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第2殿 急ごしらえの救助隊
第26洞 意外な仕掛け
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ウーズはゴブリンなどと比べると非常に知能は低い。
目の前の食欲と体液を増やす欲求のみでできている行動パターンは、戦闘にはさほど向いていない。
しかし体液による腐食作用は、正面からの突破を困難なものにしてくれる。
なにせ、核を攻撃するためには体液を通過しなければならないからだ。
「さ、腹の『種』よ、飯の時間だ!」
片手にナイフ、片手は手袋を脱いで少し後ろに。
重力と自重に任せたのしかかりを仕掛けてくる緑のゼリーめがけて、水平にしたナイフを突き刺した。
のるっ、と裂けた間からさらに緑の体液が噴き出し、俺の体に飛びかかる。避けるつもりはない。もう俺の体すべてを包むほど、もう体液は残っていないはずだから。
「こ、こ、か、らぁ!」
魔法を放つように左腕を突き出す。その手の先にあるのはウーズのものか迷宮のものか、存在する複数の核を掴むべく最後の一瞬まで目をこらす。
しかし、狙いがバレたのか核はぐりん、と位置を回転して避けられてしまった。
「くそ、もうちょっ…… !?」
外した瞬間、俺の腕の方もぐりんとしなる鞭のようにうねり、見事核の一つを手にした。
そのまま見様見真似の感じたままに核をまさに『咀嚼』する。実際は分解、吸収を経ているのだろうが、俺としてはその表現がしっくりくる。
核を奪われたウーズは途端に動きが緩慢になり、こちらを伺うように距離を取り出した。
「お、諦めたか?」
どうやら本当に諦めたらしく、ウーズは地面や天井に染み込んでそのまま二度と現れることはなかった。
「退治したとは言えないけど、追い払うのは成功したな」
ナイフをしまおうと右手を見ると、もうその先に刃がなくなっていた。こちらももう次がなかったらしい。
俺は役目を終えたナイフを放り投げると、早速腹に探りを込める。核を取り込めたのも幸運だったが、ここから戻るにはさらなる幸運が必要なのだ。
「ここから地上へ出る道を…… せめて、地上に繋がる通路とここを繋がないと……」
すっかり乾いた壁に向かってマナを込める。核を制御し、マイスターとして認められたなら、迷宮は何かしら答えを返すはず。
本来こういう罠外しの仕事は父さんみたいな偵察士の得意分野だ。
だが残念ながら俺はそっちに詳しくない。なら、可能性があるほうに知恵と時間を費やす他ない。
ペタペタと外周を四分の三ほど歩き続けると、突然壁に腕がめり込んだ。
「うぉぁっ!?」
そこは岩にカモフラージュされた壁で、顔を突っ込むと通路が伸びていた。微かだが空気も流れ込んで来ているようで、少なくとも外には通じていそうだ。
「結構急な坂だな。――あ! もしかして別の落下罠か!」
よく見ると最近も誰かが通った跡がある。恐らく、ミサオさんの仲間が罠にかかったんだろう。外の足跡の謎もこれで解決したな。
「しかしどうして急に壁が…… そうか、核を取り込んだから迷宮全体の罠が解除されたんだ」
納得はしたものの一応軽く坂の上をチェックし、元の迷宮に戻れそうなことを確認してから俺はテントに戻った。
「おーい、みん…… 戻るのはもう少しあとでもいいか」
四者四様の寝顔を見てると、自分も安心して眠りそうになった。
◇
いったん街まで戻り、武器や装備を整え直した俺達は、再び赤石の迷宮に潜り直した。目標は罠にかかったガラス管のある部屋だ。
「どうしてここまで戻るでござる?」
「転送罠があるってことは、ここから先に行かせたくない場所があるってことですよ」
ミサオさんは顔を伏せながら、しかし我慢してついて来てくれた。
正直待っていてくれてもよかったのだが、どうしても最初にいなくなったイレーナさんを探したいらしい。
「でもぉ、ここに何かあるようには見えないよぉ?」
「――私もそう思う」
正直言うと俺の勘なんだが。
だが、入ってからなんとなく最初に来た時に比べると違和感があった。それは、床じゃない。壁面の液体だ。
「なあベル、壁のガラス管の中身、変わったように見えないか?」
「え、そうかしら?」
ベルに見えない? ってことは……
「マイナ姉さん、ちょっと試したいことがあるんだけど、いいかな?」
