お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第1殿 男の腹に新たな命

第11洞 なくなる居場所

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 年が明けた。
 学園では新入生を見かけるようになり、俺たちは学生から研究生として籍を置くことになった。

 お腹の種はあれからさらに大きくなり、両手を広げたくらいのサイズになりつつある。ただ、膨らむというよりは広がるといった感じで、見た目はさほど変わらない。

 そう、俺のお腹には迷宮の種が宿っているのだ。

 それなのに、八年の間次元の狭間に閉じ込められていた幼馴染の姉、マイナ・ラクナーシャ姉さんから目覚めたその日に求婚を申し込まれた。
 あげくに、俺たちがさまざまな理由から学園に残る話をすると「私も通う」と言い出した。おかしいな、最年少飛び級卒業した人が再入学ってできるのかな??

 しかしこれを見ていたアンカー教授が「いいよ」と快諾。
 ……嘘だろ?
 教授自身に決定権があるわけではないが、学園も錬金術と魔法を混合させた技術である「法術師」は前例がほとんどないため、それらの技術解明と後輩の育成を目指すという名目が欲しいとのことで、学園上層部も簡単に丸め込まれてしまった。

「――よろしくね」

 入学のための引っ越しの時、そう言いながらマイナ姉さんは俺たちの住む宿舎に入ってきた。
 もちろん、彼女が住むのは同じ階の、俺の向かいの部屋。
 そしてこの状況に終始ヒートアップなのがお隣さんだ。

「お姉ちゃんもお姉ちゃんだけど、パパも教授も学長もおかしいんじゃないの!?」
「で、でもよかったじゃん。マイナ姉さんも母さんも無事でさ」
「よかったけど! よかったけどぉ!!」

 ヒートアップのお隣さんことベルは先日封を開けた茶葉をガブガブとすごい勢いで飲んでいく。

「……で、ディグはどうするつもり?」
「ど、どうするって?」
「け・っ・こ・ん!! お腹のソレもちゃんと片づけないまま、お姉ちゃんとイチャイチャするつもりじゃないでしょうね!」
「――お腹?」

 突然俺たちの間にマイナ姉さんの顔が飛び出した。

「う、わわぁわぁあああ!!」
「おぉ、ぉおお姉ちゃん!!??」
「――あ、ルクロアのお茶。私も欲しい」
「りょ、了解!」

 俺はチャンスとばかり立ち上がってお湯を沸かしにキッチンへ向かう。

「ていうか、どうやって入ってきたの?」
「――これ」

 彼女が指差す先には大きな穴が空いている。その向こうは、なぜか彼女の部屋がかすんで見えた。

「……ねえディグ。あんたの部屋って角部屋で、隣はあたしの部屋よね? 反対側、お姉ちゃんの部屋だったっけ?」
「――開けちゃった」

 幻覚ではない。
 マイナ姉さんは、
 現在解明されている術式では不可能ではないが、一介の魔導師ではロープ一本分も広げることはできない。なずなのだが。

「――これで同じ部屋だね、ディグくん」
「お姉ちゃん! 開けられるからって開けちゃダメでしょ!!」
「――会いたいな、って思ったら、開いちゃった」
「そんなわけないでしょー!!」
「――えへへ」
「な、なにがおかしいの?」
「ベルのほうが、――お姉ちゃんみたい」
「!!」

 ニコッと笑うマイナ姉さん。

「お隣さん同士、――仲良くしようよ」

 実際彼女たちは七つほど離れていた。しかし今回の件で八年の圧縮が起こったので、存在年齢はベルが一年先輩になる。

「お姉ちゃん、でもね…… 譲れない」

 ギリギリ聞こえる声でベルは呟くも、姉の答えを聞くより先に立ち上がって部屋を出ていった。

「あ、ベル!」
「――あらら、帰っちゃった」
「まったく…… マイナ姉さんこそ、本気じゃないよね」
「ううん。――本気」

 くい、とお茶を飲み干すと俺に視線を向ける。
 この人普段は眠そうにしてるくせに人と視線を合わせる時だけすごく威圧感がある。
 今もちょっと怖い。

「――私、あの祠にいる間ずっとリフィール様と繋がってたの」
「ああ、母さんの事『様』付けで呼ぶ癖抜けてないんだ」
「私には、八年の記憶が―― ないから」

 あ、そうか。

「あえて呼ぶなら、――師匠」
「うん、まあ」

 マイナ姉さんは母さんのことをいつもそんな感じで慕っていたのを思い出した。

「こっちに戻ったときの手筈も、――聞いてたから」
「あ、そうそう! 俺も知らないアミュレットの事も知ってたし」
「――うん。細かい起動方法とか、蘇生の前準備とか」

 そう聞くと母さんの恩人であるマイナ姉さんを無下にできない自分がいる。
 けど俺の中ではやはり幼馴染の一人だし、今一つそういう感じになれない。
 だからこそこのタイミングで傍に居られると……

 ドガアアァァァン!!

