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第1殿 男の腹に新たな命
第14洞 幻と煙の間で
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ある程度走ると、奇妙なことに気がついた。
「……ここ、かなり人の手が入ってるな。いや、洞窟型の迷宮じゃない可能性?」
後輩の編入生ミルを追いかけて、大陸南の洞窟「レントピア」やってきたが、肝心のミルさんを見失ってしまった。
もともとフィジカル強めな雰囲気のあった彼女だが、故郷が襲われそうになった危機感からリミッターが超えてしまったようだ。
仕方なく自力で核へ向かおうと周囲を見回したが、通常の洞窟型とは色々異なるポイントが多い。
「しかも結構歩いたのにモンスター一匹すらいない……」
こうなると現在地を把握するのがまず第一だ。
今俺が立ってる場所は、洞窟にしては珍しい石畳とアーチ状にくり抜かれた岩盤の廊下だ。
壁には外光を取り入れてると思われる水晶灯が顔をのぞかせており、暗くはないのだが遠くまではわからない。曲がりくねってないのが救いだ。
歩く音以外が響くわけでもないので、生き物や川の存在がないようだ。その割に苔むした場所もあることから湿度が高いのかもしれない。となると、地底湖にあたる水源があるはずだ。
「風はあるかな」
俺は緊急用のウエストポーチから人差し指サイズの発煙筒を取り出し、火をつけた。激しく燃焼しない代わりにゆっくりと煙が舞い上がり、それが真上に昇るのを見てガッカリする。
「風はないか…… あれ?」
よく見ると、アーチ状の岩盤は切れ目ごとに隙間が空いている。煙はそこへ吸い込まれて消えていくのを見ると、どうも天井はさらに高いらしい。
「上がダメなら、下だ」
今度は紫色の蝋燭を取り出して火をつけ、床に置く。
溶けた蝋が燃えて床に溢れる。もちろん蝋そのものが床に溢れているわけではない。
「お、こっちはちゃんと機能するぞ」
本来は別の魔工具とセットで罠探しに使うのだが、俺は裸眼で見ることができる。
つまりマナやトラップに反応する魔蝋だ。
俺は溢れたマナの煙をトレースすると、この無闇に真っ直ぐな通路の謎にぶち当たった。途中でマナが途切れる区切りがあるのだ。
「これってもしかして」
幼い頃に父さんと迷宮に潜り込んだ時のワクワクを思い出す。
しかし今はそうも言っていられない。一刻も早く……
「わっわっわ!」
「ん?」
突然頭上に聞き覚えのある声がした。
「んぷっ!!」
確認しようと見上げたら、顔が柔らかい『なにか』にぶつかった。大きすぎず小さすぎず、それでいてすべてを包みこんでくれる温もりを兼ね備えた……
「きゃあっ! ホリエル先輩!?」
「って、ミルさん!?」
「え、え? なんで? ママに向かって走ったはずなのに!」
「ちょい待てっ!」
振り向いてダッシュしようとした彼女の腕をなんとか掴む。
「離してください! ママの所に行くんです!」
「違う! このまま急いでもたどり着かないから!」
「そんなことは……!」
言いかけて彼女は足を止めた。
よく見ると既に全身汗だくで、肩で息をしている。自分がどれだけ走ってるのか、止められてようやく気づいたらしい。
「なんで…… おかしい」
「おかしくないよ。ここで防衛機能が働いてるんだ」
そしてその機能があったから、彼女は迷宮から出られず、外からも見つからなかったんだろう。
「防衛機能?」
「ここの通路、無限ループだ」
俺は通路の奥、まさに今彼女がでてきた場所に手を突っ込んだ。
「先輩、腕が!」
「多分通路の反対側に出てるよ」
「全然気が付かなかった……」
「本当の天井が見えないように二重天井になってるからおかしいと思ったんだ」
「どういうことですか?」