「どうしたの? ――いいけど」
俺は適当なガラス管の前に立って、すこしマナを流し込んでみた。俺のマナで反応するかはわからないが、先ほどと違うといえば、俺だけ色の変化に気が付いたことだ。
つまり、マナの作用でこの部屋に何かが起こる。
「――! 部屋に仕掛けられた転送円の書式が変わった」
「これか!」
と同時に転送円の起動が始まった。
「わ、わ! どこにいくのかしらぁ?」
「なに、急に!」
今度はわりと遠くへ飛ばされたのか、魂の感覚がもどってくるのに僅かだがタイムラグがあった。
「こ、今度はどこよ!」
どすん、とベルが尻餅をつく。音からして安産型…… もとい、石造りのようだ。
「おや、この景色……!?」
ミサオさんの言葉が示すように、俺たちは少し開けた場所に転送されたようだ。ここは先ほどまでいた閉め切った埃っぽい場所ではなく、空が見えて遠くには山が見える。
「あれはフジタカ山脈でござるぞ?」
「さっきまであたし達がいた山じゃないの、結構離れたって事ね?」
「ちょっと待って、迷宮に繋がっていないってことは……」
「さっきの転送円は―― 人為的に作成されたものになる」
俺たちは再度、自分たちが転送されてきた場所を調べ始めた。
乳白色の磨かれた床。黄土色のレンガが組まれた壁面。それは俺の腰の高さまで積み上げられ、そこから上は何もない。
「見張り台、かしらぁ」
「下手に隠すよりも、一番目について一番誰も寄りつかない場所、でござるな」
どうやら現地組はここがどこか大まかに理解したようだ。
俺も何となくわかってきたが、あえて聞くことにした。
「ミサオさん、ここがどこかなんとなくわかったみたいですが……」
「うむ、ここはロレンシナの領主シャン・リャンチンが住む館に隣接する見張り台でござる」
やはりそうか。
外からの景色と一致しやすい高さにこの建物はあるんだろう。
「ってことは、館に通じてるってことか」
「つまりぃ、あんまり考えたくないけどぉ、イレーナもここにいるってことかしらぁ」
「あ、確かにそうなるでござるな」
「……ディグ、あまり意外そうじゃないわね」
「え、うん。まあね」
そもそも、ロレンシナの探索者ギルドや専門学校が公的な書類を作って教授を引っこ抜くなんて、これくらいの組織じゃないと無理だと思ってたし。
むしろ予想通りでほっとしてるくらいだ。
「――あの書類が完全に本物だってわかって、むしろがっかり」
「お姉ちゃんまで! あたしはむしろ今が焦りのピークだわ……」
「まあまあ。少なくともこの場所がちゃんとした人工の建物なら、逃げるのはさほど問題ないよ」
「どういうことでござるか?」
疑問を投げかけてきたミサオさんをよそに、俺は床に伏せて耳をそばだてた。
足音は特にしない。建物の強度もさることながら、共振性も理想的だ。
「うん、この見張り台にいる人は俺たちに気が付いてないと思う」
「えぇ、なんでわかるのぉ?」
「音ですよ。こっちに向かってくる足音がしない」
昔、父さんと追いかけっこをして遊んでいた時によくやった技だ。ただ、俺では人工の建物でないと正確に当てることができないが。
「行きましょう。静かに下りれば気づかれないと思います」
そういって俺たちは見張り台にある石造りの螺旋階段を下りていった。
「……あれ、足音しないでござるな」
「見張りのですか?」
「いや、某らの足音でござる」
「それなら、俺が消してますから」
「は!?」
あ、そういえば自然に使ってたから説明してなかったな。この辺は遊びの延長で、普段から癖になって当たり前になってるから、たまにやらかすことがある。
「聞かれるとマズイじゃないですか。だから魔法で足音を消してます」
「……ホノカゲみたいなことできるんですねぇ」
「ホノカゲさん?」
「さっきの、あそこにいなかったけどカマツチと一緒にイレーナを探しに行った仲間だぁ。ニンジャっていうクラスで、隠密行動が得意なんだよぉ。……逃げ切れてるといいんだがなぁ」
ニンジャという単語に聞き覚えがないが、偵察士近いクラスではないだろうか。ロレンシナにも近いクラスがあって少し親近感がわいた。
雪で見えなかったが、降りた距離からして地上付近まで下ってきたと思われるが、結局誰とも会わないまま到着した。見張り台だと言うのに誰もいないとは少々不用心な気もするが、こちらとしては好都合だ。
