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第2殿 急ごしらえの救助隊
第24洞 液体に浮かぶ肌
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翌日、空模様は少し曇り気味だったが俺たちも『赤石の洞窟』に行くことにした。
流石に昨日通ったばかりの道筋に迷うことはなかったが、入り口に到着した途端お腹が少し痛くなった。
「い、ててっ」
「どうしたでござる?」
「いや、ちょっとお腹が」
「冗談はやめるでござる」
ぐ、確かにそうなんだけどこの痛みは何だかちょっと違う気が……
「まさか、種?」
「かも、な、うぐ、ぐぐ」
「迷宮になにかある ――種の知らせ?」
だが、俺が腹を押さえているからとやめるわけにもいかない。先に潜ったという二人と合流しなければ。
「行き、ましょう」
「う、うむ…… まあ、無理はするでないぞ」
「はい…… もともと前衛職でもないですから」
ともあれ、俺たちは洞窟へと足を踏み入れた。
出てきたときは特に気にしなかったが、洞窟全体はとても大きな洞穴を形成しており、また壁面は非常に柔らかな材質で覆われている。
柔らかいと言っても硬い岩盤であることには変わりない。要するに粘り気が強いと言うことだ。
これのメリットはまず崩落の危険性が少ない。岩盤同士が粘り気を強く持つので崩れる心配が少ないのだ。また水分を多く含むので素材系であった場合、鉱石の純度が高くなる傾向が強いのだ。なんでも均等に圧力がかかるからという話なのだが、現物を比べて見たことがないので今一つ知識のみに留まっている。
デメリットは、汚れやすい。
地下水がしみこみやすく、水分が溜まることがややある。滑りやすくもなるし危険な坂道が増えるだろう。
そして、足跡が残りやすいことも挙げられる。
「その二人…… ホノカゲさんとカマツチさんは特殊な訓練をされてますか?」
「どういうことですかぁ?」
「足跡が異様に少ないんですよね、ここ」
昨日、俺たちが通った足跡。それはくっきりと残っている。人数にして四人分だが、それだけしかないのだ。
どんなシチュエーションで入っていったかにもよるが、この洞窟の性質から考えて足元のぬかるみがないタイミングはありえない。
「ホノカゲはニンジャの資質を一通り身に着けておるので隠密行動は得意でござるが、カマツチは根っからの猪突猛進タイプ故、気にするような性格ではないでござるな」
「……もしかして、別に入口がある?」
「かもな」
しかし、今の俺たちにその入り口を探す時間はない。
「とりあえず、奥へ行きましょう」
奥に進むにしたがってお腹の痛みも消えていった。一時的なものだったかもしれない、そう思いながら進むと、転送円の設置ポイントのすぐ近くで分岐があるのに気が付いた。
ぐるりと視界を超えた先にぼんやりとした明かりが灯る場所をさらに奥へと進むと、昨日言っていた『妙な部屋』に出くわした。
先ほどまでデコボコしていた壁面や床は真っ平な面に整えられ、入ってきた側の向かいにまた同じような洞穴が口を開けている。
「なるほどな。確かに妙だ」
「――これ、通路じゃないかしら」
「通路ぉ? なんのためにぃ?」
「洞窟同士を―― 繋ぐための」
「それは確かに『通路』でござるが……」
「――違う、『繋ぐ』ため」
マイナ姉さん、何故か顔を真っ赤にし……
「そうか、セックスか!」
「ディグ!?」
「この通路はセックスの為なんだ!」
「ちょ、そんな大声でいわないでぇ!」
「何のつもりでござるか!」
「え? だって…… あ!」
しまった。俺たち以外は特に迷宮について詳しくないのか。