「迷宮で使われる無限ループは転送円と違って、空間を繋ぎ続ける必要がある。だから、実はここと通路の反対側の次元を天井を伝って繋いでいるんだ」
しかし、ミルさんはぽかんとしたままだ。
「……わかる?」
「わかりません」
「んー、簡単に言うと、ここの壁が天井を伝って向こう側の壁になってて、ここに入ると天井を伝って向こう側に出る、って感じかな? 本来の天井には薄~く俺の腕が伸びてるはずなんだよ」
頼む、これ以上簡単な説明は無理だ。
「とりあえず、この先に行けないことが分かりました」
「まあ、それでもいいよ」
「で、これはどうやったら抜けれるんですか!」
そうだよ、それが一番大事な話。
「昔は、この通路の先に核のフロアがあったの?」
「はい!」
「でも、このループ通路は普段使わないから、通った記憶があるとしたら……」
俺はちょうど中央に立つようループ通路の距離を測り、ゴーグルをかけた。
周囲は先ほどと特に変わらないが、足元の魔蝋は完全に見えなくなった。機能を確認すると壁の方に目を向けてオンオフを繰り返す。
「あった」
見つけたのはささやかな切れ目。周辺の壁と同化し、光の隙間を利用した天然の「隠し扉」だ。
肉眼でもマナフィルターでも、切り替える方法まで思いつかないと見つからない心理を突いた隠し方にこの迷宮の難易度を垣間見た。
「よし、この先にはもう罠はないな」
「……なんか、流石です。私の方が詳しいはずなのに」
「今は緊急事態だからかもね」
隠し扉から少し歩くと徐々に道が広くなり、造りの綺麗なアーチを抜けると、途端に大広間に出た。
「うわ、なんだここ」
広すぎて先ほどまで反響していた自分の声が天井に吸い込まれていく。
「ママ! ママ!」
「ちょ、ミルさん!?」
彼女はまた暗闇に向かって走り出した。もしかしたら暗視の能力でもあるんだろうか、まったく目標が見えてないのに全速力で俺から離れていく。
しかしそんな心配はすぐに解消された。
「うぁっ!?」
突然壁面が強い光を発して、部屋全体を明るく照らし出す。想像の倍以上もある広い部屋が光で満たされ、とんでもないものが眼前に現れた。
『ミル…… よく戻った』
「ママ! ここが襲われるって聞いてもどってきたの! 大丈夫!?」
「ママ、か…… スケールが違うな」
真っ白なたてがみに白銀の鱗。人の数倍はあろう体長に水晶のような角。鋭いかぎ爪は空気すら切り裂きそうな雰囲気すら感じる。
モンスターの中でも神話級の生物…… 竜だ。
『そなたは誰ぞ』
「あの人はホリエル先輩! 新しい学園で色々教えてくれるの」
『そうか…… この子が世話になっているな』
「は、はは。竜に感謝されちゃったぜ」
同時に、俺はある事を察した。
「あなたは、この迷宮の核ですね」
『いかにも。何故分かった?』
「この迷宮、素材型でも誘引型でもない。報告例もごく僅かしかない、珍しい『試練型』です」
ミルさんと出会ってから名前だけ聞いていた「迷宮レントピア」について、後日自分でも調べてみた。
レントピア迷宮…… 別名『試練の神殿』と呼ばれている迷宮は、かつて周囲の村々で成人の儀式として利用されていた誘引型の発展系ダンジョンだ。奥の「主の間」にいるドラゴンと戦い、倒したものには千の軍勢を蹴散らす力が与えられると言い伝えられている。
俺が調べてきた内容を語ると、目の前の白竜は何も言わず頷いた。
「だけどその竜は、倒されてもまた翌年には復活している。さらに、この迷宮から出ようともしない。まるで迷宮にしばりつけられているかのように」
『なるほど、ミルが懐くのも分かる』
だが近年はその村も人口が減って統合したりなどで迷宮の言い伝えが正確に伝わらなくなったり、近代化に伴って利用者が減ったりと、正しい情報を伝えるものが減っていったのだろう。
