か、こうなったときは」

 彼女は白い紙を袖元の袋から何枚か取り出し、舌で軽く舐めて母さんの大きな欠片に貼り付ける。紙には錬金術で用いる術式が細かく書き込まれており、俺には何が起こるのかさっぱりわからない。

「――うん。時間操作に使がまだある」

 パン、と胸の前で手を叩く。

「!?」

 耳が震える。
 ごうっと強い風が洞窟内を駆け巡り、ちょうどその手へと集まっていく。

 だが、俺たちはその影響を一切受けない。

「……マナの風?」

 俺はマナが見える。けど、一度魔法や儀式で使われた後のマナは見えない。それは魔法効果として別のものに置き換わるからだ。

 だが、マイナ姉さんの言葉と今起こってる現象を合わせて考えると、彼女は使

「――よし、起動」

 ぶわっ、と母さんの体が金色に光る。

「リフィール!?」
「ふえっ、なに!?」

 直後、緩やかだった損傷の修復速度がみるみる上がり、あっという間に体が完成した。

「リフィール! 母さん! 起きてくれ!」

 父さんが肩を揺する。

「……リフィール?」

 返事はない。

「ディグ、母さんの体内マナはどうなってる?」

 言われて、俺は改めて母さんのマナを観察する。

「……」

 だが、そこには先ほど青いマナが消えてから一向に回復した跡がない。

「ディグ!!」
「やめろホーラン!」
「嫌だね! 諦めないのが俺の流儀だ!」

 父さんはそう言うとベルに向かって叫んだ。

「頼む! 治療を続けてくれ! 何か手はあるんだ、彼女が何の手もなく死ぬはずはない!」
「は、はい!」
「――ベル?」

 マイナ姉さんが首を傾げる。しかしすぐに思い直すと彼女は妹を見据えてそっと手を取った。

「手を貸して。――こうだよ」

 小さな光の粒が二人の手を包む。高レベルの錬成反応が起こっているのだろう、マナが急速に加速するのが見て取れた。

 ベルがその手を母さんに掲げる。以前錬金研究棟で見た光が、母さんの体に貼り付けられた紙へ吸い込まれる。
 まるで命の伊吹が吹き込まれるように。

「……きれい」

 紙を媒体に流し込まれる黄金色のマナが少しずつ母さんの体に満ちていくにつれ、白かった肌に少しずつ赤みがさしていく。

「!!」

 光で満たされると同時に母さんが全身を強く痙攣させる。ビクビクと四肢を激しく震わせ、しかし一向に目覚めない。

「――筋肉が繋がったんだと思う。もう少し」

 俺は強く願った。
 かつて失ったと思った人にもう一度会えるかもしれない。
 かつてあった温もりにもう一度触れられる奇跡を願った。

「……?」

 再び洞窟に風が舞った。
 今度は、優しい一筋の風。

『あったよ』
『ほら、ここ』

 それは、微かな声。

『間に合ってよかった』
『ありがとう。お別れだね』

 暖かで、安らぐ声。
 それがいくつも、いくつも響く。

「……声?」
『おや、ちょうどいい』
『きみの子、ちょっと借りるよ』

 ふわり、とお腹があったかくなる。
 マナでもない何かが体内を巡り、少し体が軽くなった。

「え、え?」
「ディグ、どうした!?」
「わ、わかんない、けど……」

 ふとお腹に手を当てる。
 いつもと違う脈動が流れ込んでいる気がする。

『時を超えて……』
『また出会える』
『時は有限、思いは無限』
えにしの先に』
『また会える時代ときまで』

「そうか、ここって」

 いくつもの漂う『声』が耳元をすり抜ける。
 その中の、ひときわ強い『声』が耳を掠めた。

『ただいま』

 どくん。

「!! 心臓が!」

 母さんの胸が大きく鼓動した。

「うっ、ゲフッ、ガハッ!!」
「気道の血だ! 急いで処置を!」
「リフィール!!」

 それを見計らって迷宮の封印を全解除し、母さんは外へと運ばれていった。

「でき、た」
「――もしかして、ベル?」

 長い緊張の糸が切れたベルがへたり込んでいるところに、上目遣いのマイナ姉さんがベルを見る。
 八年という流れをマイナ姉さんは取り残されていたために、今ではベルの方が背を追い越していた。お互いが座った姿勢でもその身長差が分かるほどに。

「……マイナ、お姉ちゃん」
「――やっぱり、ベルだ」

 ベルの瞳から大きな涙がこぼれる。二人は黙って抱きしめ合った。

「マイナ、おかえり」
「――ごめんね、お父様。心配かけた」
「そんなものは吹っ飛んだよ。よく帰ってきてくれた」

 二人の上からベレフェンさんが娘たちを包み込む。
 運命の再開を刻み込むように、親娘ふたりは彼女の存在を確かめあった。

 迷宮を出ると、すっかり日が落ちていた。
 魔工具が灯す明かりだけが足元を照らし、父さんたちの姿はもう見えなくなっていた。

「母さんたちはどこに?」
「もう少し離れたところに作業用のテントが張ってある。そこに怪我人を運び込むためのベッドがあるから、そこに運ばれているはずだ」
「――えっ、もしかして、ディグちゃん?」

 マイナ姉さんが驚いた顔で俺を見上げる。改めて傍に立つとすっかり俺も背を抜いていた。

「うん。母さんを助けてくれてありがとう」
「――気づかなかった」
「はは。そりゃそうだよ。八年もあの迷宮に居たんだから」
「――そんなに!?」

 マイナ姉さんはひどく驚いた。……ように見える。
 この人、感情の起伏が薄いんだよな。

「でも、事故の後迷宮を時間ごと封印してたらしいから、姉さんたちにとってはそんなに経ってないかもしれないよ」
「――だから、マナの収束が遅かったんだ」

 マイナ姉さんはブツブツとギリギリ聞こえない声で独り言をつぶやいた。
 この仕草ももう懐かしい。

「――やっぱり、リフィールさんのいったとおり。君のおかげ」
「そ、そんなことないって! マイナ姉さんがいたから母さんも助かったし」
「ううん―― 違う」

 彼女は一歩俺に近づき、そっと両手を握る。

「祠の声、――聞こえた。縁が繋がって、マナが紡がれる。きっと私やホーランさんだけだと無理だった」
「い、いやいや。ベルだって頑張ってくれたし、みんなのおかげだって」

 妙に握られた手が熱い。それに、徐々に距離が近くなってる気がする。
 そして、さっきからお腹が熱い。

「――間違いない。あなたは、運命の人」
「お姉ちゃん?」

 流石に様子がおかしいと思ったのか、ベルがやってきた。

「どうしたの二人とも、怪我かなんかした?」
「――ディグラッド・ホーリーエール」
「は、はひぃ!?」

 突然フルネームを呼ばれて驚いた俺は、思わず舌を噛んだ。

「――結婚してください」

 俺だけじゃない。その場にいた全員が凍り付いたように動けなくなった。
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