……俺も教授の事が言えないな。
「えーと、つまり別々の迷宮同士が物理的、あるいは転送円を経由して繋がると、新しい迷宮が生まれるんですよ」
「……初耳でござるが?」
「えぇ……」
だがここで引き下がるわけにはいかない。この説明を飛ばすといざ俺の腹の中身を説明するときにこの数倍の説明をする必要があるからだ。
「アンカー教授が学園で迷宮の繁殖を含む育成論を教えていることは知ってますか?」
「……育成? いやそもそも教授殿だとは知っておるが、内容までは知らんでござる」
「ウチは触りくらいはぁ。迷宮って、増えるんですよねぇ」
よし、ヤクメさんから光明が見えた。
「迷宮は成長し、別の迷宮と子供を作るんですよ。大まかに雌雄はあるんですけど、子供を作るってことは何らかの形で迷宮同士が繋がる必要があるんです」
「……そ、それが?」
「もともと転送円も迷宮が自然と繋いだものを人間側が解析して使えるようになったんです。その…… ぜ、前」
「迷宮同士の相性を確認するために―― だよね?」
「そうそう! そんな感じで!」
く、マイナ姉さんのフォローがなかったらまた変な目で見られるところだった。
……いや、単純な勉強不足か。
「だからこの部屋が人為的に繋げられたとしたなら、先の迷宮には『ここと繋げたい理由』があるはずです」
「ふむ、ということは前回その迷宮に足を踏み入れたこと自体が追われる原因となった、と考えるのが自然でござるな」
確かにそうだ。
そしてそこに教授もいた。……何を調べるために?
「行けばわかるか」
「そうねぇ。行ってみましょぉ」
部屋自体はさほど広くない。昨日お世話になった彼女らの拠点であるナガヤで言うと二部屋分程度の広さだ。……迷宮の部屋としては広くないという意味で。
扉があるわけでもない部屋の向こう側を覗くと、何故か光が入らないのか真っ暗な道が続いている。
試しに片足を向こうの迷宮へ突っ込んでみると、乾いた地面の感触があった。地質が変わってるということはやはり別の迷宮なんだろう。
「マナの巡り方も地質も別物ですね。明らかに他の迷宮へ繋がってます」
俺はゴーグルの機能を入り切りして環境の違いを確認すると、後ろの皆にそう伝えた。
「よし、行くでござる!」
「ちょ、ちょっと待ってミサオさん!」
「なんでござる?」
「俺が先に行ってチェックしてくるから」
「そんな必要あるでござるか?」
「ディグ、何かありそうなの?」
「わからない。だからチェックしておきたい」
「わかった、お願い」
俺はポーチからミニランタンを取り出して火を灯す。そっと穴の奥にやって炎が安定していることを確認するとゆっくりと両足を向こうの地面につける。
「……マナ由来の罠もない」
何かしらの侵入防止、または感知系の罠があればこれで作動するはずだが、それもない。
しかし奥に行くにつれて道が下へと下っていく。光が届かないのではなく傾斜のために途切れてしまっていたんだろう。
「ちょっと先も見ておくか」
罠よけ用の発煙筒も立てて煙を先に送り出しつつ、追いかけるように坂を下る。ゴーグル越しだが特におかしなところが見つからないまま、ふと妙な空間に出た。
「ここ…… 核の部屋か」
壁も床も湾曲した丸い部屋は、どこにでもあるありふれた『核の部屋』として知られている。だが入った時に核の部屋だと思わなかったのは、本来上質のマナで溢れているはずのこの部屋に、マナがほぼなかったからだ。
いわゆる、核が不活性状態…… 死んでいるということになるが、迷宮自体はまだ生きている。
『だれか…… いるのか?』
「! 誰だ!」
『こっち…… こっちだ』
くぐもった声が部屋に響く。この声質は聞いたことがある。ゼツリンだ。
「ここの核?」