シスブラリア迷宮から始まった大暴走も、当時は近くの村がある意味で「管理」できていたおかげで今まで起きなかった可能性がある。
「ママ安心して。私がここを守るから」
『……我が試練を達成できぬ若輩者に、何ができる』
「も、もう! 私だっていろいろ勉強したんだよ!」
『我が守りも取れぬうちは信用できん』
「むぅ! いいよ、勝手に守るから!」
なるほど、フィジカルの原因はここか。
「そういうわけだから先輩、助けてください!」
「潔いな」
まあ、元からそのつもりだったけど。
『だが、転送円を使ってのズルはいささか無視できぬ』
「へ?」
『入りなおすがよい、挑戦者よ』
「いや、俺は挑戦とか――」
ふわり、と体が歪む。
だが、転送魔法ではない。これは無限ループののののおおおぉぉぉ……
◇
「ここは歴史的にも貴重な迷宮なんだ。なんとしても――」
「……ぉぉぉおおおおおののの!」
突然重力を感じたものの、受け身が取れず尻餅をついた。
「ディグラッド君!?」
「痛ったたた…… え、教授!?」
俺が放り出された先は見覚えのないテントの、見覚えのある人の近くだった。
「君はどこから湧いてきたんだ」
「えーっと、へへへ……」
周囲は探索者ギルドの中でもかなりの精鋭たちが集まる大型のテントのようで、作戦会議の途中だったらしい。
テントの場所は、まさにレントピアの真ん前。
「ちょ、ちょうどいい! 聞いてください」
とりあえず俺は内部の情報含めて知ってることを報告した。
ガブリックが話してた内容は被っていたが、レントピア迷宮についての情報は割と分からないことが多かったらしい。ミルさんに出会わなければそもそも俺も調べてないし、ここにいない。
「なら君も吾氏らの討伐隊に参加してくれ」
「え、お、俺もですか?」
「それはいくらなんでも。ただのアンカー教授の助手なんでしょ?」
声を上げたのは知らないオジサンだ。見た目は紫の軽鎧にショートソードっぽい剣をいくつか持っている。普通に考えると前衛の探索者なんだろう。わざわざ席を立ってアピールするあたり俺とは仲良くなれそうにない。
「そうは言うが、吾氏のフィールドワークにもそつなくついてこれるフィジカルもあるし、戦闘経験もあるぞ。レッサーシザーにも臆せず戦うのを見ているしな」
「教授、盛りすぎですって!」
「今回の土俵は野外なんですよ。若手でダンジョンマイスターとかいうよくわかんない職業で、本当に役に立つんですか?」
ぴし、と空気が凍りついた。
「新人か? グラモントさんを知らないってことは」
あ、ケミーさんだ。顔が普段と全く違う、現場の顔になっている。教授をいつもの呼び方してないってことは、この会議相当重要なものなんじゃ……
「今やダンジョンマイスターの出す利益はギルドの総売上における四割を叩き出してます。あなたはそのうちどれだけを貢献してますか?」
あれは別の探索者だ。灰色のローブと魔工具だらけの左腕は、マナで覆われてて近寄りがたい。発言の内容からも結構クラスの高い人なのかも。
「まあまあ。今はいがみ合う時間じゃない。ソラン殿もここは穏便に」
「ん、まあそう仰るなら」
ソランと呼ばれた紫のおっさんはニヤニヤしながら席に戻った。
そこからは水掛け論と下らないマウント取りばかりで不毛なやり取りが続いた。
程なくして監視組から大暴走の先陣が近づいてきたタイミングで全員が配置についた。
……もちろん俺もその一員に。
「直接前線に出る必要はないさ。普段通り、な」
「はい」
一応、学園で一般的な戦闘経験は積んでいる。
マナが見える目のおかげで魔法の挙動やマナトラップにも強い。
「そう言えば教授」
「ん? どうした」
「今回問題になった『迷宮喰らい』って、教授の家にいるようなやつなんですか?」
「ああ、そうか。会議の最初いなかったから知らんか。えーと」
教授は手元の資料をめくり直し、最初の資料を俺に見せた。
