18 / 83
第1殿 男の腹に新たな命
第17洞 裸の付き合い
しおりを挟む
人とダンジョンの共生。
それを最初に提言したのは、東部のとある小さな国家だった。
人々は洞窟から恩恵を受け、塔を敬い、神殿に挑戦し、城とともに暮らす。
その考えが大陸に広まり、「ダンジョンマイスター」という概念が生まれた。
「そういうわけで、ダンジョンマイスターの先駆けとなる『温泉』について体験し、各自レポートを書くため七日かけての研修旅行を実施する」
あれから数日後の早朝。
学園の最寄り地下駅には、研究生達の人混みで珍しく賑わっていた。
アンカー教授が研究生を連れて向かう先は、大陸でも東の方にあるジッポン半島と呼ばれる場所。火山が多く危険な迷宮が多数発見されているこの土地には他にはない「熱い水」が湧くことでも有名である。
「授業を空けるわけには行かない、ってのをこういう形で穴埋めするのはうまいと言うか、ズルいと言うか」
「ディグラッド君、ズルいはつまり賢いと言う意味だ。ただの休暇にすると『出ない』ものもあるだろう」
授業という体だと学園から宿泊費という名目で幾らかお金も出る。俺やベルにとっては非常に助かるのは間違い無いので、俺もこれ以上は何も言わない。
実はケイブリッチ学園も東部よりにあるにはあるが、この半島へ向かうためには大きな山をいくつも越える必要がある。
もちろんそれらには多数のダンジョンもあるのだが、今回は目的が異なるということで近場まで通っている「地下洞窟」を通ることになった。
「今回は転送円じゃないんですね」
「吾氏らが何の研究をしてるかを一から体験するには、こういうのもありだろう」
山が多い地域は迷宮も物理的につながることも多いので、少し手を加えれば直通の道路を作ることはさほど難しくないのだ。
「移動が魔列車って、あたしでも乗ったことないわ」
「ほほう、ラクナーシャ商会も滅多なことでは乗らないとは珍しい」
「――逆です。一般開放されてないんです」
「あらら、わたくし達は結構使うわよ? 依頼の迷宮が転送円に対応してないなんてザラだし」
「そりゃギルドほどの企業なら燃料も確保できますしね……」
魔列車の動力源は言わずとしれた魔力である。魔列車は地上を走る汽車と違って、迷宮や人間が生成する結晶を糧に走るため、燃料としては効率が悪い。
「まあ、結晶作成だけでお金が得られる依頼があるくらいだからね、ギルドは」
「ケミーさんも駆け出しの頃は作ってたんですか?」
「わたくしはそういうの結構苦手で」
「あー、それっぽいですね」
「なんか言ったかしらディグくん?」
そんな話をしていると、列車は静かに駅を出発した。
◇
地下の車窓は壁だけのつまらないものばかりかと思いきや、意外と外の風景を見れる場所もあった。
また土質や生産素材の成り方、果ては掘削方法までが地域によって様々で、ただのトンネル通過と思いきや「生きた資料」圧倒される移動だった。
いくつかの中継駅を越えてたどり着いたのは、遥か山頂にうっすらと白い帽子をかぶった山々の谷間、別名に『不死鳥のタマゴ肌温泉』と呼ばれるギルドお抱えの宿泊施設『コイカナ』である。
「うわ、雪が積もってるじゃない、あの山」
「――いつ見ても高い。絶対行きたくないけど」
「あそこに用があるのは登山家くらいだ。吾氏らはもうちょっと下の方ならよく行くな」
ベルの声が上ずっている。それに比べて他の人は声が低い。現実的というかなんというか。
空はまだ青空が見えているが、太陽が山に隠れて見えないため少し薄暗い。雪も見えてるから寒いかと言われると案外そうではない。
「雪が見えてるってことは、こっちは冬なのかしら」
「――その割にここは暖かい」
「うむ。温泉というか山間のマグマ溜りが土中の水分を熱して…… 危ない、生徒の仕事を奪うところだった」
一応研修という体を保つために口ごもる教授。
他の研究生たちが泊まる部屋を割り振って初日のオリエンテーションを行うと、生徒たちは順次作業始めとなる。
要するに、自習時間だ。
「さてと、ディグラッド君」
「はい?」
「昼前だが温泉に行かんか? ここの公衆温泉が露天風呂になっててな」
「ああ、いいです…… え? まだ昼間ですけど」
「よし、じゃあ大浴場で待っとるよ」
