お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第22洞 溶け合うマナは蜜の味

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 俺たちは早速、袴の女性と共にセパレータで区切られた打ち合わせスペースへ移動した。

「――私、マイナ・ラクナーシャと申します。クラスは法術師」
「あたしはベルと申します。クラスは、ええと、錬金医術師、です」
「えーと。俺はディグラッド。クラスは……」

 こういう場合、どう言ったらいいんだろう。
 マイナ姉さんはそもそもギルドカードを持ってるからそれでいいけど、俺やベルがクラスをでっちあげるなんてのはなんとなく騙す感じになるのが引っかかる。

 ……まあいいか。素直にそのまま言うほうが相手も安心するだろう。

「クラスはないです」
「ない? そなたは探索者ではないということなのか?」
「ええ。どちらかというとマイナ…… さんの付き添いというか」
「そなたらはそれがしたばかっておるのか?」
「大丈夫。――彼らは信用に足るメンバーです」

 静かに声をあげるマイナ姉さんの迫力に、女性は一瞬反論しそうになった意見をぐっと飲み込んだ。

「……某はロレンシナ領にある探索者ギルドを拠点に活動する探索者。名をミサオ・タケミツを申す」

 銀髪の女性、ミサオは小さく会釈する。

「クラスはローニン。ジッポン特有の武器であるカタナを用いた特殊剣術を主軸に戦う、物理系の近接職を生業としている」
「その格好で近接剣術ができるんですか?」

 俺は思わず突っ込んだ。
 近接職とは主に手持ち武器でモンスターに戦いを挑む職業で、アンカー教授の刺突剣士フェンサーなどが分類される。
 だがそのどれも身にまとう装備は軽いもの、動きを制限されないものがほとんどである。

 彼女が来ている袴という服装はぼてっとしていて体のラインすらわからず、足元に至っては履物がギリギリ見える程度まで裾が広がり、自分ですぐ下の地面が見れないほどだ。

「全く問題ない。むしろローニンの正装でもある」
「それは、失礼しました」

 どうやら浅慮だったようだ。異国の戦闘服は見た目では分からないということか。
 いや、分からない、がこの服の真骨頂なのかもしれない。

「で、マイナ殿の付き添いというのは?」
「――私が彼らの依頼を受けようと思ったんですが、少し遠方の話で。土地勘のある人を探しているのです」

 うまい。
 それなら俺たちが付き添いという表現も無理はないし、相手の情報も引き出しやすい。

「ギルドにロレンシナ領の案内人を探してもらおうと―― そこに、あなたが」
「これは巡り合わせ! 実は助けていただきたい方がおられるのです!」
「あっ、あたしたちも人探しに行くんです」
「なんと、もしかして…… ケイブリッチ学園にゆかりある人物であられるか?」

 ミサオさんはそう言うと、懐から銀色の塊を取り出し、テーブルに置いた。

「これ、教授の『身代わりのアミュレット』じゃないですか!」
「なんと!? アンカー殿をご存知か!」

 出来すぎてる。
 だが渡りに船とはこの事だ。こちらも話に乗るしかない。

「これをどこで?」
「ロレンシナの南部、ジッポンにほど近いフジタカ山脈にある迷宮で渡され申した。某らが謎の集団に襲われておるところを助けていただいたまではよかったのですが、追っ手を巻けず、かの方が代わりに囮を買って出て……」
「某『ら』ってことは、パーティで動いてたんですか?」
「左様。フジタカ山脈に点在する迷宮の探索依頼を受けた故に、四名の人員を率いておりました。その際に一人がアンカー殿と一緒に……」
「でも、――今あなた一人なのはなぜ?」

 マイナ姉さんが人数を指摘すると、ミサオさんはバツが悪そうに俯きつつ続けた。

「実は…… 某らはまだ未熟故、路銀を全員分捻出することが難しく、某のみが馳せ参じた次第でござる」
「え? 転送円とかは?」
「恥ずかしながら、某らの団員に魔術師は不在でござって……」

 姉妹がそれぞれ質問するたびに彼女はどんどん小さくなっていく。なんというか、不運に不運が重なったとでも言うんだろうか。

「で、教授と別れてからどれぐらい経ってるんですか?」
「ふむ、列車に揺られること丸二日は経ってる計算でござる」

 ということは、ギリギリ研修旅行の帰りで合流できたかもしれない、ってところか?
 なにやってんだよ教授……

「でも―― どうやってそこまで行こう?」
「え? 列車で行けばいいんじゃないかしら」
「ベル、あの距離に追加で乗るとなるとこれくらい掛かるんだけど……」

 俺は両手で数字を作る。

「え!? ディグの一週間分の給料じゃない!」

 俺も教授から聞いて驚いたのを思い出した。
 列車の稼働に必要な魔導結晶は結構高価なんだよな。

「ねえお姉ちゃん、ディグの部屋を繋いだみたいにロレンシナの何処かへ転送円を繋ぐことってできないの?」
「知らない場所へ繋ぐのは無理―― 少なくとも一度は見る必要がある」
「某が転送円を作れれば一番良いのでござるが……」