「!?!?!?」
「な、――何?」

 ドガアアァァァン!!

 ミシミシと壁が悲鳴を上げる。どうやらこの部屋に何かが激突しているようだ。

 ヒュウィィィィィ……

「この音はヤバイ!」
「――錬成『絶対領域バリヤー』」

 マナが収束する音に次いで水が氷る時のようなパキパキという乾いた音が周囲に鳴り響く。その直後、転送円ができた壁の反対側にも大きな穴が開いた。
 とんでもない轟音と共に。

「あーらら! ちょっと運動してたら壁が壊れちゃった! 不可抗力よね!!」

 ベル、その手に握ってる巨大なハンマー型の魔工具は何だ。

「あーあー、どうすんだよ俺の部屋……」
「――ベル、危ない」

 両方の壁に大きな穴が開いてしまった。
 この宿舎は一部屋しかないからもう俺のプライベートはないも同然になった。
 ……多分心配するべきはそこじゃないと思うけど。

「大丈夫よ、少なくともになるようなことは……」
「あ!!」

 思い出した。

「どうしたのディグ!?」
「母さんの面会! 確か今日の昼からだ!」



   ◇



「どう、気分は?」
「はい。おかげさまで」
「ヒヤッとしたよ。処置は完璧だったのになかなか動き出さないから」
「それは俺等おいらもですよ!」
「だけどやっぱり、聞いてた通り現役復帰は難しいです。教授が羨ましい」
「はっはっは! 流石に命には代えられんよ」

 母さんの見舞いのため病院に来たのだが、先客がいたようだ。

「――アンカー教授、何を話してるのかな?」
「ていうか、すごく近い知り合いみたいね。おじさまとも普通に話してる」
「ギルドメンバー絡みだろ。でなきゃ俺たちとも知り合いじゃないとおかしい」
「そんなところにいないで、入ってきたらどうだお前たち」
「!!」

 流石は現役偵察士スカウト。気づかれてしまった。

「や、やあ母さん」
「ディーくん! 大きくなって……」

 俺は八歳の頃、母さんとはある意味生き別れた。
 だから、面会謝絶が解除されれば泣きながら抱きつくと思ってた。

「ごめんね、やっとご飯が食べられるようになって」

 ベッドの食事机に並んだ空の皿が、うれしさを引き換えに懐かしさを提供してくれた。
 そう、この人はよく食うんだ。

 助けたときは栗色の長かった髪が、今は短く切り上げられ、ショートとボブの間くらいになっている。
 首や腕などの肌が見える部分には若干傷跡が残っているが、あの凄惨な状態を乗り越えたなら美しく繋がったと思ってしまう。

吾氏わしが持ってきた見舞品を目の前で開けて食べ始めるくらい腹が減ってたとは。まあ、健康な証拠だ」

 反対に、父さんの顔は先日会った時よりやつれて病人より病人みたいな顔をしている。

「……父さん、寝れてる?」
「こんなの『真夜見の渓谷』攻略中に比べたらまだ温い」

 父さんは、お世辞にもクラスギルド順位が高いほうではない。そして偵察士の特性かよく見栄を張る。
 まあ、これが言えてるうちは大丈夫だろう。

「――お義母さん、元気そう」
「お・ば・さ・ま、でしょ!」
「あっ! ベルちゃんにマイナちゃん! 会いたかったのよ~! よかった。ちゃんと戻ってこれた…… って」

 マイナ姉さんは指で勝利のポーズを示しながらも俺の腕を離さない。
 ちなみに反対側にはベルがいる。もちろん腕を引き千切ろうとしているが。

「あらあら。もう仲良しさんに戻ったのね。ディーくんのこと気に入った?」
「もう、穴―― 開けちゃった。繋がったの」

 大人たちの顔が引きつる。

「宿舎の壁に転送円を開けたんだよ、マイナ姉さん」
「あ、あああ! そういうことね! ……ま、好き同士ならいいんじゃない?」
「おばさま! お姉ちゃんに変なこと吹き込まないでください!」
「あら、ごめんね。マイナちゃんったら『引っ込み思案を直したい』ってずっと言ってたから」
「お義母さん! ――シーッ」

 確かに昔はもっと物静かだった。
 けど、俺たちが危ないことをしたり何かあったときは一番に駆けつけてくれた人だ。
 そんな事を思ってるとは微塵も思わなかった。

「ま、安心して。体が治ったら母さんもそっちいくから」
「え!? 母さんも宿舎に!?」
「あら知らないの? 現役から外れたら後進のために学園で働くのは、元シングルクラスとギルドの契約に含まれるんだから」

 そういう母さんを見て、俺はあることに気がついた。

「そういえば母さん、体大丈夫?」
「……ディーくんはさすがに気づくか」

 母さんの体に、マナを見ることができない。
 現役の時はあんなに溢れていたマナが全く湧いていないのだ。

「『身代わりのアミュレット』の副作用だ。使用者は命と引き換えにマナが生み出せなくなる」
「え!?」

 俺とベルは声を揃えて驚いた。
 生きていくうえでマナを生み出せなくなれば、どっちにしろ長くは持たない。

「安心しなさい。学園で働けば間接的にマナの供給を受けられるし、何かあっても対処までにそう時間は掛からんからな」
「……もしかして、教授が今日の仕事をしてるのも、それが理由ですか?」