「ちなみにマイボッツ専門学校はここからだとどの辺になりますか?」
「この館の同じ敷地内に別の建物として、すぐ近くにあるでござる。建前上、敷地を貸し出しているという形でござるが」
「――もしかして、繋がってるの?」
「使ってない部屋の貸し出しをするという名目で、あちこち繋がってるでござるな」
「あっきれた。要は自警団育成施設なわけね」
「まさに。しかも領主殿に取り入るために実際は探索者を目指すつもりのないものまで入学させられているでござる。知ってるものはそこに通わず、すぐにギルドに加入する故、今でも大きな害はないでござるが」
ということは、教授もイレーナさんもここの何処かにいるわけだ。探す手間が省けていいや。
「じゃあ、まずは本館に行ってみるか」
「え!? もう行くの?」
「ここで手をこまねいてるわけにもいかないだろ? せっかく目の前に教授がいるんだし」
「ま、まだ決まったわけではないでござるぞ?」
「大丈夫。迷宮よりも人が造った建物のほうが安全だから」
「――わかる。人が造った建物だからわかりやすい」
「そうそう。迷宮は意外性や隠蔽性が高いと専門家でも分かんない時あるからね」
見張り台のある建物から外に通じる扉を開けると、石造りの壁が囲む館の中庭に出た。
数本の木が植えられていて適度に身を隠せ、かつ空からも見つかりにくい。本館まではさほど離れていないし、侵入してくれと言わんばかりの庭だ。
「……人の声も特にしないな。そもそも警戒してないのかもしれない」
そう思って顔を半分出して外の様子をうかがってみる。
『ひっこめろ!』
「!?」
突然、耳元で声が響いた。確かに人の気配はなかったはずなのに、突然のことで三歩ほど後ずさった。
「な、何?」
「見張りでござるか!?」
「いや、そういうわけじゃあ」
慌てて階段の裏にみんなを誘導し、様子をうかがう。
館の兵か?
にしては『ひっこめろ』とはどういうことか。
「! 扉が開いたでござる……」
「妙だな…… 人の気配を俺が逃すなんて」
「でもぉ、誰も入ってこないよぉ?」
俺は警戒しつつポーチからハンドミラー取り出し、扉の方を覗き見る。
今でもそうだが気配は感じない。まして誰かが入ってきた様子もない。
『予想より遥かに早かったな』
「!!!!!」
「ひゃああぁぁ!」
「こ、この声! 教授ぅ!?」
音もなく扉が閉まる。一応まだ俺の魔法の影響が残っているらしい。
「だ、誰だ! どこにいる!」
『静かにお嬢さん。さすがに大声は本館に届く』
ゆらり、と空間が歪む。蜃気楼のような揺らめきの中から見知った顔が出現した。
そこにはいささか疲れた顔のアンカー教授が立っていた。服装は若干着崩れているがいつもの作業服姿で、手にはやたら光る外套が握られていた。
「――『時空ずらし』でしたか。師匠の魔法ですね」
「何もこの魔法はリフィールの専売特許じゃない。吾氏も魔工具さえあればこうして使えるんだ」
教授はニヤニヤ笑いながら外套を頭からすっぽり被った。すると、みるみるうちに…… ぼんやりとした輪郭を残して消えてしまった。
「そんな便利な魔工具があるなら早く使ってくださいよ」
『これの欠点は明かりが使えない上、一度認識されるとあまり大きな効果がないんだ。迷宮では無用の長物になることのほうが多くてね。それより……』
教授は突然頭を下げた。
「すまん。こうなるとは予想してなかったが、来てくれると思っていた。謝罪と礼を言う。ありがとう」
「や、やめてくださいよ。助手をクビにされたのが困るから助けに来たようなものですし」
いつも楽観的で笑顔を崩さない教授の意外な行動に、つい本音が出えてしまった。
「……いや、組織的なものとは感じていたが、ここまで大きな人物が関わってるとは思ってなくてな」
「そういえば、教授は何を調べにロレンシナまで来たんですか?」
「いや、ここへは成り行きだ。吾氏はそもそもジッポンから出る気はなかったからな。途中で追いかけられて逃げるうちに捕まったんだ」
「そういえば、イレーナは一緒ではござらんのか!?」
会話に突然ミサオさんが入ってくる。そういえば彼女はそもそも仲間を助けるために来たんだった。
「ああ、一緒に逃げてきたあのお嬢さんか。ううむ。それなんだが……」
教授は頭をガリガリかくと申し訳なさそうにちぶやいた。
「完全に捕まっとる。早く手を打たないと苗床にされる可能性が高い」
