お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第30洞 新しい種

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 無事教授を助けた後、迎えにきたマイナ姉さんと一緒に俺は学園へと戻ってきた。

 だが、その時の転送酔いかは不明だが、たどり着いた瞬間視界がぼやけてそのまま倒れてしまったらしい。
 気が付いたら病院にいたのだ。

「あれ、ここ…… 見覚えあるな」

 枕もとのナースコールをチリンと鳴らしてみると、やってきたのはベルだった。

「あ、よかった起きた!」
「ベル…… もしかして俺、結構寝てた?」
「半日くらいね。ところで」

 ベルは俺の肩を掴んで真剣な表情で迫ってきた。

「体の傷は何? 服は? 何があったの?」
「あー、えー、と……」
「生きて帰ってきたことは嬉しいし、ホッとしてるけど、目を離したらいつもこうなるのは流石に心配もするの」

 顔を真っ赤にしながら俺の手を取る。

「次は、一人にさせない」
「お、おう……」
「――遅い、早く変わって」

 いい雰囲気だった所にマイナ姉さんが文字通り割って入る。

「私も後悔してる。――いろいろ心配」
「マイナ姉さん……」
「――ん、そろそろ『姉さん』取ろう」

 ああ、日常だ。いつもの生活が戻ってきた。

「おお、恩人殿! お目覚め…… になってすぐ色事とは、流石でござる」
「え、ミサオさん? どうして別ギルドのミサオさんが??」

 彼女の所属はあくまで隣の領、ロレンシナのはず。

「少々思うところがあってな。いとまを頂いた。しばし厄介になる」
「もしかして、イレーナさん、も?」
「それが、こちらに来て教授殿に連れていかれてからは見ておらん。なんでも病院では手に負えぬ病を患ったとかで」

 おお、よかった。教授なら事情通だからすぐにゼツリンに見せてくれるだろう。

「それより済まなかった。ホノカゲが敵のスパイだったとは見抜けず、醜態を晒すことになろうとは」
「いえ。いいんですよ」
「そこで、己を鍛える意味も込めてディグ殿のパーティに加えていただきたいとも思っておるでござる」

 彼女はカタナを床に置き、そのまま床にひれ伏した。

「ちょ、ミサオさん!?」
「聞けば先日の大暴走を収めた立役者とも伺ったでござる。某が主とするならばこれほどの適任はおりませぬ」
「勘違いしてるよ? 俺はギルドに登録された探索者じゃないし、パーティを結成したつもりもないから!」
「であるなら、なおのこと主君としてお使えする所存でござる」
「しゅ、主君?」

 突然のことで何が何やら。

「ま、待って。取り敢えず退院までは一旦置いときませんか? ちょっと話の前後が見えてこなくって…… ベル?」

 話を収めようとした俺の提案を、ベルがそっと遮ってきた。

「ミサオさん、ちょっとお話をしましょう」

 そう言って彼女を病室から連れ出す。
 ……任せていいのかな?

「何やら待合室が騒がしいが…… どうかねディグラッド君、調子は」
「あっ、教授!」

 ベルたちと入れ違いでやってきた教授は、いつもと違って少し畏まったような姿勢だった。

「君にはこの間の件からずっと感謝しっぱなしだ。当分休んでくれて構わんよ」
「元の学園に戻れたんですね?」
「もちろんだよ。学園長も掛け合ってくれたし向こうは事実上の廃校だ」
「え!? そうなんですか?」
「どうも向こうの上層部が犯人によって認識阻害系の洗脳を受けてたらしい。そもそも探索者の育成になってない教育機関に、以前から保護者たちが抗議していたという話も出ててな」
「――元から問題があったから、つけ込まれた?」
「どうも、そうらしい」

 領主はというと、犯人が学校内で行っていたとされる実験の処理で運営どころではないとか。

「いったい犯人はどこから関わっていたのか、見当もつかない」
「あ、そういえば教授」
「ん? どうした」
「『ランビルド』って名前に聞き覚えないですか?」
「まさか犯人がそう名乗ったのか!?」

 俺がその名を言うが否や、飛びかかる勢いで質問を重ねてきた。

「え、ええ。仮面をしてたんで顔は見れてないですが、俺が名乗るとそう言って逃げていきました」
「そうか、ホーリーエールで…… ううむ」
「知ってる人なんですか!?」
「詳しくは知らん。どっちかと言えばリフィールのほうが詳しいはずだ。なんせ吾氏わしと入れ替わりで「無限の大地」から去った男だからな。ホーランとは一緒に居た時期もあったはずだから、名前で思い出したのかもしれん」
「え!? じゃあかなり上位の探索者だったんじゃないですか!」