まさかのお誘いに断るタイミングを逃し、俺は教授と温泉に行くことになった。
そもそも俺にとってはそこがメインなわけだが。
「とはいってもワクワクしてるところもあるんだよなぁ」
宿舎にも風呂がある。だが男女共用でかつ狭く、ゆっくり入れるわけではない。
部屋に置いた荷物から着替えを取り出して宿の道案内をたどりながら石畳を進むと、程なくして脱衣所たどり着いた。
「お、教授はまだか。んじゃ先に」
ささっと服を脱ぎ衝立を二つ越えて中に入ると、高い山に囲まれた美しい露天風呂が視界いっぱいに広がった。
「うわぁ…… 広いなぁ」
ゆうに二十人は浸かれそうな石垣の湯船に、打たせ湯のような小さな滝がいくつか。
時間が早いせいか
「まずは湯船に…… 熱っつ!」
手桶に掬ったお湯は宿舎のお湯よりかなり高い。
これが本場のお湯ってことか?
恐る恐る足から入って全身お湯に浸けると、意外と熱さに適応しだした。
「あ、でもなかなかこれもアリだな」
熱さに慣れてくるとじんわりと芯まで温まる快感に、湯船から出ようと思わなくなるのが風呂の不思議なところだ。
「お、ディグラッド君。もう入ってたのか」
「あ、教授。お先で…… うわぁ」
「ん、どうした? 人のカラダをジロジロと」
ヤバイ。
教授の体ヤバイ。
まず筋肉がすごい。
普段は着るものにこだわりがないせいか、ダサいおっさん代表みたいな服を着ているからわからないが、素肌だと筋肉の形が嫌というほどわかる。
あれで現役探索者ではないとすると、当時はどれだけ凄かったのか。
そして、当時の凄まじさを物語るように体中には大小さまざまな傷跡があちこちに散らばっている。
「体、傷だらけじゃないですか」
「ははは。まあね」
「モンスターとの戦闘で付いたものですか?」
「半分くらいはそうかな?」
「え? じゃあもう半分は?」
「この腕の辺りは崩落から逃げる時、こっちのは二階分の高さからの落下で。で、これが――」
最後に指したところは、左上から袈裟懸けに体を分断している。その大きさは死んだと言われてもおかしくない。
「北部の迷宮で罠にかかって死んだ時だ」
「死んだ時…… え? 死んだ?」
「ああ、そうだよ。これの話、しなかったか?」
教授はそう言いながらペンダントをちらつかせた。
「あ! そういえば『身代わりのアミュレット』の話してましたね」
「だろう? まあおかげで探索者は完全に引退することになったわけだけどな」
ちなみに、体のあちこちの傷を指すたびにドでかいブツがビュンビュンしてる。
すっげぇなあれ。
「ん? こいつも気になるかい?」
「い、いえいえ! でもどうしてそれをきっかけに探索者を辞めたんですか?」
「死んだ時の説明に付け加えたはずだが、魔法が使えなくなるからだよ。それはシングルクラスにとっては死活問題だ。また死ぬリスクを負うくらいなら、ってところだよ」
そう言いながら手桶を拾い上げ、軽く体にお湯をかけて教授は湯船に浸かる。
「あ~ いいね。ダンジョンの恩恵を感じるよ。……ところでディグラッド君」
「はい?」
「あれから腹の調子はどうだ?」
「それなんですけどね」
気が付いたのは、ここに向かう列車の中だ。
「実はちょっと、大きくなってるんです」
「どれ」
「ちょ、教授! いきなり触らないでくださいよ!」
「何言ってる、もう何度も触っとるだろう。……んー、触った感じ特に変わってないと思うが?」
すりすりとお腹をまさぐる教授。時々圧迫してくることもあるので腹筋全体に力が入る。
「奥に向かって膨らんでるっていうか、こう全体にふわっとしてきた感じです」
「圧迫感は?」
「気にしなければ、特には」
「ふむ……」
あ。ちょっとヤバイ。それ以上、下は……
「ふむ。考えられることが何点かある。ちなみに君の書いたギルド向けのレポートを読んだよ。よくできてた」
「ありがとうございます」
「で、そこにあった内容の一つに『敵対した迷宮喰らいと神殿の核を飲んだ』と書いてあったが、どこまで本当かね?」
「詳しくはゼツリンに聞いてもらった方が早いと思うんですが、書いてる通りです。俺も自分でそれが正確かどうかわかんないので」
「これは吾氏の仮説なんだが」
ざば、と教授は湯船の中でたちあがった。うん、血行が良くなるとそうなるよね。温泉のせいだよね?