 教授はニンマリ笑う。この顔は「ほぼ正解」の顔だ。

「あ、そうだ教授。お腹の種についてですけど」
「ディグラッド君、ちょっとその話は後でいいかな?」
「実は少し大きくなった気がするんですよ」

 ぴし、と空気が張り詰める。
 ――あれ、おかしいな。

「……教授グラム?」
「ど、どうしたリフィール。現役時代のあだ名で吾氏を呼ぶなんて」
「あなた、ウチの息子に……」

 唐突に、母さんから溢れんばかりのマナが体を包みこむ。

「リ、フィ、ィ、ィ……」
「みんなごめんね。教授はちょっと私とお・は・な・しがあるみたい」

「は、はい……」

 俺たちはその威圧感に逆らうまいと、病院を後にした。
 ……まあ、また来ればいいか。



   ◇



「なるほどね。昨日から教授が研究室にいないのはそのせいか」

 ケミーさんはケラケラと笑う。
 アンカー教授がいないことを聞かれた俺は、俺の部屋の状況を知られたくなかったので彼女の部屋に入れてもらい、そこで先日の顛末を伝えたのだ。

 同じ宿舎に住んでいるとは思えない、広くて落ち着いたケミーさんの部屋はゆったりとしたソファに大きなテーブル、壁面には彼女の育成対象である迷宮の資料が貼り付けられている。背中に立ててある間仕切りの向こうにはベッドが見えるが、それも結構大きかった。
 ……ダンジョンマイスターって儲かるのかな?

「あの二人、知り合いなんですかね?」
「まあね。ギルド登録ランキングの一桁台は毎年変わるから、年に一回は顔合わせを兼ねて会議をするらしいわ。だからシングルクラスは大体顔見知り」

 そして、なんとなくその話をしてからケミーさんの目が怖い。

「しかし、キミがあのリフィールの息子だったなんてね」
「教授も言ってましたね。姓が変わったせいだと思うんですが、そんなに母さんはすごい探索者だったんですか?」
「シングルってだけだとパンチは弱いけど、あの『からの迷宮』の踏破者なら別。それに、あそこをクリアした者だけに与えられる『身代わりのアミュレット』っていう神の魔工具がすごいのよ」
「そうそれ! 教授も持ってたとかで。いったい何なんですか?」
「まあ、見たまんまよ。持ってると復活するの。例え彼女のように蘇生不可能な状態でも生き返ることができるの。ある意味呪いに近いかもね」
「呪い、ですか」

 そもそも母さんから聞かされなかったものだ。プラスの用途もあるだろうがマイナスが強いのかもしれない。

「そうね…… わたくしのお願いを聞いてくれたら詳しく教えてあげる」
「お願い、ですか?」
「うん」

 ケミーさんは白衣を脱いで、俺に一歩、一歩と近づく。
 気が付くと、俺はソファに座ったまま上からのしかかられて動きを完全に封じられた。

「キミの、子種が欲しいな」
「あ、の、えー、っと」

 ケミーさんが顔を近づける。同時に上半身が完全に密着すると、彼女の鼓動が俺の鼓動と重なって高鳴り合うのがわかる。

「だ、ダメですって!」
「……ふふ。カタいのね」
「ちょ、ケミーさん!?」

 彼女は、お腹に手を当てる。彼女自身の。

「わたくしね、今まで何人かの男性とお付き合いしたことあるの。結婚を前提としてお付き合いして、セックスもした」

 その顔が、曇る。

「どうもわたくしは、子供を授かるのが難しい体だったみたいなの」
「……」
「迷宮の育成に着手したのも、子供ができやすくなる薬の材料が迷宮から採れるって聞いてね。ちょうどキミが食べたあの実がそう」

 そう言えば食べた。俺はおいしかったのにベルたちは酸っぱくて食べられなかった果実。確か「アンブロシア」って言ったっけ?

 ってことは、今のケミーさんは子供ができやすくなった……??

「結婚とか重い話は言わないわ。実証実験するだけでいいの」
「待っ、ケミーさ、ズボ、んあああああああっ!!」

 びゅおうっ!

「!!??」

 あと少しでケミーさんの手が俺のパンツにかかるという時、目の前をドアが横切った。

「ディグ!? どうしたの!! って」

 どうやら俺の悲鳴を外で聞いたベルが、ドアを蹴破って入ってきたようだった。
 ……ああ、後ろにはマイナ姉さんもいる。

「……んんの、ヘンタああぁぁぁぁーーイ!!!!」

 その後の事はあまり覚えていない。
 ただ、頬とお腹に柔らかいものが当たった記憶だけが鮮明に刻まれていた。
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