 そういえば。

「こっちの迷宮で、既にロレンシナの何処かに繋がった転送円があればいいんだよな?」
「心当たりがあるでござるか!?」
「どうかな、望み薄だけど……」



   ◇



『ないよ』
「……ないか」

 俺達は教授の家に来た。
 そこは元迷宮で、核として住み着いている迷宮くらいダンジョンイーターのゼツリンに、ロレンシナへ繋がる転送円を持ってないか聞きに来たのだが、答えは予想通りというか。

『着眼点はいいけど、ボクもそこまで守備範囲は広くないよ』
「クソ、振り出しに戻ったか」
『……そうだね、その子の知ってる迷宮は魅力的なのかな』

 相変わらずの猫なで声で新顔のミサオさんに迫る。

「たまたま『採集素材の調査』を請け負っただけで小さい洞窟型でござるゆえ、特に魅力が、とは」
『ふむ、素朴で小さく可愛らしい、と』
「……!?」
「あ、こいつは『そういう』癖の存在なんだ」
『失敬だな。キミもおいしそうなご飯があったら味見くらいはしたいと思うだろ?』
「お前の場合は正しいんだけど、対象がなぁ」
『あーあ、いいのかな? ボクがその迷宮とココを繋ぐことだって不可能じゃないのに』

 ……なんだって!?

「――詳しく」
『キミは?』
「私は法術士。――転送円に精通もしてる」
『へえ、じゃあキミが魔術式を構築してくれる?』
「でも私には、転送先のことが分からない――」
『そこで』

 ゼツリンはミサオ肩を叩く。

『彼女の中にある記憶を使う』
「そ、某の!?」

 なーんか嫌な予感がしてきた。
 少し前、教授転送円について聞いたことがあったな。
 なんだったけ?
 迷宮同士の、何かの跡だったはず……

『あ、でこの子は魔術師じゃないのか。マナが少し足りないな』
「じゃあ、あたしがマナを足すわ」

 ベルが声を上げる。彼女錬金術も造詣が深いから問題ないだろう。

『いいねいいね。じゃあ転送円を作る準備をしよう』

 そう言うとゼツリンは自身の迷宮の奥へと入っていく。
 その先の何も無い壁に手を置くと、壁は音もなく小さな祭壇を持つ小部屋に変わった。

迷宮の核ダンジョンコアはこんな事もできるのか?」
『まさか。ボク専用のベッドをここに繋いだだけだよ』

 あ、思い出した。転送円って確か……

『ちなみに、キミたちは迷宮同士を繋ぐ転送円がどういう意味を持つか知ってるかい?』
「待てゼツリン! やっぱりヤバい気がする」
「何を仰るか! 某らは早々に彼の地へ向かわねばなりませぬ!」
『そうだよ、さ。キミとキミは祭壇に立って』

 ゼツリンは石でできた台の上にベルとミサオさんを立たせた。どこの迷宮でも見る、転送円が置かれた台座だ。

『いいね。美女二人、絵になってる』
「何を始めるの――?」
『儀式さ。転送円はいわば迷宮同士、その身を繋ぐ行為だ。ボクらはそれのを助けてあげるんだ』
「ふむ――」
『お二人さんはもうちょっとくっついて』

 ゼツリンは祭壇の二人をさらにくっつけさせる。
 ……最悪の事態だけは止めなければ。

『んー、やっぱりここは…… キミかな』
「え?」

 ゼツリンニコッと俺に笑いかける。

『キミもベッドに上がってよ』
「は? なんで?」

 するとゼツリン俺の耳元で、他の人に聞こえないよう慎重に囁いた。

『好きな子を、誰かに犯されたくないでしょ』
「!!!」

 俺は迷いなく祭壇に立った。

「ど、どうしたのディグ?」
「何でもない。大丈夫」
「――??」

 もしかして二人は知らない?

『じゃあ、法術士のキミ、術式の序文をお願いするよ』
「――わかった」

 マイナ姉さんが魔法を唱え始める。言霊が祭壇を囲うようにたゆたい始めると、周囲のマナがほのかに紫の光を放ち始めた。

『じゃあ、キミは行きたい迷宮のことを思い出して』
「こ、心得た」

 ミサオさんは目をつぶって瞑想状態に入る。生まれついての所作なのかその姿が堂に入ったように見えて少しかっこいいなと思ってしまった。

『じゃあ、まずキミたちのマナをシンクロさせよう』

 ゼツリンがそういうと、俺の視界がぐねっと歪んだ。

「きゃぁあっ! なに、なにこれ!」
「これ…… あの時のやつか」

 体が不安定になった状態。始めてゼツリンに会ったときもこうなった。今思うと転送円に乗ってすぐの状態と同じな気がする。
 違いは、この状態で留まってしまうことだ。

「ベル! 自分の体を思い浮かべろ!」
「え? え? ディグ? そこにいるの??」
「多分、転送円の設置が始まったんだ。マナの中に混ざらないように自分を強く持つんだ!」
「え、えっと……」

 早々に体を取り戻した俺は、ベルのマナが収束していくのを見守った。

「いいぞ、その調子」

 腕が、上半身が、頭が形になって整う。徐々に下半身も伸びて足が作られると、ほぼ普段通りの彼女がマナの奔流に浮かび上がった。

 ただし、裸で。

「あのバカ……」
「ねえ、なんであんた裸なの?」
「ここはマナだけの世界だから、物理的なものは作り出せないんだよ…… って、見えてる?」
「あんたね、自分だけがマナ操作得意と思わないでくれる?」
「そういうお前も裸なんだけ、ど……」

 あれおかしいな。
 こいつ、普段よりプロポーションよくないか?
 いや、別に普段からベルの裸を見てるわけじゃないけど、どこか胸も尻も大きいし、腰やお腹周りがスラッとしてる。

「なに? どこかおかしい?」
「いや、変というか……」
『お、準備いいみたいだね』

 そこへ空気を読まず乱入するゼツリン。

『きゃっ! と、突然出てこないでよ』
「ふふふ。初々しいキミたちを見てたら出てくるタイミングがわかんなくって」

 嘘だ絶対おっ始まるまで待ってたぞ。

「で、あたし達は何をすればいいの?」
『言ったろ? キミらのマナを同調シンクロさせてくれればいいのさ』
「それはやったことないな…… コツとかあるのか?」
『キミらは今マナの塊なんだ。触れ合ったり、キスしたり、思うまま求め合えばいいさ』
「も、求めあっ!?」

 ベルの顔が真っ赤に染まる。
 俺もこの間のことを思い出すと、体が熱くなるのを感じる。

『おお、いいね。その心の高ぶり。ボクもゾクゾクするよ』
「う、うるさい! ディグ、とっとと合わせて!」
「お、おう」

 俺はベルが差し出した手を握る。実体はないはずなのに仄かな汗すら感じる温かな手を――

「あ、あれ!?」
「ちょ、何? どうなってるの!?」
『あら、キミたち体の相性すごくいいね。初めてなのにまるで長年連れ添った夫婦みたいだよ』

 ずぶぶ、と俺の手とベルの手が。言葉の通り融合したかのように一つになり、その部分を通して彼女の鼓動が伝わるかのようだ。

 何より、気持ちいい。

「え、ディグの、大きい……」
「ベルの中すごく、熱い」

 もっと奥へ。もっと深く重なりたい。
 俺は一歩、また一歩彼女に近づく。
 ないはずの心臓が強く鼓動する。血液が体を巡り、さらに彼女を求める。

「うそ、ほとんど入った……?」

 俺の体はどんどん彼女の中に吸い込まれていく。気が付くと右腕と右足はほぼ彼女と同化してしまっていた。

『ああその辺でいいよ。次はこっちだ』

 ゼツリンは俺の首を掴むと、それをやはりマナの塊になったミサオさんの胸に押し付けた。

「ふぐっ!?」
『ああ、大丈夫だよ。キミはそこから彼女の記憶を手繰って、目的の迷宮がある場所を特定するんだ』
「か、簡単に言いやがっ……」

 悪態をつぶやく口が唐突に途切れた。何故なら、言うが早いかミサオさんの記憶が俺の脳裏を占領し始めたからだ。

「う、あ、これ、なんだぁ!?」
『同調の効果だよ。キミは二人の女性とのさ』

 やばい、記憶と同時に快感も溢れてきている。
 人と繋がる快楽が目的を忘れそうになる。抗いがたい気持ちよさに体が持っていかれそうだ。

「く、そっ! どこだ!」

 気持ちよさが苦しいという謎の状況の中、ミサオさんの記憶からアンカー教授の断片を唐突に発見した。

「あった、ここだ!」
『よし、外のキミ、転送円を繋いで』
「――了解」

 ぶわっ、と体が浮き上がる感覚に襲われる。
 魂が肉体を得て重力を獲得した時の感覚だ。

「っぷはぁ! 戻ったのか?」
「ったい! ……あら、元の部屋?」
「ここは、あれ? 一瞬あの場所に居たような気がしたんでござるが」
『よし、ここからはボクの仕事だな』

 ウキウキ顔でとぷん、とゼツリンは転送円の中に入る。
 直後、『えぇ!?』とか『久しぶりの……』とか『つ、繋ぐだけ! それ以上はぁぁ!』とか聞こえてきた。主にゼツリンの声で。もう一つ聞こえた声は…… あえて想像したくない。

「……何しに行ったのかしら」
「多分聞かないほうがいいと思う」

 数分後、ひどく疲れ切ったゼツリンが戻ってきた。

『なんとか終わったよ』
「助かったぜ、ゼツリン! って、ヘトヘトそうだな」
『ああ、向こうも歴戦の猛者だったよ。少し休ませてくれ』

 そう言うとゼツリンは迷宮の中へと消えていった。
 何があったかは、あえて聞くまい。
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