 リフィール母さんが所属していたというかつての歴代最強パーティ「無限の大地」に所属していたなら、少なくともシングルクラスだったはずだ。
 それがどうしてあんなことをしようと思ったのか。

「ああ。だが、そいつが加入してしばらくして「無限の大地」は解散した。もしかしたら、そこに理由があるのかもしれん」
「解散の原因になった、ってことですかね……」

 解散の原因を作った恨み、あるいは逆に疑いをかけられて、……どれも想像の域を出ない。母さんに聞くのが早いけど、今は俺が動けない。

「それより、体調はどうだ? 腹部に傷跡があったと聞いた時は肝が冷えたが異常は感じないか?」
「ええ、お腹の種ははむしろ調子がいいというか…… あ!!」

 俺はある事を思い出した。拷問部屋から出る直前にイレーナさんの指摘で目にしたあの惨劇を。

「……えっと、教授?」
「どうした、やっぱりお腹の種に異常が?」
「種は種でも、俺の種が……」
「きみの種? お腹の種が?」
「いや、そのぉ…… 睾丸が」
「こうがん? ああ、キンタマか?」
「その、ですね。片方取られたんです」
「……本気か?」

 教授の顔は、どちらかというとガチの本気で心配している顔だ。
 でもなぜだろう。そこはかとなく喜んでいるようにも見える。

「イレーナさんも傷を塞ぐので精いっぱいだったらしいんですけど、確かに片方袋の中にないんです」
「……わかった。先生を呼んでくる」



   ◇



「あの、ご家族以外は外で待っててくれませんか?」
「家族です」
「上司です」
「――妻です」
端女はしためにござる」
「全員嘘をつくな!」
「少なくとも吾氏は嘘じゃないぞ」
「うぐ、そう言う意味じゃなくて!」

 どこでどう漏れたのか、全員がひんむかれた俺の下半身を一目見ようと診察室に集まってきたのだ。

「じゃあ、触りますよ」

 ひんやりとした先生の手が俺の玉袋を触診する。当人の俺も片方には何かがある感覚があって、片方はぺったんこのペラペラであることを感じる。ぐにぐにとまさぐられるたびに背筋がぞわっとして妙な感じだ。

「わ、わ、わ…… 柔らかいんですね」
「おい、ベルが触ってるわけじゃないよな?」
「ち、違うわよ!」
「確かに、片方なくなってますね。機能に不全はないですか?」
「わかりません。その、ほんの二、三日の事なので」
「その割に傷口が綺麗に塞がってますが、魔法での治療ですか?」
「いや、その……」

 どう答えるのが正解か。
 俺の中ではイレーナさんが治してくれたと思ってる。けど腹の傷の治し方を考えると、場所が場所だ。とてもじゃないが考えにくい。
 だとすると、ランビルドが摘出ついでに治したか、となるが、腹の傷すら放置するやつらが袋の縫合もするとは考えにくい。

「わかり、ません。気が付いたら傷口は塞がってました」
「なるほど。現状見た限りでは大きな問題はなさそうです。内部の状況は流石に切開してみないことには何とも言えないので、実際に生活する中で不自由が出た時に確認しましょう」
「生活、する中で?」
「ですね。おしっこするときとか、その…… まあ、男性なら朝にでもわかると思います」

 あー、まあね。
 今は不安が勝ってるから朝に確認できるか分かんないけど。

「あ、あの先生?」
「はい、なんでしょう?」
「ディグはちゃんと子作りできるんでしょうか?」

 それをね、いま聞いてたんだよ?

「で、ですから」
「今日、――ううん、今からつくっちゃおう」
「お姉ちゃん!!」
「せ、僭越ながら某が側室に!」
「ミサオさん! あなたもいい加減にして!」
「ごめんみんな―― 一人にしてくれないか?」

 俺が少し大きな声で伝えると、皆が診察室から出ていった。
 ……あの、先生も出ていかれると困るんですけど。

「で、実際どうなんだ?」

 なんで教授このひとは残ってるの?

「ま、まあ…… 勃起はしたので大丈夫だとは思うんですけど、その、怖くてその先まで確認してないんですよ」
「機会があれば吾氏も欲しかったんだが、先を越され…… いや、今の君には辛い言葉だな」

 なくなる前に聞いても辛いです、教授。

『あ、あのね、ディグ』

 扉の向こうでベルが声を掛ける。

「どうした?」
『お医者様に確認したんだけど、もしかしたらあたし、治せるかもしれない』
「何言ってる……」

 待てよ?
 ベルは確か、自分の手を自分で治した。
 俺もそれを間近で見てる…… ってことは!