目の前の食欲と体液を増やす欲求のみでできている行動パターンは、戦闘にはさほど向いていない。
しかし体液による腐食作用は、正面からの突破を困難なものにしてくれる。
なにせ、核を攻撃するためには体液を通過しなければならないからだ。
「さ、腹の『種』よ、飯の時間だ!」
片手にナイフ、片手は手袋を脱いで少し後ろに。
重力と自重に任せたのしかかりを仕掛けてくる緑のゼリーめがけて、水平にしたナイフを突き刺した。
のるっ、と裂けた間からさらに緑の体液が噴き出し、俺の体に飛びかかる。避けるつもりはない。もう俺の体すべてを包むほど、もう体液は残っていないはずだから。
「こ、こ、か、らぁ!」
魔法を放つように左腕を突き出す。その手の先にあるのはウーズのものか迷宮のものか、存在する複数の核を掴むべく最後の一瞬まで目をこらす。
しかし、狙いがバレたのか核はぐりん、と位置を回転して避けられてしまった。
「くそ、もうちょっ…… !?」
外した瞬間、俺の腕の方もぐりんとしなる鞭のようにうねり、見事核の一つを手にした。
そのまま見様見真似の感じたままに核をまさに『咀嚼』する。実際は分解、吸収を経ているのだろうが、俺としてはその表現がしっくりくる。
核を奪われたウーズは途端に動きが緩慢になり、こちらを伺うように距離を取り出した。
「お、諦めたか?」
どうやら本当に諦めたらしく、ウーズは地面や天井に染み込んでそのまま二度と現れることはなかった。
「退治したとは言えないけど、追い払うのは成功したな」
ナイフをしまおうと右手を見ると、もうその先に刃がなくなっていた。こちらももう次がなかったらしい。
俺は役目を終えたナイフを放り投げると、早速腹に探りを込める。核を取り込めたのも幸運だったが、ここから戻るにはさらなる幸運が必要なのだ。
「ここから地上へ出る道を…… せめて、地上に繋がる通路とここを繋がないと……」
すっかり乾いた壁に向かってマナを込める。核を制御し、マイスターとして認められたなら、迷宮は何かしら答えを返すはず。
本来こういう罠外しの仕事は父さんみたいな偵察士の得意分野だ。
だが残念ながら俺はそっちに詳しくない。なら、可能性があるほうに知恵と時間を費やす他ない。
ペタペタと外周を四分の三ほど歩き続けると、突然壁に腕がめり込んだ。
「うぉぁっ!?」
そこは岩にカモフラージュされた壁で、顔を突っ込むと通路が伸びていた。微かだが空気も流れ込んで来ているようで、少なくとも外には通じていそうだ。
「結構急な坂だな。――あ! もしかして別の落下罠か!」
よく見ると最近も誰かが通った跡がある。恐らく、ミサオさんの仲間が罠にかかったんだろう。外の足跡の謎もこれで解決したな。
「しかしどうして急に壁が…… そうか、核を取り込んだから迷宮全体の罠が解除されたんだ」
納得はしたものの一応軽く坂の上をチェックし、元の迷宮に戻れそうなことを確認してから俺はテントに戻った。
「おーい、みん…… 戻るのはもう少しあとでもいいか」
四者四様の寝顔を見てると、自分も安心して眠りそうになった。
◇
いったん街まで戻り、武器や装備を整え直した俺達は、再び赤石の迷宮に潜り直した。目標は罠にかかったガラス管のある部屋だ。
「どうしてここまで戻るでござる?」
「転送罠があるってことは、ここから先に行かせたくない場所があるってことですよ」
ミサオさんは顔を伏せながら、しかし我慢してついて来てくれた。
正直待っていてくれてもよかったのだが、どうしても最初にいなくなったイレーナさんを探したいらしい。
「でもぉ、ここに何かあるようには見えないよぉ?」
「――私もそう思う」
正直言うと俺の勘なんだが。
だが、入ってからなんとなく最初に来た時に比べると違和感があった。それは、床じゃない。壁面の液体だ。
「なあベル、壁のガラス管の中身、変わったように見えないか?」
「え、そうかしら?」
ベルに見えない? ってことは……
「マイナ姉さん、ちょっと試したいことがあるんだけど、いいかな?」
「どうしたの? ――いいけど」
俺は適当なガラス管の前に立って、すこしマナを流し込んでみた。俺のマナで反応するかはわからないが、先ほどと違うといえば、俺だけ色の変化に気が付いたことだ。
つまり、マナの作用でこの部屋に何かが起こる。
「――! 部屋に仕掛けられた転送円の書式が変わった」
「これか!」
