お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第1殿 男の腹に新たな命

第16洞 思い出と共に

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 妙な波動が彼女を包んだ。
 肌で感じるその奇妙な様子は、俺は今まで感じたことがなかった。

『彼女すごいね、さすがきみの交配相手だ』
「な、何が起こってるんだ?」
『あれ、きみ、見えなかったっけ?』

 ゼツリンの言葉に俺はゴーグルの機能が点きっぱなしだったのを思い出した。急いで切り替えを行うと、とてつもない輝きで目がくらんだ。

「うわっ!!? 眩しっ!!」

 あまりの眩しさに俺はすぐ機能を戻した。しかし目に焼き付いた輝きはしばらく目の中央に残るほどまばゆい輝きを彼女は放っていた。

「……なんだあれ?」
『マナだろ。常人の扱える量じゃなさそうだけど』

 あまりにまぶしいマナの奔流に、目を開けていられなかった。
 そして、気がつくと彼女はもうそこにいなかった。

「はぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 走っても数秒かかるほどぼ距離を一息で詰め、振り上げた拳はマナが見えていなくても霞んで見えた。マナの濃度が濃いだけではない。

 だが、その打撃の本質がマナだと知るや怪物は上半身に巨大な口を創造しパカッと開き、あろうことかその中へと招き入れた。

「危ないっ!!」

 駆け出しはするも間に合うはずがない。しかし、体内の同種迷宮喰らいは意外に冷静だった。

『安心しなよ。には喰えない』
「でぃやああああぁぁぁ!!!!」

 ゼツリンが穿った傷跡もそのままに大きな変化をもたらした怪物は、新たなエネルギーを前に口を開いたもののそれは体内へ収まる前に体を大きく引き裂いた。

「ガ、グァアッ、ア、ア、アアアァァァッッ!!」

 パキュ、と何かが爆ぜた。小さいようでよく響いたその破裂音は、かの怪物の心臓部を砕いたのだと気づくのに時間はかからなかった。

 破壊されたであろう核が構成していたのは、多くの尾を持つ下半身であった。簡単には傷のつかなそうだった下半身はドロドロに溶け始め、その中に泣き別れた上半身が沈み始めたのだ。

「この、こ、の……」

 拳をもって貫いたミルさんは、振り返ってさらなる攻撃を仕掛けようとして突然膝から崩れ落ちた。

「危ないっ、と」

 なんとかダッシュで駆けつけミルさんを抱きとめるが、彼女はあの瞬間に気絶してしまっていた。

『やれやれ、マナを使い切ったか。この子の悪い癖だ』
「あ! ご無事で…… !?」

 部屋の奥から白竜が現れた。
 ――ただし、その背にあった翼を片方を失い、顔面も大きな噛み跡で内部があらわになっていた。

「白竜どの!? その顔は――」
『我は良い。その子の治療を先にお願いしたい』
「あ、はい!」

 考えても仕方がない。
 俺は慣れないマナ操作をもって回復の術式を組み始めた。

「っと、『万物の根源たるマナよ、放たれし命の輝きを紡ぎゆくものの手に』……」

 俺は彼女の治療に集中する。体力とともに抜けるマナを繋ぎ止め、糸のように結って体に戻すのだ。
 その作業は繊細に、かつ素早く行わないと体に戻ることはない。

「グ、ア、アァ……」
『おや?』
「『一重ひとえ二十重はたえ重なりて……』」
『おい、あいつまだ生きてるぞ』
「もうちょっと! 『その血を持って繋ぎ留めよ!』」
「グオオオォォォーーー!」

 なんとか魔法を完成させて全力で振り向くと、既に怪物が生み出したと思われる縦に裂けた上顎が、こちらに向かって飛びかかっていた。

「う、うそだろ!?」
『ちょうどいい、その魔法を当ててやってよ』

 ゼツリンは、俺に両手に残った回復魔法の残滓ざんしを増幅させ、俺の両手に纏わせた。

「おい、この魔法は回復――」
『大丈夫』

 ゼツリンはその魔法に自身のマナも流し込む。途端にマナの奔流が腕を通して激しくなり、集中を余儀なくされた。

「う、わあぁ、ぁ、あっっ!」
『上手いよ。才能あるかもね』
「なんのだよ!」
『迷宮喰らいの、さ』

 目の前に来ていた大顎は、左右に大きく開きながら迫ってくる。俺はその顎の真ん中に体を滑り込ませて、両手で顎を支えるように手を添えた。

「な、なんだ。なんだぁ!?」

 途端に怪物の上顎が霧散するように砕けていく。
 掴む先がなくなった俺は、その腕を徐々に相手へと向ける。近づくにつれボロボロと砕かれていく怪物は、遂に小さな二つの結晶だけが残った。
 赤黒い、植物の種子のように節くれだった小さな親指大の結晶だ。

