お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第29洞 過去の忘れ形見

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「それにしても、生徒も先生もおらんなあ。ホンマに学校なんかいな?」
「イレーナさんは学校に行ったことないんですか?」
「あらへんよ? あ、でも探索者登録するときに一般教養? ゆうのは教わったで。簡単な字の読み書きとか、計算とか」

 ちょっと不安になるが、ウチの学校のレベルを基本にしてはいけない。
 なにしろマジで金がないと通うことができないからな。俺だってベルの親父さんに借金して通わせてもらったんだし。

「あ、そういえば」
「どないしたん?」
「教授はちゃんと戻れたのかなって」
「アンカーはん? 助かったんかいな?」
「なんか外套被って逃げて来たところですれ違ってね」
「ほうか。わっちを庇って逃げ遅れた言うて、心配やったんよ」

 俺もこっちの学校に来るって聞いて青くなったけどな。

「あとはイレーナさんと一緒に逃げきれればオッケーですから」
「うん、エスコートよろしゅうな」

 とは言ったものの、この学校は何か変だ。少し歩いてみたが外に出る扉がない。
 そのうえ休日なのか人の気配が全くない。そうだとしても誰もいなさすぎる。

「この建物っていつもこんな感じなんですかね?」
「知らへんよそんなこと。誰もおらんのは好都合なんちゃうの?」
「都合が良すぎるから困ってるんですよ」

 俺はそれでも注意深く見回しながら先へ進む。
 いや、進んでるかどうかはわからない。せめてここがどこかだけでも分かるとありがたいんだが。

「ん? なんだあそこ」

 そこそこ歩いたところで、マナの流れに不自然な部屋を発見した。

「どないしたん?」
「魔法の実験でもやってるのかな? あの部屋だけ他の部屋よりマナの対流が変なんですよ」
「え? ディーはマナを裸眼で見えたりするんか? 便利やなぁ」
「あ、……そうなんです」

 そういえば、学園の外でこの能力の話をすると結構な確率で訝しがられる。魔法を使ったとか、道具を使ったとか疑われて、なかなかすぐに信じてもらえない。

 この反応は、新鮮だな。

「で、どう変なん?」
「あ、ああ。えっと、魔法ってマナを使うじゃないですか。魔法のエネルギーとして使い終わったマナも大気に流れ出るんですけど、あの部屋から出るマナはその使い終わったマナが大量に出てるんですよね」
「ほーん、それで実験かな? って思うたわけや」
「けど、尋常じゃない量のマナが出てるんです」

 俺は恐る恐る、中からも外からも見えない位置から部屋の様子を伺おうと近づいた。

「あれ? この部屋、壁に窓がない」

 そこは他の教室と違って両開きの大きな扉があり、近づくにつれて周りの温度が徐々に下がっていくような雰囲気を感じた。

 まるで別の世界に繋がっているような。

「……開けてみるか」

 引き戸になっているその扉を、光が漏れないよう慎重に開く。中は思ったより暗くよく見えないが、やたらマナが濃度高く辺りに漂ってる様子は伺えた。

「なんや、人がぎょうさんるな」
「あ、人がいるのはわかるんですか?」
「わっちは多少暗くてもよぉ見えるんよ」

 ミナナギの力なのか彼女特有の能力なのか。しかしこの状況ではその力は助かる。

「どんな様子か分かりますか?」
「床に座らされとるのは生徒か? なんかその子らが上むいたままボーッとしとる。めっちゃ居るな。びっしり床に敷き詰められとるで」

 俺は少し嫌な予感がした。静かな校内、大量の人。虚ろな表情。

「…… あの、もしかしてぼーっとしてる人たちって結構若かったりします?」
「ようわかったな! みんなわっちと同じ服を着とるで」

 俺はある事を思い出した。
 迷宮の種は環境によってその性質を変える。
 これは逆を言えば、人の関わりが強いところに置くことで迷宮の成長性質を変えることができる、ということだ。
 つまり、より多く、より濃い人のマナのなかに晒せば、その種は……

「ここにいたのか」

 背中が凍り付く。
 同時に体が浮き上がって、直後背中に衝撃が走った。

「ディー!」
「あがぁっ!?」

 少し遅れてガラスが飛散する音が周囲に舞う。手の甲から赤い筋がいくつか刺さるのを見るに、校舎の外に吹っ飛ばされたようだ。

「大人しくしていれば死ぬことまではなかったと思うが、を見たのなら、『処分』だ」
「……やっぱり、人工的に高位主ハイガーディアンを作ろうとしてるな、しかも、生徒のマナを根こそぎ使って!」