『違う…… けど、そうなるかもしれない』
ぬるり、と声のする方向が変わる。
『ミサオを……』
「ミサオさん!?」
『そう、あいつを……』
俺は急いでその場を離れ、部屋に残っていたメンバーを連れて再び戻ってきた。
「この部屋で、某を呼ぶ男の声が?」
「そうです! もしかしたら仲間の人かもしれません」
「ううむ。……もし、どなたでござる?」
しばし沈黙が続いた後、先ほどとはまた別の方から声が響いた。
『ミサオ…… すまない……』
「カマツチ! そなた、今どこにいるでござる!」
『となり…… すまない……』
最後の言葉だけが、何度も部屋を飛び回った。静かになる頃には、もうその気配ごと消え去っていた。
「声、聞こえなくなりましたね」
「隣と言っていたが、その先は見たでござるか?」
「いえ、そこまでは……」
「参りましょうぞ」
俺は頷くしかできなかった。
罠かもしれないが、この声の主が彼女たちの仲間の物なら俺だけが行ったとしてもまたすぐ戻ることになるだろう。一緒の方がいいかもしれない。
「なるべく俺から離れず、俺より前を歩かないでください」
「心得た」
部屋の別の通路から少し歩く。なだらかに地下へと続くその通路を抜けると、突然人工的な装飾品が並ぶ部屋に出た。
「な、んだここは?」
人がすっぽり入る丸いガラスような透明のケースが何本も左右の壁に並び、うちいくつかは緑色の液体が充填されている。数にして十はくだらない。
その内四つほどには、また別の物体が放り込まれて浮かんでいる。人の形をした、男性のような、女性のような――
「カマツチ!?」
ミサオさんがそのうちの一つに駆け寄る。
中身が誰かを判別できないが、俺には分かることがある。
その中に収まっている人は…… みな死んでいる。
衣服が邪魔なのか、裸の状態で浮かぶそれらは一切呼吸をしていない。鼓動を打たない。筋肉が弛緩している。瞳孔が開き切り、光の刺激を感じていなかった。
「そ…… んな……」
知人の死は、身近なものだ。特に探索者として仕事をするならば。
「一体…… どうして……」
「――おかしい」
マイナ姉さんポツリとこぼす。
「なにが?」
「ディグちゃん、マナを―― 閉じて見てみて」
言われるまま俺はゴーグルを掛けて機能を閉じる。
すると、網膜に映るものが一変した。
「!? 中身がないぞ!」
俺の言葉に全員がこちらを向いた。
「な、何の中身がないの?」
「この管、液体が満たされてるけどどの管もそれ以外は何も入ってない! 死体なんかないぞ!」
瞬間、足元が眩く光るのがゴーグルの隙間から見えた。
「――転送罠!」
「しまった、時限式!?」
罠に気が付くと同時に俺達は全く違う場所に飛ばされた。魂の転移がほぼ無い感覚から同じ洞窟の中だと思われるが、やはり不思議な違和感を覚える。
「ここ、どこ? ……地面はさっきと同じっぽいけど」
「赤石の迷宮でもなさそうよぉ? 少し頭が痛いくらいねぇ」
「頭が、――いたい??」
『ヤクメ…… ミサオ……』
声が再び周囲に響いた。
「姉さん、明かりを!」
「『深海に届け、月明かりよ』!」
マイナ姉さんが唱えた魔法によって辺りの状況が明らかになる、と同時に俺達は声を失った。
『ミサオ…… こ、ここころ、殺して』
周囲は白骨がいたるところに転がる大部屋。
小さいものから大きなものまで、魚から大型の哺乳類まで様々。
もちろん、人のものまで。
よく見ると探索者のものと思われる装備が散らばっているが、そのどれもが痛みがひどい。腐食もさることながらボロボロになった剣や魔工具が散らばっている。
「……え、魔工具?」
「どうしたのぉ!?」
俺は足元のグズグスに腐った魔工具を手に取った。ボロボロと崩れて元がよく分からないが、製造元の刻印を見つけた。