「君の中に宿った種は、環境型の中でも特に『他者とのつながり』を糧に成長しているんじゃないかと思うんだ」
「つながり、ですか?」
「うむ。人に宿ったことによって通常の成長と違うものを吸収することは種としてはよくある事だ。それが君の中で吸収されて、成長している」
言われてみればそんな気もする。
特に種がお腹に宿ってからの出来事は、学園に入ってからの何倍も忙しい。
もとを辿れば自分のお節介焼きが原因でもあるが。
「だがね、吾氏のなかでは君の評価は会ったときと比べるとずいぶん変わった」
「そうですか? 特にそんなつもりは」
「最初の頃は、ものすごく重いオーラを纏っていたぞ? 近づくな、関わるなと背中が語っていた」
え?
そんなの聞いたことがない。
そういえば、雑談らしい雑談はベルから振られる以外では特に話したことはないような。
――そんな、バカな。
「そんなことないですよ、友達も多いしサークルだって……」
「うちの研究室に来てからはそんな話を聞かないが?」
……あ、確かに。
だけど俺は卒業間近だったし、みんな忙しそうにしてたはず。
「ほ、ほら。同級生はみんな卒業したし。教授もガブリックっていうやつご存じじゃないですか」
「恐らく彼自身が窓口となって友好関係を築いてきたんじゃないかね?」
「!」
そこだけはすごく腑に落ちた。
他の友人も顔が浮かぶが何を話したとかあまり浮かんでこない。
「だが、種を宿してからは環境が変わった。君は吾氏やラクナーシャ君らと積極的に関わるようになったし、多くの組織や環境へ進んで首を突っ込むようになったんじゃないかね」
「……たまたま、そう見えるだけじゃないですか?」
認めたくない。
けど、頭の中にはもう「答え」が出ている。
「吾氏は、今の君のほうが輝いてるように見えるぞ」
「それは…… どうも」
「だからこそ」
教授はずい、と俺に近づく。
頼む、せめて座ってくれ……
「君には、『帰る場所』が必要だ」
「へ?」
ざぶん、と教授は俺と目線を合わせる。
「ラクナーシャ…… ベル君とはどうなんだ?」
「は? え、どう、とは?」
「もうセックスくらいはしたのか?」
「な、なな、何を言うんですか!」
いきなり何を言うんだこのおっさんは!