「!? これ、なんですか?」
「そう思うのも無理はない。こいつらは吾氏らの知る規格の外にいる存在のようだ」
頭が肉食獣を思わせる風貌、上半身が人間に近い肩と魚鱗のような外皮。下半身は数本の蛇の尾が生えて足のように上半身を支えている絵がそこにあった。
「目撃情報を元に描かれたものだ」
「……まるでまともな存在じゃない」
「それだけじゃない。こいつが核であった迷宮を住まいにしていたモンスターが、みんな揃って従っている。ただの大暴走と思わないほうがいい」
どうもあの会議が重い理由はこの辺にあったようだ。俺が無許可乱入したことが原因じゃないことにホッとしつつ、より事態の重さを痛感した。
「恐ろしいのは、迷宮喰らいだけじゃなく従わせたモンスターたちも襲った迷宮のマナや生成素材を喰らいつくしていく性質に変化してることだ」
「それは…… またどうして?」
「調べてレポートにすれば君も教授候補だ」
ニヤリと教授は顔をゆがませる。どうやらマジなようだ。
自分の腹のこともまとめればそこそこの成果を上げられるとも言われてるし、この人の近くにいるだけで尖ったダンジョン知識が知らない間に増えていく気がする。
「俺はもともと親の借金が返せたらぶらぶら宝探しするつもりだったんですよ」
「ふむ。確かに君のとった学科はお父上のそれに近いな」
「まあ、あんなちゃらんぽらんで妻ラブな父ですけど、こと『仕事』に関しては一応『ギルド最高の偵察士』ですからね」
「お父上の上位ランカーが戦闘職ばかりなのは、誰のせいなんだろうね」
元シングルクラスがよく言うよ。
「お、来たか…… まあ、死なないように」
「はい」
最初は微小だった地響きが徐々に大きくなるにつれ、森の向こうから土煙が上がってきた。
俺はゴーグルのベルトを締め、ウエストポーチから使い込まれた平たいナイフを取り出した。
「もう少し大きなナイフもあるが、使うかい?」
「普段使い慣れてるもののほうが安全ですし」
俺はナイフにそっとマナを流し込む。仄かな青い光を放つナイフを見た教授は、おどけた顔でそれを了承した。
「……ここ、かなり人の手が入ってるな。いや、洞窟型の迷宮じゃない可能性?」
後輩の編入生ミルを追いかけて、大陸南の洞窟「レントピア」やってきたが、肝心のミルさんを見失ってしまった。
もともとフィジカル強めな雰囲気のあった彼女だが、故郷が襲われそうになった危機感からリミッターが超えてしまったようだ。
仕方なく自力で核へ向かおうと周囲を見回したが、通常の洞窟型とは色々異なるポイントが多い。
「しかも結構歩いたのにモンスター一匹すらいない……」
こうなると現在地を把握するのがまず第一だ。
今俺が立ってる場所は、洞窟にしては珍しい石畳とアーチ状にくり抜かれた岩盤の廊下だ。
壁には外光を取り入れてると思われる水晶灯が顔をのぞかせており、暗くはないのだが遠くまではわからない。曲がりくねってないのが救いだ。
歩く音以外が響くわけでもないので、生き物や川の存在がないようだ。その割に苔むした場所もあることから湿度が高いのかもしれない。となると、地底湖にあたる水源があるはずだ。
「風はあるかな」
俺は緊急用のウエストポーチから人差し指サイズの発煙筒を取り出し、火をつけた。激しく燃焼しない代わりにゆっくりと煙が舞い上がり、それが真上に昇るのを見てガッカリする。
「風はないか…… あれ?」
よく見ると、アーチ状の岩盤は切れ目ごとに隙間が空いている。煙はそこへ吸い込まれて消えていくのを見ると、どうも天井はさらに高いらしい。
「上がダメなら、下だ」
今度は紫色の蝋燭を取り出して火をつけ、床に置く。
溶けた蝋が燃えて床に溢れる。もちろん蝋そのものが床に溢れているわけではない。
「お、こっちはちゃんと機能するぞ」
本来は別の魔工具とセットで罠探しに使うのだが、俺は裸眼で見ることができる。