『お見事』
「な、何をしたんだ??」
『なに、分解したんだよ。それよりほら。あれが化け物の〝核〟さ』

 俺はその核を両手で拾い上げた。妙な魔法はとどまったままだが、その塊だけは砕かれることはなかった。

「……崩れないんだな」
『崩せるさ。きみが願えば』
「願う?」
『ほら、放っておけば周囲のマナを取りこんでまた襲ってくるよ』

 どくん、どくんと脈打つように蠢く核は、しかしそれ以上の行動を起こすようには見えない。
 かといって、放置するわけにもいかない。
 ――祈る、か。

「……せめて、安らかに眠れ」

 核の砕けた様子をイメージする。ひびが入り、破片が粉々になり、霧散し、消える想像を。
 すると、腕の魔法が発動したのかイメージと同じ様に核はひび割れを起こし、粉になって消えていった。

『おつかれさん。人間にしてはよくやったよ』
「ん……、あれ?」
「あ! ミルさん!」
「……先輩、先輩!? ママは!?」

 何とか一命をとりとめたミルさんは、俺の様子を見て無事を知るや否や白竜に向かって走り出した。

「ママ、ママ!!」
『……まったく、いつまでも親離れしない娘だ』

 白竜は弱々しい声で我が子を突き離そうとする。が、もうそんな力は残っていないらしい。
 あの状態では回復は見込めない。迷宮の核が寿命を終えればここはただの洞穴になるだろう。

『少年よ、頼みがある』
「なんでしょう」
『この身が尽きる前に、その魔法で我を砕け』
「え?」
「……ママ?」

 俺は聞き返すタイミングを逃し、白竜はそのまま続けた。

『この迷宮も役目を終える時が来た』
「来てない! ダメだよ先輩、それはダメ!」
『ミル、聞き分けなさい』
「やだ! そんなこと絶対させない!」

 俺だってしたくない。だが、白竜の傷は治る様子を見せずむしろひどくなる一方だ。

『あなたに、種があるようだが』
「うっ、どうしてそれを」
『我を砕き、種の糧とすればいい』
「た、食べろと?」

 白龍は優しい眼差しを俺たちに向ける。

『我が我であるうちに』
「で、でも……」
『きみが食べないなら、ぼくが食べようか』

 ふわり、とゼツリンが俺の体から抜き出て姿を見せる。

「ダメだろ」
『じゃあ、きみが食べるしかない』
「ぐっ……」

 白竜はミルさんへ顔を寄せ、優しく頭を撫でる。

『さあ、離れるんだ』
「いや!」
『やれやれ』

 白竜は何かを呟くと、自分の爪を無理やり引き抜きマナを込める。
 それは見覚えのある髪留めに形を変えると、そっと娘に差し出した。

『最後のプレゼントだ』
「……ママ」
『大丈夫だ。姿が変わっても、我はあのものと共にある』

 ミルさんが俺を見る。
 正直、笑いかけるべきか真顔で頷くべきか判断に困る。

「……痛く、しないであげてください」
「なるべく、そうする」

 ミルさんはそっと竜のそばを離れた。代わりに俺が近づくと、竜は目を閉じてその首を差し出した。

「お疲れ…… さまでした」

 俺はそっと両手を差し出すと、竜からふわりと光の粒があふれ出した。俺はその光のかけらを寄せ集めるように、抱きしめるようにかき集めていく。

『んっ…… 暖かい』

 竜が呟く。どことなく俺にもその暖かさが伝わったのか、お腹の当たりが少し汗ばんでくる。
 種が、味わっているのかもしれない。

『感謝する』
「ママ…… 元気でね」

 すべてがマナに変わった竜は、ほぼ俺の中へと流れ込んだ。甘いとも苦いとも分からないが、感じたそれは間違いなく『愛』なんだろう、と朧げに感じた。

 誰もいなくなった祭壇を見たミルさんは、ふらりと立ち上がると俺のもとにふらふらと近づき、倒れ込むように抱きついてきた。

「っとっと! 大丈夫?」

 だが返事はない。そのかわり、胸のあたりにじんわりと雫が溜まっているのを感じて、そっと背中を支えた。

『お、外のほうも片付いたかな?』
「ミルさん、そろそろ離れ――」

 無数の足音が近づいてきたので彼女を引き離そうとしたが、全く動く気配がない。
 あれ? 戦闘で腕が痺れたのかな? 両腕に力が入らない。

「ディグラッド君! マワッセンド君 無事か…… のようだね」
「ちょ、教授!? 誤解ですよ! ちゃんと後で理由を言いますから、彼女を――」
「ああ、わかってる。ちょっと吾氏わしらは外で待っとるから」
「違いますって!! 教授ぅぅーーー!!!」