〝メニトラップ社〟
拾い上げた魔工具は、どう見ても三十年近くは経っている。いや、そう見えるほど痛んでいる。メニトラップ社は、そこまで古い会社じゃなかったはずだ。
「きゃあああああぁぁぁーーーー!!」
突如、マイナ姉さんの叫び声が耳元で轟く。
「ベル!?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃーーーーん!」
彼女の指さす方を見ると、先ほどの管の中に満たされていた緑の液体が天井から垂れ下がり、意志を持っているかの如くマイナ姉さんをすっぽり捕らえていた。
「マイナ姉さん!」
「ど、どこから湧いて出たでござる!?」
突然の奇襲だったのか、マイナ姉さんは口元を押さえるのに必死で抵抗もできず、その上どんどん衣服が泡立って溶けていく。
「しまった、こいつがここの主か!」
天井から垂れる緑色のラストウーズは、体内に取り込んだ獲物の外皮…… 着衣を腐らせ、錆させ、破壊する。その後、穴という穴から侵入して中から腐らせて捕食する。
特に後衛職や魔術士クラスは声を封じられると、紡げる魔法が限られる。
「この化け物め! マイナ殿を離せ!」
「あっ、待って!」
迅速な駆け足でカタナを閃かせるミサオさん。
しかしその刃はウーズのかけらを少し飛ばしただけで食いこんで止まり、そのままウーズは簡単にカタナを体内に取りこんでしまった。
「ああっ、くそ、離せ、離すでござる!」
しかも取りこんだ先からカタナは赤錆が浮き、ボロボロと腐っていく。
「お姉ちゃん!」
そうこうしている間にマイナ姉さんは装備のほとんどを喰いきられてしまった。そこに浮かんでいるのは、先日温泉で見た生まれたままの彼女が……
「ああっ、こんな時に!」
自分の邪な心を押し込め、今度はゴーグルの機能を叩き起こしてウーズの弱点である「核」の位置を見定める。明確な攻撃用魔法が使えない今の俺たちができる数少ない撃退方法は核を破壊するしかない。
「どこだ、どこだ、どこだ―― あっ! た……??」
発見した俺は、学園で習ったことを一つ思い出した。
ウーズはどれだけ大きくても、その身体を構成している核は一つしかない。複数のウーズが一つになったとしても、命令系統が複数あるとどちらかが自壊する。核は、『必ず一つ』なのだ。
「ねえディグ、もしかしてお姉ちゃんの周りに浮かんであるあの核……」
「ああ。ベルにも見えたか」
この迷宮では何かが起こっている。
それを示すものの一つ、複核をもつウーズに出会うなど、誰が想像しただろうか。
流石に昨日通ったばかりの道筋に迷うことはなかったが、入り口に到着した途端お腹が少し痛くなった。
「い、ててっ」
「どうしたでござる?」
「いや、ちょっとお腹が」
「冗談はやめるでござる」
ぐ、確かにそうなんだけどこの痛みは何だかちょっと違う気が……
「まさか、種?」
「かも、な、うぐ、ぐぐ」
「迷宮になにかある ――種の知らせ?」
だが、俺が腹を押さえているからとやめるわけにもいかない。先に潜ったという二人と合流しなければ。
「行き、ましょう」
「う、うむ…… まあ、無理はするでないぞ」
「はい…… もともと前衛職でもないですから」
ともあれ、俺たちは洞窟へと足を踏み入れた。
出てきたときは特に気にしなかったが、洞窟全体はとても大きな洞穴を形成しており、また壁面は非常に柔らかな材質で覆われている。
柔らかいと言っても硬い岩盤であることには変わりない。要するに粘り気が強いと言うことだ。
これのメリットはまず崩落の危険性が少ない。岩盤同士が粘り気を強く持つので崩れる心配が少ないのだ。また水分を多く含むので素材系であった場合、鉱石の純度が高くなる傾向が強いのだ。なんでも均等に圧力がかかるからという話なのだが、現物を比べて見たことがないので今一つ知識のみに留まっている。