つまりマナやトラップに反応する魔蝋だ。
俺は溢れたマナの煙をトレースすると、この無闇に真っ直ぐな通路の謎にぶち当たった。途中でマナが途切れる区切りがあるのだ。
「これってもしかして」
幼い頃に父さんと迷宮に潜り込んだ時のワクワクを思い出す。
しかし今はそうも言っていられない。一刻も早く……
「わっわっわ!」
「ん?」
突然頭上に聞き覚えのある声がした。
「んぷっ!!」
確認しようと見上げたら、顔が柔らかい『なにか』にぶつかった。大きすぎず小さすぎず、それでいてすべてを包みこんでくれる温もりを兼ね備えた……
「きゃあっ! ホリエル先輩!?」
「って、ミルさん!?」
「え、え? なんで? ママに向かって走ったはずなのに!」
「ちょい待てっ!」
振り向いてダッシュしようとした彼女の腕をなんとか掴む。
「離してください! ママの所に行くんです!」
「違う! このまま急いでもたどり着かないから!」
「そんなことは……!」
言いかけて彼女は足を止めた。
よく見ると既に全身汗だくで、肩で息をしている。自分がどれだけ走ってるのか、止められてようやく気づいたらしい。
「なんで…… おかしい」
「おかしくないよ。ここで防衛機能が働いてるんだ」
そしてその機能があったから、彼女は迷宮から出られず、外からも見つからなかったんだろう。
「防衛機能?」
「ここの通路、無限ループだ」
俺は通路の奥、まさに今彼女がでてきた場所に手を突っ込んだ。
「先輩、腕が!」
「多分通路の反対側に出てるよ」
「全然気が付かなかった……」
「本当の天井が見えないように二重天井になってるからおかしいと思ったんだ」
「どういうことですか?」
「迷宮で使われる無限ループは転送円と違って、空間を繋ぎ続ける必要がある。だから、実はここと通路の反対側の次元を天井を伝って繋いでいるんだ」
しかし、ミルさんはぽかんとしたままだ。
「……わかる?」
「わかりません」
「んー、簡単に言うと、ここの壁が天井を伝って向こう側の壁になってて、ここに入ると天井を伝って向こう側に出る、って感じかな? 本来の天井には薄~く俺の腕が伸びてるはずなんだよ」
頼む、これ以上簡単な説明は無理だ。
「とりあえず、この先に行けないことが分かりました」
「まあ、それでもいいよ」
「で、これはどうやったら抜けれるんですか!」
そうだよ、それが一番大事な話。
「昔は、この通路の先に核のフロアがあったの?」
「はい!」
「でも、このループ通路は普段使わないから、通った記憶があるとしたら……」
俺はちょうど中央に立つようループ通路の距離を測り、ゴーグルをかけた。
周囲は先ほどと特に変わらないが、足元の魔蝋は完全に見えなくなった。機能を確認すると壁の方に目を向けてオンオフを繰り返す。
「あった」
見つけたのはささやかな切れ目。周辺の壁と同化し、光の隙間を利用した天然の「隠し扉」だ。
肉眼でもマナフィルターでも、切り替える方法まで思いつかないと見つからない心理を突いた隠し方にこの迷宮の難易度を垣間見た。
「よし、この先にはもう罠はないな」
「……なんか、流石です。私の方が詳しいはずなのに」
「今は緊急事態だからかもね」
隠し扉から少し歩くと徐々に道が広くなり、造りの綺麗なアーチを抜けると、途端に大広間に出た。
「うわ、なんだここ」
広すぎて先ほどまで反響していた自分の声が天井に吸い込まれていく。
「ママ! ママ!」
「ちょ、ミルさん!?」
彼女はまた暗闇に向かって走り出した。もしかしたら暗視の能力でもあるんだろうか、まったく目標が見えてないのに全速力で俺から離れていく。
しかしそんな心配はすぐに解消された。
「うぁっ!?」
突然壁面が強い光を発して、部屋全体を明るく照らし出す。想像の倍以上もある広い部屋が光で満たされ、とんでもないものが眼前に現れた。