と同時に転送円の起動が始まった。
「わ、わ! どこにいくのかしらぁ?」
「なに、急に!」
今度はわりと遠くへ飛ばされたのか、魂の感覚がもどってくるのに僅かだがタイムラグがあった。
「こ、今度はどこよ!」
どすん、とベルが尻餅をつく。音からして安産型…… もとい、石造りのようだ。
「おや、この景色……!?」
ミサオさんの言葉が示すように、俺たちは少し開けた場所に転送されたようだ。ここは先ほどまでいた閉め切った埃っぽい場所ではなく、空が見えて遠くには山が見える。
「あれはフジタカ山脈でござるぞ?」
「さっきまであたし達がいた山じゃないの、結構離れたって事ね?」
「ちょっと待って、迷宮に繋がっていないってことは……」
「さっきの転送円は―― 人為的に作成されたものになる」
俺たちは再度、自分たちが転送されてきた場所を調べ始めた。
乳白色の磨かれた床。黄土色のレンガが組まれた壁面。それは俺の腰の高さまで積み上げられ、そこから上は何もない。
「見張り台、かしらぁ」
「下手に隠すよりも、一番目について一番誰も寄りつかない場所、でござるな」
どうやら現地組はここがどこか大まかに理解したようだ。
俺も何となくわかってきたが、あえて聞くことにした。
「ミサオさん、ここがどこかなんとなくわかったみたいですが……」
「うむ、ここはロレンシナの領主シャン・リャンチンが住む館に隣接する見張り台でござる」
やはりそうか。
外からの景色と一致しやすい高さにこの建物はあるんだろう。
「ってことは、館に通じてるってことか」
「つまりぃ、あんまり考えたくないけどぉ、イレーナもここにいるってことかしらぁ」
「あ、確かにそうなるでござるな」
「……ディグ、あまり意外そうじゃないわね」
「え、うん。まあね」
そもそも、ロレンシナの探索者ギルドや専門学校が公的な書類を作って教授を引っこ抜くなんて、これくらいの組織じゃないと無理だと思ってたし。
むしろ予想通りでほっとしてるくらいだ。
「――あの書類が完全に本物だってわかって、むしろがっかり」
「お姉ちゃんまで! あたしはむしろ今が焦りのピークだわ……」
「まあまあ。少なくともこの場所がちゃんとした人工の建物なら、逃げるのはさほど問題ないよ」
「どういうことでござるか?」
疑問を投げかけてきたミサオさんをよそに、俺は床に伏せて耳をそばだてた。
足音は特にしない。建物の強度もさることながら、共振性も理想的だ。
「うん、この見張り台にいる人は俺たちに気が付いてないと思う」
「えぇ、なんでわかるのぉ?」
「音ですよ。こっちに向かってくる足音がしない」
昔、父さんと追いかけっこをして遊んでいた時によくやった技だ。ただ、俺では人工の建物でないと正確に当てることができないが。
「行きましょう。静かに下りれば気づかれないと思います」
そういって俺たちは見張り台にある石造りの螺旋階段を下りていった。
「……あれ、足音しないでござるな」
「見張りのですか?」
「いや、某らの足音でござる」
「それなら、俺が消してますから」
「は!?」
あ、そういえば自然に使ってたから説明してなかったな。この辺は遊びの延長で、普段から癖になって当たり前になってるから、たまにやらかすことがある。
「聞かれるとマズイじゃないですか。だから魔法で足音を消してます」
「……ホノカゲみたいなことできるんですねぇ」
「ホノカゲさん?」
「さっきの、あそこにいなかったけどカマツチと一緒にイレーナを探しに行った仲間だぁ。ニンジャっていうクラスで、隠密行動が得意なんだよぉ。……逃げ切れてるといいんだがなぁ」
ニンジャという単語に聞き覚えがないが、偵察士近いクラスではないだろうか。ロレンシナにも近いクラスがあって少し親近感がわいた。
雪で見えなかったが、降りた距離からして地上付近まで下ってきたと思われるが、結局誰とも会わないまま到着した。見張り台だと言うのに誰もいないとは少々不用心な気もするが、こちらとしては好都合だ。
「ちなみにマイボッツ専門学校はここからだとどの辺になりますか?」
「この館の同じ敷地内に別の建物として、すぐ近くにあるでござる。建前上、敷地を貸し出しているという形でござるが」
「――もしかして、繋がってるの?」
「使ってない部屋の貸し出しをするという名目で、あちこち繋がってるでござるな」
「あっきれた。要は自警団育成施設なわけね」