 俺を投げ飛ばしたのはあのホノカゲだった。
 しかもその後ろでイレーナさんがその部屋へ引きずり込まれていくではないか。

「イレーナさん!?」
「自分の心配をしろ」

 ホノカゲは今度こそ俺に致命の一撃を与えるつもりでとびかかってきた。小刀の刃は平たく持ち、速やかに内臓へ到達させて抜き取る持ち方だ。
 一瞬手元を外套で隠し、切っ先を悟らせないようにして一気に距離を詰めてくる。

「殺す、殺す、殺す!」

 小さいが、はっきりとした発音は言霊を持って俺に届く。いわゆる魔法に近い重さを持った言葉は俺の行動を縛り付ける効果を持って脳に作用する。その効果は僅かながら足の動作を重くする。その僅かな差は、僅かに回避反応を鈍らせた。

「お、ああああっ!!」

 一か八か、俺は懐の秘密兵器を閃かせて襲い来る刃から身を守る。

「何っ!?」
「へへ。あの部屋から出る前に、イレーナさんに作ってもらってたのさ!」

 拘束具の端材を丸めて伸ばしたただの金属の棒。折れないように少し太めで、取り回しがいいように短めに。
 ふと握りやすさも感じてそのまま使ってるが、形状までは気にしてはいけない。
 しっくりくる形も相まって、結構気に入ってる。

「あんた、イレーナさんたちと同じパーティにいたんだろ? 何でこんなことを?」
「……」

 ホノカゲは距離を取って俺の出方を伺っている。質問に答えるつもりはないらしい。
 せめてここがどこかくらいは知りたいが……

「あんたを殺すのは依頼にないから、出来たら見逃してほしいね」
「安心しろ。お前はあいつ共々ただの苗床になるだけだ」

 くそ、取り付く島もない。
 俺は諦めて金棒にマナを込める。マナを込めれば刃はなくても攻撃に使えるのだ。

「悪いけど、イレーナさんは返してもらうよ!」

 俺は地面に向かって魔法を放つ。簡単な爆発魔法だ。簡単すぎて地面にマナを放り込むだけで発動する。効果もだ。

「!?」

 しかし戦闘態勢だった相手の意表を突くにはもってこい。込めたマナの量も相まって相手は俺の居場所を完全に見失ったはずだ。

 俺は急いで元の部屋へ戻る。

「イレーナさん!」

 コソコソしていられない。力任せに扉を開くと、再度丸裸にされたイレーナさんが部屋の中央で大の字に羽交い締めにされて、まさに仮面の男に種をねじ込まれる瞬間だった。

「ディーーーー!!」

 周囲には血色を失った生徒が折り重なって倒れており、すっかり体内マナを抜かれてしまっている。

「……邪魔を」

 仮面の男はその手を俺に向け、マナを紡ぎ始めた。

「『開けアン地獄の底の昏き門よセウユディーズ彼の者を迎えよコンブルー』!」

 男が手にしていた迷宮の種を覆っていたマナが、一瞬にして男の体にまとわりつき、それらが魔法の術式に変わる。本来数秒かかるマナの構築が圧縮されてタイムラグなしに、巨大な門が空中に出現した。

「へっ!?」
暗渠あんきょで待つがいい。残りも送ってやろう」

 門が開き、幾本もの腕が伸びて俺に襲い掛かってきた。

「ちょ、ちょちょっと!!」

 回避行動を取ろうとしたが間に合わない。着慣れない白衣の裾を思いっきり踏んだ俺はヘソ天になってスッ転んだ。

「ディーーーーー!!!」

 死ぬ。
 そう思った。
 だが、俺の体はいつまでも腕に捕まることはなかった。

「なん、だと!?」

 恐る恐る顔を上げると、伸びてきた腕が俺の腹に当たるか当たらないかの距離でぐんぐん飲み込まれていくではないか。

「俺の、た、種が、ぅぅ腕を、……喰ってるううぅぅぅーーーー???」

 まるで長い麺をすする口のように、ずるずると門から飛び出す腕を吸い込んでいく。
 それは仮面の男が纏う黒いマナを全て魔法エネルギーに変換してしまうまでずっと続いた。