『ミル…… よく戻った』
「ママ! ここが襲われるって聞いてもどってきたの! 大丈夫!?」
「ママ、か…… スケールが違うな」
真っ白なたてがみに白銀の鱗。人の数倍はあろう体長に水晶のような角。鋭いかぎ爪は空気すら切り裂きそうな雰囲気すら感じる。
モンスターの中でも神話級の生物…… 竜だ。
『そなたは誰ぞ』
「あの人はホリエル先輩! 新しい学園で色々教えてくれるの」
『そうか…… この子が世話になっているな』
「は、はは。竜に感謝されちゃったぜ」
同時に、俺はある事を察した。
「あなたは、この迷宮の核ですね」
『いかにも。何故分かった?』
「この迷宮、素材型でも誘引型でもない。報告例もごく僅かしかない、珍しい『試練型』です」
ミルさんと出会ってから名前だけ聞いていた「迷宮レントピア」について、後日自分でも調べてみた。
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俺が調べてきた内容を語ると、目の前の白竜は何も言わず頷いた。
「だけどその竜は、倒されてもまた翌年には復活している。さらに、この迷宮から出ようともしない。まるで迷宮にしばりつけられているかのように」
『なるほど、ミルが懐くのも分かる』
だが近年はその村も人口が減って統合したりなどで迷宮の言い伝えが正確に伝わらなくなったり、近代化に伴って利用者が減ったりと、正しい情報を伝えるものが減っていったのだろう。
シスブラリア迷宮から始まった大暴走も、当時は近くの村がある意味で「管理」できていたおかげで今まで起きなかった可能性がある。
「ママ安心して。私がここを守るから」
『……我が試練を達成できぬ若輩者に、何ができる』
「も、もう! 私だっていろいろ勉強したんだよ!」
『我が守りも取れぬうちは信用できん』
「むぅ! いいよ、勝手に守るから!」
なるほど、フィジカルの原因はここか。
「そういうわけだから先輩、助けてください!」
「潔いな」
まあ、元からそのつもりだったけど。
『だが、転送円を使ってのズルはいささか無視できぬ』
「へ?」
『入りなおすがよい、挑戦者よ』
「いや、俺は挑戦とか――」
ふわり、と体が歪む。
だが、転送魔法ではない。これは無限ループののののおおおぉぉぉ……
◇
「ここは歴史的にも貴重な迷宮なんだ。なんとしても――」
「……ぉぉぉおおおおおののの!」
突然重力を感じたものの、受け身が取れず尻餅をついた。
「ディグラッド君!?」
「痛ったたた…… え、教授!?」
俺が放り出された先は見覚えのないテントの、見覚えのある人の近くだった。
「君はどこから湧いてきたんだ」
「えーっと、へへへ……」
周囲は探索者ギルドの中でもかなりの精鋭たちが集まる大型のテントのようで、作戦会議の途中だったらしい。
テントの場所は、まさにレントピアの真ん前。
「ちょ、ちょうどいい! 聞いてください」
とりあえず俺は内部の情報含めて知ってることを報告した。
ガブリックが話してた内容は被っていたが、レントピア迷宮についての情報は割と分からないことが多かったらしい。ミルさんに出会わなければそもそも俺も調べてないし、ここにいない。
「なら君も吾氏らの討伐隊に参加してくれ」
「え、お、俺もですか?」
「それはいくらなんでも。ただのアンカー教授の助手なんでしょ?」
声を上げたのは知らないオジサンだ。見た目は紫の軽鎧にショートソードっぽい剣をいくつか持っている。普通に考えると前衛の探索者なんだろう。わざわざ席を立ってアピールするあたり俺とは仲良くなれそうにない。
「そうは言うが、吾氏のフィールドワークにもそつなくついてこれるフィジカルもあるし、戦闘経験もあるぞ。レッサーシザーにも臆せず戦うのを見ているしな」
「教授、盛りすぎですって!」