「なんだ、まだ付き合ってないのか?」
「あ、あいつは幼馴染ですし、過去の事件からどっちかって言うと運命共同体っていうか」
「なんだ、女体に興味がないのか?」
「そうでもなくて!」
がっはっは、と教授は大声で笑い飛ばす。
「あー、違うぞ。勘違いしないでくれ。彼女が『君の帰る理由』になったかどうか、という話だよ」
「だとしてもですよ!」
「はっはっは。実は吾氏もひとつ、申し訳ないと思ってな」
「……それは?」
「あの『迷宮喰らい』の力を見誤ってたことだ。あの土人形を作り出した残りには、ほとんど力は残ってなかったと思っていた。レポート読んだ今、君を神殿に送り出すなどということが間違いだったと反省している」
なるほど、言わんとしたことは伝わる。
「君に無茶をさせた。済まない」
「いや、そこはまあ、なんというか……」
あの瞬間は、わりとゼツリンという底上げもあったせいで全能感があったし。結果的には解決したから俺の中では大きな問題じゃないと思ってる。
「だが、もし「君に帰る場所がある」と言う意識があれば、もっと吾氏も安全な行動や考え方ができたかもしれん」
今度は柔和な笑みを浮かべながら肩をたたく。教授なりの、気を使った笑い方なのかもしれない。
「もし嫌いでないなら、彼女との間に子を成しなさい」
「だからなんでそんなケミーさんみたいな……」
「もちろんマイナ君でもケミー君でもいい。――君が生きることを第一に考えられるようになるんならな」
「それは、そうかもですけど、 ――教授?」
真剣な眼差しで俺を見る教授の目には、微かだが涙があるように見えた。
「人の命は、案外あっけない。最後の最後で死のきっかけをつくるのが、自分にならぬようにな」
ざば、と湯で顔を洗うと教授は再びたちあがった。
「さて、吾氏は少し熱を冷ますよ。君はもう少しゆっくりするといい」
教授が出ていったあと、俺はのぼせそうになりながらも熱いはずの湯船から、なかなか上がることができなかった。
それを最初に提言したのは、東部のとある小さな国家だった。
人々は洞窟から恩恵を受け、塔を敬い、神殿に挑戦し、城とともに暮らす。
その考えが大陸に広まり、「ダンジョンマイスター」という概念が生まれた。
「そういうわけで、ダンジョンマイスターの先駆けとなる『温泉』について体験し、各自レポートを書くため七日かけての研修旅行を実施する」
あれから数日後の早朝。
学園の最寄り地下駅には、研究生達の人混みで珍しく賑わっていた。
アンカー教授が研究生を連れて向かう先は、大陸でも東の方にあるジッポン半島と呼ばれる場所。火山が多く危険な迷宮が多数発見されているこの土地には他にはない「熱い水」が湧くことでも有名である。
「授業を空けるわけには行かない、ってのをこういう形で穴埋めするのはうまいと言うか、ズルいと言うか」
「ディグラッド君、ズルいはつまり賢いと言う意味だ。ただの休暇にすると『出ない』ものもあるだろう」
授業という体だと学園から宿泊費という名目で幾らかお金も出る。俺やベルにとっては非常に助かるのは間違い無いので、俺もこれ以上は何も言わない。
実はケイブリッチ学園も東部よりにあるにはあるが、この半島へ向かうためには大きな山をいくつも越える必要がある。
もちろんそれらには多数のダンジョンもあるのだが、今回は目的が異なるということで近場まで通っている「地下洞窟」を通ることになった。
「今回は転送円じゃないんですね」
「吾氏らが何の研究をしてるかを一から体験するには、こういうのもありだろう」
山が多い地域は迷宮も物理的につながることも多いので、少し手を加えれば直通の道路を作ることはさほど難しくないのだ。
「移動が魔列車って、あたしでも乗ったことないわ」
「ほほう、ラクナーシャ商会も滅多なことでは乗らないとは珍しい」
「――逆です。一般開放されてないんです」
「あらら、わたくし達は結構使うわよ? 依頼の迷宮が転送円に対応してないなんてザラだし」
「そりゃギルドほどの企業なら燃料も確保できますしね……」
魔列車の動力源は言わずとしれた魔力である。魔列車は地上を走る汽車と違って、迷宮や人間が生成する結晶を糧に走るため、燃料としては効率が悪い。
