お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第1殿 男の腹に新たな命

第17洞 裸の付き合い

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 人とダンジョンの共生。
 それを最初に提言したのは、東部のとある小さな国家だった。

 人々は洞窟から恩恵を受け、塔を敬い、神殿に挑戦し、城とともに暮らす。
 その考えが大陸に広まり、「ダンジョンマイスター」という概念が生まれた。

「そういうわけで、ダンジョンマイスターの先駆けとなる『温泉』について体験し、各自レポートを書くため七日かけての研修旅行を実施する」

 あれから数日後の早朝。
 学園の最寄り地下駅には、研究生達の人混みで珍しく賑わっていた。

 アンカー教授が研究生を連れて向かう先は、大陸でも東の方にあるジッポン半島と呼ばれる場所。火山が多く危険な迷宮が多数発見されているこの土地には他にはない「熱い水」が湧くことでも有名である。

「授業を空けるわけには行かない、ってのをこういう形で穴埋めするのはうまいと言うか、ズルいと言うか」
「ディグラッド君、ズルいはつまり賢いと言う意味だ。ただの休暇にすると『出ない』ものもあるだろう」

 授業というていだと学園から宿泊費という名目で幾らかお金も出る。俺やベルにとっては非常に助かるのは間違い無いので、俺もこれ以上は何も言わない。

 実はケイブリッチ学園も東部よりにあるにはあるが、この半島へ向かうためには大きな山をいくつも越える必要がある。
 もちろんそれらには多数のダンジョンもあるのだが、今回は目的が異なるということで近場まで通っている「地下洞窟」を通ることになった。

「今回は転送円じゃないんですね」
吾氏わしらが何の研究をしてるかを一から体験するには、こういうのもありだろう」

 山が多い地域は迷宮も物理的につながることも多いので、少し手を加えれば直通の道路を作ることはさほど難しくないのだ。

「移動が魔列車マナトレインって、あたしでも乗ったことないわ」
「ほほう、ラクナーシャ商会も滅多なことでは乗らないとは珍しい」
「――逆です。一般開放されてないんです」
「あらら、わたくし達は結構使うわよ? 依頼の迷宮が転送円に対応してないなんてザラだし」
「そりゃギルドほどの企業なら燃料も確保できますしね……」

 魔列車の動力源は言わずとしれた魔力マナロジーである。魔列車は地上を走る汽車と違って、迷宮や人間が生成する結晶を糧に走るため、燃料としては効率が悪い。

「まあ、結晶作成だけでお金が得られる依頼ミッションがあるくらいだからね、ギルドは」
「ケミーさんも駆け出しの頃は作ってたんですか?」
「わたくしはそういうの結構苦手で」
「あー、それっぽいですね」
「なんか言ったかしらディグくん?」

 そんな話をしていると、列車は静かに駅を出発した。



   ◇



 地下の車窓は壁だけのつまらないものばかりかと思いきや、意外と外の風景を見れる場所もあった。
 また土質や生産素材の成り方、果ては掘削方法までが地域によって様々で、ただのトンネル通過と思いきや「生きた資料」圧倒される移動だった。

 いくつかの中継駅を越えてたどり着いたのは、遥か山頂にうっすらと白い帽子をかぶった山々の谷間、別名に『不死鳥のタマゴ肌温泉』と呼ばれるギルドお抱えの宿泊施設『コイカナ』である。

「うわ、雪が積もってるじゃない、あの山」
「――いつ見ても高い。絶対行きたくないけど」
「あそこに用があるのは登山家くらいだ。吾氏らはもうちょっと下の方ならよく行くな」

 ベルの声が上ずっている。それに比べて他の人は声が低い。現実的というかなんというか。
 空はまだ青空が見えているが、太陽が山に隠れて見えないため少し薄暗い。雪も見えてるから寒いかと言われると案外そうではない。

「雪が見えてるってことは、こっちは冬なのかしら」
「――その割にここは暖かい」
「うむ。温泉というか山間のマグマ溜りが土中の水分を熱して…… 危ない、生徒の仕事を奪うところだった」

 一応研修という体を保つために口ごもる教授。
 他の研究生たちが泊まる部屋を割り振って初日のオリエンテーションを行うと、生徒たちは順次作業始めとなる。
 要するに、自習自由時間だ。

「さてと、ディグラッド君」
「はい?」
「昼前だが温泉に行かんか? ここの公衆温泉が露天風呂になっててな」
「ああ、いいです…… え? まだ昼間ですけど」
「よし、じゃあ大浴場で待っとるよ」