「まさに。しかも領主殿に取り入るために実際は探索者を目指すつもりのないものまで入学させられているでござる。知ってるものはそこに通わず、すぐにギルドに加入する故、今でも大きな害はないでござるが」
ということは、教授もイレーナさんもここの何処かにいるわけだ。探す手間が省けていいや。
「じゃあ、まずは本館に行ってみるか」
「え!? もう行くの?」
「ここで手をこまねいてるわけにもいかないだろ? せっかく目の前に教授がいるんだし」
「ま、まだ決まったわけではないでござるぞ?」
「大丈夫。迷宮よりも人が造った建物のほうが安全だから」
「――わかる。人が造った建物だからわかりやすい」
「そうそう。迷宮は意外性や隠蔽性が高いと専門家でも分かんない時あるからね」
見張り台のある建物から外に通じる扉を開けると、石造りの壁が囲む館の中庭に出た。
数本の木が植えられていて適度に身を隠せ、かつ空からも見つかりにくい。本館まではさほど離れていないし、侵入してくれと言わんばかりの庭だ。
「……人の声も特にしないな。そもそも警戒してないのかもしれない」
そう思って顔を半分出して外の様子をうかがってみる。
『ひっこめろ!』
「!?」
突然、耳元で声が響いた。確かに人の気配はなかったはずなのに、突然のことで三歩ほど後ずさった。
「な、何?」
「見張りでござるか!?」
「いや、そういうわけじゃあ」
慌てて階段の裏にみんなを誘導し、様子をうかがう。
館の兵か?
にしては『ひっこめろ』とはどういうことか。
「! 扉が開いたでござる……」
「妙だな…… 人の気配を俺が逃すなんて」
「でもぉ、誰も入ってこないよぉ?」
俺は警戒しつつポーチからハンドミラー取り出し、扉の方を覗き見る。
今でもそうだが気配は感じない。まして誰かが入ってきた様子もない。
『予想より遥かに早かったな』
「!!!!!」
「ひゃああぁぁ!」
「こ、この声! 教授ぅ!?」
音もなく扉が閉まる。一応まだ俺の魔法の影響が残っているらしい。
「だ、誰だ! どこにいる!」
『静かにお嬢さん。さすがに大声は本館に届く』
ゆらり、と空間が歪む。蜃気楼のような揺らめきの中から見知った顔が出現した。
そこにはいささか疲れた顔のアンカー教授が立っていた。服装は若干着崩れているがいつもの作業服姿で、手にはやたら光る外套が握られていた。
「――『時空ずらし』でしたか。師匠の魔法ですね」
「何もこの魔法はリフィールの専売特許じゃない。吾氏も魔工具さえあればこうして使えるんだ」
教授はニヤニヤ笑いながら外套を頭からすっぽり被った。すると、みるみるうちに…… ぼんやりとした輪郭を残して消えてしまった。
「そんな便利な魔工具があるなら早く使ってくださいよ」
『これの欠点は明かりが使えない上、一度認識されるとあまり大きな効果がないんだ。迷宮では無用の長物になることのほうが多くてね。それより……』
教授は突然頭を下げた。
「すまん。こうなるとは予想してなかったが、来てくれると思っていた。謝罪と礼を言う。ありがとう」
「や、やめてくださいよ。助手をクビにされたのが困るから助けに来たようなものですし」
いつも楽観的で笑顔を崩さない教授の意外な行動に、つい本音が出えてしまった。
「……いや、組織的なものとは感じていたが、ここまで大きな人物が関わってるとは思ってなくてな」
「そういえば、教授は何を調べにロレンシナまで来たんですか?」
「いや、ここへは成り行きだ。吾氏はそもそもジッポンから出る気はなかったからな。途中で追いかけられて逃げるうちに捕まったんだ」
「そういえば、イレーナは一緒ではござらんのか!?」
会話に突然ミサオさんが入ってくる。そういえば彼女はそもそも仲間を助けるために来たんだった。
「ああ、一緒に逃げてきたあのお嬢さんか。ううむ。それなんだが……」
教授は頭をガリガリかくと申し訳なさそうにちぶやいた。
「完全に捕まっとる。早く手を打たないと苗床にされる可能性が高い」
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社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
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