「今回の土俵は野外なんですよ。若手でダンジョンマイスターとかいうよくわかんない職業で、本当に役に立つんですか?」
ぴし、と空気が凍りついた。
「新人か? グラモントさんを知らないってことは」
あ、ケミーさんだ。顔が普段と全く違う、現場の顔になっている。教授をいつもの呼び方してないってことは、この会議相当重要なものなんじゃ……
「今やダンジョンマイスターの出す利益はギルドの総売上における四割を叩き出してます。あなたはそのうちどれだけを貢献してますか?」
あれは別の探索者だ。灰色のローブと魔工具だらけの左腕は、マナで覆われてて近寄りがたい。発言の内容からも結構クラスの高い人なのかも。
「まあまあ。今はいがみ合う時間じゃない。ソラン殿もここは穏便に」
「ん、まあそう仰るなら」
ソランと呼ばれた紫のおっさんはニヤニヤしながら席に戻った。
そこからは水掛け論と下らないマウント取りばかりで不毛なやり取りが続いた。
程なくして監視組から大暴走の先陣が近づいてきたタイミングで全員が配置についた。
……もちろん俺もその一員に。
「直接前線に出る必要はないさ。普段通り、な」
「はい」
一応、学園で一般的な戦闘経験は積んでいる。
マナが見える目のおかげで魔法の挙動やマナトラップにも強い。
「そう言えば教授」
「ん? どうした」
「今回問題になった『迷宮喰らい』って、教授の家にいるようなやつなんですか?」
「ああ、そうか。会議の最初いなかったから知らんか。えーと」
教授は手元の資料をめくり直し、最初の資料を俺に見せた。
「!? これ、なんですか?」
「そう思うのも無理はない。こいつらは吾氏らの知る規格の外にいる存在のようだ」
頭が肉食獣を思わせる風貌、上半身が人間に近い肩と魚鱗のような外皮。下半身は数本の蛇の尾が生えて足のように上半身を支えている絵がそこにあった。
「目撃情報を元に描かれたものだ」
「……まるでまともな存在じゃない」
「それだけじゃない。こいつが核であった迷宮を住まいにしていたモンスターが、みんな揃って従っている。ただの大暴走と思わないほうがいい」
どうもあの会議が重い理由はこの辺にあったようだ。俺が無許可乱入したことが原因じゃないことにホッとしつつ、より事態の重さを痛感した。
「恐ろしいのは、迷宮喰らいだけじゃなく従わせたモンスターたちも襲った迷宮のマナや生成素材を喰らいつくしていく性質に変化してることだ」
「それは…… またどうして?」
「調べてレポートにすれば君も教授候補だ」
ニヤリと教授は顔をゆがませる。どうやらマジなようだ。
自分の腹のこともまとめればそこそこの成果を上げられるとも言われてるし、この人の近くにいるだけで尖ったダンジョン知識が知らない間に増えていく気がする。
「俺はもともと親の借金が返せたらぶらぶら宝探しするつもりだったんですよ」
「ふむ。確かに君のとった学科はお父上のそれに近いな」
「まあ、あんなちゃらんぽらんで妻ラブな父ですけど、こと『仕事』に関しては一応『ギルド最高の偵察士』ですからね」
「お父上の上位ランカーが戦闘職ばかりなのは、誰のせいなんだろうね」
元シングルクラスがよく言うよ。
「お、来たか…… まあ、死なないように」
「はい」
最初は微小だった地響きが徐々に大きくなるにつれ、森の向こうから土煙が上がってきた。
俺はゴーグルのベルトを締め、ウエストポーチから使い込まれた平たいナイフを取り出した。
「もう少し大きなナイフもあるが、使うかい?」
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俺はナイフにそっとマナを流し込む。仄かな青い光を放つナイフを見た教授は、おどけた顔でそれを了承した。
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