 まさかのお誘いに断るタイミングを逃し、俺は教授と温泉に行くことになった。
 そもそも俺にとってはそこがメインなわけだが。

「とはいってもワクワクしてるところもあるんだよなぁ」

 宿舎にも風呂がある。だが男女共用でかつ狭く、ゆっくり入れるわけではない。

 部屋に置いた荷物から着替えを取り出して宿の道案内をたどりながら石畳を進むと、程なくして脱衣所たどり着いた。

「お、教授はまだか。んじゃ先に」

 ささっと服を脱ぎ衝立を二つ越えて中に入ると、高い山に囲まれた美しい露天風呂が視界いっぱいに広がった。

「うわぁ…… 広いなぁ」

 ゆうに二十人は浸かれそうな石垣の湯船に、打たせ湯のような小さな滝がいくつか。
 時間が早いせいか

「まずは湯船に…… 熱っつ!」

 手桶に掬ったお湯は宿舎のお湯よりかなり高い。
 これが本場のお湯ってことか?
 恐る恐る足から入って全身お湯に浸けると、意外と熱さに適応しだした。

「あ、でもなかなかこれもアリだな」

 熱さに慣れてくるとじんわりと芯まで温まる快感に、湯船から出ようと思わなくなるのが風呂の不思議なところだ。

「お、ディグラッド君。もう入ってたのか」
「あ、教授。お先で…… うわぁ」
「ん、どうした? 人のカラダをジロジロと」

 ヤバイ。
 教授の体ヤバイ。
 まず筋肉がすごい。
 普段は着るものにこだわりがないせいか、ダサいおっさん代表みたいな服を着ているからわからないが、素肌だと筋肉の形が嫌というほどわかる。
 あれで現役探索者ではないとすると、当時はどれだけ凄かったのか。

 そして、当時の凄まじさを物語るように体中には大小さまざまな傷跡があちこちに散らばっている。

「体、傷だらけじゃないですか」
「ははは。まあね」
「モンスターとの戦闘で付いたものですか?」
「半分くらいはそうかな?」
「え? じゃあもう半分は?」
「この腕の辺りは崩落から逃げる時、こっちのは二階分の高さからの落下で。で、これが――」

 最後に指したところは、左上から袈裟懸けに体を分断している。その大きさは死んだと言われてもおかしくない。

「北部の迷宮で罠にかかって死んだ時だ」
「死んだ時…… え? 死んだ?」
「ああ、そうだよ。これの話、しなかったか?」

 教授はそう言いながらペンダントをちらつかせた。

「あ! そういえば『身代わりのアミュレット』の話してましたね」
「だろう? まあおかげで探索者は完全に引退することになったわけだけどな」

 ちなみに、体のあちこちの傷を指すたびにドでかいがビュンビュンしてる。
 すっげぇなあれ。

「ん? こいつも気になるかい?」
「い、いえいえ! でもどうしてそれをきっかけに探索者を辞めたんですか?」
「死んだ時の説明に付け加えたはずだが、魔法が使えなくなるからだよ。それはシングルクラスランキング一桁にとっては死活問題だ。また死ぬリスクを負うくらいなら、ってところだよ」

 そう言いながら手桶を拾い上げ、軽く体にお湯をかけて教授は湯船に浸かる。

「あ~ いいね。ダンジョンの恩恵を感じるよ。……ところでディグラッド君」
「はい?」
「あれから腹の調子はどうだ?」
「それなんですけどね」

 気が付いたのは、ここに向かう列車の中だ。

「実はちょっと、大きくなってるんです」
「どれ」
「ちょ、教授! いきなり触らないでくださいよ!」
「何言ってる、もう何度も触っとるだろう。……んー、触った感じ特に変わってないと思うが?」

 すりすりとお腹をまさぐる教授。時々圧迫してくることもあるので腹筋全体に力が入る。

「奥に向かって膨らんでるっていうか、こう全体にふわっとしてきた感じです」
「圧迫感は?」
「気にしなければ、特には」
「ふむ……」

 あ。ちょっとヤバイ。それ以上、下は……

「ふむ。考えられることが何点かある。ちなみに君の書いたギルド向けのレポートを読んだよ。よくできてた」
「ありがとうございます」
「で、そこにあった内容の一つに『敵対した迷宮喰らいと神殿の核を飲んだ』と書いてあったが、どこまで本当かね?」
「詳しくはゼツリンに聞いてもらった方が早いと思うんですが、書いてる通りです。俺も自分でそれが正確かどうかわかんないので」
「これは吾氏の仮説なんだが」

 ざば、と教授は湯船の中でたちあがった。うん、血行が良くなるとそうなるよね。温泉のせいだよね?