デメリットは、汚れやすい。
地下水がしみこみやすく、水分が溜まることがややある。滑りやすくもなるし危険な坂道が増えるだろう。
そして、足跡が残りやすいことも挙げられる。
「その二人…… ホノカゲさんとカマツチさんは特殊な訓練をされてますか?」
「どういうことですかぁ?」
「足跡が異様に少ないんですよね、ここ」
昨日、俺たちが通った足跡。それはくっきりと残っている。人数にして四人分だが、それだけしかないのだ。
どんなシチュエーションで入っていったかにもよるが、この洞窟の性質から考えて足元のぬかるみがないタイミングはありえない。
「ホノカゲはニンジャの資質を一通り身に着けておるので隠密行動は得意でござるが、カマツチは根っからの猪突猛進タイプ故、気にするような性格ではないでござるな」
「……もしかして、別に入口がある?」
「かもな」
しかし、今の俺たちにその入り口を探す時間はない。
「とりあえず、奥へ行きましょう」
奥に進むにしたがってお腹の痛みも消えていった。一時的なものだったかもしれない、そう思いながら進むと、転送円の設置ポイントのすぐ近くで分岐があるのに気が付いた。
ぐるりと視界を超えた先にぼんやりとした明かりが灯る場所をさらに奥へと進むと、昨日言っていた『妙な部屋』に出くわした。
先ほどまでデコボコしていた壁面や床は真っ平な面に整えられ、入ってきた側の向かいにまた同じような洞穴が口を開けている。
「なるほどな。確かに妙だ」
「――これ、通路じゃないかしら」
「通路ぉ? なんのためにぃ?」
「洞窟同士を―― 繋ぐための」
「それは確かに『通路』でござるが……」
「――違う、『繋ぐ』ため」
マイナ姉さん、何故か顔を真っ赤にし……
「そうか、セックスか!」
「ディグ!?」
「この通路はセックスの為なんだ!」
「ちょ、そんな大声でいわないでぇ!」
「何のつもりでござるか!」
「え? だって…… あ!」
しまった。俺たち以外は特に迷宮について詳しくないのか。
……俺も教授の事が言えないな。
「えーと、つまり別々の迷宮同士が物理的、あるいは転送円を経由して繋がると、新しい迷宮が生まれるんですよ」
「……初耳でござるが?」
「えぇ……」
だがここで引き下がるわけにはいかない。この説明を飛ばすといざ俺の腹の中身を説明するときにこの数倍の説明をする必要があるからだ。
「アンカー教授が学園で迷宮の繁殖を含む育成論を教えていることは知ってますか?」
「……育成? いやそもそも教授殿だとは知っておるが、内容までは知らんでござる」
「ウチは触りくらいはぁ。迷宮って、増えるんですよねぇ」
よし、ヤクメさんから光明が見えた。
「迷宮は成長し、別の迷宮と子供を作るんですよ。大まかに雌雄はあるんですけど、子供を作るってことは何らかの形で迷宮同士が繋がる必要があるんです」
「……そ、それが?」
「もともと転送円も迷宮が自然と繋いだものを人間側が解析して使えるようになったんです。その…… ぜ、前」
「迷宮同士の相性を確認するために―― だよね?」
「そうそう! そんな感じで!」
く、マイナ姉さんのフォローがなかったらまた変な目で見られるところだった。
……いや、単純な勉強不足か。
「だからこの部屋が人為的に繋げられたとしたなら、先の迷宮には『ここと繋げたい理由』があるはずです」
「ふむ、ということは前回その迷宮に足を踏み入れたこと自体が追われる原因となった、と考えるのが自然でござるな」
確かにそうだ。
そしてそこに教授もいた。……何を調べるために?