「だ、大丈夫か!? いけるか!?」
「やってみる! あたし達の将来のことだから!」

 く、嬉しいような怖いような。特に後半が。

 善は急げとベルたちは急いで手術室へ行き、魔法円の設置に取りかかった。俺は下半身を露出させた手術着を着せられ、出産のときに患者が乗る分娩台に乗せられて手術室に入った。

 病院の先生方も、前代未聞の治療ということで担当患者がいない時間の空いた医者がだいたい全員、ここに集まっているようで、見学室に人混みができている。

 公開処刑かな?

 でも、機能が戻るならそれに越したことはない。
 俺だって子供は欲しいし、なんなら男としての楽しみをこの若さで失うのはまっぴらごめんだ。

 少し間をおいてベルが術着に着替えて入ってきた。

「準備はいい?」
「お、おう。よろしく」

 お腹のあたりにかけられた小さなカーテンの向こうで、ベルが俺の袋を握る。そこにはもう何も入ってないが、位置を確認するためか何度も袋をもみしだいた。

「……はい、じゃあマナを遮断してあたしのマナに同調シンクロさせます」

 お腹と性器の間くらいに冷たい何かが置かれる。その冷たさがじわ、じわと下半身を冷やし、おしりの辺りに感覚が行き渡ると、途端に浮いたような温かさで包まれた。

「同調、問題なし。それじゃあ……」

 ずぐん。

「ん?」
「どうしたのディグ?」

 腹が、痛い?

「いや、ちょっとお腹が」
「マナの循環を止めたからかしら? 少し我慢して」
「わかった」

 ベルのマナが袋に流し込まれる。温かでいて柔らかなマナはそのまま体内にまで浸透し、お腹の下までが温かいお湯の中にいるような感覚に包まれる。

「うん、いい感じ。少しお腹の細胞をもらうわね」

 ぷつ、ぷつと何かが弾ける感覚がお腹で起こる。痛いわけでは無いが毛が抜けるような不思議な快感を感じ……

「はうっ!?」

 痛いっ!

「どうしたの!?」
「腹が! お腹が!」

 突然お腹の中で、何かが暴れ出した。

『ベル君、彼のお腹のシードじゃないか?』
「でも、その患部までマナは遮断してません!」
「違う、もっと、下ぁ!」

 下腹部がうねる。捻り切られそうな痛みが下半身を這いずり回る。自分でも分かるが、これは種の仕業ではない。もっと違う何か……

「くそ、ベル、早くしてくれ!」
「わ、わかったわ!」

 まずは睾丸、まずは生殖能力の復活、まずは……!

「え、これ…… きゃぁっ!?」
「っくハァッ! ……あれ、痛みが取れたぞ。ベル、うまくいったか!?」

 ベルの短い悲鳴の直後、俺の痛みは嘘のように消えた。だがそこから彼女の声がしない。

「……ベル?」
「どういう、こと?」

 ベルは立ち上がって一度手術室を出る。そしてあろうことか教授を連れて戻ってきた。一応手術着を着ているが落ち着きなく俺の下半身へと向かい、さっさとカーテンの向こう側に座り込んだ。

「教授!?」
「これです、教授。形やマナは完全に別のものですけど」
「ほほう? どれ」

 ベルが教授に俺の股間の詳細を説明すると、教授は何のためらいもなく俺の睾丸を弄りだした。

「ちょ、教授が!? って…… あれ?」

 先ほどとは違う、妙な違和感。
 それは、先ほどまでとは違う、かつてあったものが今もあるかのような既視感。

「これは…… まさかそんな」

 上擦ったおっさんの嬉しそうな声が部屋に響く。

「ディグラッド君、ランビルドに捕まってる時に何かされなかったかね?」
「え、どういう意味ですか?」
「イレーナ君がされたことを、君もされたんじゃないかということだよ。どうなんだね?」
「どういう意味ですか?」

 そう聞いたものの、俺はその答えを聞きたくない。とんでもなく嫌な予感がする。その言葉の向こう側に、俺でも分かる可能性の光が見えたからだ。
 まさか、さっきの痛みの理由はこれか?
 俺はまた、人類の向こう側に行ってしまったのか?

「簡単に言うとだね…… 君は迷宮と子作りできる体になったかもしれないぞ」

 時が止まった。
 いや、動き出した。

 俺の腹から、大量の水が噴き出したのだ。
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