「まあ、結晶作成だけでお金が得られる依頼があるくらいだからね、ギルドは」
「ケミーさんも駆け出しの頃は作ってたんですか?」
「わたくしはそういうの結構苦手で」
「あー、それっぽいですね」
「なんか言ったかしらディグくん?」
そんな話をしていると、列車は静かに駅を出発した。
◇
地下の車窓は壁だけのつまらないものばかりかと思いきや、意外と外の風景を見れる場所もあった。
また土質や生産素材の成り方、果ては掘削方法までが地域によって様々で、ただのトンネル通過と思いきや「生きた資料」圧倒される移動だった。
いくつかの中継駅を越えてたどり着いたのは、遥か山頂にうっすらと白い帽子をかぶった山々の谷間、別名に『不死鳥のタマゴ肌温泉』と呼ばれるギルドお抱えの宿泊施設『コイカナ』である。
「うわ、雪が積もってるじゃない、あの山」
「――いつ見ても高い。絶対行きたくないけど」
「あそこに用があるのは登山家くらいだ。吾氏らはもうちょっと下の方ならよく行くな」
ベルの声が上ずっている。それに比べて他の人は声が低い。現実的というかなんというか。
空はまだ青空が見えているが、太陽が山に隠れて見えないため少し薄暗い。雪も見えてるから寒いかと言われると案外そうではない。
「雪が見えてるってことは、こっちは冬なのかしら」
「――その割にここは暖かい」
「うむ。温泉というか山間のマグマ溜りが土中の水分を熱して…… 危ない、生徒の仕事を奪うところだった」
一応研修という体を保つために口ごもる教授。
他の研究生たちが泊まる部屋を割り振って初日のオリエンテーションを行うと、生徒たちは順次作業始めとなる。
要するに、自習時間だ。
「さてと、ディグラッド君」
「はい?」
「昼前だが温泉に行かんか? ここの公衆温泉が露天風呂になっててな」
「ああ、いいです…… え? まだ昼間ですけど」
「よし、じゃあ大浴場で待っとるよ」
まさかのお誘いに断るタイミングを逃し、俺は教授と温泉に行くことになった。
そもそも俺にとってはそこがメインなわけだが。
「とはいってもワクワクしてるところもあるんだよなぁ」
宿舎にも風呂がある。だが男女共用でかつ狭く、ゆっくり入れるわけではない。
部屋に置いた荷物から着替えを取り出して宿の道案内をたどりながら石畳を進むと、程なくして脱衣所たどり着いた。
「お、教授はまだか。んじゃ先に」
ささっと服を脱ぎ衝立を二つ越えて中に入ると、高い山に囲まれた美しい露天風呂が視界いっぱいに広がった。
「うわぁ…… 広いなぁ」
ゆうに二十人は浸かれそうな石垣の湯船に、打たせ湯のような小さな滝がいくつか。
時間が早いせいか
「まずは湯船に…… 熱っつ!」
手桶に掬ったお湯は宿舎のお湯よりかなり高い。
これが本場のお湯ってことか?
恐る恐る足から入って全身お湯に浸けると、意外と熱さに適応しだした。
「あ、でもなかなかこれもアリだな」
熱さに慣れてくるとじんわりと芯まで温まる快感に、湯船から出ようと思わなくなるのが風呂の不思議なところだ。
「お、ディグラッド君。もう入ってたのか」
「あ、教授。お先で…… うわぁ」
「ん、どうした? 人のカラダをジロジロと」
ヤバイ。
教授の体ヤバイ。
まず筋肉がすごい。
普段は着るものにこだわりがないせいか、ダサいおっさん代表みたいな服を着ているからわからないが、素肌だと筋肉の形が嫌というほどわかる。
あれで現役探索者ではないとすると、当時はどれだけ凄かったのか。
そして、当時の凄まじさを物語るように体中には大小さまざまな傷跡があちこちに散らばっている。
「体、傷だらけじゃないですか」
「ははは。まあね」
「モンスターとの戦闘で付いたものですか?」
「半分くらいはそうかな?」
「え? じゃあもう半分は?」
「この腕の辺りは崩落から逃げる時、こっちのは二階分の高さからの落下で。で、これが――」
最後に指したところは、左上から袈裟懸けに体を分断している。その大きさは死んだと言われてもおかしくない。
「北部の迷宮で罠にかかって死んだ時だ」
「死んだ時…… え? 死んだ?」
「ああ、そうだよ。これの話、しなかったか?」
教授はそう言いながらペンダントをちらつかせた。