「行けばわかるか」
「そうねぇ。行ってみましょぉ」
部屋自体はさほど広くない。昨日お世話になった彼女らの拠点であるナガヤで言うと二部屋分程度の広さだ。……迷宮の部屋としては広くないという意味で。
扉があるわけでもない部屋の向こう側を覗くと、何故か光が入らないのか真っ暗な道が続いている。
試しに片足を向こうの迷宮へ突っ込んでみると、乾いた地面の感触があった。地質が変わってるということはやはり別の迷宮なんだろう。
「マナの巡り方も地質も別物ですね。明らかに他の迷宮へ繋がってます」
俺はゴーグルの機能を入り切りして環境の違いを確認すると、後ろの皆にそう伝えた。
「よし、行くでござる!」
「ちょ、ちょっと待ってミサオさん!」
「なんでござる?」
「俺が先に行ってチェックしてくるから」
「そんな必要あるでござるか?」
「ディグ、何かありそうなの?」
「わからない。だからチェックしておきたい」
「わかった、お願い」
俺はポーチからミニランタンを取り出して火を灯す。そっと穴の奥にやって炎が安定していることを確認するとゆっくりと両足を向こうの地面につける。
「……マナ由来の罠もない」
何かしらの侵入防止、または感知系の罠があればこれで作動するはずだが、それもない。
しかし奥に行くにつれて道が下へと下っていく。光が届かないのではなく傾斜のために途切れてしまっていたんだろう。
「ちょっと先も見ておくか」
罠よけ用の発煙筒も立てて煙を先に送り出しつつ、追いかけるように坂を下る。ゴーグル越しだが特におかしなところが見つからないまま、ふと妙な空間に出た。
「ここ…… 核の部屋か」
壁も床も湾曲した丸い部屋は、どこにでもあるありふれた『核の部屋』として知られている。だが入った時に核の部屋だと思わなかったのは、本来上質のマナで溢れているはずのこの部屋に、マナがほぼなかったからだ。
いわゆる、核が不活性状態…… 死んでいるということになるが、迷宮自体はまだ生きている。
『だれか…… いるのか?』
「! 誰だ!」
『こっち…… こっちだ』
くぐもった声が部屋に響く。この声質は聞いたことがある。ゼツリンだ。
「ここの核?」
『違う…… けど、そうなるかもしれない』
ぬるり、と声のする方向が変わる。
『ミサオを……』
「ミサオさん!?」
『そう、あいつを……』
俺は急いでその場を離れ、部屋に残っていたメンバーを連れて再び戻ってきた。
「この部屋で、某を呼ぶ男の声が?」
「そうです! もしかしたら仲間の人かもしれません」
「ううむ。……もし、どなたでござる?」
しばし沈黙が続いた後、先ほどとはまた別の方から声が響いた。
『ミサオ…… すまない……』
「カマツチ! そなた、今どこにいるでござる!」
『となり…… すまない……』
最後の言葉だけが、何度も部屋を飛び回った。静かになる頃には、もうその気配ごと消え去っていた。
「声、聞こえなくなりましたね」
「隣と言っていたが、その先は見たでござるか?」
「いえ、そこまでは……」
「参りましょうぞ」
俺は頷くしかできなかった。
罠かもしれないが、この声の主が彼女たちの仲間の物なら俺だけが行ったとしてもまたすぐ戻ることになるだろう。一緒の方がいいかもしれない。
「なるべく俺から離れず、俺より前を歩かないでください」
「心得た」
部屋の別の通路から少し歩く。なだらかに地下へと続くその通路を抜けると、突然人工的な装飾品が並ぶ部屋に出た。
「な、んだここは?」
人がすっぽり入る丸いガラスような透明のケースが何本も左右の壁に並び、うちいくつかは緑色の液体が充填されている。数にして十はくだらない。
その内四つほどには、また別の物体が放り込まれて浮かんでいる。人の形をした、男性のような、女性のような――
「カマツチ!?」
ミサオさんがそのうちの一つに駆け寄る。
中身が誰かを判別できないが、俺には分かることがある。
その中に収まっている人は…… みな死んでいる。
衣服が邪魔なのか、裸の状態で浮かぶそれらは一切呼吸をしていない。鼓動を打たない。筋肉が弛緩している。瞳孔が開き切り、光の刺激を感じていなかった。
「そ…… んな……」
知人の死は、身近なものだ。特に探索者として仕事をするならば。
「一体…… どうして……」
「――おかしい」
マイナ姉さんポツリとこぼす。
「なにが?」
「ディグちゃん、マナを―― 閉じて見てみて」
言われるまま俺はゴーグルを掛けて機能を閉じる。
すると、網膜に映るものが一変した。
「!? 中身がないぞ!」
俺の言葉に全員がこちらを向いた。
「な、何の中身がないの?」
「この管、液体が満たされてるけどどの管もそれ以外は何も入ってない! 死体なんかないぞ!」
瞬間、足元が眩く光るのがゴーグルの隙間から見えた。
「――転送罠!」
「しまった、時限式!?」
罠に気が付くと同時に俺達は全く違う場所に飛ばされた。魂の転移がほぼ無い感覚から同じ洞窟の中だと思われるが、やはり不思議な違和感を覚える。
「ここ、どこ? ……地面はさっきと同じっぽいけど」
「赤石の迷宮でもなさそうよぉ? 少し頭が痛いくらいねぇ」
「頭が、――いたい??」
『ヤクメ…… ミサオ……』
声が再び周囲に響いた。
「姉さん、明かりを!」
「『深海に届け、月明かりよ』!」
マイナ姉さんが唱えた魔法によって辺りの状況が明らかになる、と同時に俺達は声を失った。
『ミサオ…… こ、ここころ、殺して』
周囲は白骨がいたるところに転がる大部屋。
小さいものから大きなものまで、魚から大型の哺乳類まで様々。
もちろん、人のものまで。
よく見ると探索者のものと思われる装備が散らばっているが、そのどれもが痛みがひどい。腐食もさることながらボロボロになった剣や魔工具が散らばっている。
「……え、魔工具?」
「どうしたのぉ!?」
俺は足元のグズグスに腐った魔工具を手に取った。ボロボロと崩れて元がよく分からないが、製造元の刻印を見つけた。
〝メニトラップ社〟
拾い上げた魔工具は、どう見ても三十年近くは経っている。いや、そう見えるほど痛んでいる。メニトラップ社は、そこまで古い会社じゃなかったはずだ。
「きゃあああああぁぁぁーーーー!!」
突如、マイナ姉さんの叫び声が耳元で轟く。
「ベル!?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃーーーーん!」
彼女の指さす方を見ると、先ほどの管の中に満たされていた緑の液体が天井から垂れ下がり、意志を持っているかの如くマイナ姉さんをすっぽり捕らえていた。
「マイナ姉さん!」
「ど、どこから湧いて出たでござる!?」
突然の奇襲だったのか、マイナ姉さんは口元を押さえるのに必死で抵抗もできず、その上どんどん衣服が泡立って溶けていく。
「しまった、こいつがここの主か!」
天井から垂れる緑色のラストウーズは、体内に取り込んだ獲物の外皮…… 着衣を腐らせ、錆させ、破壊する。その後、穴という穴から侵入して中から腐らせて捕食する。
特に後衛職や魔術士クラスは声を封じられると、紡げる魔法が限られる。
「この化け物め! マイナ殿を離せ!」
「あっ、待って!」
迅速な駆け足でカタナを閃かせるミサオさん。
しかしその刃はウーズのかけらを少し飛ばしただけで食いこんで止まり、そのままウーズは簡単にカタナを体内に取りこんでしまった。
「ああっ、くそ、離せ、離すでござる!」
しかも取りこんだ先からカタナは赤錆が浮き、ボロボロと腐っていく。
「お姉ちゃん!」
そうこうしている間にマイナ姉さんは装備のほとんどを喰いきられてしまった。そこに浮かんでいるのは、先日温泉で見た生まれたままの彼女が……
「ああっ、こんな時に!」
自分の邪な心を押し込め、今度はゴーグルの機能を叩き起こしてウーズの弱点である「核」の位置を見定める。明確な攻撃用魔法が使えない今の俺たちができる数少ない撃退方法は核を破壊するしかない。
「どこだ、どこだ、どこだ―― あっ! た……??」
発見した俺は、学園で習ったことを一つ思い出した。
ウーズはどれだけ大きくても、その身体を構成している核は一つしかない。複数のウーズが一つになったとしても、命令系統が複数あるとどちらかが自壊する。核は、『必ず一つ』なのだ。
「ねえディグ、もしかしてお姉ちゃんの周りに浮かんであるあの核……」
「ああ。ベルにも見えたか」
この迷宮では何かが起こっている。
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