   ◇



 大暴走は終わった。
 だが教授は「これが始まりだ」とも続けた。

 俺が伝えたあの怪物の特徴、二つの結晶を見つけたと言った途端顔色が変わったのだ。

 教授は家に戻るとゼツリンと一緒になって部屋に籠もってしまった。
 だというのに、ギルドからは大暴走についての結果報告を書類にまとめるようにとの通達が鬼のように来たので、仕方なくケミーさんたちに手伝ってもらいながら俺が研究室で作成した。

 おかげで何日か寝てない気がするが、それもベル達のサポートのお陰でそこそこのレポートが出来たものの、こちらのほうが強敵だった。
 みんなには感謝しかない。

「ねえディグ」
「何? ベル」
「あたしたちと離れてフィールドワークに行ってた間に、なにがあったの?」
「え、だからレポート見たろ? 南のほうで大暴走があってさ」
「それはわかるわよ」
「じゃあなんだよ」
「それ」

 彼女が指さす先にはミルさんがいた。

「あんたが帰ってきてからずーーーーーーーーーーっと腕をつかんだまま離さないじゃない」
「これは、そのー、なんというか」

 ちらりとミルさんに視線を送る。しかし彼女はずっと寂しそうな猫のようにただ潤んだ瞳を返すことしかしない。

「……ほら、ベルもあの事故のあとずっと塞ぎ込んでたろ?」
「あ、あの時は幼かったし、自分にも改善点があったからで――」
「もう少しだけ、な?」

 俺は空いてる手でお願いのポーズを取る。

「……そうはいっても、もう丸二日お風呂に行ってないじゃない」
「え、臭う?」
「あたしは気にしないけど、ちょっと臭う」

 すんすん、と匂ってみるが自分ではわからない。

「あ、ならさ。ギルドメンバー御用達の温泉宿があるんだけど、教授が部屋から出てき次第みんなで行かない?」

 そんなケミーさんの発案に乗っかったのは意外にもマイナ姉さんだ。

「――知ってる。東部の名物温泉宿で『コイカナの宿』ってところ。別名『不死鳥のタマゴ肌温泉』っていうんだって」
「そうそう。すぐ近くの洞窟から湧き出るお湯を利用してて、わたくしも大仕事の後はだいたい行くのよね。アレルギーも出ないから最高!」
「へぇ、お姉ちゃんよく知ってるわね」
「以前―― リフィールさんと行ったことがある」

 え、母さんと?
 なんかの依頼の帰りだろうか。

「とりあえず、教授の作業待ちかな」
「ディグ、ちゃんと伝えといてね!」
「はいはい」

 旅行か。学業優先で今まで来たし、ちょうどいいかもしれないな。
 噂に聞く慰労の機会に、ちょっと俺もワクワクしていた。



   ◇



『ぼくもその仮説は正しいと思うよ』
「となれば、問題は『誰がこれをくわだてたか』だな」
『誰だって思いつくよ? ただ実行に移さないだけでさ』
「実際に行おうと思っても、そこら辺にいるダンジョンマイスターでは非現実的だ。二桁レベルの試行回数であの完成度はありえない」
『迷宮の種も、相当な数が必要だしね』
「あれがたった二つから成っていたとは考えにくいというのもある」
『実際、中に入ったやつから二つ以上使われてあったのを見てるよ』
「やはりか」

 教授の座る机には数冊の本と謎の絵が描かれた紙。
 紙には迷宮の種が結びつくための条件とリスクが箇条書きになっており、中でも三つ以上が交わることはと書かれている。

「どうする? 大暴走の源流を調べるためにも調査隊を送ったほうが……」
『非現実だよ。東部の方でしょ? あっちは〝迷宮の始まり〟と言われるほどダンジョンが多い。そうなればいくらでもからね』

 その時、彼らのいる部屋のドアがノックされた。

「誰だ?」
「私です」
「フレオールか…… どうしたんだ?」

 教授が慎重にドアを開けると彼の妻であるフレオールが一通の手紙をよこした。

「あなた、ディグラッドくんからこれを」
「おお、ディグラッド君が?」

 フレオールから手紙を受け取ると、教授はさらっと流し読みし、内容に思わず笑みをこぼした。

「ふふふ、持ってるなぁ、彼は」
『どうしたの?』
「ああ、来週は研究生を連れて東部へ行ってくるよ。授業を兼ねてね」
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