お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第23洞 白い大地の黒い噂

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 ゼツリンが決死の思いで繋いでくれた迷宮は、それほど深くない小さな洞窟型の迷宮だった。

「おお、ここは間違いなくロレンシナにある『赤石の洞窟』でござる!」

 ミサオさんは周囲の壁にできた赤い結晶を見ながら答える。どうやらうまくいったらしい。俺たちはゼツリンの仕事に感謝しつつ、早速現在地の確認を急いだ。

「それで、ここはロレンシナのどの辺になるんですか?」
「ここはロレンシナ南部にある『フジタカ山脈』あたりでござるな。ジッポンとの国境を兼ねておることもあって人通りは少なくないでござる」

 ということは、ミサオさんたちにとっては土地勘のある場所なんだろう。

「ここからなら近くに某らの集会所があるはず故、残りのメンバーと合流できるでござる」
「うん、一旦情報が欲しいからな。向かいましょう」

 そう決まると俺達はミサオさんの案内で洞窟の外に出た。

「ちょ、これ…… 雪?」

 ベルが外の地面に敷き詰められた白い粉を指して声を上げた。

「あ、そういえばあちらは暖かかったですな」
「季節が違うほど遠いのか」
「――ちょっと待って」

 マイナ姉さんがブツブツと魔法を紡ぐ。マナがそれに反応して俺たちをふわりと包み込むと、肌寒かった気温がいくらか緩和された。

「応急処置。あまり―― 期待しないで」
「おぉ! 暖かい! ありがとうマイナ姉さん」
「――姉さん、余計」

 雪を踏み歩くなど学園暮らしの俺にとって久しぶりの体験にちょっと嬉しくなりつつも、滑らないよう気をつけつつ山を降りた。



   ◇



 街道へは割と早く到着した。道は既に雪がなく歩きやすくなったが、目的の集会所のある街に着いたころには既に太陽は半分以上隠れてしまった。

「ここが某らの拠点の街、『ホーストル』でござる」

 街は森の切れ目から少し離れた平地に、川を背にして街並みが広がっていた。大型の荷車が通りやすいように街道も整っており、暗くなりつつある足元にも光が届くように篝火も用意されている。

「集会所はこちらでござる」

 街に入ると中央の大通りに目を奪われた。
 人混みもそうだがこの時間にも屋台が所狭しと並び、雑貨や食べ物、貴金属の売買などが盛んに行われている。

「ウチの商売の仕方とはまた違うのね」
「大商会の娘が言うと説得力あるな」

 一通り前を横切った先の突き当たりにまで来ると、そこで一旦歩みが止まる。

「ここがホーストルの探索者ギルド集会所、通称『北の酒場』でござる」

 酒場という言葉が示す通り、見える範囲では様々な様相の人たちが酒や食べ物をあおっては大騒ぎをしている。奥の薄暗がりが見えるところには別でテーブルが置かれて真剣な表情で話し込む人々が見えた。どうやら大事な話し合いの最中らしい。

 ミサオさんは正面に見える建物の紹介をさらに細かく説明すると、中に入らずそのまま右に曲がった先の建物へと移動する。

「その横にある宿舎が、某らの拠点でござる。某らのように金のない探索者のためにギルドが用意した建物でござるが、これがなかなか住めば都でござって……」

 調子良く話し始めたミサオさんは、しかし自分から話題を止めた。

「とりあえず中へ。話はそれからでござるな」

 その建物は、ひたすら道沿いに長く連なった建物だった。正面にはいくつかの扉があり、それぞれに利用者やパーティの名前が書かれた看板が立っている。一番手前の大きな看板には『ナガヤ・ホーストル』と彫り込まれていた。
 ミサオはその中の『鬼の扉』と書かれた看板をもつ扉を勢い良く開け放った。

「戻ったでござる!」
「おお、ミサオ! 無事だったかぁ。助っ人は見つかったかぃ?」

 扉の先にいたのは、ふっくらとした体型の女性だった。薬の調合中だったのか、小さな石臼からは青とも緑とも取れない何かがゴリゴリと挽かれていた。

「うむ、やはり向こうのギルドでもお手上げだったんだが、幸運にもアンカー殿に縁ある方がたまたま見つかったのだ!」
「おぉ、よかったぁ」
「……あれ? ヤクメ殿だけ? ホノカゲとカマツチは?」
「それが、二人ともミサオを見送った後また洞窟に……」

 何かあったのか、会話に入れず伺っているとミサオさんが「とりあえず中へ」と促され、俺たちは拠点の中へと招かれた。

 部屋の中は大きなテーブルといくつかの椅子、奥にセパレータで区切られてベッドが見えた。明かりが届かないのでその先が見えないが、共用の風呂でもあるのか、スペースが続いてるようだ。

「初めましてぇ。ウチ、ヤクメ・ドーモットいいますぅ。薬師くすしやってましてぇ、お薬作るの好きなんですぅ」

 見た目はケミーさんと同年代っぽい。少し年上の女性だ。上半身をすっぽり覆うエプロンのような服を着ており、それが機能性を重視したものだとクラスを聞いたうえで理解する。薬草を調合する際には使い勝手が良さそうだ。

 自己紹介を交わし合うと、早速ミサオさんが彼女を問い詰めだした。

「いつここを出たでござる!? 某が戻るまで何故待てなんだ?」
「半日も待てなかったみたいでぇ、『自分たちでできる所まで調べてくる!』って出てったきりなんだぁ」
「はぁ…… 正義感だけでは何も解決しないといつになったら分かるのだ」
「えっと、パーティメンバーが潜っちゃったんですか?」
「うううむ…… そうだな、ディグ殿たちと合わせて色々確認した方が良いでござるな」

 まずは俺たちの話だ。

「俺はファスアルト領にあるケイブリッチ学園で、アンカー教授の助手をしてるディグラッドと言います。教授が突然ロレンシナの専門学校へと交換赴任することになって、解雇を言い渡されたんです。でも、別れ際に嫌な予感がして、どうしても教授から話を聞かなきゃ納得できないんです」
「あらぁ、なるほどねぇ」
「あたしはベル。まあ、ディグの助手っていうか。あたしも学園で働く関係で教授とはちゃんと話がしたいなって」
「――マイナ。一応資格ギルドカード持ちの探索者。今回は二人の責任者みたいな立ち位置」

 ふむふむ、と真剣に話を聞くヤクメさん。その仕草は少し子供っぽいがなぜか彼女がするとよく似合った。

「もうざっくり聞いたと思うんだけどぉ、ウチらは赤石の洞窟にギルドの依頼で潜ったときに、変な部屋に出たんだぁ」
「変な部屋?」

 ベルが相槌を打つ。
 そもそも洞窟とは基本的に岩盤の中にできる洞穴ほらあな状の迷宮だ。核や人間が人為的に作らない限り「部屋」と呼べるような場所は作られない。

 つまり、洞窟に部屋がある時点で変なのだ。

「その部屋は入り口が二つあって、入ってくるのに使ってない方の入り口から外に出たんだぁ。そしたら、変なところに出ちまってぇ……」
「その直後、アンカー教授にお会いしたんでござる」
「それは恐らく、何かの調査でたまたまそこに居たんだと思うんです。何の調査をしてたかは俺にはわかんないんですけど」

 少なくとも、旅行を中座して向かうほどの魅力か、あるいは危険性があると感じて教授はその迷宮に向かったハズだ。

「んでぇ、どうも部屋の向こうの迷宮には結構人の手が入ってたみたいでぇ。変な恰好をした人に『だれだぁ!』って追いかけられたんですよぉ。怖くてぇ、逃げたら捕まりそうになってぇ」
「そこで某らの仲間であるイレーナ殿とアンカー殿が囮を買って出て、別れたまでが経緯でござる」

 国内の洞窟で謎の部屋。
 他領の人間が絡む失踪。
 確かにこれをギルドが受理すれば国際問題になる。

「その後で、教授は専門学校の教師として取り込まれた、ってことになるな」
「なんで捕まえるだけじゃなくてそんなことになったのかしら」
「十中八九―― 偽装。いきなりいなくなるとそれはそれで問題だから、だと思うの」

 それは俺も思った。
 そしてこれ以上は悩んでても仕方がない。

 ぐうぅぅ…… きゅるる。

「……ディグ?」
「ごめん、あとで奢るから」
「お腹すいたっしょ? ちょっと酒場でご飯にしないぃ?」
「うむ、細かい話は向こうでもできるからな。賛成でござる」

 ヤクメさんの提案で俺達は隣の酒場に移動することになった。



   ◇



 外はすっかり日が落ちて、気温もかなり下がっていた。

「さ、寒っ!」
「――コート、ありがとうございます」
「いんやぁ。見てくれただけでも助かるわぁ」
「この地域は寒暖差が激しい。外套の用意を伝えるべきであった」
「いやいいですよ。把握してなかった我々も悪いですし」
「仲間が使っていたものでよければ使ってくれて構わぬぞ」

 酒場に入ると、外からは見えなかった店内の景色がはっきりしてきた。
 奥にあるカウンターは三種類あり、飲食用、依頼受注用、依頼結果報告用と並んでいる。今は夜ということもあって真ん中が閉まっているが。

「いい匂い! 何がおいしいですか?」
「この辺で捕れるシナジカの唐揚げがオススメだぁ。セリナ小麦で作ったパンを挟んで食べるとより美味ぇでぇ」
「じゃああたしはそれ!」
「一番ベルが食い意地張ってんじゃん」
「いいでしょ、あんたの奢りなんだから」
「俺は、あの人が食べてる野菜ごろっと入ってるスープがいいな」
「ボールシチューでござるな。魚と野菜を十分煮込んでロレン牛乳をふんだんに使っている。甘めの味付けが癖になるでござるぞ」
「――私はあれ。イラストが美味しそう」
「お、本当だ。俺も頼もうかな。チーズが乗ってて美味そうだし」
「シェアしよう。――なんなら食べさせてあげる」

 そんな感じで料理を頼むと、近くのテーブルから噂話が耳に入ってきた。

「え、じゃあ当分領境が封鎖されるのか?」
「ロレンシナの領内で事件があったとかで、人の出入りが止められたんだと」

 ……な、なんだって?

「大丈夫かよこの領地」
「でも、この件に関しては領主様も特に強く動いてないらしいぞ」
「ってことは、またあの副官か? あいつが役職についてからやけにきな臭いことが増えたんだよなぁ」

 副官?
 上層部で何か妙な動きがあったとでも言うのだろうか。

「ミサオさん、ここの領主様はどんな方ですか?」
「ん? シャン・リャンチン様と言って、代々続く領主の一族の現領主殿だ。先代が早くに亡くなって、後見人として補佐をしている副官のメイ・リットーが実質の権限を持っているでござるがな」

 ふむ、ミサオさんも知ってるとなれば領民の中では割と知られてる話なんだろう。
 でも妙だ。
 そこまでわかりやすい状況なのになぜ誰も調査をしないんだろうか?

「何か気がついた?」

 ベルが空になった皿を重ねながら小声で俺に尋ねる。俺まだ半分も食べてないんだけど。

「いや、どうもその副官が怪しいんじゃないかって、周りも噂してるんだよ」
「ありえなくはないでござるな。先代を殺したかも、という噂すら立っておる故、副官が箝口令を敷いたでござる。おかげでこの件に関しては誰も公に話したがらなくなってしまったのでござる」
「いや怪しすぎでしょう」

 だが、声を潜めて続きを聞くと、背筋がゾワッとした。

「既に副官の汚職を調べに行ったギルド所属の探索者が、ひと月で何人も行方不明になっていては誰も首を突っ込まなくなるでござるよ」

 そこからはあまり料理の味もしなくなり、今後の方針も消極的な意見が続いた。
 もしも本当に副官が関わっていたら、俺達は領主を相手に立ち振舞をすることになる。国際問題にまで発展するようなことになったら、ギルドや学園はおろか、この大陸にいられなくなるだろう。
 そう考えただけで逃げ腰になる。
 ベルも、マイナ姉さんもただでは済まない。

「とりあえずぅ、色々煮詰まってきたし明日にしましょうかぁ」
「ディグ殿たちは、よければ某らの拠点のベッドを使ってくだされ。急な申し出で宿も用意できず申し訳ないが」
「いえ! 助かります」

 再度彼女らの拠点に戻ると、ミサオさんは「少し夜風に当たる」と出ていった。寒いはずなんだが、彼女にとってこの寒さは日常的なものなのかもしれない。

 ヤクメさんから拠点のベッドを借りて寝床を決めると、やはり疲れていたのかマイナ姉さんはいの一番に寝てしまった。

「考えたら、ギルドの手配に転送円に詠唱、長距離の移動に気温調整の魔法やら、一番頑張ってくれたからな」
「ディグも頑張ったよ」

 そういうベルも視線が定まらない。転送円のマナ供給で相当参ってるはずだ。

「ベルもお疲れ。今日はゆっくり休んでくれ」
「うん…… お腹いっぱいになったら、限界ぃ」

 ぱた、とベルは体を投げ出してそのまま寝てしまった。

「さて、と。……ヤクメさん」
「はいぃ?」
「実は、俺自身があまりロレンシナに詳しくなくて。色々教えてくださいませんか?」
「えぇえぇ。ウチで良ければ聞いてください」
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