「あ! そういえば『身代わりのアミュレット』の話してましたね」
「だろう? まあおかげで探索者は完全に引退することになったわけだけどな」
ちなみに、体のあちこちの傷を指すたびにドでかいブツがビュンビュンしてる。
すっげぇなあれ。
「ん? こいつも気になるかい?」
「い、いえいえ! でもどうしてそれをきっかけに探索者を辞めたんですか?」
「死んだ時の説明に付け加えたはずだが、魔法が使えなくなるからだよ。それはシングルクラスにとっては死活問題だ。また死ぬリスクを負うくらいなら、ってところだよ」
そう言いながら手桶を拾い上げ、軽く体にお湯をかけて教授は湯船に浸かる。
「あ~ いいね。ダンジョンの恩恵を感じるよ。……ところでディグラッド君」
「はい?」
「あれから腹の調子はどうだ?」
「それなんですけどね」
気が付いたのは、ここに向かう列車の中だ。
「実はちょっと、大きくなってるんです」
「どれ」
「ちょ、教授! いきなり触らないでくださいよ!」
「何言ってる、もう何度も触っとるだろう。……んー、触った感じ特に変わってないと思うが?」
すりすりとお腹をまさぐる教授。時々圧迫してくることもあるので腹筋全体に力が入る。
「奥に向かって膨らんでるっていうか、こう全体にふわっとしてきた感じです」
「圧迫感は?」
「気にしなければ、特には」
「ふむ……」
あ。ちょっとヤバイ。それ以上、下は……
「ふむ。考えられることが何点かある。ちなみに君の書いたギルド向けのレポートを読んだよ。よくできてた」
「ありがとうございます」
「で、そこにあった内容の一つに『敵対した迷宮喰らいと神殿の核を飲んだ』と書いてあったが、どこまで本当かね?」
「詳しくはゼツリンに聞いてもらった方が早いと思うんですが、書いてる通りです。俺も自分でそれが正確かどうかわかんないので」
「これは吾氏の仮説なんだが」
ざば、と教授は湯船の中でたちあがった。うん、血行が良くなるとそうなるよね。温泉のせいだよね?
「君の中に宿った種は、環境型の中でも特に『他者とのつながり』を糧に成長しているんじゃないかと思うんだ」
「つながり、ですか?」
「うむ。人に宿ったことによって通常の成長と違うものを吸収することは種としてはよくある事だ。それが君の中で吸収されて、成長している」
言われてみればそんな気もする。
特に種がお腹に宿ってからの出来事は、学園に入ってからの何倍も忙しい。
もとを辿れば自分のお節介焼きが原因でもあるが。
「だがね、吾氏のなかでは君の評価は会ったときと比べるとずいぶん変わった」
「そうですか? 特にそんなつもりは」
「最初の頃は、ものすごく重いオーラを纏っていたぞ? 近づくな、関わるなと背中が語っていた」
え?
そんなの聞いたことがない。
そういえば、雑談らしい雑談はベルから振られる以外では特に話したことはないような。
――そんな、バカな。
「そんなことないですよ、友達も多いしサークルだって……」
「うちの研究室に来てからはそんな話を聞かないが?」
……あ、確かに。
だけど俺は卒業間近だったし、みんな忙しそうにしてたはず。
「ほ、ほら。同級生はみんな卒業したし。教授もガブリックっていうやつご存じじゃないですか」
「恐らく彼自身が窓口となって友好関係を築いてきたんじゃないかね?」
「!」
そこだけはすごく腑に落ちた。
他の友人も顔が浮かぶが何を話したとかあまり浮かんでこない。
「だが、種を宿してからは環境が変わった。君は吾氏やラクナーシャ君らと積極的に関わるようになったし、多くの組織や環境へ進んで首を突っ込むようになったんじゃないかね」
「……たまたま、そう見えるだけじゃないですか?」
認めたくない。
けど、頭の中にはもう「答え」が出ている。
「吾氏は、今の君のほうが輝いてるように見えるぞ」
「それは…… どうも」
「だからこそ」
教授はずい、と俺に近づく。
頼む、せめて座ってくれ……
「君には、『帰る場所』が必要だ」
「へ?」
ざぶん、と教授は俺と目線を合わせる。
「ラクナーシャ…… ベル君とはどうなんだ?」
「は? え、どう、とは?」
「もうセックスくらいはしたのか?」
「な、なな、何を言うんですか!」
いきなり何を言うんだこのおっさんは!