「君の中に宿った種は、環境型の中でも特に『他者とのつながり』を糧に成長しているんじゃないかと思うんだ」
「つながり、ですか?」
「うむ。人に宿ったことによって通常の成長と違うものを吸収することは種としてはよくある事だ。それが君の中で吸収されて、成長している」

 言われてみればそんな気もする。
 特に種がお腹に宿ってからの出来事は、学園に入ってからの何倍も忙しい。

 もとを辿れば自分のお節介焼きが原因でもあるが。

「だがね、吾氏のなかでは君の評価は会ったときと比べるとずいぶん変わった」
「そうですか? 特にそんなつもりは」
「最初の頃は、ものすごく重いオーラを纏っていたぞ? 近づくな、関わるなと背中が語っていた」

 え?
 そんなの聞いたことがない。
 そういえば、雑談らしい雑談はベルから振られる以外では特に話したことはないような。
 ――そんな、バカな。

「そんなことないですよ、友達も多いしサークルだって……」
「うちの研究室に来てからはそんな話を聞かないが?」

 ……あ、確かに。
 だけど俺は卒業間近だったし、みんな忙しそうにしてたはず。

「ほ、ほら。同級生はみんな卒業したし。教授もガブリックっていうやつご存じじゃないですか」
「恐らく彼自身が窓口となって友好関係を築いてきたんじゃないかね?」
「!」

 そこだけはすごく腑に落ちた。
 他の友人も顔が浮かぶが何を話したとかあまり浮かんでこない。

「だが、種を宿してからは環境が変わった。君は吾氏やラクナーシャ君らと積極的に関わるようになったし、多くの組織や環境へ進んで首を突っ込むようになったんじゃないかね」
「……たまたま、そう見えるだけじゃないですか?」

 認めたくない。
 けど、頭の中にはもう「答え」が出ている。

「吾氏は、今の君のほうが輝いてるように見えるぞ」
「それは…… どうも」
「だからこそ」

 教授はずい、と俺に近づく。
 頼む、せめて座ってくれ……

「君には、『帰る場所』が必要だ」
「へ?」

 ざぶん、と教授は俺と目線を合わせる。

「ラクナーシャ…… ベル君とはどうなんだ?」
「は? え、どう、とは?」
「もうセックスくらいはしたのか?」
「な、なな、何を言うんですか!」

 いきなり何を言うんだこのおっさんは!

「なんだ、まだ付き合ってないのか?」
「あ、あいつは幼馴染ですし、過去の事件からどっちかって言うと運命共同体っていうか」
「なんだ、女体に興味がないのか?」
「そうでもなくて!」

 がっはっは、と教授は大声で笑い飛ばす。

「あー、違うぞ。勘違いしないでくれ。彼女が『君の帰る理由』になったかどうか、という話だよ」
「だとしてもですよ!」
「はっはっは。実は吾氏もひとつ、申し訳ないと思ってな」
「……それは?」
「あの『迷宮喰らい』の力を見誤ってたことだ。あの土人形クレイゴーレムを作り出した残りには、ほとんど力は残ってなかったと思っていた。レポート読んだ今、君を神殿に送り出すなどということが間違いだったと反省している」

 なるほど、言わんとしたことは伝わる。

「君に無茶をさせた。済まない」
「いや、そこはまあ、なんというか……」

 あの瞬間は、わりとゼツリンという底上げもあったせいで全能感があったし。結果的には解決したから俺の中では大きな問題じゃないと思ってる。

「だが、もし「君に帰る場所がある」と言う意識があれば、もっと吾氏も安全な行動や考え方ができたかもしれん」

 今度は柔和な笑みを浮かべながら肩をたたく。教授なりの、気を使った笑い方なのかもしれない。

「もし嫌いでないなら、彼女との間に子を成しなさい」
「だからなんでそんなケミーさんみたいな……」
「もちろんマイナ君でもケミー君でもいい。――君が生きることを第一に考えられるようになるんならな」
「それは、そうかもですけど、 ――教授?」

 真剣な眼差しで俺を見る教授の目には、微かだが涙があるように見えた。

「人の命は、案外あっけない。最後の最後で死のきっかけをつくるのが、自分にならぬようにな」

 ざば、と湯で顔を洗うと教授は再びたちあがった。

「さて、吾氏は少し熱を冷ますよ。君はもう少しゆっくりするといい」

 教授が出ていったあと、俺はのぼせそうになりながらも熱いはずの湯船から、なかなか上がることができなかった。
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