「くそ、マナが…… 切れるまで吸い込んだというのか? バカな!?」
「うぁ……」

 大丈夫かな俺の体。突然おかしくなったりしないだろうか。

「で、どうするよおっさん。もう手はないんじゃないか?」

 もうない方向でお願いします。

「……を使うわけにはいかん。ホノカゲ、引くぞ」

 魔法の余波から避けるためか、襲ってこなかったホノカゲが突然仮面の男の後ろに現れた。

「ふん、とんだ拾い物をしてしまったようだな。貴様、名前は?」
「ディグラッド・ホーリーエール!」

 俺の名前を聞いた仮面の男は、僅かに顔を上げた。先ほどまで伏し目がちだった骨の仮面を、俺は初めて正面から対峙した。

「……なるほどな。舐めてたのはこちらだったというわけか」
「もしかして、父さんを知ってるのか!?」

 仮面の男はククク、と笑う。

「俺の名はランビルド。お前が探索者を続けるならどこかでこの名をまた聞くだろう」

 そう名乗った仮面の男は羽織っていた外套を這ぎ、自分たちの頭から被る。

「!?」

 しかし、外套は彼らの姿に形を変えることなくふわりと床に沈んでいく。

「まさか、外套に転送円が!?」

 追いかけて外套を捲ろうと手を伸ばすが、それすら圧縮転送されてその場には何も残らなかった。

「ディ…… ィ……」
「あっ、イレーナさん!?」

 突然の情報渋滞で彼女のことをすっかり忘れていた。

「大丈夫ですか!?」
「お、おなか…… くるし、い」

 既にいくつかの種が彼女の中に挿入っている。種のマナは俺が抜けるが、それも間接的な治療にしかならない。
 傷も塞がりかけている。流石はミナナギの回復力だと思うが、俺は何となく『それはマズイ』と直感した。

 頭に浮かぶんだは教授の奥さん、フレオールさんの体だ。
 体内にマナを多く持たない人が迷宮の種を取り込んだ姿。体中に浮かぶ穴という穴が自然な姿なはずはない。
 何より、ミナナギの種族がマナを必要としているかすら俺には分からない。

「ディー……」
「イレーナさん……」

 力なく俺の腕を取る彼女のつらそうな顔を見て、俺は決心した。

「痛いかもだけど、我慢して」

 俺は意を決して、彼女の中へ滑り込ませた。

「はぁぁぁあっ!!」

 多くの出血と別の体液がぬるりと絡み、抵抗なく俺を目的の場所へと導く。裂け目は決して大きくないが、それでもこじ開けられた目的の器官…… 子宮へと到達する。

「どこだ、どこにある……」
「ふ、う、あっ、っぐ!」

 俺は空いた手で回復魔法をかけながら、彼女の中をまさぐる。何をどうすればいいかは分からない。ただ彼女から『異物』を取り除く。彼女の持つ微小のマナと異なる光を掴めばいい。

「大丈夫…… 大丈夫だから」

 指先を丁寧に動かして微かな違和感を感じると、俺は腹に顔を近づけてそれを『視』る。掴まれてる腕が軋みをあげるが、その力があるうちは続けなければならない。

「これだ!」

 薄ぼんやりとしたマナの殻に覆われた種は、今まさに発芽が始まるところだった。先ほど埋め込まれたのは間違いなくこれだろう。

「ふん!」

 それを思いっきり握りつぶすと、それぞれがマナの欠片になって、彼女の体液とともに粉々になって飛び散った。

「あの部屋で埋め込まれたのはもう機能してないからゼツリンに何とかしてもらうとして…… イレーナさん?」

 俺の腕を掴む手には、もう力が籠もっていなかった。
 しかし、身長にそぐわない豊かな胸がゆっくり上下するのを見て、俺は心から安堵するとともに着せる服が残っていたかどうかを心配し始めていた。



   ◇



「ランビルド? そんな人はうちにいませんが」

 マナを吸われた生徒を介抱すると、誰もが口をそろえてこう言った。
 色々と話がかみ合わないことが気になって、俺は彼らに事情を聞いてまわった。

「そういえばここひと月くらい、春休み以降の記憶がぼんやりしかないです」
「新任の挨拶があったときからかな? 全校集会で新しい先生が来た時に体調が悪くて倒れた生徒がいたような気がします」

 タイミングを考えるとその時にランビルトが学校をマインドコントロールした可能性が高い。
 ……そんなことが可能なのか?
 一人の行動をコントロールする魔法はなくはない。だが、学園では危険な魔法なので教えることはまずない。もちろん使用も禁止だし、その存在を授業で教えることに留まっている。それを一つの施設まるごと術中にはめるのは明らかに異常な事態だったと言える。

 だが一番の問題は、領主のシャン・リャンチンすらこの件に関わっていないということだ。これでどこからランビルドの計画が始まっていたか、関係者からは何も判明しないまま迷宮入りとなってしまった。

 この件で責任者ともいえる学校長を兼任していたシャンの責任が問われ、マイボッツ専門学校の運営体制を外部委託することになった。
 その窓口となったのが、アンカー教授の代わりにケイブリッチに来ていたイーランに白羽の矢が立った。本人は「楽して金がもらえる仕事だと聞いていたのに」と愚痴っていたが、人生そんなに甘くはない。

 俺もこの件の結末を、とんでもない形で聞いていた。
 なにせ学園に戻ったタイミングで、俺は安心したのか倒れてそのまま病院に運ばれたのだから。
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