「なんだ、まだ付き合ってないのか?」
「あ、あいつは幼馴染ですし、過去の事件からどっちかって言うと運命共同体っていうか」
「なんだ、女体に興味がないのか?」
「そうでもなくて!」
がっはっは、と教授は大声で笑い飛ばす。
「あー、違うぞ。勘違いしないでくれ。彼女が『君の帰る理由』になったかどうか、という話だよ」
「だとしてもですよ!」
「はっはっは。実は吾氏もひとつ、申し訳ないと思ってな」
「……それは?」
「あの『迷宮喰らい』の力を見誤ってたことだ。あの土人形を作り出した残りには、ほとんど力は残ってなかったと思っていた。レポート読んだ今、君を神殿に送り出すなどということが間違いだったと反省している」
なるほど、言わんとしたことは伝わる。
「君に無茶をさせた。済まない」
「いや、そこはまあ、なんというか……」
あの瞬間は、わりとゼツリンという底上げもあったせいで全能感があったし。結果的には解決したから俺の中では大きな問題じゃないと思ってる。
「だが、もし「君に帰る場所がある」と言う意識があれば、もっと吾氏も安全な行動や考え方ができたかもしれん」
今度は柔和な笑みを浮かべながら肩をたたく。教授なりの、気を使った笑い方なのかもしれない。
「もし嫌いでないなら、彼女との間に子を成しなさい」
「だからなんでそんなケミーさんみたいな……」
「もちろんマイナ君でもケミー君でもいい。――君が生きることを第一に考えられるようになるんならな」
「それは、そうかもですけど、 ――教授?」
真剣な眼差しで俺を見る教授の目には、微かだが涙があるように見えた。
「人の命は、案外あっけない。最後の最後で死のきっかけをつくるのが、自分にならぬようにな」
ざば、と湯で顔を洗うと教授は再びたちあがった。
「さて、吾氏は少し熱を冷ますよ。君はもう少しゆっくりするといい」
教授が出ていったあと、俺はのぼせそうになりながらも熱いはずの湯船から、なかなか上がることができなかった。
1
あなたにおすすめの小説
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
タイム連打ってなんだよ(困惑)
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
「リオ、お前をパーティから追放する。お前のようなハズレスキルのザコは足手まといなんだよ」
王都の冒険者ギルドにて、若手冒険者のリオは、リーダーの身勝手な都合によってパーティから追い出されてしまい、同時に後宮では、聖女の降臨や第一王子の婚約破棄などが話題になっていた。
パーティを追放されたリオは、ある日商隊の護衛依頼を受けた際、野盗に襲われる可憐な少女を助けることになるのだが、彼女は第一王子から婚約破棄された上に濡れ衣を着せられて迫害された元公爵令嬢こと、アイリスだった。
アイリスとの出会いから始まる冒険の旅、行く先々で様々な思惑によって爪弾きにされてしまった者達を受け入れていく内に、彼はある決意をする。
「作ろう。誰もが幸せに過ごせる、そんな居場所を」
目指すべき理想、突き動かされる世界、そしてハズレスキル【タイム連打】に隠されたリオの本当の力とは?
※安心安全安定安泰の四安揃った、ハピエン確定のハズレスキル無双です。
『エ○ーマンが倒せない』は関係ありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる