25 / 83
第2殿 急ごしらえの救助隊
第23洞 白い大地の黒い噂
しおりを挟む
ゼツリンが決死の思いで繋いでくれた迷宮は、それほど深くない小さな洞窟型の迷宮だった。
「おお、ここは間違いなくロレンシナにある『赤石の洞窟』でござる!」
ミサオさんは周囲の壁にできた赤い結晶を見ながら答える。どうやらうまくいったらしい。俺たちはゼツリンの仕事に感謝しつつ、早速現在地の確認を急いだ。
「それで、ここはロレンシナのどの辺になるんですか?」
「ここはロレンシナ南部にある『フジタカ山脈』あたりでござるな。ジッポンとの国境を兼ねておることもあって人通りは少なくないでござる」
ということは、ミサオさんたちにとっては土地勘のある場所なんだろう。
「ここからなら近くに某らの集会所があるはず故、残りのメンバーと合流できるでござる」
「うん、一旦情報が欲しいからな。向かいましょう」
そう決まると俺達はミサオさんの案内で洞窟の外に出た。
「ちょ、これ…… 雪?」
ベルが外の地面に敷き詰められた白い粉を指して声を上げた。
「あ、そういえばあちらは暖かかったですな」
「季節が違うほど遠いのか」
「――ちょっと待って」
マイナ姉さんがブツブツと魔法を紡ぐ。マナがそれに反応して俺たちをふわりと包み込むと、肌寒かった気温がいくらか緩和された。
「応急処置。あまり―― 期待しないで」
「おぉ! 暖かい! ありがとうマイナ姉さん」
「――姉さん、余計」
雪を踏み歩くなど学園暮らしの俺にとって久しぶりの体験にちょっと嬉しくなりつつも、滑らないよう気をつけつつ山を降りた。
◇
街道へは割と早く到着した。道は既に雪がなく歩きやすくなったが、目的の集会所のある街に着いたころには既に太陽は半分以上隠れてしまった。
「ここが某らの拠点の街、『ホーストル』でござる」
街は森の切れ目から少し離れた平地に、川を背にして街並みが広がっていた。大型の荷車が通りやすいように街道も整っており、暗くなりつつある足元にも光が届くように篝火も用意されている。
「集会所はこちらでござる」
街に入ると中央の大通りに目を奪われた。
人混みもそうだがこの時間にも屋台が所狭しと並び、雑貨や食べ物、貴金属の売買などが盛んに行われている。
「ウチの商売の仕方とはまた違うのね」
「大商会の娘が言うと説得力あるな」
一通り前を横切った先の突き当たりにまで来ると、そこで一旦歩みが止まる。
「ここがホーストルの探索者ギルド集会所、通称『北の酒場』でござる」
酒場という言葉が示す通り、見える範囲では様々な様相の人たちが酒や食べ物をあおっては大騒ぎをしている。奥の薄暗がりが見えるところには別でテーブルが置かれて真剣な表情で話し込む人々が見えた。どうやら大事な話し合いの最中らしい。
ミサオさんは正面に見える建物の紹介をさらに細かく説明すると、中に入らずそのまま右に曲がった先の建物へと移動する。
「その横にある宿舎が、某らの拠点でござる。某らのように金のない探索者のためにギルドが用意した建物でござるが、これがなかなか住めば都でござって……」
調子良く話し始めたミサオさんは、しかし自分から話題を止めた。
「とりあえず中へ。話はそれからでござるな」
その建物は、ひたすら道沿いに長く連なった建物だった。正面にはいくつかの扉があり、それぞれに利用者やパーティの名前が書かれた看板が立っている。一番手前の大きな看板には『ナガヤ・ホーストル』と彫り込まれていた。
ミサオはその中の『鬼の扉』と書かれた看板をもつ扉を勢い良く開け放った。
「戻ったでござる!」
「おお、ミサオ! 無事だったかぁ。助っ人は見つかったかぃ?」
扉の先にいたのは、ふっくらとした体型の女性だった。薬の調合中だったのか、小さな石臼からは青とも緑とも取れない何かがゴリゴリと挽かれていた。
「うむ、やはり向こうのギルドでもお手上げだったんだが、幸運にもアンカー殿に縁ある方がたまたま見つかったのだ!」
「おぉ、よかったぁ」
「……あれ? ヤクメ殿だけ? ホノカゲとカマツチは?」
「それが、二人ともミサオを見送った後また洞窟に……」
何かあったのか、会話に入れず伺っているとミサオさんが「とりあえず中へ」と促され、俺たちは拠点の中へと招かれた。
部屋の中は大きなテーブルといくつかの椅子、奥にセパレータで区切られてベッドが見えた。明かりが届かないのでその先が見えないが、共用の風呂でもあるのか、スペースが続いてるようだ。
「初めましてぇ。ウチ、ヤクメ・ドーモットいいますぅ。薬師やってましてぇ、お薬作るの好きなんですぅ」
見た目はケミーさんと同年代っぽい。少し年上の女性だ。上半身をすっぽり覆うエプロンのような服を着ており、それが機能性を重視したものだとクラスを聞いたうえで理解する。薬草を調合する際には使い勝手が良さそうだ。
自己紹介を交わし合うと、早速ミサオさんが彼女を問い詰めだした。
「いつここを出たでござる!? 某が戻るまで何故待てなんだ?」
「半日も待てなかったみたいでぇ、『自分たちでできる所まで調べてくる!』って出てったきりなんだぁ」
「はぁ…… 正義感だけでは何も解決しないといつになったら分かるのだ」
「えっと、パーティメンバーが潜っちゃったんですか?」
「うううむ…… そうだな、ディグ殿たちと合わせて色々確認した方が良いでござるな」
まずは俺たちの話だ。
「俺はファスアルト領にあるケイブリッチ学園で、アンカー教授の助手をしてるディグラッドと言います。教授が突然ロレンシナの専門学校へと交換赴任することになって、解雇を言い渡されたんです。でも、別れ際に嫌な予感がして、どうしても教授から話を聞かなきゃ納得できないんです」
「あらぁ、なるほどねぇ」
「あたしはベル。まあ、ディグの助手っていうか。あたしも学園で働く関係で教授とはちゃんと話がしたいなって」
「――マイナ。一応資格持ちの探索者。今回は二人の責任者みたいな立ち位置」
ふむふむ、と真剣に話を聞くヤクメさん。その仕草は少し子供っぽいがなぜか彼女がするとよく似合った。
「もうざっくり聞いたと思うんだけどぉ、ウチらは赤石の洞窟にギルドの依頼で潜ったときに、変な部屋に出たんだぁ」
「変な部屋?」
ベルが相槌を打つ。
そもそも洞窟とは基本的に岩盤の中にできる洞穴状の迷宮だ。核や人間が人為的に作らない限り「部屋」と呼べるような場所は作られない。
つまり、洞窟に部屋がある時点で変なのだ。
「その部屋は入り口が二つあって、入ってくるのに使ってない方の入り口から外に出たんだぁ。そしたら、変なところに出ちまってぇ……」
「その直後、アンカー教授にお会いしたんでござる」
「それは恐らく、何かの調査でたまたまそこに居たんだと思うんです。何の調査をしてたかは俺にはわかんないんですけど」
少なくとも、旅行を中座して向かうほどの魅力か、あるいは危険性があると感じて教授はその迷宮に向かったハズだ。
「んでぇ、どうも部屋の向こうの迷宮には結構人の手が入ってたみたいでぇ。変な恰好をした人に『だれだぁ!』って追いかけられたんですよぉ。怖くてぇ、逃げたら捕まりそうになってぇ」
「そこで某らの仲間であるイレーナ殿とアンカー殿が囮を買って出て、別れたまでが経緯でござる」
国内の洞窟で謎の部屋。
他領の人間が絡む失踪。
確かにこれをギルドが受理すれば国際問題になる。
「その後で、教授は専門学校の教師として取り込まれた、ってことになるな」
「なんで捕まえるだけじゃなくてそんなことになったのかしら」
「十中八九―― 偽装。いきなりいなくなるとそれはそれで問題だから、だと思うの」
それは俺も思った。
そしてこれ以上は悩んでても仕方がない。
ぐうぅぅ…… きゅるる。
「……ディグ?」
「ごめん、あとで奢るから」
「お腹すいたっしょ? ちょっと酒場でご飯にしないぃ?」
「うむ、細かい話は向こうでもできるからな。賛成でござる」
ヤクメさんの提案で俺達は隣の酒場に移動することになった。
◇
外はすっかり日が落ちて、気温もかなり下がっていた。
「さ、寒っ!」
「――コート、ありがとうございます」
「いんやぁ。見てくれただけでも助かるわぁ」
「この地域は寒暖差が激しい。外套の用意を伝えるべきであった」
「いやいいですよ。把握してなかった我々も悪いですし」
「仲間が使っていたものでよければ使ってくれて構わぬぞ」
酒場に入ると、外からは見えなかった店内の景色がはっきりしてきた。
奥にあるカウンターは三種類あり、飲食用、依頼受注用、依頼結果報告用と並んでいる。今は夜ということもあって真ん中が閉まっているが。
「いい匂い! 何がおいしいですか?」
「この辺で捕れるシナジカの唐揚げがオススメだぁ。セリナ小麦で作ったパンを挟んで食べるとより美味ぇでぇ」
「じゃああたしはそれ!」
「一番ベルが食い意地張ってんじゃん」
「いいでしょ、あんたの奢りなんだから」
「俺は、あの人が食べてる野菜ごろっと入ってるスープがいいな」
「ボールシチューでござるな。魚と野菜を十分煮込んでロレン牛乳をふんだんに使っている。甘めの味付けが癖になるでござるぞ」
「――私はあれ。イラストが美味しそう」
「お、本当だ。俺も頼もうかな。チーズが乗ってて美味そうだし」
「シェアしよう。――なんなら食べさせてあげる」
そんな感じで料理を頼むと、近くのテーブルから噂話が耳に入ってきた。
「え、じゃあ当分領境が封鎖されるのか?」
「ロレンシナの領内で事件があったとかで、人の出入りが止められたんだと」
……な、なんだって?
「大丈夫かよこの領地」
「でも、この件に関しては領主様も特に強く動いてないらしいぞ」
「ってことは、またあの副官か? あいつが役職についてからやけにきな臭いことが増えたんだよなぁ」
副官?
上層部で何か妙な動きがあったとでも言うのだろうか。
「ミサオさん、ここの領主様はどんな方ですか?」
「ん? シャン・リャンチン様と言って、代々続く領主の一族の現領主殿だ。先代が早くに亡くなって、後見人として補佐をしている副官のメイ・リットーが実質の権限を持っているでござるがな」
ふむ、ミサオさんも知ってるとなれば領民の中では割と知られてる話なんだろう。
でも妙だ。
そこまでわかりやすい状況なのになぜ誰も調査をしないんだろうか?
「何か気がついた?」
ベルが空になった皿を重ねながら小声で俺に尋ねる。俺まだ半分も食べてないんだけど。
「いや、どうもその副官が怪しいんじゃないかって、周りも噂してるんだよ」
「ありえなくはないでござるな。先代を殺したかも、という噂すら立っておる故、副官が箝口令を敷いたでござる。おかげでこの件に関しては誰も公に話したがらなくなってしまったのでござる」
「いや怪しすぎでしょう」
だが、声を潜めて続きを聞くと、背筋がゾワッとした。
「既に副官の汚職を調べに行ったギルド所属の探索者が、ひと月で何人も行方不明になっていては誰も首を突っ込まなくなるでござるよ」
そこからはあまり料理の味もしなくなり、今後の方針も消極的な意見が続いた。
もしも本当に副官が関わっていたら、俺達は領主を相手に立ち振舞をすることになる。国際問題にまで発展するようなことになったら、ギルドや学園はおろか、この大陸にいられなくなるだろう。
そう考えただけで逃げ腰になる。
ベルも、マイナ姉さんもただでは済まない。
「とりあえずぅ、色々煮詰まってきたし明日にしましょうかぁ」
「ディグ殿たちは、よければ某らの拠点のベッドを使ってくだされ。急な申し出で宿も用意できず申し訳ないが」
「いえ! 助かります」
再度彼女らの拠点に戻ると、ミサオさんは「少し夜風に当たる」と出ていった。寒いはずなんだが、彼女にとってこの寒さは日常的なものなのかもしれない。
ヤクメさんから拠点のベッドを借りて寝床を決めると、やはり疲れていたのかマイナ姉さんはいの一番に寝てしまった。
「考えたら、ギルドの手配に転送円に詠唱、長距離の移動に気温調整の魔法やら、一番頑張ってくれたからな」
「ディグも頑張ったよ」
そういうベルも視線が定まらない。転送円のマナ供給で相当参ってるはずだ。
「ベルもお疲れ。今日はゆっくり休んでくれ」
「うん…… お腹いっぱいになったら、限界ぃ」
ぱた、とベルは体を投げ出してそのまま寝てしまった。
「さて、と。……ヤクメさん」
「はいぃ?」
「実は、俺自身があまりロレンシナに詳しくなくて。色々教えてくださいませんか?」
「えぇえぇ。ウチで良ければ聞いてください」
「おお、ここは間違いなくロレンシナにある『赤石の洞窟』でござる!」
ミサオさんは周囲の壁にできた赤い結晶を見ながら答える。どうやらうまくいったらしい。俺たちはゼツリンの仕事に感謝しつつ、早速現在地の確認を急いだ。
「それで、ここはロレンシナのどの辺になるんですか?」
「ここはロレンシナ南部にある『フジタカ山脈』あたりでござるな。ジッポンとの国境を兼ねておることもあって人通りは少なくないでござる」
ということは、ミサオさんたちにとっては土地勘のある場所なんだろう。
「ここからなら近くに某らの集会所があるはず故、残りのメンバーと合流できるでござる」
「うん、一旦情報が欲しいからな。向かいましょう」
そう決まると俺達はミサオさんの案内で洞窟の外に出た。
「ちょ、これ…… 雪?」
ベルが外の地面に敷き詰められた白い粉を指して声を上げた。
「あ、そういえばあちらは暖かかったですな」
「季節が違うほど遠いのか」
「――ちょっと待って」
マイナ姉さんがブツブツと魔法を紡ぐ。マナがそれに反応して俺たちをふわりと包み込むと、肌寒かった気温がいくらか緩和された。
「応急処置。あまり―― 期待しないで」
「おぉ! 暖かい! ありがとうマイナ姉さん」
「――姉さん、余計」
雪を踏み歩くなど学園暮らしの俺にとって久しぶりの体験にちょっと嬉しくなりつつも、滑らないよう気をつけつつ山を降りた。
◇
街道へは割と早く到着した。道は既に雪がなく歩きやすくなったが、目的の集会所のある街に着いたころには既に太陽は半分以上隠れてしまった。
「ここが某らの拠点の街、『ホーストル』でござる」
街は森の切れ目から少し離れた平地に、川を背にして街並みが広がっていた。大型の荷車が通りやすいように街道も整っており、暗くなりつつある足元にも光が届くように篝火も用意されている。
「集会所はこちらでござる」
街に入ると中央の大通りに目を奪われた。
人混みもそうだがこの時間にも屋台が所狭しと並び、雑貨や食べ物、貴金属の売買などが盛んに行われている。
「ウチの商売の仕方とはまた違うのね」
「大商会の娘が言うと説得力あるな」
一通り前を横切った先の突き当たりにまで来ると、そこで一旦歩みが止まる。
「ここがホーストルの探索者ギルド集会所、通称『北の酒場』でござる」
酒場という言葉が示す通り、見える範囲では様々な様相の人たちが酒や食べ物をあおっては大騒ぎをしている。奥の薄暗がりが見えるところには別でテーブルが置かれて真剣な表情で話し込む人々が見えた。どうやら大事な話し合いの最中らしい。
ミサオさんは正面に見える建物の紹介をさらに細かく説明すると、中に入らずそのまま右に曲がった先の建物へと移動する。
「その横にある宿舎が、某らの拠点でござる。某らのように金のない探索者のためにギルドが用意した建物でござるが、これがなかなか住めば都でござって……」
調子良く話し始めたミサオさんは、しかし自分から話題を止めた。
「とりあえず中へ。話はそれからでござるな」
その建物は、ひたすら道沿いに長く連なった建物だった。正面にはいくつかの扉があり、それぞれに利用者やパーティの名前が書かれた看板が立っている。一番手前の大きな看板には『ナガヤ・ホーストル』と彫り込まれていた。
ミサオはその中の『鬼の扉』と書かれた看板をもつ扉を勢い良く開け放った。
「戻ったでござる!」
「おお、ミサオ! 無事だったかぁ。助っ人は見つかったかぃ?」
扉の先にいたのは、ふっくらとした体型の女性だった。薬の調合中だったのか、小さな石臼からは青とも緑とも取れない何かがゴリゴリと挽かれていた。
「うむ、やはり向こうのギルドでもお手上げだったんだが、幸運にもアンカー殿に縁ある方がたまたま見つかったのだ!」
「おぉ、よかったぁ」
「……あれ? ヤクメ殿だけ? ホノカゲとカマツチは?」
「それが、二人ともミサオを見送った後また洞窟に……」
何かあったのか、会話に入れず伺っているとミサオさんが「とりあえず中へ」と促され、俺たちは拠点の中へと招かれた。
部屋の中は大きなテーブルといくつかの椅子、奥にセパレータで区切られてベッドが見えた。明かりが届かないのでその先が見えないが、共用の風呂でもあるのか、スペースが続いてるようだ。
「初めましてぇ。ウチ、ヤクメ・ドーモットいいますぅ。薬師やってましてぇ、お薬作るの好きなんですぅ」
見た目はケミーさんと同年代っぽい。少し年上の女性だ。上半身をすっぽり覆うエプロンのような服を着ており、それが機能性を重視したものだとクラスを聞いたうえで理解する。薬草を調合する際には使い勝手が良さそうだ。
自己紹介を交わし合うと、早速ミサオさんが彼女を問い詰めだした。
「いつここを出たでござる!? 某が戻るまで何故待てなんだ?」
「半日も待てなかったみたいでぇ、『自分たちでできる所まで調べてくる!』って出てったきりなんだぁ」
「はぁ…… 正義感だけでは何も解決しないといつになったら分かるのだ」
「えっと、パーティメンバーが潜っちゃったんですか?」
「うううむ…… そうだな、ディグ殿たちと合わせて色々確認した方が良いでござるな」
まずは俺たちの話だ。
「俺はファスアルト領にあるケイブリッチ学園で、アンカー教授の助手をしてるディグラッドと言います。教授が突然ロレンシナの専門学校へと交換赴任することになって、解雇を言い渡されたんです。でも、別れ際に嫌な予感がして、どうしても教授から話を聞かなきゃ納得できないんです」
「あらぁ、なるほどねぇ」
「あたしはベル。まあ、ディグの助手っていうか。あたしも学園で働く関係で教授とはちゃんと話がしたいなって」
「――マイナ。一応資格持ちの探索者。今回は二人の責任者みたいな立ち位置」
ふむふむ、と真剣に話を聞くヤクメさん。その仕草は少し子供っぽいがなぜか彼女がするとよく似合った。
「もうざっくり聞いたと思うんだけどぉ、ウチらは赤石の洞窟にギルドの依頼で潜ったときに、変な部屋に出たんだぁ」
「変な部屋?」
ベルが相槌を打つ。
そもそも洞窟とは基本的に岩盤の中にできる洞穴状の迷宮だ。核や人間が人為的に作らない限り「部屋」と呼べるような場所は作られない。
つまり、洞窟に部屋がある時点で変なのだ。
「その部屋は入り口が二つあって、入ってくるのに使ってない方の入り口から外に出たんだぁ。そしたら、変なところに出ちまってぇ……」
「その直後、アンカー教授にお会いしたんでござる」
「それは恐らく、何かの調査でたまたまそこに居たんだと思うんです。何の調査をしてたかは俺にはわかんないんですけど」
少なくとも、旅行を中座して向かうほどの魅力か、あるいは危険性があると感じて教授はその迷宮に向かったハズだ。
「んでぇ、どうも部屋の向こうの迷宮には結構人の手が入ってたみたいでぇ。変な恰好をした人に『だれだぁ!』って追いかけられたんですよぉ。怖くてぇ、逃げたら捕まりそうになってぇ」
「そこで某らの仲間であるイレーナ殿とアンカー殿が囮を買って出て、別れたまでが経緯でござる」
国内の洞窟で謎の部屋。
他領の人間が絡む失踪。
確かにこれをギルドが受理すれば国際問題になる。
「その後で、教授は専門学校の教師として取り込まれた、ってことになるな」
「なんで捕まえるだけじゃなくてそんなことになったのかしら」
「十中八九―― 偽装。いきなりいなくなるとそれはそれで問題だから、だと思うの」
それは俺も思った。
そしてこれ以上は悩んでても仕方がない。
ぐうぅぅ…… きゅるる。
「……ディグ?」
「ごめん、あとで奢るから」
「お腹すいたっしょ? ちょっと酒場でご飯にしないぃ?」
「うむ、細かい話は向こうでもできるからな。賛成でござる」
ヤクメさんの提案で俺達は隣の酒場に移動することになった。
◇
外はすっかり日が落ちて、気温もかなり下がっていた。
「さ、寒っ!」
「――コート、ありがとうございます」
「いんやぁ。見てくれただけでも助かるわぁ」
「この地域は寒暖差が激しい。外套の用意を伝えるべきであった」
「いやいいですよ。把握してなかった我々も悪いですし」
「仲間が使っていたものでよければ使ってくれて構わぬぞ」
酒場に入ると、外からは見えなかった店内の景色がはっきりしてきた。
奥にあるカウンターは三種類あり、飲食用、依頼受注用、依頼結果報告用と並んでいる。今は夜ということもあって真ん中が閉まっているが。
「いい匂い! 何がおいしいですか?」
「この辺で捕れるシナジカの唐揚げがオススメだぁ。セリナ小麦で作ったパンを挟んで食べるとより美味ぇでぇ」
「じゃああたしはそれ!」
「一番ベルが食い意地張ってんじゃん」
「いいでしょ、あんたの奢りなんだから」
「俺は、あの人が食べてる野菜ごろっと入ってるスープがいいな」
「ボールシチューでござるな。魚と野菜を十分煮込んでロレン牛乳をふんだんに使っている。甘めの味付けが癖になるでござるぞ」
「――私はあれ。イラストが美味しそう」
「お、本当だ。俺も頼もうかな。チーズが乗ってて美味そうだし」
「シェアしよう。――なんなら食べさせてあげる」
そんな感じで料理を頼むと、近くのテーブルから噂話が耳に入ってきた。
「え、じゃあ当分領境が封鎖されるのか?」
「ロレンシナの領内で事件があったとかで、人の出入りが止められたんだと」
……な、なんだって?
「大丈夫かよこの領地」
「でも、この件に関しては領主様も特に強く動いてないらしいぞ」
「ってことは、またあの副官か? あいつが役職についてからやけにきな臭いことが増えたんだよなぁ」
副官?
上層部で何か妙な動きがあったとでも言うのだろうか。
「ミサオさん、ここの領主様はどんな方ですか?」
「ん? シャン・リャンチン様と言って、代々続く領主の一族の現領主殿だ。先代が早くに亡くなって、後見人として補佐をしている副官のメイ・リットーが実質の権限を持っているでござるがな」
ふむ、ミサオさんも知ってるとなれば領民の中では割と知られてる話なんだろう。
でも妙だ。
そこまでわかりやすい状況なのになぜ誰も調査をしないんだろうか?
「何か気がついた?」
ベルが空になった皿を重ねながら小声で俺に尋ねる。俺まだ半分も食べてないんだけど。
「いや、どうもその副官が怪しいんじゃないかって、周りも噂してるんだよ」
「ありえなくはないでござるな。先代を殺したかも、という噂すら立っておる故、副官が箝口令を敷いたでござる。おかげでこの件に関しては誰も公に話したがらなくなってしまったのでござる」
「いや怪しすぎでしょう」
だが、声を潜めて続きを聞くと、背筋がゾワッとした。
「既に副官の汚職を調べに行ったギルド所属の探索者が、ひと月で何人も行方不明になっていては誰も首を突っ込まなくなるでござるよ」
そこからはあまり料理の味もしなくなり、今後の方針も消極的な意見が続いた。
もしも本当に副官が関わっていたら、俺達は領主を相手に立ち振舞をすることになる。国際問題にまで発展するようなことになったら、ギルドや学園はおろか、この大陸にいられなくなるだろう。
そう考えただけで逃げ腰になる。
ベルも、マイナ姉さんもただでは済まない。
「とりあえずぅ、色々煮詰まってきたし明日にしましょうかぁ」
「ディグ殿たちは、よければ某らの拠点のベッドを使ってくだされ。急な申し出で宿も用意できず申し訳ないが」
「いえ! 助かります」
再度彼女らの拠点に戻ると、ミサオさんは「少し夜風に当たる」と出ていった。寒いはずなんだが、彼女にとってこの寒さは日常的なものなのかもしれない。
ヤクメさんから拠点のベッドを借りて寝床を決めると、やはり疲れていたのかマイナ姉さんはいの一番に寝てしまった。
「考えたら、ギルドの手配に転送円に詠唱、長距離の移動に気温調整の魔法やら、一番頑張ってくれたからな」
「ディグも頑張ったよ」
そういうベルも視線が定まらない。転送円のマナ供給で相当参ってるはずだ。
「ベルもお疲れ。今日はゆっくり休んでくれ」
「うん…… お腹いっぱいになったら、限界ぃ」
ぱた、とベルは体を投げ出してそのまま寝てしまった。
「さて、と。……ヤクメさん」
「はいぃ?」
「実は、俺自身があまりロレンシナに詳しくなくて。色々教えてくださいませんか?」
「えぇえぇ。ウチで良ければ聞いてください」
2
あなたにおすすめの小説
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
タイム連打ってなんだよ(困惑)
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
「リオ、お前をパーティから追放する。お前のようなハズレスキルのザコは足手まといなんだよ」
王都の冒険者ギルドにて、若手冒険者のリオは、リーダーの身勝手な都合によってパーティから追い出されてしまい、同時に後宮では、聖女の降臨や第一王子の婚約破棄などが話題になっていた。
パーティを追放されたリオは、ある日商隊の護衛依頼を受けた際、野盗に襲われる可憐な少女を助けることになるのだが、彼女は第一王子から婚約破棄された上に濡れ衣を着せられて迫害された元公爵令嬢こと、アイリスだった。
アイリスとの出会いから始まる冒険の旅、行く先々で様々な思惑によって爪弾きにされてしまった者達を受け入れていく内に、彼はある決意をする。
「作ろう。誰もが幸せに過ごせる、そんな居場所を」
目指すべき理想、突き動かされる世界、そしてハズレスキル【タイム連打】に隠されたリオの本当の力とは?
※安心安全安定安泰の四安揃った、ハピエン確定のハズレスキル無双です。
『エ○ーマンが倒せない』は関係ありません。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる